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馬上から門前にいる衛兵に「中央の客間へ医師をよこせ」と命じる。
普段と違うザカライアの様子に、衛兵は何も聞かず、慌てて走り出した。
(この姿のオクタヴィアを誰にも見られたくない・・・)
城の入り口で馬から降りると、すっぽりとコートに包んだオクタヴィアを抱え、城の中へと急いだ。
中央の客間は、緊急時に備えて常に整えられている。
二階に上がり、正面の客間に到着すると、部屋の前には城の執事と皇后専属の女医が控えていた。
「お帰りなさいませ、アービング公爵様。ご用意はできております」
執事が扉を開ける。
ザカライアに続いて医師も中へ入った。
ザカライアはオクタヴィアを覆っていたコートを静かに外し、全身傷だらけの彼女をそっとベッドに寝かせる。
それを見た執事と医師は、思わず息を呑んだ。
それほどまでに、オクタヴィアの外傷はひどかった。
執事は視線をそっと逸らす。
「アービング公爵様、皇帝陛下と皇妃様、デューク王国の王太子殿下が、こちらに向かっております。」
「ああ、診察が終わってから通してくれ」
「かしこまりました。そのようにいたします」
執事は一礼すると、部屋を後にした。
通常、女性の診察時は男性が部屋を出るのが礼儀だが、ザカライアはどうしてもオクタヴィアの側を離れたくなかった。
医師とは反対側のベッドサイドに静かに腰を下ろす。
医師がオクタヴィアを診察し始めた。
衣類を剥いで体を調べるときだけ、ザカライアは一度席を立ち、背を向けて目を伏せた。
医師は全身を確認し、ひとつひとつの傷に薬を塗り、包帯を巻いていく。
診察の結果、骨折こそなかったものの、全身に打撲の痕が広がっていた。
殴られた頬は腫れ、紫色のアザが痛々しい。
足には引きずられた痕がくっきりと残り、広範囲に擦り傷が広がっていた。
ロープを切って外した手首の皮膚は剥がれ、血が滲んでいる。
診察が終わる頃には、オクタヴィアの全身が包帯だらけになっていた。
その痛ましい姿に、ザカライアは目を逸らしたくなるのを必死に堪えた。
医師が部屋を出ると、すぐにノックもなく扉が開いた。
入ってきたのは、アーロン、イザベル、そしてオーギュスタンだった。
「ヴィア!!」
兄であるオーギュスタンがベッドに駆け寄る。
しかし、眠るオクタヴィアの姿を見た途端、その足が止まった。
しばらく呆然と見つめていたが、やがて拳が震え始める。
「・・・誰が・・・誰がこんな事を!!!」
感情を抑えきれずに声を荒らげる。
普段は感情の起伏が少ないオーギュスタンが、ここまで取り乱すのは初めてだった。
「ヴィア・・・こんなにたくさん怪我を・・・・・痛かったね・・」
包帯の巻かれていない頭をそっと撫で、髪をかき上げる手は震えている。
アーロンとイザベルもまた、ショックを隠せない表情だった。
「オクタヴィア王女・・・なんて酷い・・」
イザベルはオクタヴィアの指先にそっと触れ、涙を浮かべている。
アーロンは無言でイザベルの肩に手を置き、視線をザカライアに向けた。
「ザカライア、犯人は?」
「私が駆けつけた時には周囲に誰の姿もありませんでした。オクタヴィアは崖の下で発見しましたが、そこにも人がいた気配はありません。今、ハロルドが調べています」
「なぜ、こんなことに・・・・?」
オクタヴィアから視線を離さずに、オーギュスタンが押し殺した声で呟く。
「・・現時点ではわかりません。オクタヴィアが目を覚ませば何かわかるかもしれません」
ザカライアも、これ以上オクタヴィアを巻き込みたくはなかった。
だが、犯人を見つけるためには仕方がないと自分に言い聞かせる。
オクタヴィアの髪を撫でながらオーギュスタンが、震える声で話し出す。
「アーロン陛下、オクタヴィアが目を覚ましたら、国にすぐ連れて帰ろうと思います・・・」
「しかし・・これだけの怪我だ。まだ動かすわけにはいくまい」
「・・だとしてもっ!!!・・ここにいたら、また襲われるかもしれないんです・・妹をこれ以上、危険な目にあわせたくない・・・」
声は震え、鼻を啜るオーギュスタン。
イザベルがそっと彼の肩に手を置いた。
「オーギュスタン殿下、気持ちは痛いほどわかります・・・ですが、今は長旅に耐えられる体力が王女にはありません。傷が癒えるまで、どうかこちらに滞在してください・・最高の医療をお約束します。犯人は必ず捕まえます。どうか、お願いします」
イザベルは、来賓を危険な目に遭わせてしまった責任を痛感していた。若い女性にあまりに酷な仕打ち。
純潔は散らされていないと聞き、安堵したのも束の間、全身の怪我を見ればそれどころではない。
それでも、死に物狂いで逃げ出した王女の勇敢さに、同じ女性として胸が締め付けられた。
必ず犯人を捕まえ、もう二度と危険な目に遭わせたくない。
「イザベル皇妃様、とてもありがたい申し出ですが、怖い思いをしたこの国から、オクタヴィアを離したいのです」
オーギュスタンは、きっぱりと断る。
「オーギュスタン殿下・・・」
イザベルは、彼の気持ちを理解していた。だからこそ、それ以上言葉を紡ぐことができない。
二人は互いに苦しげな表情を浮かべたまま、沈黙する。
その様子を見ていたアーロンが、静かに口を開いた。
「では、こうしよう。王女が目を覚ましたら、拉致の経緯を話してもらい、我々は必ず犯人を捕まえる。
王太子は、王女に国に戻りたいか尋ねてくれ。もし帰国を望むのなら、我が国から医療班と騎士、広い馬車を用意し、責任を持って送り届けよう。逆に、治療を優先したいのであれば、傷一つ残さぬよう最善を尽くす」
「・・わかりました・・では、そのように・・しましょう」
オーギュスタンは渋々承諾した。
本音を言えば、オクタヴィアの意見など聞かずに、今すぐ自国へ連れ帰りたかった。
しかし、皇帝の申し出は理にかなっていたため、反論することはできなかった。
少し落ち着いたオーギュスタンは、イザベルに勧められるまま、ベッドサイドの椅子に腰を下ろす。
その様子を見届けたアーロンは、隣に立つザカライアに目を向け、声をかけた。
「ザカライア、一緒に来てくれないか?王女を見つけた経緯を聞かせてくれ」
アーロンの隣にはいつのまにか、騎士団長のフェイが立っていた。
ザカライアは、オクタヴィアとオーギュスタンをチラリと見てから頷き、二人と一緒に部屋を出た。




