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観劇の日は、朝から雲ひとつない晴天だった。
ザカライアがオクタヴィアの護衛につけたのは、アービング公爵付きの騎士5名と、今目の前にいる青年ハロルド。ザカライアの共同経営者だという。
「ハロルド、余計なことはしなくていい。何があっても、オクタヴィアから離れないように。それから劇場に入ったら、すべての席の確認も忘れずに」
馬車の前に見送りに来てくれているザカライアは、さっきからずっと不機嫌そうな顔でハロルドに指示を出している。
「あと、飲食はこちらで用意したもの以外は手を付けないように注意を払ってくれ・・・」
「・・・ザカライア、もう、わかったってば!お姫様のことは任せてよ!護衛の騎士は総勢30人以上いるし、大丈夫だって!」
「大丈夫なものか!・・そろそろ“あれ”も来る時期だし・・用心するに越したことはない」
イザベルが、ザカライアとハロルドの間に入る。
「まあまあ、ザカライア。ハロルドもご苦労様ね。本日はお願いしますね」
「イザベル様、お久しぶりです。・・・イザベル様のドレスの袖レース部分は、うちの商品で仕立てていただいたものですね?着心地はいかがでしょうか?」
「まあ!いつも思うけどあなたは本当に抜け目がないわね。レース部分の肌触りは悪くないわ。細かいレースでとても綺麗だと評判よ」
「それは光栄です。では今後も積極的に・・・・」
「おい!ハロルド!今日は商売の話は禁止だ!余計なこと考えると、オクタヴィアの護衛に集中できないだろ」
「・・・はい、はい・・・もう、本当に!・・・」
ハロルド様はキーッ!と言いながら頭を搔きむしっている。
とても心配だ・・・。
オクタヴィアは、不機嫌そうなザカライアに、明るく笑って声をかける。
「ザカライア様、そろそろ出発の時間のようなので、行ってまいりますね」
「オクタヴィア、ハロルドといつも行動を共にしてください・・・気をつけて」
「はい、では、行ってまいります」
馬車二台と騎士たちが隊列を組み、街中をゆっくりと進んでいく。
「お姫様・・・あ、オクタヴィア様、ザカライアっていつもあんな感じなんですか?」
「今日は、いつもより機嫌はよろしくなかったようですね・・・」
「すごい、過保護ですよね?・・・あれ、苦しくないですか?」
「え?・・ええ」
そこへイザベルがさらりと口を挟んだ。
「ハロルド、今日は人前だったから、あれでもマシだったのよ」
「え・・マシなんですか?あれが?・・・」
「私もザカライアが、ああなっているのを見て驚いているのです」
「盛大に拗らせてますね・・・」
「・・・そうね。だから、オクタヴィアさんに何かあれば、ハロルド、あなた首が飛ぶわよ」
イザベルが持っていた扇子を広げて口元を隠しているが、明らかに笑っている。
「ちょっ・・!ほんと勘弁してほしいんですけど!・・・」
ハロルドの反応につい笑ってしまうオクタヴィア。
ハロルドの剣の腕は“まあまあ”らしいが、機転の良さは折り紙つき。ザカライア曰く、彼と一緒ならどんな状況でも逃げ切れるらしい。だから今日は、絶対にハロルドのそばを離れないつもりだ。
「ハロルド、私も陛下からあなたのそばを離れるなと命じられています。責任もって、私たちをよろしくね」
「・・・あの〜、俺平民なんですけど・・・国のトップの貴婦人を二人も押しつけ・・・いや、任されるなんて気が重いんですけど」
「まあ、私たちじゃご不満?」
「そんなわけないじゃないですか!?不満なのは、陛下とザカライアにですっ!」
ハロルドの軽口に、思わずオクタヴィアはハラハラする。
(皇妃に対して、それ・・不敬にならないのかしら・・・)
だがイザベルは、カラカラと楽しそうに笑っていた。
オクタヴィアの不安げな顔を見て、イザベルが優しく説明する。
「この子はね、小さいころにザカライアに拾われて、しばらく城に住んでいたの。あまりに賢いから、アーロンが秘書官として使うようになったのよ。生意気だけど、私たちにとっては息子みたいなものなの。いまだかつて秘書官の仕事を三日で覚えたものはハロルド以外いないわ」
「まあ!三日で?信じられません!膨大なお仕事内容なのではありませんか?」
「うーん、まあ、資料を三日間読み続けただけですよ。眠かったのは覚えてるけど・・・」
「す・・すごいですね!!・・」
「別に。オクタヴィア様には動物たちと話せる力があるでしょ?俺は、短時間で記憶する能力がある。それと同じです。イザベル様は、“そこにいるだけで愛される力”があるし。みんなそれぞれ、特技の一つってだけです」
なんて柔らかな発想だろう。
自分の力は特別で、人に知られてはいけないとずっと言われてきたオクタヴィアにとって、ハロルドの言葉は新鮮で、心に沁みた。
「そんな考え方があるのですね・・・」
その時、馬車が止まり、外からフェイ団長の声が響く。
「到着しました。周囲の安全確認が済みましたら、お声がけいたしますので、それまでお待ちください」
「わかったわ。フェイ、よろしくね」
イザベルが返答する。
「やっぱり、団長が来てると警備の質が違うなぁ〜」
暢気に窓の外を覗きながらハロルドが笑っている。
「最近のアーロンは心配性なのよ。観劇ぐらいで騎士団長まで引っ張り出すのはやり過ぎだと言ったのですが・・・」
「イザベル様、ご準備が整いましたのでどうぞ」
馬車の扉が開く。目の前に現れたのは、白い大理石でできた壮麗な劇場。
光を受けて、まるで建物そのものが輝いているようだった。




