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(もし、オクタヴィアの話が本当なら、ドーガンはこの国で何をしようとしている?そして、城内に協力者がいるとすれば、それは誰なのか…?)
(城に侵入できるほどの協力者となると、やはりファルマンの人間なのだろうか・・・そうなると、上位貴族か?)
(今の王政は安定している。王位を狙う陰謀とも考えにくいが・・・・)
ザカライアは執務室で考えを巡らせていると・・・
「ただいま、ザカライア!!お姫様との時間はどうだった!?」
ハロルドが勢いよく、執務室に入ってくる。
お姫様に骨抜きにされているであろうザカライアをからかうつもりだったのだ。
しかし、ザカライアは難しい顔をしたまま、考え込んでいる。
ハロルドの声にも反応しない。
「ザカライア!!たーだーいーまーっっ!!!」
もう一度、大声で挨拶をする。
「・・・ハロルド、大きな声を出さずとも聞こえている」
「じゃあ、返事してよ・・・今日は、もっと浮かれてるかと思ったけど、今度は何を悩んでるの?」
「ハロルド、至急集めてほしい情報があるのだが」
「情報?なにかあったの?」
ザカルド商会の支社は、至る所、国に展開しており、情報屋としての機能も兼ね揃えている。
ザカルド商会の情報量は並大抵のものではない。
「ノートリアス盗賊団が、この国の城に入り込んでいる可能性がある」
「え!? なんでそんな話に?」
「オクタヴィアからの情報なのだが・・・」
「なんでお姫様が、そんなこと知っているんだよ?」
「情報提供者は明かせないそうだ、だが・・・嘘を言っているようにも見えなかった」
ハロルドの顔が厳しくなる。
「お姫様、怪しくない?なんで、ザカライアにそんな話を?」
「オクタヴィアは兄の王太子にも話したが、取り合ってもらえなかったそうだ」
「ふぅ〜ん・・・まぁ、それはそうでしょ。他国のことに首を突っ込むなんて、王太子としては避けたいだろうし」
「オクタヴィアはとても悩んでいた」
「で、ザカライアはその話を信じたと・・」
「ああ、信じようと思っている。もし、勘違いだったとしても、万全を期したという事で済む・・・」
「お姫様は信じるけど、情報源がなぁ~・・ってところか」
「・・まぁ、そうだな・・・」
「・・わかった、いいよ。情報集めてみるよ」
「ありがとう、早々に頼む」
「でもね、ザカライア。この情報を伝えてきたお姫様を、俺はやっぱり疑うべきだと思うよ」
「・・・」
「とにかくさ、俺は調べてみるけど、ザカライアも再度、お姫様に情報源を聞くべきだ」
「ああ、わかっている・・・」
「そいつが、お姫様を騙して、何かしようとしている可能性もあるんだからな」
「ああ・・・」
ハロルドの言うことはもっともだ。普段の自分なら、まずそこを疑っていただろう。
オクタヴィアのことは信じている。
だが、情報源が不明である以上、最悪の可能性も考えなくてはならない。オクタヴィアが危険な目に遭うことも避けねばならない。
だが・・・彼女が情報源を明かせないと言ったときの、あの表情を思い出すと、強く問い詰めることができなかった。
(とりあえず、あの、王太子に連絡を取るか・・・)
長いため息をついて、便箋を取り出した。
「私は疲れているのだが?」
ザカライアの邸の応接室に案内されたオーギュスタンは、明らかに不機嫌そうだった。
「オーギュスタン王太子殿下にご挨拶申し上げます」
一応、形式的に挨拶をしたザカライアに対して、オーギュスタンは不機嫌に応じる。
「挨拶は結構。オクタヴィアに関することで急用だというから、帰宅途中に立ち寄ったんだ、早く帰りたいんです。急用とやらを話してください」
応接室の正面のソファに座ると、慌てた侍女がすぐにお茶を出す。
オーギュスタンはちらりとティーカップに目をやるが、手をつけず、侍女が退出するのを待っていた。ザカライアも向かいに腰を下ろし、ドアが静かに閉まるまで黙っている。
やがて、部屋に二人きりになると、オーギュスタンが口を開いた。
「・・・で?・・・今日、何があったんですか?」
「オクタヴィアから、ノートリアス盗賊団のことを聞きました」
「・・・・それで?」
「城に侵入したという情報があると言っていました」
「・・・・」
「この情報を知っているのは、自分とオーギュスタン王太子殿下だけだとも・・・」
「・・・・確かにその話は、オクタヴィアから聞いている」
「単刀直入に聞きます。オクタヴィア王女に情報を流しているのは誰ですか?」
「・・・名は言えないが・・・でも、情報は本物です」
「私は、オクタヴィア王女が危険にさらされるのを見過ごすわけにはいきません」
「私も同じです」
「ならば、情報提供者について知りたい。その者が安全なのかどうか・・・」
オーギュスタンは腕を組み、目を閉じる。沈黙が流れた後、彼は静かに目を開き、ザカライアと視線を合わせた。
「情報提供者をアービング公爵に明かすことはできない。それは我が国の決定事項です。しかし、その情報は確かです」
国の方針と言われてしまえば、それ以上の詮索はできなかった。
「・・・・・兄として、オクタヴィアには常に安全な場所にいてもらいたいと思っています・・」
「ええ、私も同じ気持ちです」
「だから、明日の夜会が終わったら、すぐに国へ戻るつもりです」
「・・そう、ですか・・・」
オーギュスタンが、表情を引き締めた。
「今は二人しかいませんので、アービング公爵に伺います。今回の滞在中、オクタヴィアに婚約を申し込むおつもりですね?」
「・・・ええ。そうしたいと陛下にもお伝えしていますし、デニス王にも前回申し上げました」
オーギュスタンは、じっとザカライアを見つめたまま、低い声で言った。
「それならば、オクタヴィアを信じてください。もしそれができないなら、婚約の申し入れはしないでほしい。そして、金輪際、オクタヴィアに近寄らないでくれ」
強い口調のオーギュスタンを前に、ザカライアは珍しく思いながらも、好奇心とオクタヴィアへの想いを天秤にかける。
そんなもの、言うまでもなく答えは決まっている。
「・・・では、オーギュスタン王太子殿下からも許可をいただけたということで、明日、正式にオクタヴィア王女へ申し入れをいたしましょう」
「・・・私はこれで帰ります」
「オーギュスタン王太子殿下、本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました」
ザカライアがそう言うと、扉の外で控えていた執事がすぐに動く。
「サムエル、オーギュスタン王太子殿下がお帰りになる。お見送りの準備を!!」
ザカライアは立ち上がり、去っていくオーギュスタンの背中を見送る。
(結局、また核心にはたどり着けなかったな……ハロルドに怒られそうだ)
デューク王国の王太子を乗せた馬車が遠ざかるのを見ながら、ザカライアは深く息をついた。




