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ハロルドより先に男の腕が動いた。

オクタヴィアの細い身体を引き寄せ、抱きかかえようとする。


「離して・・っ!」


必死に身をひねり、迫る腕から逃れようとする。

だが、もう一方の腕が彼女をつかもうとした、その刹那。


男の表情が、驚愕に染まる。


ズシャッ!!


鋭い金属音とともに、男の肩を斜めに貫いた剣が、その肉を裂き、鮮やかな血飛沫を描いた。

刃が抜かれていく様子が、まるで時間を引き伸ばしたかのように、オクタヴィアの目に映る。

男が呻き声をあげ、ぐらりと身体をよろめかせる。


男の背後に冷ややかな目が光った。

剣を構えたまま、男の首筋へと鋭く突きつけているのは、ザカライアだった。


「オクタヴィアを放してもらおうか・・・」


その声が、場の空気を凍りつかせる。

ザカライアの背後から、数人の騎士たちが駆けつけてくるのが見える。


「お前だな?オクタヴィアを攫ったのは・・・・?」


ザカライアは、静かに、しかし冷酷に男の耳元へと言葉を落とした。

男は肩を裂かれた痛みにうずくまりながら、呻き声を漏らしている。

だが、ザカライアの剣先は首元にぴたりと触れたまま動かない。

すでに皮膚は浅く裂け、血が一筋、喉元をつたって落ちていく。


オクタヴィアは、一歩も動けなかった。

目の前のザカライアが、あの優しいザカライアではないように思えた。


彼の瞳は、いつもの穏やかなグレーではなかった。

いつものように澄んだグレーではなく、冷たい鋼のように暗く陰り、憎悪だけが奥底に渦を巻いている。

その瞳が、剣よりも鋭く男を射抜いている。

ザカライアの全身から放たれる殺気に、オクタヴィアは息をすることすらできなかった。


(怖い・・・)


そう思ってしまった自分に、胸が痛む。

でも、こんなザカライアを見るのは、初めてだった。


「・・・・聞こえなかったか?・・お前かと、聞いている」


剣の切っ先がさらに押し込まれ、男の首元の肉をわずかに抉る。


「や・・やめろ・・・い、痛い!!・・・」


男は肩を押さえながら、じりじりと後退るが、ザカライアの冷たい視線がそれを許さない。


「答えろ。さもなくば・・・・そのまま突き刺す」


「や、やめろ!ああ、そうだ、やった!俺がやったんだ!そこの女を攫った!それでいいだろ!」


その瞬間だった。

ザカライアの剣が男の顔の前で風を切る。

男の頬が裂け、鮮血が飛ぶ。


「ギャァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」


ホールに、耳をつんざく絶叫が響き渡った。


「アービング公爵!いけません!剣をお納めください!あとは我々が・・・・!!」


フェイ団長が慌てて二人の間に飛び込む。

だが、ザカライアは止まらない。

フェイの制止も聞かず、男の前に一歩踏み出す。


「お前、楽に死ねると思うなよ・・・・」


静かな声。

だが、それは地の底から響く呪詛のようだった。

言うが早いか、ザカライアは男の手のひらに、無慈悲に剣を突き立てた。


「うわぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


男の悲鳴が、石造りのホールの天井を震わせる。

そのとき、オクタヴィアは我に返った。


(ダメ!やめて!このままでは、ザカライア様が血に染まってしまう!)


騎士たちが三人がかりで、必死にザカライアを抑えようとしている。

正直、今のザカライアが怖くないと言えば嘘になる。

でも、それ以上に、彼がこのまま憎しみに呑まれてしまうのが、耐えられなかった。


オクタヴィアは、ザカライアの背中にそっと手をあてた。


「・・・ザカライア様・・来てくださって、ありがとうございます」


その声に、ザカライアの動きが止まる。

彼は剣を手放し、カラン、と音を立てて床に落とすと、振り向きざまにオクタヴィアを優しく抱きしめた。


「・・あなたが、無事でよかった・・本当に・・・・・」


(ああ、いつものザカライア様だわ・・・)


オクタヴィアは、その腕の中で、ようやく胸の奥に押し込めていた緊張を解きほぐした。


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