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「ふざけるなっっ!」
ジゼルは、帰りの馬車の中で怒りを抑えきれず、前の席を勢いよく蹴り飛ばす。
攫えないなら、イザベルとオクタヴィア二人とも都合よく消してしまおうかと毒を仕込ませたが、あっさり回避され挙げ句の果ては、自分が毒を喰らって死んでしまった。
あの女の度重なる失敗で、ファルマン帝国を手中に収めるという計画は、完全に水の泡。
しかも、ドーガンが捕らえられるなんて、最悪の結末だ。
「そうだ・・・ドーガン・・・あいつを、早めに消さないと・・・・」
捜査の手が自分に伸びてくることを想像すると、心臓がざわついた。
それでも、まずやるべきことはある。
「・・・シーザスにまた考えてもらわなくては・・・・いや、その前に、リンゼン公爵に責任を取らせなければ・・・・」
ジゼルは指の爪を噛みながら、落ち着きなく周囲を見回す。
焦燥と怒りが入り混じり、思考はすでに混線していた。
「それにしても・・・イザベルのあの目。確実にこちらを疑っていた・・・」
「まずい、まずい、まずい・・・!!」
ブツブツと独り言を呟き続けるジゼル。馬車の中での様子は、もはや異様だった。
「シーザス・・・シーザスに早くあって次の手を打たないと・・・・!」
「おい!!御者!!もっとスピードを出せっ!」
大声で、御者に向かって叫びながら、馬車の壁を蹴る。
「はっ、はい・・・!」
御者の怯えた声が返ると同時に、馬車は勢いを増す。
(とにかく、リンゼン公爵の邸についたら、すぐにシーザスに作戦を考え直してもらおう!)
震える手で髪をかき乱しながら、ジゼルは唸り声を漏らし続けた。
やがて馬車が邸宅の前に到着する。止まりきる前に、ジゼルは飛び出すように扉を開けた。
このままでは、自分まで罪を問われる。焦りがすべてを支配していた。
邸に駆け込むと、大声で名を叫ぶ。
「シーザス!!!!!シーザスはいないか!?」
何度か叫んだ後、二階の階段から静かに現れる人物がいた。
「どうされたのですか?そんなに取り乱して」
「リリアがへまをして死んだ。ドーガンもファルマン帝国の者に捕まった!シーザス、どうする・・・どうすればいい!?」
「・・・・また、失敗されたんですか?」
シーザスは冷たい眼差しでジゼルを見下ろす。
「いや・・・俺じゃない!あの女とドーガンが勝手に動いて、勝手に失敗したんだ!」
「何か手は打ったのですか?」
「打てるわけがないだろ!イザベル皇妃が現場にいて、しかもアービング公爵にオクタヴィア王女までいた!・・どうにもならなかったんだよ!・・・」
「・・・まったく、無能ですね」
「本当に!あいつらは使えなかった!!」
「いいえ、あなたが、ですよ」
ズブッッ!!!!!!!!
「な・・・・・シーザ・・・ス・・・?」
「無能すぎて、もう用済みですよ」
ズシャッ!
短剣がジゼルの胸を抉り、深く突き刺さる。
ジゼルの体が前に倒れ込み、鈍い音を立てて床に崩れ落ちた。
シーザスは血に染まった短剣を、死体の上に無造作に投げ捨てる。
「困りましたねぇ・・・・あともう少し、この国で時間が稼げればよかったんですが・・・まあ、もともとファルマン帝国を落とそうなんて最初から考えてませんがね。美味しいエサであなたを誘き出し、私の手の中で上手に踊ってくれたのは・・・とてもよかったですよ」
シーザスは足元で血を流して倒れているジゼルを冷たい目で見下ろす。
「シーザス!今、音がしたが・・何が・・・」
リンゼン公爵が顔を覗かせ、階下の光景に絶句する。
「おい・・そこに倒れているのは・・・・まさか、ジゼル殿下か!?」
「ええ、ジゼル殿下です」
「な、なにがあったんだ!?・・・・い、今、医者を・・・」
「ああ、医者は結構ですよ。もう死んでますから」
淡々と、まるで雑談のように告げる。
「・・・シーザス?」
「煩くて邪魔なので、死んでもらいました。公爵、片付けをお願いしますね」
指さす先には、無惨なジゼルの亡骸。
「お前・・・・」
リンゼン公爵は、階段を上がってくるシーザスから目が離せずに、数歩後ろにさがる。
「それと、殿下が言ってましたよ。あなたの・・・リリア嬢も、亡くなったと」
「・・・リリアが?」
「本当に、困りましたねぇ・・・・・あと一歩で、ルカルド王国は私のものになるところだったのに・・・・」
リンゼン公爵は震えながら尻もちをつき、床に座り込む。
シーザスはリンゼン公爵の目の前までくると、しゃがみ込んで公爵の目を覗き込む。
「人手が足りません。娘の失敗の責任をとって、あなたが用意してください。時間がありませんので、早く集めてルカルド王国に発ちますよ」
「シーザス・・・話が違う・・・!」
「仕方ないですよねぇ? あなたの“無能な娘”が、計画を台無しにしたんですから」
そう言いながら、シーザスは公爵の髪をわしづかみにし、容赦なく揺さぶる。
「あなたにも、最後まで付き合ってもらいますよ。もう後戻りなんてできないのですから」
髪を放すと、リンゼン公爵は転がるように倒れ込む。
「ああ、本当に・・・我が、義弟殿は無能すぎて話にならなかったな・・・」
シーザスは公爵に興味をなくしたように、天井を見上げて独りごちた。口元には、ぞっとするような笑みが浮かぶ。
「皆、無能ばかりだ。早く帰国して、邪魔な王族を片付け、王位に就かなくては・・・・」
その言葉で、リンゼン公爵はすべてを悟った。
最初は、力を持ちすぎたアービング公爵を引きずり下ろすために手を貸した。
だが、それはいつの間にか、ルカルド王国そのものを乗っ取るための陰謀へとすり替わっていたのだ。
しかも、この男・・・シーザス以外、誰もその“真の目的”を知らされていなかった。
自分の末路が見えた気がして、公爵は目を閉じた。




