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(良い国だ)


夜会の準備をしながら、ザカライアは昨日見た城下町を思い出していた。


町には活気があり、並ぶ商品も悪くなかった。

どこの国にも、粗悪品を高値で売りつける輩はいるものだが、デューク王国ではそういった者を見かけなかった。


王国と呼ぶにはいささか小規模な国だが、だからこそ統治が行き届いているのだろう。

外から来た者でも安心して過ごせる。

そんな印象を受けた。


(この国ならば、ザカルド商会の取引を増やしてもいいな。)


そんなことを考えていると、執事がノックし、部屋に入ってきた。


「ザカライア様、馬車の準備が整いました」

「わかった」


最後に、鏡に映る自分の姿を確認し、部屋を出る。


今日のザカライアは、帝国式の燕尾服を身に纏っていた。

深い青を基調とした重厚な生地で仕立てられたそれは、すらりとした彼の体を美しく引き立て、より洗練された印象を与えていた。


そんな危険なザカライアに屋敷の使用人たちは息をのむ。

老若男女を問わず、動きを止め、ただザカライアを見つめるばかりだった。


屋敷の庭師にいたっては、胸を押さえて跪いている。


箒で庭先を掃除していた侍女は、箒を落としているのも気がつかず、手だけを動かしながら、ザカライアに見惚れている。


ザカライアが部屋を出て、馬車に乗るまでのわずかな時間で、何人かは処置室へ運ばれたようだった。


本国の屋敷であれば、日頃から彼を見慣れている使用人たちが、燕尾服姿に驚くことはない。

せいぜい顔を赤らめる程度で、卒倒者など出ることはまずない。


しかし、ここはデューク王国。

この屋敷はファルマン帝国が外交官用に建てたものであり、最近赴任したばかりのザカライアには、まだ慣れていない者が多かった。

結果、屋敷はちょっとした騒動に見舞われてしまったのである。


ザカライアは馬車に乗ると、窓の外に広がる街並みに目を向け、情報収集を怠らなかった。


デューク王国は全体的に小ぶりな印象の国だが、国としての設備はよく整えられている。

水路の整備はもちろん、道路や街路樹も手入れが行き届いており、清潔感がある。


(ふむ・・・なかなかだな)


そう感心しているうちに、馬車は城へと到着した。


来賓として他国から招かれた者と、自国の貴族では入口が別のようで、待つことなく貴賓室へ通される。

案内された部屋は、帝国のそれに比べれば小ぶりだが、無駄な装飾がなく、落ち着いた空間だった。


しばらくすると、扉の外から声がかかる。


「ザカライア・アービング公爵様、ご入場をどうぞ」


帝国の来賓ということで、ザカライアの入場は参加者の中で最も遅い、最後の順番となっていた。


案内係に導かれ、夜会会場の入口まで進む。

立ち位置を確認し、心を落ち着けたところで、名前が告げられた。


「ファルマン帝国、ザカライア・アービング公爵様ーーー!!」


名前を呼ばれ大きく開かれた扉の向こうへ、一歩を踏み出す。


その瞬間、会場が静まり返った。

誰もが息を飲み、言葉を失う。

一瞬の静寂の後、ご婦人やご令嬢たちが叫び声を上げた。


「キャーーーッッ!!!」


歓声が渦巻き、会場全体が揺れるほどの熱気に包まれる。男性陣もまた、ザカライアを見つめたまま、動けずにいた。彼が入場しただけで、夜会の空気は一変した。




「なんだ!?」


王族専用の入口に控えていた王と王妃、そしてオーギュスタンとオクタヴィアの四人は突然の会場からの割れんばかりの声にビクっと肩を揺らした。


まるで、会場の温度が一気に上昇したかのような熱気が伝わってくる。


オクタヴィアの脳裏に、一瞬ある人物の名がよぎった。


(まさか・・行方不明のドーガンが、突然夜会に現れたのではっ!?)


だが、すぐに違和感に気づく。


(いいえ、でも・・・この悲鳴、恐怖というより・・なんというか、興奮? みたいな・・・)


考え込んでいると、隣に立つベロニカが、すかさず指示を飛ばした。


「ジェイ、状況を確認して報告を!」


命令を受けた騎士団長ジェイは即座に動き、会場へ続く裏階段を下りていった。

しばらくして、戻ってきたジェイが報告する。


「どうやら、ファルマン帝国の公爵様が入場された際に、このような状況になったようです」


デニス王は、それを聞いて苦笑しながら呟いた。


「帝国の公爵か・・なるほど、噂に聞く“あれ”だな・・」


「まぁ・・噂は聞き及んでおりましたが、ここまでとは・・大丈夫かしら、この後・・・」


「あぁ、うん。まぁ・・オクタヴィアなら大丈夫だろう・・・たぶん」


ベロニカも、デニスの言葉に小声でなにやら反応している。

両親のあまりよく聞き取れない会話を、オクタヴィアとオーギュスタンは不思議な顔で見てる。


「ふたりとも、心配いりません。危険はないようです。会場がもう少し落ち着いてきたら、私たちも入場しましょう」


会場の興奮が徐々に収まり始めたころ、王家の入場が開始された。


「オーギュスタン・リフタス王太子、オクタヴィア・リフタス王女のご入場です!」


王と王妃に続き、オーギュスタンがオクタヴィアの手を取り、優雅に会場へと足を踏み入れる。


この夜会の主役であるオクタヴィアは、煌びやかな姿でゆっくりと歩を進めた。

これまで表舞台に立つことがほとんどなかった彼女の姿を初めて目にする者が多く、会場の視線が一気に集まる。


遠目からでも、その美しさは際立っていた。


近くにいた若い令息たちは、思わず目を奪われたまま動けなくなっている。


オクタヴィアは微笑みを浮かべ、オーギュスタンとともに並ぶと、優雅にカーテシーをして、会場をゆっくりと見回した。


ふと、一人の高身長の男性に目が留まる。

だが、流れるように視線を戻し、落ち着いた声音で本日の主役としての挨拶を始めた。


「皆さま、本日は夜会にご参列いただきありがとうございます。」


オクタヴィアは透き通る声で、ゆったりとした口調で言葉を紡ぐ。


「成人を迎えた今、デューク王国のさらなる発展のため、一層尽力してまいります。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。」


そう丁寧に挨拶を終えると、一歩後ろへと下がった。

それに続き、満足げなデニス王が杯を掲げる。


「今宵は、王女オクタヴィアの晴れ舞台だ。皆の者、存分に楽しんでくれると嬉しい!」


王の力強い声が響くと、会場にいる者たちが一斉に杯を掲げ、オクタヴィアに視線を向けた。


夜会の始まりを告げるこの瞬間、オーケストラの演奏が鳴り響く。

そして、主役であるオクタヴィアはエスコート役のオーギュスタンとともに、ホールの中央へと進んだ。


優雅な旋律に合わせ、二人がダンスを踊り始める。


オクタヴィアがくるりと回るたびに、シルバーホワイトのドレスがふわりと舞い、胸元に輝くネオンブルーの宝石と、それと同じ色の瞳が光を反射し、幻想的な光彩を放つ。


「ヴィア、立派な挨拶だったね」


ダンスを踊りながら、オーギュスタンがオクタヴィアを褒める。


「ありがとうございます、スタン兄様。本当はメイベル嬢をエスコートしたかったですよね?」


オクタヴィアはフフッと笑いながら、軽くからかうように言った。

オーギュスタンは口の端を持ち上げ、ニヤリと笑う。


「大丈夫。メイベル嬢とは、次のダンスでヴィアが別の方と踊っている間に一緒に踊ろうと約束しているからね」


「まあ、それなら安心しましたわ。」


オクタヴィアは微笑みながら、ふと疑問を口にする。


「ところで、お母様から何も聞いていないのですが、私は、次にどなたと踊るのでしょう?」


「この会場の中で、もっとも高位の方じゃないかな?」


「そうですの?どなかたしら・・・」


「心配いらないよ。高位の方ならば、ダンスもお上手だろうしね。それに、次の一曲を踊ったら、デビュタントのヴィアはもう踊らなくていいんだから」


「えぇ、そう願いますわ。ダンスは二曲も踊れば十分ですもの」


二人の会話が終わると同時に、ホールには大きな拍手と歓声が響き渡った。

その歓声が続く中、オクタヴィアは視線の端で、一人の男性がゆっくりと近づいてくるのを捉えた。

長い脚を持ち、しなやかで洗練された動き。


(さっき、会場の端にいた背の高い方だわ)


オクタヴィアが顔を上げると、目の前にいる美しい男性が優雅な所作で胸に手を当て、膝を折る。


「はじめまして。ファルマン帝国より参りました、ザカライア・アービングと申します。オクタヴィア王女、私と踊っていただけますか?」


その瞬間、会場にいた女性たちは王太子と王女の前にもかかわらず、[キャーーーッッ!!]と先ほどの会場を揺るがした歓喜の悲鳴を上げた。


(ファルマン帝国、ザカライア・アービング公爵様。すごく美しい方だわ)


目の前に跪く彼の姿を見つめながら、オクタヴィアは納得する。


(この叫び声は、美しい彼を目にしたご婦人方やご令嬢たちの歓喜の声なのね・・なるほど、確かにこれは叫びたくなる気持ちも分かりますわ。)


そして、ふと胸中で小さくため息をついた。


(お父様、お母様・・・せめて次に踊るお相手ぐらい、事前に教えておいてくださればよかったのに。)


ザカライア・アービング公爵・・ファルマン帝国の三大公爵家の一つで、本日の参加者の中でもっとも高位の貴族。


「ファルマン帝国、アービング公爵様、お誘いありがとうございます。喜んで」


オクタヴィアは微笑みながら、形式通りに手の平を前へと差し出す。

アービング公爵がその手を優しく取り、自然な流れでダンスホールへと導かれる。

二人は所定の位置につき、演奏が始まるのを待った。


と、その時。


{オイ、オマエ}


どこからともなく、小さな声が聞こえた。

驚いて公爵の肩に目をやると、そこには小さな蟻が一匹。


「!!」


オクタヴィアは、本日一番の驚きに、思わず声が出そうになるのをなんとか我慢し、目の前に立つ公爵の肩を、凝視する。


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