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ザカライアの馬は、王族が所有する中でも最も速いと評判の馬だ。
その評判どおり、すさまじいスピードで北へと駆けている。
だいぶ遅れてはいるが、なんとか見失わないで着いていくハロルド。
(早っ!なに、あのスピード!完全に俺がいる事、忘れてんじゃん・・・)
ザカライアの姿はかなり遠くに見える。ハロルドは息を切らしながら、必死に追い続けた。
もう追いつけない・・・そう思ったそのとき、前方で馬から降り、立ち止まっているザカライアを見つける。
そこには、誰もいない荷馬車が一台。
あたりには、大きな焼き物の破片が散らばっていた。
「はぁ・・はぁ・・なんだこれ・・?花瓶か?・・かなり、デカいな・・・」
息を整えながら、周囲を見渡すハロルド。
その横でザカライアがしゃがみ込み、破片に手を伸ばしていた。
「どうした?なんか・・あったのか?」
ザカライアの隣に立ち、彼の手元を覗き込むハロルド。
ザカライアの手の平には、小さな黄色い宝石が一粒乗っていた。
それをぎゅっと握りしめ、彼は低い声でつぶやく。
「オクタヴィアのドレスに付いていた宝石だ」
ぼそっとつぶやき、みつけた宝石をポケットに入れ、無言のまま馬に飛び乗る。
「ちょ・・・ちょっと待てよ!ザカライアってば!」
慌ててハロルドも自分の馬に跨った。
ザカライアは、地面についたもう一台の馬車と思われる車輪の跡を追い、再び最高スピードで走り出す。
「もお!こっちは、まだ息が整ってないって・・言うのに!はぁ・・はぁ・・」
数十分ほど馬を走らせた先に、もう一台の幌馬車が止まっていた。
ゆっくりと近づき、馬車の中を確認するザカライア。
その動きが、ぴたりと止まった。
「ザカライア・・・なにか・・見つけたのか・・・?」
ハロルドは息を切らしながら、よろよろと彼に近づく。
ザカライアの肩が震えていた。
ギリッ、と歯を食いしばる音が聞こえる。
振り向いたザカライアの顔は、怒りを通り越し、誰かを殺してしまいそうなほど険しかった。
ハロルドが馬車を覗き込むと、裂けた白い布と小さな黄色い宝石がいくつも散らばっている。
床には、ところどころ血痕の跡が・・・・
(血・・・・?)
さすがにハロルドも、これを見てオクタヴィアが無事だとは思えなかった。
言葉を探すが、何も出てこない。
そのとき、ザカライアがゆっくりと手を伸ばした。
それは、馬車の片隅に無造作に置かれていた、ネックレス。
細い鎖に、大粒のダイヤモンドが輝いている。
以前、オクタヴィアに似合うと思って自分が贈ったものだ。
それを今、こんなふうに投げ捨てられているとは・・・
ザカライアの手が震え、オクタヴィアのネックレスを強く握りしめた。
(ダメだ。今のザカライアは、正常な判断ができない・・・でも、姫の死体がここにないってことは・・逃げ出して、まだ追われている可能性がある・・・)
ハロルドはザカライアを横目に見つつ、なにか痕跡がないか周囲を見回した。
そのとき、ザカライアの馬が地面に鼻をこすりつけているのが目に入る。
よく見ると、人の足跡のようなものがあった。
「ザカライア!!こっちに来て!」
大声で呼ぶと、ザカライアが駆け寄ってくる。
「薄いけど、小さい足跡があるんだ!森の奥に続いてるよ!この足跡、女性のものじゃない?」
ザカライアが足跡を確認する。
「この大きさ・・・オクタヴィアの足のサイズとほぼ一緒だな・・・」
ドレスを贈る時に全てのサイズは把握済みだ。もちろんザカライアは、オクタヴィアの足のサイズも知っていた。
「お姫様、逃げ出したんだよ!今も追われてるかもしれない、すぐにこの足跡を辿ろう!」
ハロルドの言葉にハッとしたザカライアは、立ち上がると一目散に足跡を追い始めた。
しばらくすると、足跡が途切れた。
周囲を観察すると、草木の奥に崖がある。
(まさか・・・落ちた?)
目の前の崖はかなり急で、下は鬱蒼とした草木に覆われ、底までは見えない。
ザカライアは崖の縁に立ち、険しい顔で周囲を確認している。
(さすがに、ここから落ちたら無事ではないだろう・・・)
ハロルドは嫌な予感を振り払おうと、崖とは反対の森に足を向けた。
その時
バサバサッ!
大きな羽音がしたかと思うと、崖下から白い大きなフクロウが突然飛び出してきた。
それを見たザカライアは、迷わず崖を降り始める。
(なんなんだ?あのフクロウ!なんでザカライアは崖を降り始めたんだ!?クソっ!俺もいくしかないか!)
ハロルドも覚悟を決めて、ザカライアに続き慎重に崖をくだった。




