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「オクタヴィア、どうかなさいましたか?」
「はい。蝶が・・“私が狙われている”、それに“黄金の女に気をつけて”と・・・」
「黄金?」
「・・・何のことかは、わかりませんが・・・」
オクタヴィアは少し不安そうな顔をする。
「オクタヴィア、今度こそは・・・私が守ります」
ザカライアはオクタヴィアの手をぎゅっと握った。
少しして、イザベルも落ち着きを取り戻し、ふたたび向かい合って席に着いた。
「オクタヴィアさん・・先ほどは取り乱してごめんなさいね・・・・」
イザベルは、まだ少し鼻を啜りながら話しだす。
「まさか、蝶から・・・それも、絶滅したはずのレインボーバタフライから青い薔薇の開花を告げられるなんて・・・・心がいっぱいで」
アーロンはイザベルの手をそっと取り、ザカライアに視線を向ける。
「先ほど、お茶会の会場に騎士を一人向かわせたが、確かにオクタヴィア王女が話していた通りの人物たちがいたとのことだった。朝の鹿の小競り合いも報告にあったそうだ」
ザカライアは無言のまま、静かに頷いた。
その様子を見ながら、イザベルが申し訳なさそうな声でオクタヴィアに頭を下げる。
「オクタヴィアさん、疑うような真似をしてしまってごめんなさい・・・」
「いいえ。お気になさらないでください」
「そう言うことですので、先程の毒混入の件は、オクタヴィアは野うさぎに聞いたのは確かです」
「そうだな。信じよう」
アーロンが納得してくれれば、今後の対話もスムーズになるだろう。
そこでザカライアが一呼吸置き、真剣な表情で語りかける。
「お二人に、お願いがあります。私は、オクタヴィアのこの力をここにいる者以外に口外したくありません。これ以上、オクタヴィアが傷つく事があってはなりません。もちろん、それでよろしいですよね?」
「確かに・・・王女の安全を考えれば、それが良いだろうな」
「アーロン、オクタヴィアさんの怪我は全て私の責任です。怪しい商会を城に入れてしまった事、オクタヴィアさんが私と間違われ攫われた事・・・私もこれ以上オクタヴィアさんを、危険には合わせたくありません」
「イザベル・・・そうだな・・」
「それと、オクタヴィアのこの能力は、オクタヴィアだけのもの。先ほどは確認のために許しましたが、今後、私たちからオクタヴィアにその能力を使わせる事は、絶対にやめてください」
「わかった。了承する」
アーロンは、意外にもあっさりと頷いてくれた。
その反応に、場の空気が少しやわらいだのを感じる。
話し合いが一段落したとき、イザベルが静かに頭を下げる。
「オクタヴィアさん、まずはお礼を・・・紅茶に毒が入っていたことを知らせてくれて、本当にありがとう」
「イザベル様がご無事で良かったです」
オクタヴィアも笑顔で応える。
「そしてもう一つ・・・私たちは長い間、子に恵まれずにいたの。レインボーバタフライの知らせを聞いて・・あの青い薔薇が咲くのを二人で見られる日が来るなんて・・まるで夢のよう。しかも、男の子だなんて・・」
イザベルは、大輪の花が咲くような笑顔を浮かべ、オクタヴィアに深く頭を下げた。
その姿に、オクタヴィアは慌てて歩み寄る。
「イザベル様、お礼なんて・・・私はただ、蝶さんのお話をお伝えしただけで・・・」
「いいえ。オクタヴィアさんのおかげで私とアーロンは、今、とても幸せだわ。今夜、青薔薇が咲くところを二人で見てきます」
そう言って、イザベルはアーロンと目を合わせ、幸せそうに微笑んだ。
「私からも、オクタヴィア王女にお礼を言おう。イザベルのこんな幸せな顔は久しぶりに見たよ。今まで青薔薇が咲かず、イザベルは長いこと落ち込んでいたのだ・・・。それに、今日、彼女が毒から救われたからこそ、今夜この奇跡が訪れる。心から礼を言うよ。本当に感謝している」
ファルマン帝国の皇帝陛下と皇妃からのお礼など恐れ多く、萎縮してしまう。
ザカライアを見上げると、手を繋いで、こくりと頷いてくれる。
「アーロン皇帝陛下、イザベル皇妃様、この度はおめでとうございます。私も生まれて来る王子殿下を心待ちにしております」
深くカーテシーをして、二人へ祝いの言葉を贈る。
ザカライアも同じく、新たな命の誕生を祝福し、オクタヴィアと手をつないだまま、部屋を後にした。




