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あの劇場で起きた事件の取り調べが終わったとフェイから報告書が上がってきた。
アーロンはそれを手に取り、何度も目を通しながら苦い顔をしている。
重たい沈黙のなか、それを横でじっと見ているのは、たまたま居合わせたザカライアだった。
今日、オクタヴィアは気分転換も兼ねて、イザベルに誘われてドレスを選びに行っている。
執務室にいるのは、秘書官が数名と、アーロン、ザカライアだけ。
「・・・ザカライア、読むか?」
アーロンは報告書をテーブルに置き、顎で合図した。
ザカライアは無言で手を伸ばし、報告書を開く。
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【ノートリア盗賊団構成員 ドーガンの取調べ報告書】
対象者:ノートリア盗賊団構成員 ドーガン
取調官: 騎士団長 フェイ・ルセリオ、副騎士団長 デービット・ハギンス
実施場所:王都中央拘禁所地下第三号取調室
<概要>
劇場において発生した襲撃事件に関連し、現場で拘束されたノートリア盗賊団構成員・ドーガンに対し、初期取調べを実施した。
以下に、当該取調べにおける主要供述および補足事項を記載する。
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■ 供述要旨(抜粋)
・供述によれば、本件の最終目的は以下の通りとされる
ー. イザベル皇妃殿下を拉致し、それを口実にアーロン陛下を誘き出して暗殺。
ー. 混乱の隙を突いてリンゼン公爵が新たな王を擁立し、実権を掌握。
ー. 王政を廃し、ルカルド王国を「帝国」として再編する計画であった。
・本襲撃は「契約に基づく任務」であり、指示者はジゼル王太子殿下および“シーザス”と名乗る人物とされる。シーザスに関しては、氏名・出自ともに不明。
・シーザスより「劇場内にて混乱を引き起こし、イザベル皇妃殿下を攫え」と命じられていた。ただし、襲撃の具体的な場所や時刻等の詳細は事前に共有されていなかった。
・イザベル皇妃殿下とオクタヴィア王女殿下を取り違えており、誤ってオクタヴィア王女を皇妃と認識していた旨の供述あり。
・同行者として、ジゼル殿下の側近複数名およびリリア・リンゼン公爵令嬢が参加していたとされる。
・シーザスは、ジゼル殿下とともに本国へ入国後、リンゼン公爵邸に滞在していた模様。現在の所在は不明。
・報酬については、「デューク王国を攻略した暁に、当該王国の統治権を与える」との約定が交わされていた。
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■ 備考
・取調べに際し、拷問を実施。供述は強制的に引き出されたものであり、一部に虚偽または誘導の可能性がある。
・供述中、「仲間が助けに来る」との発言を複数回確認。ただし、仲間の氏名・人数等については言及を避けた。
・リンゼン公爵家の王都邸宅を急行捜査したが、建物内は使用人を除き空であった。
・邸内の使用人からの証言により、「前日、新たに雇われた従者二名が失踪している」との情報を得た。
・邸内の階段に敷設されていた絨毯が新しいものに張り替えられていたことを確認。隠蔽または痕跡除去の可能性を考慮し、現在も引き続き周辺捜査を継続中。
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報告者署名:
騎士団長 フェイ・ルセリオ
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「ザカライアはどう思う?」
「・・・リンゼン公爵の行方は?」
「状況から見て、ジゼルと一緒に逃げた可能性が高い。ただ、公爵夫人もいないとなると・・別行動を取ったかもな」
「このシーザスという男の正体は?」
「ドーガンは本当に素性を知らないらしい」
「そうですか・・隣国への連絡は??」
「もちろん連絡をした。返事は『ジゼル殿下は今、国内にいないので詳しいことは分からない』とだけ。信じていいかは分からんがな」
「・・・本当に帝国への再編が目的だったのか、それも疑問ですね。計画にしては、あまりに粗雑すぎます」
「同感だ。仮にイザベルが攫われて、私がおびき出されたとしても、あの程度の人数で王の命を奪えるわけがない。準備不足も甚だしい」
「首謀者が王子となると・・・ルカルド王国のサイラス王はどこまでかかわっているのでしょうね?もし首謀が王子本人となれば、ルカルド国王の関与は?・・・」
「ああ、そこが頭が痛いところだな。下手したら戦争に発展する可能性もある・・・」
「ハロルドにも意見を聞いてみます。ルカルド王国の情報を集めておりましたので・・・」
「さすがだな。早めに意見を聞きたいものだ」
「わかりました。のちほどこちらに呼びますね」
「・・とはいえ、ルカルドに協力を求めるにしても、王太子・・いや、最悪国王まで絡んでるとなれば・・・」
「まずは、動かぬ証拠が必要ですね・・・」
コンコンコン・・
「フェイ騎士団長が、至急お目通り願いたいとのことです」
「入れ」
「失礼いたします」
「急ぎとは・・?」
「はっ!先ほどリンゼン公爵邸を捜索していた部隊より報告が入りました。裏庭で、ジゼル王太子殿下の遺体が発見されたとのことです!」
「!!!」
「・・それは本当か?本人に間違いないのか?」
「はい。王家の指輪を着けており、容姿、身体的特徴ともに一致しております」
「死因は?」
「いま、医師を向かわせておりますが、正面から心臓を一突きされているようです」
「・・・ザカライア」
「・・これで、我々がルカルドへ赴かねばならない理由ができてしまいましたね・・・」
「厄介だな・・」
「ええ・・・陛下、至急、公卿会議を開きましょう」
「そうだな・・おい、皆を集めろ」
近くの側近の一人に声をかける。
「はい!」
声をかけられた側近が、返事もそこそこに部屋を飛び出していく。
(これでまた、オクタヴィアとしばらく会えなくなるか・・・)
ザカライアは、深いため息を吐いて執務室を後にした。




