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「・・あ・・・あの・・・イザベル皇妃様、申し訳ございません・・・」


リリアは立ち上がり、イザベルの前へと進み出て、膝をつき謝罪する。

彼女はファルマン帝国の公爵令嬢。幼い頃から礼儀作法を叩き込まれてきた身だ。ジゼルの行動がどれほど無礼であったか、彼女にはわかっていた。


「あなたは、あの王太子と結婚するのを納得しているのですか?」


「・・・・」


リリアは顔を赤らめ、恥ずかしそうに視線を落とす。


「・・政略結婚です・・・好きも嫌いも・・私の希望など・・・」


「ええ、そうね。政略結婚なら、自分の意見など言えるはずもありませんね。でも・・・あの王太子は言動、態度、どれを取ってもファルマン帝国公爵令嬢のあなたには相応しくないと思うわ」


「・・・」


「もし、あなたが今の地位を捨てても良いぐらい強く願うのならば、私が手を貸してさしあげてもいいわ」


「・・イザベル皇妃様・・・」


リリアは今にも涙をこぼしそうだった。

イザベルは、リンゼン公爵家の行く末まで考えての言葉だったのかもしれない。

地位を捨ててもよい。それは、厳しさに包まれた優しさだった。


リリアはそっとオクタヴィアを一瞥し、目を伏せてから静かに口を開いた。


「イザベル皇妃様、お気遣いありがとうございます。ですが・・・私は予定通りルカルド王国、ジゼル王太子殿下に嫁ぎます」


その声はどこか誇らしげで、同時にオクタヴィアへ向けた皮肉が込められていた。


「ルカルド王国は、近隣諸国ではファルマン帝国に次ぐ大国・・・王太子妃として、私はルカルドを盛り立てていく所存です」


結婚すれば、オクタヴィアより上の地位になる。そう言っているようにも聞こえる。

だがイザベルは冷静に言葉を締めくくった。


「・・・そう。あなたの気持ちが決まっているのなら、それでいいの。余計な気を回したようね」


そのタイミングで、開演の合図が鳴った。

皆が席につき、場内は静寂に包まれる。


豪華な音楽と光、そして迫力ある役者たちの演技。

オクタヴィアは次第に物語に引き込まれ、夢中で舞台を見つめていた。


ハロルドは、そんな彼女を横目に微笑む。


(お姫様はほんと、素直というか・・すぐ近くに要注意人物がいるのに、舞台に夢中になって周りが見えてない・・まあ、俺が見張ってるから大丈夫だけど・・・・)


ハロルドはリリアが時折こちらをちらちら見ていることにも気づいていた。

舞台を見るふりをしながら、常にリリアの動向を追う。


すると突然、オクタヴィアが舞台から視線を外し、笑顔のままハロルドに顔を近づける。

耳元にそっと囁いた。


「彼女の左手中指の指輪、それに針が仕込まれているわ」


ハロルドは、間近に迫った美しい顔に一瞬ドギマギしたが、すぐにその情報に意識を集中する。

危うくリリアを見てしまいそうになるのを、ぎりぎりでこらえた。


「なんで・・・」


オクタヴィアはスッとハロルドの膝あたりに手を差し出す。

オクタヴィアの手の甲に、ちょこんと一匹のマダラ蜘蛛が乗っていた。


「しかも、イザベル様のお茶会で毒を入れた犯人だと・・・」


「・・・・」


ハロルドは何も言わず、静かにうなずいた。

お茶に毒の地点で犯人は女だろうと思っていたが、リリアを見て納得する。

しかも、指輪に仕込まれた針とは・・・・。

それは、暗殺者が用いる道具だ。

宝石部分を押すと、横から毒が仕込まれた鋭い針が飛び出す構造。知っている者には即座にわかる危険な代物だった。


オクタヴィアは、ハロルドに話しかけるようなそぶりで、蜘蛛との会話を試みた。


「ねぇ、ハロルド様、この後の展開が楽しみですね!どうなるのかしら?」


ハロルドは、すぐに察して、さも自然な様子で会話に乗ってくる。


「そうですね。俺の予想では・・主人公が席を外したところに、恋人が追いかけてくる。ありがちな展開になるんじゃないでしょうか・・・」


{オトコ、ソト、カクレテル}


「・・やっぱりそのパターンかしら?どのあたりのシーンで表現されるのかしら?」


「普通なら、物語の終盤あたりじゃないですか?」


{ジュンビシテル}


「私は、幕間に入る前に伏線が張られると思うのだけれど・・・例えばどこかに仲間が隠れているとか?」


「幕間か。確かに、仲間の登場で盛り上がる場面を挟むには絶妙なタイミングですね」


「次の第二部も、ますます楽しみですわね」


{オマエヲ、オソッタヤツ、ヒゲノヤツ、イル}


オクタヴィアの脳裏に、あの時の男の顔がよぎる。

思い出すとまだ怖い。その気配を察したのか、ハロルドが優しく微笑む。


「本当に。二部も楽しみですね」


彼女の手の上にいたマダラ蜘蛛が、すっと動いて椅子の裏へと姿を隠した。

オクタヴィアもまた、気を取り直すように、舞台へと視線を戻す。


やがて、第一部が終わりに近づいていた。


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