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「オーギュスタン王太子殿下、王女と話す時間を作ってくださり、ありがとうございました」


「いえ・・・」


「オクタヴィア王女、まだ傷も癒えぬ中、貴重なお話を聞かせてくださり感謝いたします」


「とんでもございません」


フェイの話が終わるのを確認し、アーロンは静かに席を立った。


「後ほど、イザベルが顔を出すと言ってたので、少し会ってやってくれ」


「はい、もちろんです。私もイザベル皇妃様にはご心配をおかけしてしまいましたので、直接お会いしたいと思っておりました」


オクタヴィアの言葉に軽く頷くと、アーロンはそのまま部屋を後にした。

それと入れ替わるように、ザカライアが部屋へと入ってくる。


「先ほど、フェイとお話ししたようですが問題はありませんでしたか?」


オクタヴィアが答える前に、オーギュスタンが代わりに返す。


「オクタヴィアは、話しにくいことも包み隠さず話していましたよ。すべて伝えましたし、やはり早めに帰国したいですね」


「スタン兄様!だから私はもう少しこちらの国で治療してから帰りたいと言ったではないですか!!」


兄の帰国の意向は、話し合いを経た今もなお変わらないようだった。

その気持ちはありがたい。心配してくれることに感謝もしている。

だが、今の状態で国へ戻るのは、むしろ不安だった。

だからこそ、兄に懸命に訴え、どうにかこちらで治療を続ける許可をもぎ取ったのだ。


「ヴィア、父上も母上も、とても心配している。デューク王国に帰ったほうが安全だよ」


「スタン兄様、その話はもう決着したはずです。それに、スタン兄様もお忙しいでしょう?帰国があまり遅いとメイベル様も心配なさいますわ。先にお戻りになられては?」


「まさかっ!こんな状態のヴィアを置いて帰るなんて、絶対にできるわけがない!」


「オーギュスタン殿下、それでしたら、王女を片時も離れずに私がお守りいたします。どうかご安心なさって、ご帰国を・・・」


「それこそ、ないね。大切な妹を公爵に預けるなど・・・・」


苦虫を噛み潰したような顔のオーギュスタンをよそに、ザカライアは自然な動作でオクタヴィアのそばに寄る。


「オクタヴィア、湯あみの準備が整ったそうです。私が抱えて行きますので痛かったら言ってください」


そう言うや否や、ザカライアはふわりとオクタヴィアを抱え上げた。


「おい!未婚の王女に気軽に触れるな!それは兄である私が・・!!」


「オーギュスタン殿下、たくさんのお手紙が届いているようですよ。公務を優先なさってはいかがです?後ろの机に置いておきましたので、お読みになりながらお待ちください」


ザカライアは、部屋に入ってくる際にオーギュスタン宛の手紙を持ってきていた。この展開は予想できていたので、あらかじめ準備しておいたのだ。


「もう!ザカライア様とスタンお兄様は、いつも冗談ばかり!」


「ははは!仲が良いのですよ!」


ザカライアは、いたずらが成功したかのように楽しげに笑っている。


「ザカライア様、湯あみのご手配ありがとうございます。イザベル皇妃様が後ほどお部屋に来てくれるとアーロン陛下がおっしゃっていたので・・・その・・少し気になっておりました・・・」


数日湯あみをしていないことが恥ずかしいのか、オクタヴィアは頬を染めながら目を伏せる。その様子があまりに可愛らしく、ザカライアは思わず口元を綻ばせた。


「女医も待機しておりますので、診察も兼ねてしっかり体を休めてください。無理せず、ゆっくり温まってきてください」


「はい、ありがとうございます」


いつもより多くの侍女が浴室に控え、女医も付き添っている。

ザカライアはオクタヴィアが浴室の奥へ消えていくのを見送った。


部屋に戻ると、オーギュスタンが座って手紙を読んでいた。

ザカライアの気配に気づいたのか、ふと顔を上げる。


「それで・・逃げた犯人はどうなってます?」


「まだ足取りを追っています。ただ、昨日ルカルド王国の王族が帰国いたしました」


「いつもはさっさと帰るのに、今回は意外と長く滞在していたな」


「ええ。その中に、あのリンゼン公爵の娘、リリア嬢も含まれていたようです」


「へえ・・それはまた急な・・・・」


「リンゼン公爵から、リリア嬢がジゼル殿下に見初められたため、婚姻の許可を至急お願いしたいという申し出が陛下に届いています」 


「・・・許可が下りる前に、もう出国したのか?」


「地味な服装だったため、侍女と勘違いしたようで、国境の警備隊も見逃してしまったようです。すでに出国しており、リンゼン公爵は“留学も兼ねているため、早めの出立は婚姻とは無関係”だと主張しています」


「そんなバカな・・」


オーギュスタンも、さすがに呆れた様子だ。


「まあ、これでめんどくさいあの王太子と王女がいなくなるなら良しとしておくか・・」


「まあ、それはありますが・・・リンゼン公爵は、あの胡散臭い商会を連れてきた張本人です。本人は“知らなかった、騙された”と弁明していますが、娘の件も含め、十中八九、この犯罪に関係はありそうですね」


「他国の王族と三大公爵家が絡んでいたら、アーロン陛下もそう簡単には動けないな・・・」


「はい。けれど、どれだけ強固な隠れ蓑に隠れていようと、必ず引きずり出します。オクタヴィア王女に手をかけたこと、後悔させてみせます」


「・・なあ、アービング公爵・・・・」


「はい」


「こんなことを改まって聞くのもどうかと思うが・・・」


言葉に詰まるオーギュスタンにザカライアは首を傾げる。


「・・・オクタヴィアは攫われたことで、いくら未遂とはいえ・・・傷物になった。・・・それでもアービング公爵は・・・」


オーギュスタンのその言葉を遮るようにザカライアは言葉を被せる。


「王女は決して傷物ではありません。身を挺して我が国の皇妃を救ってくださった、大切な恩人です。私の想いに、何ひとつ揺るぎはありません」


「・・・そうか、余計なことを聞いてしまったかな・・・・」


「そうですね」


「・・・私は、デューク王国の王太子として、この件で、オクタヴィア一人の為だけに動くことができない・・だから、アービング公爵、オクタヴィアをよろしく頼む」


オーギュスタンは深く頭を下げた。

王太子が頭を垂れるなど、滅多にないことだ。


だが、オクタヴィアが自分のミスで大怪我を負い、不名誉な傷を抱え、そして自分には何もできないという無力感に打ちひしがれていた。

せめて、自分の大切な妹を託す相手だけは、きちんと自分で選びたかった。


アービング公爵ならば・・・ヴィアの“力”を知っても決して悪用せず、きっと幸せにしてくれる。

これまでの行動を見ていて、そう確信できる。


「・・・アービング公爵、早くヴィアに想いを伝えてくれ。あの子は、その手のことには驚くほど鈍感だ。宝飾品やドレスをもらっても、好意の表現だとは思っていない。ジゼル殿下のように、また横やりが入れば面倒だ」


「もちろん、そのつもりです。殿下に言われるでもありません」


オーギュスタンはふっと鼻で笑いながら手を差し出す。


「いろいろと期待している」


「ご期待に添えるよう、最善を尽くします」


二人が固く握手を交わしていると、浴室からナージャが出てきた。


「ナージャ、オクタヴィアは大丈夫か?」


「はい、リラックスされておりました。怪我の状態については、後ほどお医者様からオーギュスタン様へ説明があるとのことです」


ベッドのシーツを整えながら、ナージャは手際よく動いている。


「そうか、わかった」


ザカライアは、まもなくオクタヴィアが出てくることを察し、浴室の前まで歩いて行った。

そして扉が開き、頬をほんのり染めたオクタヴィアが姿を現す。ザカライアはすぐに彼女を横抱きにして、ベッドまで優しく運ぶ。


「あの・・ザカライア様、抱き上げなくても歩けます・・・・」


「オクタヴィアは病人なのだから、大人しくしていてください」


オーギュスタンはそんな二人のやり取りを横目に、どこか寂しげに微笑んでいた。


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