75
シーザスは、サイラス王の隠し子だ。
いや、隠し子と言えば聞こえはいいが、実際には認知もされなかったただの私生児にすぎない。
彼の母親は、かつて城で侍女として働いていた美しい女だったという。だが今は、街の片隅にある汚れたバーで、酒に溺れて生きている。
ある夜、いつになく酒が入った母親が、部屋の隅で眠っていたシーザスを蹴り起こした。
「起きなよ!穀潰し!」
夜中に、いきなり頭を殴られ、シーザスは目を覚ます。
女の機嫌が良ければまだいい。だが悪ければ容赦はない。容赦なく殴られ、蹴られるのが常だった。
「あんたに、いい事を教えてやるよ。あんたは、本当は王子様なんだ」
また酔っぱらいの戯言か・・と思いながらも、無視すればまた何をされるかわからない。シーザスは黙って頷いた。
「みんな、私のことを嘘つき呼ばわりだけど、ほんとなんだ。これみなよ」
女は得意げに、手のひらに載せた一つの指輪を見せる。
「あの、デブでケチな王様から、盗んでやったんだ」
シーザスの目が指輪に吸い寄せられる。重厚な金の細工、そして刻まれた王家の紋章。
「この指輪を売ろうと思ったんだけどね。みんなビビっちまって買わないんだよ。王家の紋だからってさ。結局売れずじまいで・・・・」
シーザスが頷きながら話を聞くので、女は気持ち良くなって、さらに話が続く。
「あたしが侍女の時に、王様の誘いに乗ったら、あんたができちゃって、子供ができたからなんとかしろってあのデブに言ったんだけど、すぐに身一つで追い出されてさ。念の為にと思って指輪だけ失敬しておいて本当によかったって思ったけど、結局金にもならないし・・・・あんたにあげるよ。それもって消えな」
「え?」
女は、その指輪を投げるようにシーザスの膝に放った。
「結局、あんたもその指輪も、あたしにとっちゃゴミみたいなもんさ、あんたを売ろうと思ってここまで育てたけど、やせっぽちな汚いガキなんぞ売れないし、あんたが働いたって大した稼ぎもならない・・・だからさ、あたし、男に一緒に南の街に行かないかって言われて一緒に行くことにしたんだ。四日後、ここを引き払うから、それまでに出てきなよ」
シーザスは指輪を握りしめたまま、女の言葉に唖然とした。
それからシーザスは、街外れの打ち捨てられた物置に住みつき、ゴミ拾いや下水の掃除など、誰もやりたがらない仕事をして食いつないだ。
飢えをしのぐために盗みも働いた。だが捕まれば、動けなくなるほど殴られた。それでもシーザスは、生きるために歯を食いしばった。
ある日、街の人々の会話を耳にして、街の外れに無料で学べる教室があると知った。こっそり覗きに行くと、やがて先生と呼ばれる男に見つかり、授業を受けるようになる。
この教師は、元貴族の反王族派の男で、シーザスは王族の無能さをその男からたくさん聞いた。
「シーザス、明日、街に王族が視察に来るらしい。王太子になる王子もくるらしいぞ。年齢がお前の一個下で年齢も近い。お前と比べて、王子がどれだけ無能か見に行ってみるかい?」
「はい、先生。見に行きたいです」
この地点で、シーザスは独自に色々調べ、自分の父親が本当にサイラス国王なのだと確信していた。だから父親の顔も一度見ておきたいと思った。
翌日、シーザスは人だかりをかき分けながら前に進み出る。そこにいるはずの父親と兄弟を見るために。
王と王妃は、シーザスのいる場所からかなり遠くに見えた。遠目から見ると、贅沢な服に身を包んだ太った男がいる。
たぶんあれがシーザスの父親なのだろう。
だが、シーザスは父親よりも、一つ下の義弟の王子が気になっていて目はずっと王子を探す。
馬車から小さな王子が下りてくる。
そして、その王子を目の前に、シーザスはショックを受けた。
「きたないな!こんなとこあるいたら、クツがよごれるじゃないか!」
馬車から降りてきた王子は、まず足元を見下ろし、不快そうに顔をしかめた。
さらに人々の前で堂々と、こう言い放った。
「ちちうえも、なんで、しさつなんてめんどくさいことをするんだ?」
わがままも甚だしい。
しかも、街の人を前に暴言もひどく、子供のクセにふんぞり返って、周りの人々を見下している。さすがに街の人も不機嫌な顔になっていく。
「もういいよ、くさいし、かえろうよ」
シーザスはその幼稚な言動を繰り返す王子をじっと見る。
王子がふと、シーザスの視線に気づき、顔を向けた。
「なに?おまえ、こっちみるなよ!きもちわるい!」
王子の指がシーザスを指した瞬間、侍従が慌てて王子を抱え上げ、馬車に戻す。
シーザスは呆然と立ち尽くしていた。
「なんだ?あの馬鹿王子・・・あんな奴が将来、王様になるなんて・・・・」
シーザスはポツリと呟き、ポケットに手を入れた。
いつも肌身離さず持ち歩いている指輪をそっと握りしめた。
(あんな奴が王様になるなら、俺のほうがマシだ。俺の方が、ずっと・・・)
シーザスは王子が乗った馬車を睨みつけている。そこに、先生がやってくる。
「シーザス、どうだった、王族の連中は?」
「最悪ですね。馬鹿すぎる・・・・」
「そうだろう?あんな連中に国を任せていたら、いずれこの国は滅びるさ」
シーザスはしばし黙ったまま、ポケットの中で指輪をいじる。そして、小さく口を開く。
「・・・・先生、見てほしいものがあります・・あとで、少し時間をもらえますか?」
「ああ、わかった。じゃあ、そろそろ戻ろうか?」
「はい、戻りましょう」
シーザスは振り返ることなく、歩き出す。
教室に戻ると、シーザスは周囲を見回して誰もいないことを確認し、ポケットから指輪を取り出す。
教師はそれを一目見るなり、驚愕に目を見開いた。
「これは・・・・!王族の指輪じゃないか!?」
先生は指輪を見て驚愕していた。
「先生、今から話すことは皆には内緒にしてもらいたいんだ・・・」
シーザスは、あの夜、母親から聞かされたことを、静かに語りはじめた。
「そんな・・・・だが、しかし・・・・これは・・・・・使えるかもしれんな・・・」
先生は長く思案したのち、静かに頷く。
「シーザス、お前はまだ小さい。その時が来るまで、この指輪は絶対に無くさないように取っておけ。これがあれば・・・絶対に将来お前の役に立つだろう・・・」
「わかった」
「あとな、お前は頭がいい。だから将来の為に・・・特別な勉強もはじめよう」
「先生・・・先生が思い描く将来の、この国に・・俺はいる?」
「ああ、もちろんだよ。お前が中心にいるよ」
先生は微笑みながらシーザスの頭をなでる。
「わかった。先生、俺を強くして。・・そして、あんな奴に負けないぐらいの力がほしい・・」
「ああ。わかっている。・・・よく言ったな、まだ時間はある。焦らず、準備していこう」
(俺は一人でここまで来た。あんな甘ったれた王子に負けるはずがない。俺が、必ず!!この国の頂点に立つ!)
シーザスは、ポケットの中の指輪をギュッと握りしめた。




