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オクタヴィアもハロルドに手を取られ、馬車を降りた。

その瞬間、一匹の八星テントウが飛んできて、彼女のドレスの袖にとまる。


{ヤツモイル、キヲツケテ}


八星テントウを見つめながら、オクタヴィアは顔を上げ、ハロルドに視線を向ける。

ハロルドは、その小さな虫に目を向けた。


「あー・・・そう言えば、お姫様・・いや、オクタヴィア様って、虫とも話せるって・・・」


オクタヴィアが小さく頷くと、彼女はテントウムシに問いかけた。


「ヤツとは・・・?」


それを聞いたハロルドは、周りを見回す


{キンイロ、ハリ}


「金色?針?」


{チカイ}


「近い・・・」


ハロルドはオクタヴィアのつぶやきを拾い、鋭く周囲を見渡す。

次の瞬間、彼はオクタヴィアの背に手を回し、軽く押しながら声を潜めた。

そのまま小走りで、建物の中に入ると、変わらぬスピードで、イザベルのボックス席に向かう。


「お姫様、走ります。少し我慢して・・・」


そのまま小走りで建物の中へ。スピードを緩めることなく、イザベルのボックス席を目指す。


イザベルは、駆けてゆく二人に気づくと即座に判断をくだし、フェイに後方を固めさせ、騎士たちでオクタヴィアを覆うようにして移動させた。


八星テントウは羽を広げ、空へ飛び立つ。

部屋へたどり着いたオクタヴィアは息を整え、ハロルドは変わらぬ冷静さで外の席を見張る。


ほどなくしてイザベルが騎士を伴って個室に入ってくる。

全員が席についたところで、ハロルドが静かに漏らす。


「お姫様助かりました・・・まさか、こんなに早く帰国するとは・・・・」


「帰国・・?」


「・・・リンゼン公爵令嬢とジゼル王太子殿下です」


「リンゼン公爵令嬢は、ご結婚のために留学されたのではないのですか?」


「それは表向きの話でしょうね。たぶん、留学自体が対外的なカモフラージュです」


「・・・リンゼン公爵令嬢のお席はどちらになりますか?」


「たぶん、この並びの二つ隣だったと思うわ」


イザベルがすぐさま答える。


「お姫様、絶対に外に出ないでね」


「あ、はい。わかりました」


(このまま接触しなければきっと大丈夫よね・・・)


そう思っていたのだが・・・・・・・



「リンゼン公爵家、リリアがイザベル皇妃様へご挨拶申し上げます」


「ご無沙汰しておりますイザベル皇妃様、相変わらずお美しい・・」


リリアとジゼルが、まるで当然のように皇室のボックス席に現れた。



少し前。


「リンゼン公爵令嬢が、ジゼル王太子殿下と共にご挨拶を望んでおられます」


フェイがそう報告し、ボックス席に入ってくる。


「ハア・・・」


イザベルは深くため息を吐いた。

本来、観劇時のボックス席は、挨拶などしないのが暗黙のルールだ。

劇が始まる前の訪問など、完全に無粋。

だが、フェイが止めなかったということは・・・ただの社交辞令ではない事情があるのだろう。


リリアは、隣国の王太子と婚約しており、三大公爵家の令嬢。

短期滞在であるならば、会わざるを得ない。

王太子まで伴っているなら、なおさらだ。


「仕方ないわね・・・オクタヴィアさん、ハロルドの後ろへ」


「はい」


「フェイ、通してちょうだい」


「かしこまりました」


フェイは、外で待つリリアたちの元へ踵を返す。


「なるべく早く片付けるわ・・・」


イザベルは扇子を取り出し、口元に当て表情を消した。


この仕草は、「早く切り上げなさい」の合図。社交界では常識のようだ。

オクタヴィアは、それをつい先日ザカライアに教わったばかりだった。


やがて部屋に入ってきたリリアは、その扇子の仕草に一瞬たじろいだものの、後ろからジゼルに押されるようにして進み出た。


「リンゼン公爵家、リリアがイザベル皇妃様へご挨拶申し上げます」


「ご無沙汰しております、イザベル皇妃様。本日もお美しく・・・」


(スタン兄様やザカライア様には「リリア様とは関わるな」と言われているけれど・・・)


ハロルドの背後からリリアと目が合った瞬間、オクタヴィアは本能的に感じ取った。


(金だわ・・・)


リリアのドレスは白地に金の刺繍と装飾がふんだんに施されており、髪飾りやネックレスも金尽くし。

豪奢というよりは、派手に見える装いだった。

そのリリアが、オクタヴィアに向かって鋭い憎悪の眼差しを向ける。

リリアの視線を追って、ジゼルもオクタヴィアに気づいた。


「やあ、オクタヴィア王女じゃないか!久しぶりだね。あなたは今日も美しいな」


「こんにちは、ジゼル王太子殿下、リリア公爵令嬢・・・」


オクタヴィアは優雅にカーテシーをする。

リリアも礼儀として返すが、その態度は明らかに不機嫌だった。


「こんにちは・・オクタヴィア王女・・・」


「お二人はご婚約されたとか。おめでとうございます」


その言葉に、二人の表情がこわばる。


「・・・まだ、婚約しただけだから・・・でも、まあ、式を上げる時はぜひ、ルカルドに来てくれ」


ジゼルは苦笑いしながらそう言った。

後ろに立つリリアは、なおも敵意に満ちた視線をオクタヴィアに向けている。


(・・・ジゼル殿下は相変わらず無神経な物言いね。リリア嬢が気の毒だわ。それにしても、私、リリア嬢から本当に嫌われてるみたい・・・・)


「さて、お二方、間もなく開演ですわ」


イザベルが静かに声をかけて、二人の退出を促す。

リリアは慌ててカーテシーをして部屋を出ようとするが、そこでジゼルが、場の空気を無視したように口を開いた。


「イザベル皇妃、リリア嬢はあなたの国からルカルドに来て、これから王族になる予定の令嬢です。幸い、こちらには王族が二人もいらっしゃる。よろしければ今後の勉強のために、ぜひリリア嬢だけでもご一緒に観劇させていただけませんか?」


ジゼルは悪気なく、実に気軽な口調で言った。

しかしそれは、皇妃に対して無礼な提案だった。イザベルの目が鋭くなる。


とはいえ、“あなたの国からルカルドに来て、これから王族になる”などと王太子に言われては、立場上、はっきりと断ることも難しい。


「私は、リリア嬢がいなくなり寂しくなりますが、自分の部屋に戻ります。こちらに、約束もなく男の私が入るのは皇帝陛下に失礼ですからね」


「いや、もう十分失礼だろう・・・・」


ハロルドがぼそっとつぶやく。

ジゼルには聞こえなかったようだが、リリアの肩がピクリと震えた。どうやら彼女には聞こえたらしい。


「・・・わかりました。では、リリア嬢は観劇中、こちらでお預かりいたしましょう」


イザベルがそう告げると、控えていた侍女がすぐさま椅子を用意する。

本来なら下座に座らせるべき場面だが、イザベルはあえて自分の隣にリリアを座らせた。


イザベル、リリア、ハロルド、オクタヴィア、その順で並んで腰を下ろす。

イザベルはなおも口元に扇子を当て、鋭い視線を隠そうとしない。


「リリア嬢、よかったですね? しっかりお二方を見て勉強なさってください。では、観劇が終わりましたら迎えに参ります。失礼いたします」


ジゼルが部屋から出て行っても、緊張した空気が流れていた。


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