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オクタヴィアの心は、この短時間の出来事により大きく乱れていた。しかし、心の奥にある決意が徐々に顔を出す。
「では、着替えが終わりましたら、軽食を準備してありますので、先ほどの部屋でお待ちしております」
「あの・・ザカライア様、後ほど、お話したいことがあります。少し時間をいただけますか?」
「話したいこと?・・・ええ、もちろん。では、部屋でお待ちしています」
(とにかく、あの話を聞いていただかなくては・・大丈夫!きっとザカライア様なら耳を傾けてくださるはず・・・)
オクタヴィアはギュッと指を握り込み、手に力を込めた。
「ザカライア様、オクタヴィア王女様がお越しになりました」
窓の外を眺めていたザカライアは、サムエルの声に振り向く。そこには、緊張した面持ちのオクタヴィアが、扉の前で立ち尽くしていた。
素早く歩み寄り、彼女の強く握りしめた手をそっと取る。
「そんなに力を込めると、爪で手の平を傷つけてしまいますよ。どうかされましたか・・?」
「あの・・・・」
オクタヴィアはちらりとサムエルに視線を向ける。
「ああ・・・」
「サムエル、すまないがキッチンに行って軽食の確認をしてきてくれないか?」
「はい、かしこまりました」
サムエルが部屋を後にすると、ザカライアはオクタヴィアを椅子へと促し、カップにお茶を注ぐ。
「お疲れでしょう、まずはお茶で喉を潤してください」
ザカライアもオクタヴィアの様子に緊張するが、表に出ないように努める。
(なぜこんなに緊張しているんだ?まさか、友人関係を終わらせたいとか言い出すのでは?・・・先ほど、美しいオクタヴィアに見惚れてつい浮かれてしまい、あのダイヤモンドに口づけしてしまったが・・・もし、あれを不快に思われたのなら!?・・・)
思い出した途端、ザカライアの表情がわずかにこわばる。
「あの、ザカライア様、実はお話したいことは、私の誕生日の夜会でザカライア様が仰っていた、大きな犯罪を防いだと言う話に関係があることなのですが・・」
「・・・盗賊団の話ですか?」
「はい・・・」
オクタヴィアが切り出した話は、ザカライアが予想していたものとは異なった。そのことに少し安堵したものの、彼女の口から物騒な単語が飛び出し、警戒を強める。
「じつは・・・とある情報を得ました・・・」
「・・情報とは?」
話しづらそうにしているオクタヴィアを、ザカライアは穏やかな口調で促す。
「兄から、ノートリアス盗賊団の首領・ドーガンさんが、ファルマン帝国へ逃走した可能性があると・・・その話はご存じですか?」
「ええ、注意喚起は受けています」
「その情報は事実です。現在、ドーガンさんはファルマン帝国に潜伏しており…しかも、お城に侵入したという話があります」
「・・・・城に?」
「はい、すでに内部に入り込んでいるとのことです」
ザカライアは真剣な表情でじっとオクタヴィアを見つめる。
「入り込んでいるとすれば、どのような形で?」
「そこは分かりません・・ですが、どうやら城内に協力者がいるようなのです」
「協力者?」
「詳しい理由は不明ですが・・イザベル皇女様に何かあってはいけないと思い、お伝えしようと・・・」
「なるほど・・・」
ザカライアは真剣な表情で考え込んだ。数分沈黙したのち、再び問いかける。
「オクタヴィア、この情報源はどこですか」
「・・・申し上げられません」
「話せない?」
「はい。でも、決して嘘ではありません・・・」
(オクタヴィアは、確かに嘘をつくような人ではない。ただ・・・情報源を明かしてもらえないとなると・・・陛下に確認する訳にもいかないだろう・・・)
「どこの情報源かわかりませんが・・オクタヴィアはその盗賊団が我が国の城に入り込んだと言っているのですね?」
「・・・はい、本当に嘘ではないのです・・信じてもらえませんでしょうか・・・」
必死に話すオクタヴィアを見て、ザカライアは一瞬で頭の中を整理し、決断する。
「・・・わかりました・・信じましょう」
オクタヴィアはハッとして、目を見開いた。
「本当ですか・・?信じてくださるのですか?・・・」
「ええ。詳細が分からない以上、大っぴらにはできませんが、私の方で調査を進めます。何もなければ安心ですし、何かあれば、それから対処すればいい。慎重に進めるべき案件です」
「ザカライア様・・ありがとうございます!」
オクタヴィアは安堵した表情を見せた後、少し躊躇しながら口を開く。
「あの、それで、ひとつお願いがございます・・・」
「どうぞ、言ってください」
「できれば・・・ザカライア様がお調べになった内容を私にも共有していただけませんか?」
「情報共有ですか?」
「はい。私も調査を進めています。お互いの情報を照らし合わせれば、より早く解決できるのではと思いまして・・・」
「・・・・危険なことには関わらないでください」
「はい、もちろんです。私ができるのはザカライア様に情報を提供するぐらいです」
(いろいろと聞きたいが・・・きっとこれ以上はオクタヴィアから情報源について聞くことはできなそうだな・・・少しずつ探るしかないか・・・)
「・・わかりました。この件は私が動きますので、オクタヴィアは決して独断で行動しないようにしてください。それと、この件を知っているのは?」
「兄が、知っておりますが・・・他国のことに首を突っ込むなと怒られました」
「王太子殿下はご存じなのですね?では、情報提供者については?」
「・・・・それは・・・」
(王太子が情報提供者の正体を知らない?・・・いや、彼がそこを疑わないはずがない)
ザカライアは考えながら、静かに口を開いた。
「そう、ですか・・・」
(いろいろと不可解な話だが、確かに気になる内容ではある。あとで、ハロルドにも相談しよう。)
ちょうどその時、サムエルが扉越しに軽食の準備が整ったと告げた。
その後は穏やかな雰囲気の中でお茶を楽しみ、オクタヴィアは邸を後にした。




