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「私は、今、皇帝陛下とイザベル皇妃様のダンスを見て勉強させていただいております。お静かに願います」
オクタヴィアがそういうと、甲高い声でミネルバが横から割り込んできた。
「まあ!それこそ、お兄様に失礼だわ!オクタヴィア王女、あなた何を偉そうにおっしゃっているの?田舎の王族風情が!」
思わず、ため息がでる。
(・・・さすがにないわね。外交問題よ、これは。王族同士でそんなことを言うなんて・・・“王族風情”って・・つまり偽物だと遠回しに言ったことになる)
「ミネルバ王女、それは本心からおっしゃったのかしら?」
オクタヴィアは静かに問いかけながら、彼女の目をじっと見据える。
「え・・ええ!もちろんよ!お父様もいつも言ってるわ!」
「おい!ミネルバ、黙れ!」
さすがにまずいと気がついたジゼルがミネルバの腕を掴む。
その時、オーギュスタンが一歩前に出て、ジゼルに迫った。
「ジゼル殿下、よくわかったよ。なるほど・・ルカルド王も、私たちの事をそのように言っているんだね」
「ち、違うっ!今のは、ミネルバが勝手に言っただけだ!」
さすがに、王が他国の王族に対してそのような態度を取っているとなれば、国家間の問題に発展しかねない。ジゼルは、慌ててミネルバの口を塞ごうとした。
その時、割れんばかりの拍手がホールを満たした。
アーロンとイザベルのダンスが終わったのだ。
「王族である以上、自分の言葉に責任を持て。誰が言ったかなんて問題じゃない」
オーギュスタンはジゼルを睨みつける。
「ここまで侮辱されるとは・・この件は国に持ち帰り、即刻対応させてもらう」
そう言い放ち、オーギュスタンはオクタヴィアの手を取ってホールへと向かった。ジゼルが何か言っていたが、完全に無視した。
「スタン兄様・・」
「しっ。今はダンスを楽しもう。私たちが楽しくないと、主役のイザベル皇妃様に失礼だからね」
「はい・・」
(私のせいで、はじめての公務でルカルド王国との亀裂を生んでしまったわ・・・)
オクタヴィアは表情に出さないよう努力したが、内心は落ち込んでいた。
兄が「気にするな」と言ってくれたものの、心に突き刺さるものがある。
ルカルド王国の国土はデューク王国の三倍。それだけなら確かに上だ。
だが、ルカルド王国には誇れる資源がない。
デューク王国には豊かな水源、鉄、銅の鉱山が多数存在する。
水脈を止め、鉄や銅の取引をやめればルカルド王国に大ダメージを与えられる。
本気を出せば、デューク王国もルカルド王国相手に十分戦えるのだ。
踊りながらオーギュスタンは考える。
(・・まあ、さすがに戦まではないと思うが、ルカルドとは、取引は激減しそうだな。その分を、どう賄うか・・いずれにせよ父上と相談だな・・・)
曲が止まり、来賓たちが一斉に動きを止める。大きな拍手に包まれながら、フロアを後にした。
オクタヴィアとオーギュスタンが席に着くと、ファルマン帝国の貴族たちが挨拶とダンスの申し入れに押し寄せた。
オーギュスタンは婚約者としか踊らないと断るが、オクタヴィアは断りきれずにオロオロする。
その時、二人に群がる令息令嬢たちの後ろからザカライアが歩いてきた。
「どいてくれないか?王太子殿下と王女殿下が困っている」
たった一言で、波が引くように人が散っていく。
「先ほど、ルカルド王国と揉め事があったようですが、大丈夫でしたか?」
ザカライアはオーギュスタンを見てからオクタヴィアの手を取る。オクタヴィアが元気がなく、悲しそうな顔をしていたから。
「さすがに耳が早い。ええ、見過ごせないことがありましてね」
オーギュスタンは二人を見ながら言う。
「私が悪かったのです。公務もまともにできず・・・お兄様にご迷惑を・・・」
今にも泣き出しそうなオクタヴィアを見て、ザカライアも心が痛んだ。
先ほどの揉め事は把握している。明らかにルカルド側が一方的に悪い。
「オクタヴィア、大丈夫ですよ。あれは明らかにルカルド王国の失態です。私もデューク王国に力を貸しますから、そんなに悲しまないでください」
そう優しく声をかけると、ザカライアはオーギュスタンに向き直る。
「まもなく、パーティーを抜けられる時間になります。一度、別室でお話ししましょう」
「わかった」
「オクタヴィア、後ほどオーギュスタン王太子殿下と少しお話をさせていただきます。その間に化粧直しをしてお待ちください」
「・・はい・・・」
そのまま三人はフロアで踊る人々を見ていた。
音楽が止まり、皆、それぞれの場所へ移動してく。
「今から小休憩になります。お二人とも、どうぞこちらへ」
ザカライアに案内され、貴賓のみが使える休憩室へ向かった。
その奥には化粧直し用の部屋があり、オクタヴィアはそちらに案内される。
「イザベル皇妃が使用する予定でしたが、急遽変更してもらいましたので、オクタヴィアはこちらの部屋を使ってください」
「イザベル皇妃様に、またご迷惑を・・・」
「大丈夫です。イザベル皇妃からこの部屋をオクタヴィアに貸すように指示があったので」
「・・・そうですか、では、イザベル皇妃様にお礼をお伝えください」
「ええ。この部屋には侍女しかいません。部屋の外には見張りもおります。のちほど迎えに来るまでは部屋の中で待っていてくださいね」
ザカライアが見張りに向かって頷くと二名の見張りは扉を左右に開けてくれた。
「では、後ほどお迎えに上がりますので、こちらのお部屋でしばらく、ご準備してお待ちください」
「はい、わかりました」
そう言って、ザカライアはオーギュスタンが待つ部屋へと戻って行く。
部屋の中にオクタヴィアが入ると、この部屋付きと思われる若い侍女が立っていた。




