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ザカライアはアーロンの執務室のソファに腰掛け、目の前に座るアーロンとイザベルに向き合った。
「オクタヴィア王女が一度目を覚ましました」
「おお、そうか!それは良かった!」
アーロンとイザベルの顔がほころぶ。
「王女には会えますか?」
「目は覚めたのですが、すぐにまた眠ってしまいました」
「・・・あれほどの怪我ですものね・・」
「それで、ここに来たという事は・・・何か話はできたのか?」
「はい。王女が気になることを口にしていまして・・・」
「気になることとは?」
「オクタヴィア王女は、イザベル皇妃と間違われて攫われた、と・・・」
「私と!?」
イザベルは驚いて声を上げた。
「犯人が王女を呼ぶ際、“皇妃”と呼んでいたそうです」
「つまり、犯人が狙っていたのはオクタヴィア王女ではなく、イザベルだったと?」
「はい、オクタヴィア王女はそう言ってすぐに眠ってしまったので、まだ詳しくは聞けておりませんが・・・」
「・・では・・・オクタヴィア王女は・・・私と間違えて連れ去られたと・・・?」
「断定することはできませんが、その可能性が高いかと」
「・・そう・・ですか・・・・」
指先が震えるイザベルの手を、心配そうに握るアーロンが、小声で「部屋に戻るか?」と問いかける。
しかし、イザベルは首を横に振り、気丈に「続きを聞かせて」とザカライアを見つめた。
「陛下、捕らえた犯人の供述は?」
「多少は話しているようだが、下っ端のようで、詳しい情報は持っていないらしい」
「なるほど・・・私のほうでも、調べておりますので、何かわかれば情報を共有いたします」
ザカライアは立ち上がり、二人に一礼して部屋を出ようとした。
「待って!」
イザベルがザカライアを呼び止める。
「何でしょうか?」
「・・・私も、オクタヴィア王女のところに行きたいのですが・・・・」
イザベルは席を立つ。
「・・・王女は、今は寝ております。目を覚ましたら、すぐにお知らせしますので、お待ちください・・」
「正直、居ても立っても居られないの・・・私と間違えて攫われて、あんなに怪我を負ったのに・・・」
「お気持ちはお察ししますが、今は王女を休ませてあげましょう」
「そう・・・そうよね・・」
「・・オクタヴィア王女は、犯人に“自分は皇妃ではない”と反論しなかったようです。そして、目を覚ますと、まずイザベル皇妃の無事を確認していました」
「ザカライア・・・それは・・・」
イザベルの目に涙が浮かぶ。
「デューク王国の王女は、立派な王女ですね」
そう言い残し、嗚咽を漏らすイザベルをアーロンに託し、ザカライアは部屋を後にした。
それから二日後、オクタヴィアははっきりと目を覚ました。
まだ体は思うように動かせないが、クッションに寄りかかれば、なんとか座った状態を保てる。
「姫様、アーロン陛下とフェイ騎士団長様がお見えになりました」
ナージャがそう伝えると、オーギュスタンが席を立ち、ベッドの側へと移動した。
「オクタヴィア王女、怪我の具合はいかがでしょう?」
「皇帝陛下、このような姿で申し訳ございません・・・今朝方から、ようやく起き上がれるようになりました」
「それは良かった。だが、無理はしないように」
「はい、ありがとうございます」
ナージャが椅子を運んできて、ベッドの傍らに置く。
アーロンは「ありがとう」と礼を述べ、その椅子に腰を下ろした。
「皇帝陛下、この度はご迷惑をおかけした上、治療までしていただき、本当にありがとうございました」
アーロンは、目の前のオクタヴィアを見て、顔を歪めなかった自分を褒めたくなった。
まだ成人したばかりの少女が、大怪我を負っている。
しかも、自分の妃の身代わりとして攫われたのだ。
込み上げる様々な感情を押し殺し、あくまでも自然な態度を装う。
「・・我が城で起きた事件だ。気にすることはない」
アーロンは後ろを振り返る。
「この者は、我が国の騎士団長のフェイだ」
アーロンは後ろに立つ騎士を紹介する。
「オクタヴィア王女様、お初にお目にかかります。ファルマン帝国騎士団長のフェイと申します」
「はじめまして、フェイ団長。このような姿で申し訳ございません。デューク王国王女、オクタヴィア・リフタスです」
「目覚めたばかりのところ恐縮ですが、少しお話をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
フェイは、王女の怪我が想像以上にひどいことに、言葉を失った。
顔には青痣が広がり、あちこちに包帯が巻かれている。
(・・ここまでの大怪我だったとは・・普通の女性なら、こんな姿を他人に見られることすら辛いはずなのに・・)
「はい、もちろん。お話しさせていただきます」
フェイが躊躇しないよう、オクタヴィアはにっこりと微笑んだ。
(・・なんて強い方なんだ・・)
「・・では、あまりお時間を取らせぬよう、早速始めさせていただきます」
「はい」
オクタヴィアの話を聞きながら、フェイは次第に気分が悪くなっていった。
数多くの犯罪者を相手にしてきた騎士団であっても、今回の事件はあまりにも生々しく、アーロンも苦しそうな表情を隠せない。
「それで・・・盗賊団は皇妃様を攫えば、デューク王国を貰える・・・とも言っておりました」
チラリとオーギュスタンを見る。
オーギュスタンは目覚めてすぐのオクタヴィアからその話は聞いており、すでに母国には早馬を飛ばしている。オーギュスタンはオクタヴィアを安心させるため「大丈夫」と、頷く。
「私が覚えているのは、このくらいですが・・お役に立てましたでしょうか?」
「はい、大変参考になりました。お辛い話を聞かせてくださり、ありがとうございます」
「・・いいえ、ファルマン帝国の皇妃様が狙われているのなら、これくらい・・・どうか皇妃様をしっかりお守りください」
「はい。必ずや」
フェイは、その言葉を口にしながら、胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じた。
こんなにも幼い王女が、他国の皇妃を守るために、自らの傷を顧みず捜索に協力している。
話の内容からして、彼女の心の傷は計り知れない。それでもなお、オクタヴィア王女は強い眼差しを向けてくる。
皇妃を守るのはもちろんだが、この王女も、守りたい。
フェイは、自然と背筋を正した。
GWお疲れ様でした!
本日は4作投稿いたしました。




