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イザベルがソファに腰掛けると、オクタヴィアも向かい側のソファへ静かに座る。
「ザカライアがデューク王国に行っていたときのお話を伺いたいのですが・・・よろしいかしら?」
「ザカライア様の、ですか?」
「ええ。ザカライアが私の弟だというのはご存じですよね?」
「はい、知っております」
「・・あの子、私には自分の日常をほとんど話してくれないんです。もともと口数が少ないですし・・・」
(え? でも結構しゃべってる気がするけど・・・姉弟だと違うのかしら?)
オクタヴィアは心の中で首を傾げる。
「そうなのですね・・」
「オクタヴィア王女のお誕生日のお祝いに公務としてデューク王国に行ってもらいましたが・・・どうやらあの子はデューク王国が気に入って、急遽予定より長くいることにしたようですし・・。あの子が予定を変えるなど、珍しいことなのです」
「そうだったのですね・・」
「ザカライアとは、夜会で初めてお会いしたんですよね?」
「はい、夜会ではザカライア様にダンスのお相手をしていただき、大変助かりました。改めて皇妃様、私のお披露目の場にお気遣いいただき感謝申し上げます」
「・・そうだったわね。オクタヴィア王女のお披露目が成功されたなら良かったわ・・・・それで、そこでザカライアとは仲を深めたのかしら?」
「仲が深まったといいますか・・・翌日たまたま孤児院でお会いいたしましてご案内したところ、わざわざお礼に来ていただき・・・そのあと数度、お茶や乗馬など、ご一緒させていただきました」
「たまたま・・・?・・・まぁ、そうだったのね!」
イザベルは、どこか楽しそうに頷くと、急に表情を変えて前のめりに質問を続ける。
「それで、オクタヴィア王女に伺いますが、ザカライアのこと、どう思われました?」
「ザカライア様ですか?お話も楽しいですし、頼り甲斐があり・・・素敵な方だと思います」
「ザカライアの顔はお好きかしら?」
「顔ですか?・・まあ、はい、ザカライア様のお顔はとても整っていますし、皆さまザカライア様のお顔は、お好きなのではないでしょうか」
「そう・・ちなみに、ザカライアの一番いいところはどこだと思います?」
イザベルは前のめりで、もはや尋問のような勢いだ。
(な、何かしら?何かの面談みたいだわ・・・・皇妃様がぐいぐい来る・・・)
「え、ええと・・? 一番ですか? ・・・たくさんあって、どれが一番か決められないのですが・・・」
オクタヴィアは少し困ったように言葉を選ぶ。
「優しくて、勉強熱心で、細かいところまで気遣ってくださって、とても頼りになって・・どれもザカライア様の良いところだと思っています。一番なんて、とても決められません・・」
「そう・・・」
イザベルは目を細める。
オクタヴィアをじっと見ながら口を開く。
「・・あの子は小さい頃から、いつも外見でしか判断されてこなかったの。それだけに、今の意見は新鮮だわ」
「そう、なのでしょうか・・?」
オクタヴィアは少し驚いた様子で視線を落とす。
「ザカライア様は、どこから見ても、さすが帝国の公爵だと言わざるを得ない完璧なお方です。帝国は大きな国ですし、公爵という立場ならではの重圧もあったはずで・・その中で、かなりの努力をされてきたのではないでしょうか。だから、その努力も含めて・・すべてが素晴らしいお方だと思いました」
そう言いながら、オクタヴィアはふと湖畔での記憶を思い出す。
あの日、静かな湖畔で「こんな場所で暮らせたら・・」と呟いたザカライアの横顔が脳裏に浮かんだ。
「努力・・そうね・・・」
イザベルはふっと遠くを見るような目をする。
「確かに、あの子は小さい頃から黙々と・・・、文句も言わず言われたことを着実にこなしていく子だったわ・・・・」
そこまで話したところで、イザベルはオクタヴィアの方に視線を戻した。
「なぜオクタヴィア王女は、あの子が努力をしていると思ったのですか?」
「私の思い違いかもしれないのですが・・・」
オクタヴィアは少し言いにくそうに目を伏せる。
「ザカライア様と湖畔にピクニックに行ったのですが・・そのときに、静かな場所で暮らしてみたいと仰っていました。そのときのザカライア様の雰囲気が、今まで並々ならぬ努力をしてこられたからこそのものに見えてしまって・・・」
「・・・ザカライアが、そんなことを・・・」
イザベルはわずかに目を見開いた。
いつも淡々と義務をこなす弟がそんなことを口にするとは、思ってもいなかったのだろう。
オクタヴィアは頷いた。
自分の感じたものが思い違いではないことを、少しでも伝えられたなら・・・・。
イザベルの表情には、ほんの一瞬、柔らかな色が浮かんだように見えた。
「確かに、そうね・・・」
イザベルは少し目を伏せ、静かに息を吐いた。
「あの子はこれまで、たくさん努力をしてきました。最近では・・・私のせいで外交にまで引っ張り出されて・・」
一瞬、イザベルの表情が苦しげに曇る。
しかし、すぐに気持ちを切り替えるように深く息を吸い込み、オクタヴィアをまっすぐに見つめた。
「オクタヴィア王女・・・あらためて、ひとつお願いがあります」
真剣なまなざしに、オクタヴィアは思わず姿勢を正す。
「ザカライアが、他人にそこまで自分を見せることは今まで一度もありませんでした。あの子が自分の本音を口にするなんて・・・オクタヴィア王女とは、よほど気が合ったのでしょう」
イザベルの声は静かだが、その言葉には深い思いが滲んでいた。
「どうか・・あの子の側に(伴侶として)いてあげてほしいのです」
胸の奥まで響くような、まっすぐな頼みに、オクタヴィアは思わず目を瞬かせた。
(イザベル皇女様はザカライア様をとても大切に思っていらっしゃるのね。その気持ち、よくわかるわ・・・私もスタン兄様の婚約者のメイベル様に、同じような感情が沸くもの。私とザカライア様はお互い初めての友人ですもの、なんとか私の力でお守りできれば嬉しいわ!)
「はい、もちろんです。私は特に何もできないかもしれませんが、お側(ファルマン帝国に)にいる間は(犯人確保に向けて)お力になりたいと思います!」
お茶を飲み干すと、イザベルは立ち上がった。
「お忙しい時間に押しかけてしまって申し訳なかったわ。そろそろ失礼するわね。また、夜の夜会でお会いできるのを楽しみにしております」
「いいえ、こちらこそ、お忙しい中だというのにご訪問いただきありがとうございました。とても楽しい時間を過ごせました。イザベル皇妃様の夜会でのお姿、楽しみにしております」
オクタヴィアは、最上級のカーテシーでイザベルをお見送りする。
イザベルとオクタヴィアの気持ちにすれ違いはあるものの、イザベルは満足した足取りでオクタヴィアの部屋を後にした。




