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(ふうん。あれがオクタヴィア王女か)
ザカライア・アービングは、淡々と王女を観察していた。
本日はアーロン陛下の指示により、オクタヴィア王女と一曲踊ることになっている。
正直なところ、気が進まない。
だが、これは外交の一環。そう割り切れば、多少は気も楽になる。
夜会に足を踏み入れた瞬間、女性たちの大歓声が耳をつんざいたのは、もはやお約束だ。
ファルマン帝国でもそうだったが、どこの国へ行っても変わらない。
心の中で大きくため息をつきつつ、王女の挨拶に耳を傾ける。
(しっかりした王女だな)
可憐な見た目に反して、堂々とした話しぶりだった。短くとも心からの感謝が込められた、透き通るような声。
落ち着いた所作と相まって、好感が持てる。
(この王女なら、踊る相手としてもそこまで鬱陶しい態度は取らないかもしれない。)
思い出すのは、一ヶ月前。
ザカライアはルカルド王国の第三王女の誕生日の夜会に出席した。
その時もアーロン陛下の命により、王女にダンスを申し込んだが・・
しなだれかかり、転びそうなふりをして抱きつき、挙句の果てには執拗に追い回される始末。曲が終わるなり即座に距離を取ったものの、その後のしつこさには辟易した。
「このままでは帝国とルカルド王国の関係は悪化する!」
そう強く苦言を呈し、やっと王女から逃れたのだった。
(・・さて、仕事だ。)
そう考えながら、ザカライアはオクタヴィア王女のもとへと向かい、敬意を表して膝を折る。
王女は動揺することなく、静かに、しかし確かに言葉を返した。
「ファルマン帝国、ザカライア・アービング公爵様、お誘いありがとうございます。喜んで。」
白く華奢な指が差し出される。
その手を取り、ゆっくりと立ち上がると、ダンスホールへとエスコートした。
(それにしても・・・珍しい色合いの王女だな)
王女の顔を間近で見たザカライアは、初めは不思議なネオンブルーの瞳に目線が引き寄せられたが、すぐに艶やかなブルーシルバーのふわりと揺れる髪に視線を移した。
(普通のデビュタントを迎える令嬢は、白いドレスと相まって全体的に薄い印象になるのだが・・・なんだか、この不思議な瞳の色が独特なインパクトを与えるのか。)
ダンスホールに進み、踊る体制をとりながらザカライアは礼儀上王女に話しかける
「オクタヴィア王女、素敵なドレスですね」
言葉をかけた途端、顔を上げたオクタヴィアの指先がキュッと一瞬力が入ったので、何かと思い王女の視線を辿ると少し目を見開いてザカライアの肩のあたりを凝視していた。
(後ろに何か?・・・)
ちらりと後ろを見たが、特に変わった様子はないようだが・・・
ザカライアが視線をオクタヴィアに戻すと、何事もなかったかのように微笑んでいた。
「ありがとうございます。アービング公爵様にお褒めいただき光栄ですわ」
(ビ・・・・ビックリしたわっ!いきなり蟻さんが声をかけてくるから!声が出そうになったわ。危なかった・・・)
そんな王女の心境を知る由もなく、ザカライアは曲の始まりとともに、彼女の手を軽く引き、優雅な旋律に合わせてダンスを踊る。
{オマエ、キコエテルダロ}
蟻はまだ、公爵様の肩に乗ったまま、オクタヴィアに執拗に話しかけてくる。
{ワルイヤツ、シッパイ、コイツノクニ、イク}
「え!?」
思わず声が漏れた。
「どうかされましたか?」
「・・・あ、いえ・・その、帝国の方はダンスがお上手で踊りやすいと驚いてしまって・・・」
慌てて、苦しい言い訳をする。
「・・・そう言っていただけますと光栄ですが、帝国にもダンスが苦手なものもおりますよ。デューク王国と変わりないかと。」
「そ・・・そうですわね・・・私、少し緊張しているようで・・・失礼いたしました」
なんとか、衝撃的な蟻の言葉に耐えながら謝罪を述べる。
(なに!?ドーガンさんがファルマン帝国に行こうとしているってこと!?)
オクタヴィアは、もうダンスや公爵どころではなく、公爵の肩に乗っているおしゃべりな蟻にしか目が行かず、たぶん公爵から見たオクタヴィアは、公爵の目を見ずダンスをする失礼な王女だと思われているだろう・・・
その時、
「そういばオクタヴィア王女、デューク王国は最近大きな犯罪を未然に防いだとか」
!!!!!
心臓が跳ねる。
(え!? 嘘・・なんで今、その話を!?)
まるで、蟻の言葉とリンクするようなタイミング。
偶然か?
「わ・・私は、申し訳ございません、そのような事は存ぜず・・・」
必死に平静を装うが、声が僅かに上ずる。
そんなオクタヴィアをよそに、ザカライアは特に表情を変えず、淡々と踊り続ける。
曲が盛り上がり、まもなく終盤に差し掛かろうとしていた。