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「お帰り、ザカライア!」
商会本部に着くと、ハロルドは大量の書類に囲まれていた。次々と届く手紙を仕分けるスタッフの手も止まらない。
そんな中、ハロルドは仕分けられた手紙の一角だけを、異常なスピードで読み込んでいた。
「お姫様はどう?」
手紙を読みながら、ザカライアに尋ねる。
「城で治療を受け眠っている・・・」
「そうか・・早く良くなるといいね。一応、商会から傷に良く効く薬草を届けさせておいたよ」
ハロルドは書類から顔を上げて報告する。
「すまない、助かる」
「ザカライアのお姫様だからね!なんだって届けるよ!・・・あ、そうだ。さっきフェイ団長が来て、お姫様見つけた時のこと、色々話したよ。よかったよね?」
「ああ、問題ない。・・で、情報は集まってきているようだが?」
ハロルドの机に置かれた手紙を一枚手に取り、ザカライアは目を通す。
「う〜ん・・・九割は、あんまり関係なさそうかな・・・」
「・・残りの一割は?」
「間違いないと思う。これなんだけど・・・」
ハロルドは、数枚の紙束をザカライアに渡す。
「・・・医師からの情報か?」
「そう、男性二人が蜂に刺されて診療所に来たってやつ」
ザカライアは手紙に書かれた内容を読み上げる。
「馬車に乗ってたら蜂に襲われて刺された・・・」
「立派な身なりをしているが、粗野な態度と言動・・・」
「ルカルド王国に向かう途中の森で蜂に襲われたと・・・」
「これだよね?」
「・・間違いなさそうだな」
「今、奴らはどこに?」
「北一番の宿にいるよ。見張らせてる。どうする?すぐに行ける準備はできてるよ」
本音はすぐに飛び出していき、首を刎ねたい衝動にかられるが、アーロンの言葉を思い出す。
ザカライアはかなり迷ったが、指示を出す。
「至急、騎士団のフェイ隊長にこの情報を伝えてくれ」
「いいの?」
「・・・よくはない。だが、後が面倒だ。今はそれに関わっている時間はない」
「そっか、そうだよね・・お姫様がいつ目覚めるかわからないもんな」
「わかった。ルイ、この情報と手紙をフェイ隊長に届けてくれ」
手紙の仕分けに追われていた従業員に声をかける。
「はい」
「北の森をまっすぐ進んだ先にいるはずだ」
「わかりました!」
ルイはザカライアに、ぺこりとお辞儀をし、すぐさま部屋を飛び出していった。
それを見送ったザカライアは、すぐにハロルドに向き直る。
「ハロルド、あと・・ルカルド王国のジゼル王太子について調べてくれ」
「ルカルド王国の王族か?」
「ああ、何かひっかかる・・」
「了解!ルカルド王国にはうちの商会の支店も多いし、情報はすぐに集まると思うよ」
「頼んだ」
「あ・・!待ってよザカライア!」
ハロルドは、部屋から出ていこうとするザカライアの前に立ち、足止めする。
「なんだ?」
「こんなの見つけた」
ハロルドが差し出したのは、一冊の古びた本。
表紙には《伝説の大地》と書かれている。
ザカライアは目の前の本を受け取り、栞の挟まれたページを開いた。
「・・・・キングホース?」
「そう、あのすごい馬の事が書かれている本を見つけたんだけどさ・・・」
開かれたページには、キングホースについての記述が見開きで載っている。
「前に読んだ本と大体同じ内容だな・・・・」
「そのさ、右のぺージの下から5行目のところ・・・」
ハロルドが指をさす箇所に視線を落とす。
ザカライアは、そこに書かれた文章をゆっくりと読み上げた。
「・・・伝説なのはキングホースではなく、キングホースを操る者である・・・」
暫し沈黙ののち、二人は顔を見合わせた。
それから二日後、城の一室に滞在しているザカライアのもとに、一報が届いた。
オクタヴィアを攫った犯人の一人が捕えられた。
逃げていたのは二人で、騎士団が宿に踏み込んだ時には、すでに二人とも姿を消していたという。
「・・ハロルドがつけていた見張りが、宿の前で気を失って倒れていた?」
報告を聞いたザカライアは、思わず眉をひそめる。
「はい、どうやら犯人たちに気づかれたようです」
フェイはそう言いながら、手元の書類をめくり、さらに報告を続けた。
「幸い、気絶していた者は犯人の人相をしっかり覚えておりました。その情報を元に人相書きを作成し、捜索したところ、一人だけ賭博場で確保しました」
「もう一人は?」
「まだです。これから、捕らえた者を尋問し、居場所を特定する予定です」
ザカライアは少し考えた後、フェイに尋ねる。
「その尋問の場に、私も同席できるか?」
「・・・申し訳ございません、公爵様。陛下からの指示で、騎士団以外の立ち入りは禁じられております」
「・・そうか。わかった」
ザカライアは短く答えたものの、納得した様子ではない。
「ご報告は以上です。もう一人の捜索状況に変化がありましたら、改めてお知らせに参ります」
「ああ、頼む」
フェイが退出すると、ザカライアは深く息を吐き、窓の外に視線を向け、そろそろオクタヴィアの部屋に行こうと、外に出た。




