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幕間となると、予想通り、いままでオクタヴィアに敵意を隠そうともしなかったリリアが、まるで別人のように穏やかな笑みを浮かべて声をかけてきた。


「オクタヴィア様、よろしければご一緒に、少し外の風でも・・・王女とも、もう少しお話してみたいですわ」


その声はやけに丁寧で、柔らかく、まるで旧知の友人にでも語りかけるかのようだ。

しかし、その奥に潜む何かを見逃さない。


「まあ、嬉しいお誘いですわ。ありがとうございます」


にこやかに返しながらも、オクタヴィアのまなざしは揺るがなかった。

背後の椅子の陰で、さきほどのマダラ蜘蛛が静かに身を潜めているのが、心のどこかで感じられる。


「ハロルド様もご一緒にいかがかしら?」


その問いに、ハロルドは一瞬考えるそぶりを見せるが、すっと立ち上がる。


「お供いたしますよ。どうやら風も心地よさそうですし」


「まあ、心強いですわ」


リリアは一瞬だけ表情をこわばらせるが、すぐに作り笑いを浮かべた。

彼女の指には、あの指輪が鈍い光を放っている。


劇場の廊下へ出ると、空気がひんやりと心地よい。

幕間中はロビーで貴族たちが談笑し、ワインを片手に舞台の感想を語り合っている。

しかしその賑やかさの隅、人気の少ないテラスへの通路へ、リリアはあくまで自然に誘導しようとする。


「こちらのほうが静かで、お話ししやすいので・・・」


「あら、私、そういう静かな場所、大好きですの」


オクタヴィアは微笑んだまま、ハロルドと視線を交わす。

ハロルドはほとんど表情を変えず、わずかにうなずき、自然なしぐさで周りの貴族に目を向けている。


(これは、どう考えても罠だ。けれど、イザベルを巻き込むのは避けたいので、この誘いに乗らないわけにはいかない)


テラスに近づくにつれ、空気の質が変わっていくような気がした。

風が、どこか冷たい。


「オクタヴィア様、ファルマンでの生活はいかがですか?」


リリアの声はあくまで柔らかいが、その指先がふと、袖口へと触れる。

中指の指輪がちらりと見えた。


「ええ、陛下も、ザカライア様もとてもよくしてくださって・・・ファルマン帝国は、毎日驚きの連続です」


オクタヴィアはザカライアの名をわざと強調して口にする。リリアはザカライアに好意を抱いていたと、イザベルから聞いていた。その好意に対して煽るようにすれば、早めに正体を出すのではないかと思った。

リリアの指がぴたりと止まり、笑顔がわずかに凍った。


そのとき、オクタヴィアの耳にささやくような声が届く。

マダラ蜘蛛がドレスのどこかに隠れて一緒についてきているらしい。


{アヤシイヤツ、イル、カイダン、ハシラノカゲ}


(・・柱の陰?)


オクタヴィアは一歩、意図的に立ち位置をずらし、該当の場所と思われる階段の柱に視線を移す。そのわずかなオクタヴィアの動きを見てハロルドは判断する。


「・・・オクタヴィア様、寒くありませんか?」


ハロルドの声が、まるで自然な世間話のように耳に届く。

しかしその声の奥には、鋭い警戒の気配がにじんでいた。


リリアの目が、ちらりと階段方面へと向けられた。その目の奥に、一瞬、計算と苛立ちの色が走った。


(これ以上は、無理があると悟ったわね)


オクタヴィアはそう判断し、今一度、笑顔で口を開いた。


「そろそろ、二部が始まるころかしら。ホールに人がいなくなりましたわ。席に戻りませんと。リリア様、お誘いありがとうございました」


「・・・ええ、そうですわね」


リリアが返事をした、その瞬間、世界がゆっくりと歪んだ。


オクタヴィアのすぐそばを歩いていたリリアが、ふらりと足をもつれさせる。倒れるようにして、まっすぐオクタヴィアの方へと身体を傾けてきた。


(しまった!)


オクタヴィアは反射的に差し出してしまった手を、引こうとした。


パンッ!


ハロルドがその手を弾いた。衝撃と共に、オクタヴィアの身体は横に倒れ、壁に肩を打ちつけて倒れ込む。

だが、分厚い絨毯が幸いして、大きな痛みはない。すぐに身を起こし、あたりを見回す。


「ハロルド様!!」


床に重なり合って倒れている人影。それはハロルドだった。


ピクリと動いたハロルドが、苦しそうに上体を起こす。その左手には、クラバットが固く巻かれていた。あの針付きの指輪を、あらかじめ警戒していたのだ。

動いたハロルドに安心し、リリアを見る。


「・・・リリア様・・・?」


床に倒れたまま動かないリリアの顔を、オクタヴィアは心配そうにのぞき込む。

彼女の肩口で、何かがきらりと鈍く光った。


(リリア様の胸元に針が刺さって・・・・?)


「リリア様・・・・・」


オクタヴィアは、それを確認しようとリリアに近づいてしまった。


「お姫様、こっちへ!」


ハロルドの声とともに、その手がオクタヴィアに伸びる。


だが、その直前・・・

別の誰かの手が、彼女の腕を強くつかんだ。


(・・・・っ!)


目を見開いて、その手の主を見上げた。そこに立っていたのは、あの男だった。

口元に浮かんだ、忌まわしい笑み。


オクタヴィアは動くことができず全身が凍りつく。


「お姫様っ!!!!!」


ハロルドの叫び声か聞こえた気がした。


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