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「ザカライア様。なぜ私が紅茶に毒が入っていると気づいたのか・・そのお話からさせてください」
ザカライアは黙ったまま、頷くと、オクタヴィアの目を見つめた。
「私には、生まれつき・・・不思議な能力があります」
オクタヴィアは静かに語り出した。ザカライアは一切口を挟まず、真剣な表情で彼女の話に耳を傾ける。
彼女の語った内容はこうだった。
子供の頃から、動物や昆虫の声が聞こえ、会話ができるということ。
ノートリアス盗賊団の情報も、動物たちから得たものだったこと。
ファルマン帝国に犯罪者が潜入することを知り、自分がこの国に来た理由もそのためだったこと。
盗賊団には見張りのヤモリをつけていたが、誘拐されて以来、連絡が取れていないこと。
危機に陥ったり、強く願うと、彼らが自然と現れ助けてくれること。
誘拐された時も、鬼蜂が犯人を襲い、その隙に逃げ出すことができたこと。
そして、今回の毒も、庭に現れた野うさぎが知らせてくれたこと。
そして、キングホースとは友達らしい。
冗談のようにも聞こえるが、オクタヴィアは真剣だった。
ザカライアも、彼女には何か特別な力があるとは感じていたが、まさか「会話」ができるとは・・・。
あの本に書かれていた伝承が脳裏をよぎる。
「なるほど・・・いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」
「はい・・・」
「例えばですが・・クマのような大型動物や、サソリのような毒虫を使って人を攻撃することは、やろうと思えば可能なのですか?」
「・・・意図してやったことはありませんが、あの蜂のように危害を加えることはできてしまうと思います。動物たちは、私を守ろうとして動いてくれるので・・・」
「そうですか・・・では、先ほどのお話にもあったように、オクタヴィアが望めば、彼らを使って“見張り”のようなこともできると?・・・」
「はい。できます」
「・・・なるほど」
(これは・・すごい能力だ。暗殺もスパイ行動も可能など。だが・・・・)
「オクタヴィア。デューク王国では、その能力を政務に活かしているのですか?」
「いいえ。ただ、ノートリアス盗賊団のように、我が国の安全に関わる場合は、その情報をもとに犯人を探すことはあります・・・」
「・・では、デニス王はその力を使って、他国の情報を探ったりは・・・?」
「!!そんなことは、絶対にありません!むしろ、力を使いすぎないようにと、控えるよう言われてきました!」
自国が疑われたことに、オクタヴィアは少し苛立ちをにじませながらも、きっぱりと否定した。
しかし、ザカライアにとっては確認が必要な問いだった。
「・・わかりました。この話は、外に漏れてはなりません。確実にオクタヴィアが狙われてしまう。あなたはそれほど、特別な存在です。私は、あなたをこれ以上危険な目に遭わせたくありません」
「申し訳ございません・・・ザカライア様にご迷惑ばかり・・・」
俯くオクタヴィアに、ザカライアはやさしく言葉を返す。
「いいえ。迷惑だなどと思ったことはありません」
少し間をおいてから、言葉を続ける。
「オクタヴィア、本当はもっと気の利いた場所でこの話をしたかったのですが・・・」
「話・・?」
ザカライアは立ち上がり、彼女の前に歩み寄ると、静かに膝をつき、その華奢な手をそっと取った。
「私は・・・この先の人生を、あなたと共に歩んでいきたいと考えています」
「ええ、もちろんです。ザカライア様とは、いつまでも友人です」
オクタヴィアはにこやかに笑い、どこか「安心して」とでも言うような表情を浮かべる。
「・・・・・・・」
「いえ、・・・・・言い方が悪かったですね」
ザカライアは一呼吸置き、慎重に言葉を選ぶ。
オクタヴィアは、彼の次の言葉を静かに待った。
「あなたを、私の伴侶にしたいと思っています」
「伴侶・・・」
オクタヴィアは驚きに目を見開き、呆然とザカライアを見つめた。
「あなたと過ごす時間が、何よりも楽しく、貴重なものでした。孤児院をご案内いただいたときの、あの可愛らしい笑顔が、今でも強く印象に残っています。それ以来、ずっと・・・あなたが私の心の中にいます」
一呼吸おいて、彼は真っ直ぐな思いを告げた。
「オクタヴィア。あなたのことを愛しています。どうか、私と結婚してください」
「ザカライア様・・・」
真摯なまなざしに、オクタヴィアは視線をそらすことができなかった。
「もちろん、これはあなたの能力とはまったく関係のない話です。その力を知った今だからこそ・・・誰よりも近くで、あなたを守っていきたいと、心から思ったのです」
ザカライアの目に、嘘はなかった。
オクタヴィアは、自分の力の危険性を誰よりも理解している。
使い方を誤れば、関わる者を傷つける可能性もある。
あの、悲しいネズミの死が脳裏をよぎる。
(それでも・・・ザカライア様なら、きっと大丈夫・・・)
彼に握られている指先に、自然と力が入った。
「・・ザカライア様・・あの・・ありがとうございます・・・私でよろしければ・・・お受けいたします・・」
「オクタヴィア!!」
ザカライアは嬉しさに満ちた顔で立ち上がり、そのまま彼女を抱き寄せた。
「っ!!」
彼の胸元に顔を埋められていることに気づいた瞬間、オクタヴィアの顔は真っ赤に染まる。
「ザ・・・ザカライア様・・・・!!」
恥ずかしさに堪えかね、腕の中から逃れようとするが、抱きしめる力は緩まない。
「オクタヴィア・・・ありがとう・・・とても・・嬉しい」
耳元でささやかれる言葉に、心臓が跳ね上がる。
しばらくそのままでいたオクタヴィアは、
(このままだと心臓が口から飛び出てしまう・・・)
と、本気で思い始めた頃、ようやく解放された。
祝!60話です!
やっとプロポーズできました!




