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ハロルドは、ソファに座るザカライアを見つめていた。
その様子は・・・実に浮かれている。
昨夜、帰還したザカライアは、終始上機嫌で、今朝になってもその浮かれぶりは続いている。
聞けばお姫様に結婚を承諾してもらえた。とのことだ。
浮かれすぎていて、正直、少し気味が悪い。
(どうしようかな・・・・ノートリアス盗賊団の事、色々調べてわかったけど・・・)
そんなハロルドの思考をよそに、ザカライアはにこにこしながら書類にサインをしていく。
その手は止まることなく、次々と書類を片付けていく。
(でもなぁ・・・この浮かれようのザカライアに、今、盗賊団の話なんて・・でも、姫様に関わることでもあるしなぁ・・・・)
ハロルドが迷っていると、ザカライアがふと顔を上げて声をかけてきた。
「ハロルド? さっきから何をしているんだ?」
「あーーー、うん。えっとー、今日のザカライアは凄く機嫌がいいね」
「?・・まぁ、機嫌は悪くないな。それで?」
「あぁ、うん・・・・」
「なにか、報告でも?」
「・・・あるっちゃある、かな・・」
「ちょうど書類の一区切りがついた。そっちで休憩がてら聞こう」
そう言って、ザカライアはソファに腰掛けるハロルドの元へ移動してきた。
ハロルドは少し躊躇しながらも、書類の詰まったファイルを取り出す。
(・・・でもまあ、お姫様に何かあったときのザカライアを考えたら、今のうちに話しておくべきだよな)
「ノートリアス盗賊団の調査報告書が上がってきたんだ」
「ほう・・それで、どうだった?」
「やっぱりルカルド王国が絡んでる。しかも、かなり大規模な組織だ。ここまで大きいとなると、王族の誰かが関与してるのは確実だね」
「それで?」
「これが、ルカルド王国からノートリアス盗賊団が指名手配されたときの奴らの犯罪履歴なんだけど・・・」
びっしり文字が書かれた書類をザカライアは手に取り、読み進める。
「・・妙だな?」
「だろ?」
その書類に書かれているのは、盗賊団に襲われた場所と、品名が書かれているリストだった。
「大きな被害を受けているのは、どれも他国資本の大規模施設ばかりだな」
「ルカルド国内の小さな商店も時々被害にあってるけど、被害はごくわずか。完全に目くらましだね」
「襲われてる他国の荷も、だいたい決まってる・・・資源ばかりだ」
「ルカルド王国は、どの荷をいつ運ぶか、事前に王族の審査が必要な国なんだ。その情報を管理してるのは王族系統。つまり、事前に情報を盗賊団に流して、特定の荷だけ狙わせてる可能性が高い」
「・・資源を奪っておきながら、『荷が届かなかった』と申告すれば、相手国は契約上、補償せざるを得ない・・・。盗ませた上に補償金も得るつもりか。結果として、倍の資源が王族の手元に入る計算になるわけだな・・」
「でも、そんなに都合のいい盗賊団なら、わざわざ指名手配なんかせずに隠しておけばいいのに。どうして他国にまで知らしめたんだ?」
「それが、多分これなんじゃないかな?」
ハロルドは書類をぱらぱらとめくり、ある一枚を抜き取ってザカライアに差し出す。
「・・・オウル国の王族からの陳述書?」
「そう。東の大国・オウル国の王族の荷を、盗賊団が襲ってしまったらしい。しかもそれが、オウル国の第三王子が、ルカルドの伯爵令嬢に宛てて送った求婚のための品だったんだ」
「・・なるほど」
「当日、1キロほど離れた場所で別の商団が鉄鉱石の荷を運んでいたという証言もある。そちらと間違えた可能性が高いね」
「オウル王国の荷は、審査を通す必要のないものだったのか・・奴らのただのミスだったわけだな」
「だね、で、オウル国から届いた陳述書によれば・・・・第三王子が激怒して、“自分の荷を襲った不届き者をルカルド王国は討伐し、速やかにオウルに引き渡せ”と要求してきたらしい・・・」
「それでルカルド王国は、まずいと思って盗賊団を指名手配にした、と。表向きは捜索しているように見せかけて、実質は逃がしたわけか・・・」
「実際、ルカルド王国からは討伐したと言って、数十人を“ノートリアス盗賊団”としてオウル国に送ったらしいけど、全員下っ端ばかりでさ。まるで“トカゲのしっぽ切り”だね。しかも、彼らは盗賊団の詳細なんて何も知らなかったらしい」
「オウル国はファルマン帝国と肩を並べる大国だ。この国から遠いから接点は少ないが・・そんな大国を怒らせたとなれば、ルカルドも慌てるだろうな・・・」
「なるほど・・・奴らの狙いが見えてきたな。イザベル皇妃を襲って、アーロン陛下を誘い出す。そして陛下に手をかけてしまえば、次の皇帝が決まるまで国は混乱する。その隙を狙って・・たとえばリンゼン公爵のような有力者と手を組み、内側から国を乗っ取ろうとしたのか・・・」
「そもそもさ、ファルマン帝国を乗っ取ろうとしてるのに、こっちで味方がリンゼン公爵一派だけって、ちょっと頭悪くない?」
「確かにな。いくら混乱が生まれるとはいえ、ファルマン帝国はそう簡単に揺らぐ国じゃない・・・」
「うーん・・・やっぱり、ルカルドの奴らってアホなの?」
ザカライアは夜会でオクタヴィアに絡んできたジゼルの姿を思い出し、思わず顔をしかめた。
「・・・確かにルカルドの王族は、そこまで賢くはなさそうだ。だが・・この件、そんなに単純な話でもない気がする」
「そうなんだよね〜。単純というか、何というか・・・腑に落ちない感じ」
「別の目的があるのかもしれないな・・・」
「うん、そんな気がする。でさ、そのリンゼン公爵なんだけど・・さすがにあの人は馬鹿じゃないから、今のところはまったく動きがない。でも、花嫁修業でルカルド王国に行ってた娘が、近々里帰りするらしいって話だ」
「里帰り?まだこの国を出て行って間もないのに、もう帰ってくるのか?確か留学目的とも言っていなかったか?」
「そうなんだよね。もう何を考えてるのか、さっぱり分からない」
「・・・それに、婚約者のジゼル王太子も一緒に来るらしい」
思わずザカライアからチッと舌打ちがでる。
「・・・いつ頃、こっちに?」
「来月の初めだって」
「・・・詳しい日時が分かったら教えてくれ」
先ほどまで上機嫌だったザカライアだが、今ではとても機嫌が悪そうだ。
そうしていると、執務室の扉がノックされた。
入室の許可を出すと、執事のサムエルが静かに扉を開けて中に入ってくる。
「ザカライア様、三階のお部屋のリフォームを担当する者たちが参りました」
「そうか、もうそんな時間か・・・」
テーブルの上の時計をちらりと確認すると、ザカライアは自分の机の書類をまとめ始めた。
「リフォームって・・・ザカライアの部屋の隣の?」
「あぁ、今から手を付けないと間に合わなくなるからな」
「・・・・お姫様に、好みは聞いたの?」
「ああ、私に任せると言ってくれた」
(あ~~、お姫様、それはやっちゃったなあ・・。ザカライアの愛、かなり重いから。とんでもない部屋になりそうな予感しかしないんだけど・・・・)
ハロルドは内心で呆れつつも、にっこりと笑顔で送り出す。
「じゃあ、こっちは引き続き、ルカルド王国関連を調べとくよ!ザカライアは、お姫様のために全力で“愛の巣”を作ってきて!」
「・・・・何かわかったら、また報告を頼む」
そう一言残して、ザカライアはサムエルとともに執務室をあとにした。
扉が閉まると同時に、ハロルドは大きくため息をつく。
(はぁ〜・・これからしばらく、工事の音が夜まで響くのか。これは、商会の本社で寝泊まりしたほうがマシかもな・・・)
テーブルに広げていた資料を片づけながら、幸せそうなザカライアの顔をふと思い出す。
微笑を浮かべながら、ハロルドも自分の部屋へと戻っていった。




