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王家の医師たちのおかげで、オクタヴィアは傷も目立たなくなり、一人で庭を散歩できるようになった。
今日は、イザベルからお誘いを受け、久しぶりのお茶会で、オクタヴィアも浮き足だっていた。
「イザベル皇妃様、今日はどんなドレスかしら?先日お見舞いに来てくださったときの紫のドレス、とても素敵だったわね!」
「姫様、少し落ち着いてください」
ナージャは苦笑しながらも、浮かれ気分のオクタヴィアを微笑ましく見つめていた。だが、皇妃とのお茶会にこの調子では不安も残る。
「そうね。なんだか久しぶりのお茶会で嬉しくて、落ち着かなきゃね」
今日の茶会は、城の庭園にあるイザベルの私的な薔薇園で開かれるという。
ここは特別な場所であり、招かれること自体が大変な名誉とされている。
角を曲がった瞬間、オクタヴィアの目の前に広がったのは、色とりどりの薔薇が咲き誇る美しい光景だった。甘く華やかな香りが風に乗って辺りを包み込む。
「まあっ・・・!!」
思わず感嘆の声が漏れる。
それに気づいたイザベルの侍女が慌てて駆け寄ってきた。
「オクタヴィア王女様、こちらにどうぞ」
案内された先には、落ち着いたグリーンのドレスを身にまとったイザベル皇妃が、優雅に待っていた。
「オクタヴィア王女、来てくださってありがとう。さあ、こちらへ」
横に並んだ椅子を手振りで示す。
「イザベル皇妃様、お待たせしてしまい申し訳ございません。本日はお誘いいただきありがとうございます」
カーテシーで深く腰を折る。
「私が勝手に早く来たので気になさらないで。挨拶はそれぐらいで。さあ、どうぞ」
「とても素敵な薔薇園ですね。イザベル皇妃様のために、陛下が作られたと伺いました。・・・本当に素晴らしいです!」
「ありがとう。ちょうど今が見頃なので、楽しんでもらえると嬉しいわ」
美味しいお茶とお菓子に、イザベルとの楽しい話で、オクタヴィアは時間も忘れていた。
「オクタヴィア王女は、薔薇の香りがするお茶を飲んだことはあるかしら?」
「いいえ。ございません」
興味津々に答えると、皇妃はクスリと笑い、侍女に指示を出す。
新しいカップが運ばれ、侍女がお茶を注ぎに来た。
今回のお茶は香りが強めだが、薔薇の甘みが感じられ、チョコレートとの相性がとても良いとイザベルは説明する。薔薇の香りは確かに強いが、鮮やかなピンク色でとても美しい。
その時、突然、薔薇が揺れ、野うさぎが飛び出してきた。騎士が慌てて抜刀するが、野うさぎの方が早く、オクタヴィアたちの前に飛び出した。
{ソレ、ノマナイ、ドクノニオイ}
うさぎは、つぶらな瞳でじっとティーカップを見ている。
「まぁ、野うさぎ・・・驚いたわ。オクタヴィア王女、ごめんなさいね。この庭には、たまに小動物が迷い込んでしまうのです」
イザベルは席につくとすぐに、ティーカップの持ち手に手をかけた。
「!!!!」
オクタヴィアは慌てて、イザベルのカップを払い落とす。あたりに、ガシャンッとカップの割れる音が響く。
イザベルは、オクタヴィアの急な動きに唖然としている。
「そこの侍女を取り押さえて!イザベル皇妃様、このお茶には毒が入っています!皆様、触れないでください!」
状況は分からないまま、騎士たちはオクタヴィアの言葉通り、震えながら立ち尽くす侍女を取り押さえた。
「オクタヴィア王女?・・・」
お茶の席は一瞬で大混乱に包まれる。
オクタヴィアは野うさぎに歩み寄って頭を撫でると、うさぎはすぐに薔薇の中へと姿を消した。
「イザベル皇妃様、お騒がせして・・・お茶会を台無しにして申し訳ございません・・・」
「いえ、それはいいのよ・・・それよりも、毒が入っているとなぜ・・?」
テーブルに残されたオクタヴィアのカップを、騎士が慎重に回収している。
(これは・・流石に誤魔化せないわね)
「・・イザベル皇妃様にも、ご説明いたしますが・・先にザカライア様にお話があります。その後でもよろしいでしょうか?」
「え・・・ええ・・」
「ナージャ、ザカライア様にお時間をいただけるか、確認してもらえる?」
「姫様・・・」
「ナージャ、お願い」
オクタヴィアの真剣な眼差しに、ナージャは言葉を飲み込む。
「・・・かしこまりました・・・」
「私の侍女をザカライア様の元に行かせてもよろしいでしょうか?」
近くの騎士に確認すると、騎士はイザベルに視線を送る。
イザベルはコクンと頷いて許可を出した。
しばらくすると、ザカライアがナージャと共に走ってやってくる。
彼は真っ先に、イザベルの無事を確認する。
「イザベル皇妃!ご無事ですか!?」
「ええ、大丈夫よ。オクタヴィア王女が気付いてくれたので、大事には至りませんでした」
イザベルの無事を確認したザカライアは、すぐに振り返り、今度はオクタヴィアに声を掛けた。
「オクタヴィアは大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です・・・ザカライア様、急にお呼びだてして申し訳ございません。少し二人でお話をしたいのですが・・・」
「・・・ええ、わかりました」
いつもより落ち着かない様子のオクタヴィアが気にかかるが、ザカライアは普段通りの態度を崩さずに応じた。
「オクタヴィア、では、こちらのお部屋でお話を伺いますね」
ザカライアはすぐ近くの部屋へオクタヴィアを案内する。二人の後ろからナージャも入り、席についた二人を見届けてから、壁沿いに静かに立った。




