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兄が帰国してからは、もっぱら、イザベル様がオクタヴィアの話し相手だ。
「イザベル様、それで、お腹の赤ちゃんはどうですか?」
「まだ実感はないけれど、お腹の中に確かに宿っていると医師に言われたわ。青薔薇が咲いたから、確実に生まれるのはわかっているけれど・・・それでも少し不安ね」
まだ、膨らみのないお腹を撫でるイザベル。
「アーロンったら、どんな子が生まれてくるか毎日想像していて、その話題ばかり」
「アーロン陛下は、楽しみで仕方がないのですね」
「そうなんでしょうけど・・毎日あの過保護で熱烈な話に付き合うのは大変だわ!」
「ふふ・・イザベル様、大変だと言いながら、幸せそうなお顔をされています」
「オクタヴィアさん、人ごとみたいに言ってるけど・・ザカライアの方が、もっと大変になると思うわよ?」
「え・・?そうでしょうか・・?」
「私もね、まさかザカライアがあんなに重くなるとは思ってなかったわ・・・」
そのとき、ふいに背後から足音がして、二人が振り向くと渦中のザカライアが立っている。
「イザベル皇妃、また、オクタヴィアに余計なことを話してますね?」
「まぁ、なにかしら? そんなこと言ってないわよ」
しれっと嘘をつくイザベル。
「アーロン陛下が皇妃を探しておられますよ」
「やだわ、また、心配してるのね?オクタヴィアさんとお茶をすると言ってあるのに!」
そう言いながらも、イザベルは席を立つ。
「オクタヴィアさん、では、また」
「はい、ありがとうございました」
先ほどまで、イザベルが座っていた席に、ザカライアが代わりに座る。
「ザカライア様、お仕事は終わったのですか?」
「ええ、終わりました」
にこにこしながら答えるが・・・
「そのお顔は嘘をついていいますね?」
「おや?どうして、そう思うのですか?」
「ザカライア様の嘘を見抜く技を見つけたのです」
それは、嘘をつくときに右の眉が少しだけ上がるクセ。
本人は気づいていないようだが、オクタヴィアにとっては“自分だけが知るザカライア”のひとつで、密かに嬉しい発見だった。
「・・・技、ですか?」
「ふふ・・ええ、でも内緒です!」
「困りましたね・・・そんな技を磨かれては・・」
「ところで、先ほどイザベル様から今話題の観劇にお誘いいただいたのですが、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「いつですか?」
「明後日の昼だと聞いております」
「急ですね・・・その日は、陛下からの緊急招集があり、私はご一緒できません・・・」
「はい、伺っています。本来は陛下と行かれる予定だったそうですが、急遽キャンセルになってしまって・・劇場にもご迷惑がかかるのでと、お声をかけてくださいました・・・」
「・・本音を言えば、ダメと言いたいところですが・・・」
「お願いします、ザカライア様! 観劇は初めてなんです、どうしても行ってみたいんです!」
「・・仕方ありませんね。陛下も、イザベル皇妃には最高の騎士団を付けるはずですし・・こちらからも、あなたを守れる者をつけましょう」
「ザカライア様!ありがとうございます!」
思わず嬉しさがこみ上げて、兄にするような感覚でザカライアに抱きついてしまう。
「姫様っ!!」
さすがにそれはまずいと、控えていたナージャが慌てて一歩踏み出すが、ザカライアが手を上げて制止した。
自分が何をしたのかに気づき、オクタヴィアは慌てて離れようとする。
しかし、ザカライアの腕が、背中に回されたまま、離れない。
「・・あなたから抱きついてきてくれるなんて、これ以上の幸せはありませんね」
耳元で囁かれる言葉に、気を失いそうになる。
「ザ・・・ザカライア様・・すみません、つい・・はしたないことを・・」
真っ赤になりながらも、なんとか離れようとするが、その腕はぴくりとも動かない。
「こんな幸運、そうそう訪れませんから・・・少しだけ、このまま私を癒して・・・」
「ザカライア様・・・・」
しばらくそのままの体勢でいると、ザカライアがようやく腕をゆっくりほどいた。
オクタヴィアは、ほっと息をついて彼から離れ、自分の席に座り直す。
「・・・いずれにしても、明後日は会議を早めに終わらせます。終わり次第、劇場までお迎えに上がりますよ」
「ザカライア様、陛下からのお呼び出しなのに、無理なさらないでくださいね?・・・・」
ザカライアが“早く終わらせる”なんて言い出した時点で、絶対に何かやる気だ・・・そんな予感しかしない。
「オクタヴィアは心配しないでください。大丈夫ですから」
そう言って、いつものように完璧な微笑みを向けてくる。
(・・・その笑顔がいちばん不安なのだけれど!)
オクタヴィアは、ザカライアが笑顔の裏で何を企んでいるのか想像するだけで、軽く頭が痛くなってきた。




