32
「まぁまぁ、王女様、とってもお似合いです!!」
ザカライアが贈ってくれたドレスは、重厚感のある生成りの生地をベースに、ロイヤルブルーが差し色としてあしらわれていた。さらに、細かな黄色い宝石が贅沢に縫い付けられている。裾には、グラデーションの糸を用いた精巧な刺繍が施され、デューク王国の国花であるユリの模様が浮かび上がる。
見るからに高価なドレスを前にして尻込みしていたオクタヴィアだったが、マリアを筆頭にナージャや侍女たちの手によって、気がつけばあっという間にドレスを身に着けていた。
(ご・・・豪華すぎないかしら・・・)
鏡に映る自分が、いつもの百倍は輝いて見える。
それは、実際に輝いていて、動くたびにドレスの宝石が光を反射しキラキラと煌めいていた。
オクタヴィアがその派手さに呆然としていると、「次は髪型ですね」と言われ、ドレッサーに座らされる。さまざまなヘアスタイルのデッサンを見せられ、好みの髪型を尋ねられた。
(正直、今はそれどころじゃないわ・・・)
「おまかせで」と答えた瞬間、侍女たちの手が一斉に動き出した。
そして、ほんのわずかな時間で、複雑かつ見事な髪型が完成する。
さらに、ドレスと同じ黄色い宝石があしらわれた髪飾りがふんだんに飾られ、髪までキラキラと輝いていた。
(私、眩しくないかしら・・・・皆さんの目に毒なのでは?・・・)
「あ・・あの、マリアさん・・」
「オクタヴィア王女様、私の事はマリアとお呼びください」
「え、ええ・・・では・・マリア、えぇと、頭から足先まで黄色い宝石がたくさんついていますが、こんなに要らないのではないかしら・・・ちょっと眩しいというか・・その・・・」
「いいえ。ザカライア様が王女様のために贈られたドレスです。すべてにおいて一級品でなくてはなりません。職人が一切手を抜かずに仕立てた特別なドレスなのです。夜会では、オクタヴィア王女様が誰よりも輝いていなくてはなりません!」
「いえ、その・・・“輝く”の意味が違わないかしら・・・」
「ちなみに、この宝石はアービング公爵領で採れた一級品の大粒石を、わざと砕いて加工した特別なものです。ザカライア様が自らこだわり抜いて選ばれた宝石なので、ぜひ、お楽しみくださいませ」
「い・・一級品を・・・砕いた?????加工??・・・」
一般的なドレスに使われる宝石は、採掘時に出る破片、いわゆるクズ石を用いたものがほとんどだ。
しかし、わざわざ一級品を砕いてクズ石に加工するなど、聞いたことがない・・・・。
オクタヴィアは、言葉を失い、ただ口をパクパクさせていると、扉がノックされる。
その瞬間、マリアが「最後の仕上げ」とばかりに、オクタヴィアが持ち込んだ、ザカライアから贈られたダイヤモンドのネックレスをそっと首にかける。
「オクタヴィアは用意できたかな?」
扉の外から、ザカライアの声が響いた。
「オクタヴィア様のご準備が整いました。ドレスの丈も形もすべて完璧に出来上がっております」
「そうか、では入らせてもらう・・・・」
ザカライアが部屋に足を踏み入れ、オクタヴィアを見た瞬間、彼の動きが、ぴたりと止まる。
そして、思わず手で口元を覆った。
(美しい・・・ただ、ただ、美しい・・・)
オクタヴィアの優雅さ、聡明さ、そして王族としての気品を表現するために、細かく指示を出しデザインさせたドレス。
黄色い宝石は、自分の髪の色に近いものを選び、特別に加工させた。
(きっと似合うだろうと思ってはいたが・・・これほどとは・・・)
あまりの美しさに、ザカライアはしばし言葉を失い、見惚れる。
「ザカライア様・・・ドレス、ありがとうございます。ちょっとキラキラしすぎている気もしますが・・私に似合いますでしょうか?」
頬をうっすらと染めながら、照れたように尋ねるオクタヴィア。
その姿を見て、ザカライアはさらに息を詰めた。
「ザカライア様、オクタヴィア様はいかがでしょうか?」
マリアがニコニコとしながら、何も言わずに固まっているザカライアへ助け舟を出す。
彼はハッとして咳払いをし、ゆっくりと口を開いた。
「オクタヴィア、とても・・・とても美しい・・・」
「ありがとうございます。ちょっと派手かと思いましたが、こういったドレスが帝国では今の流行なのでしょうか。私の国では、ここまで飾り立てることがないので、正直、少し恥ずかしいです」
「・・・きっと明日の夜会では、誰よりもオクタヴィアが輝いていることでしょう」
「そ・・・それは、ダメです!主役のイザベル皇妃様がいらっしゃるのに、そんな・・・!」
オクタヴィアは本気で慌てる。
主役より目立つなど、決してあってはならない。
「大丈夫ですよ、こういったドレスは、今年の流行です。他のご令嬢たちも、同じようなドレスを着てくるでしょう。だから、心配はいらないですよ」
そう言いながら、ザカライアはオクタヴィアの目の前に立ち、胸元を飾るネックレスをそっとすくい上げた。
そして・・・・
ダイヤモンドのネックレスに、そっと口づけを落とす。
それは、あまりにも自然な仕草だった。
一瞬、何が起こったのかわからなかったオクタヴィア。
「まぁ、まぁ・・・」
とマリアの嬉しそうな声が遠くで聞こえた気がした。
(え?・・今、何か・・?)
開いたドレスの胸元に、ザカライアの髪先が、さらりと素肌をくすぐるように触れる。
(えええぇぇぇぇ!!ザカライア様が近すぎるっ!)
一気に顔が赤くなり、完全に固まるオクタヴィア。
そんな彼女を見つめながら、ザカライアが静かに言葉を紡ぐ。
「明日は・・・このドレスを着たオクタヴィアを、私がエスコートできないのが何よりも悔しい。今まで人を羨ましいと思ったことはないが・・・今、オーギュスタン王太子殿下を心底羨ましく思っています。オクタヴィア・・夜会のダンス、一曲は私と踊ってくれますか?」
「・・え、あ・・はい・・も、もちろんです・・」
「今日はこのまま帰したくないが・・・そうもいかないよな・・・・」
ぽつりと呟いて、いい男オーラ全開のザカライアがネックレスから手を離し、かがめていた体を起こす。
(・・て・・適切な距離になったわ・・いろいろ不可解な言葉が聞こえたけど・・・なんだったの??・・・スタン兄様!助けて!)




