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栗毛の馬にまたがり、夜の街を猛スピードで駆け抜ける。街灯の明かりが流れるように過ぎていく。
ザカライアは一度も速度を緩めなかった。
アービング公爵邸の玄関に飛び込むと、
息を整える間もなく、声を張り上げる。
「ハロルド!!」
慌てて出てきたハロルドが、目を見開いた。
「どうしたの?ザカライア、今日は夜会だろう?」
ザカライアは駆け寄り、声を潜める。
「オクタヴィアが攫われた」
「・・え?」
ハロルドの表情が強張る。
「・・本当に?」
「ああ。至急情報が欲しい。各支店の者に伝達を頼む」
ザカライアの尋常ではない様子に、ハロルドは一瞬言葉を失った。
いつも冷静でどんな場面でも理性を崩さないはずの彼が、今は怒りを全身にまとっている。
「ちょ、ちょっと待って!落ち着けって!状況を教えてくれよ!」
普段のザカライアなら、きちんと話をしてくれるはずだ。
だが、今は違った。
その問いかけを無視し、ザカライアは執務室に向けて歩き出す。
「おい!ザカライア!聞けってば!!」
焦れたハロルドが彼の腕を掴む。
だが・・・
バッ!
ザカライアは鬱陶しそうにその手を振り払い、そのまま歩き続ける。
「・・もおっ!」
苛立つハロルドが叫んだ。
「お姫様が気にしてたノートリアス盗賊団の情報がつかめたんだよ!今日、城に侵入してたみたいだぞ!」
ザカライアの足がピタリと止まる。
ゆっくりと振り返り、ハロルドを睨みつけた。
「・・今なんて言った?」
「だから・・ノートリアス盗賊団が、今日、城に・・・」
「その情報は確かか?」
ザカライアの目が鋭く細まる。
怒気を含んだ視線に、ハロルドは思わず息を飲んだ。
「・・お姫様の件に関係あるかわからない。でも・・いや、状況的に関係はあるかもしれない・・」
「話せ」
ザカライアの声が低く響く。
「最近、リンゼン公爵の紹介で、一つの商会がイザベル皇妃と会ってる。
その商会はルカルド王国で大きくなった商会で、実績もそこそこあるらしい。
ただ・・気になるのが、今日の夜会に招待されてたその商会の者たちが、入場後に全員、姿を消したんだ」
ハロルドが言い終えるよりも早く、ザカライアが一歩踏み出す。
顔を上げたハロルドは、目の前に立つザカライアの表情に思わず息を飲んだ。
ハロルドの背筋に、冷たい汗が一筋伝う。
「ねぇ、ザカライア、落ち着けよ!」
動揺しながらも、必死に声をかける。
「そいつらの足取りは、今、追わせてる者がいるんだよ!だいたい逃げてる場所もわかってる! ルカルド王国の国境を目指してるって情報がさっき入ったんだ!」
その言葉を聞いた途端、ザカライアがスッと目を細める。
「・・その商会を追っている者が、今どこにいるかわかるか?」
「わかるよ。ここから北の方角だ」
「そうか・・わかった」
ザカライアは短くそう言い、踵を返した。
迷いのない足取りで、玄関へと向かっていく。
「・・ちょ、ちょっと待って!」
ハロルドが慌ててその背中を追った。
「もお~!!俺も行くよ!!」
ザカライアは一瞬だけ振り返ったが、何も言わなかった。
だが、その顔に「勝手にしろ」と書いてあるのは明白だった。
「・・ったく・・」
ハロルドは小さく息を吐く。
(お姫様!どうか無事でいてくれよ!お姫様に何かあったら、ザカライアは国さえも亡ぼしてしまいそうだ・・・)
ハロルドは心の中でそう願いながら、前を走るザカライアの背中を必死で追った。




