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「スタン兄様は、もうお出かけになったのよね?」
「はい、王様のご友人のお屋敷がかなり遠いそうで、今朝早くに出発されましたよ」
「本当は一緒に行きたかったのだけど・・」
もともとは一緒に向かう予定だったが、オクタヴィアの長旅の疲れを気遣ったオーギュスタンが、急遽彼女の予定を休養日に変更した。
確かに、また長時間馬車に揺られるのは少しつらかったので、オクタヴィアも素直にその提案を受け入れた。
(結局、予定は入ってしまったけど・・・)
「王女様、アービング公爵様がいらっしゃいました」
扉の向こうから、邸の侍女が声をかける
「では、ナージャ行きましょう」
今日はドレスの試着があるので、ナージャも連れて行くことにした。
「はい、姫様」
ナージャは荷物を持ち、オクタヴィアとともに部屋を後にした。
「おはようございます、オクタヴィア」
「おはようございます、ザカライア様。ご紹介させてください。私の侍女のナージャと申します」
ナージャが一歩前に出る。
「ナージャと申します」
「あなたが・・・たしか、以前、孤児院でもお会いしましたか?」
「はい」
ナージャは侍女らしく、深くお辞儀をしたまま、控えめに返事をする。
本来、こういった場で侍女を紹介することはないが、今日は試着のためナージャがいなければ困る。
そのため、オクタヴィアはあえて紹介し、彼女の存在を認めさせようとしたのだ。
「どうぞ、顔を上げてください。先日は、王女から素敵な刺繍入りのハンカチをいただきました。聞けば、それを提案してくださったのがあなたとか・・・とても嬉しい贈り物でした。ありがとうございました」
「とんでもございません。私は何もしておりません。刺繍を頑張って仕上げられたのはオクタヴィア王女様です」
ナージャはあくまで自分の功績ではないと言い切る。
その謙虚な態度に感心しつつ、ザカライアは帰りにナージャにも何かお土産を用意しようと心の中でメモを取った。
「では、参りましょう」
ザカライアは、オクタヴィアとナージャを馬車へとエスコートする。
ナージャは「私は御者席で構いません」と固辞したが、ザカライアはそれを許さなかった。
馬車の中で、ナージャはまるで置物のように姿勢を正し、ひたすら前を向いて座っている。
ザカライアやオクタヴィアとは、目を合わせようともしない。
その様子が可笑しくて、オクタヴィアは何度かクスクスと笑ってしまった。ザカライアの屋敷に着くまでの間、ナージャは頑なにその姿勢を崩さなかった。
馬車が、大きな門の前で止まる。
オクタヴィアは、到着したのかと思い、ザカライアをみると、まだ立つ気配がない。
「ザカライア様、着きましたか?」
「はい、門が今から開きます。ですが、邸の入口まであと少しあるので、まだ座っていてください。」
「?」
不思議に思いながらも、馬車が動き出すのを感じる。
窓の外をチラリと覗くと、まるで森の中のように鬱蒼とした木々が並んでいる。
しばらく進むと、目の前に巨大な屋敷が姿を現した。
(!!・・・うちのお城より、大きい!?)
隣に座るナージャを見ると、彼女も驚愕している。
(やっぱり、そうなるわよね?)
小さな衝撃とともに、馬車が完全に止まる。
ザカライアが先に降り、オクタヴィアへ手を差し出した。
馬車から降りると、視界いっぱいに広がる使用人の列。ずらりと並んだ彼らが、一斉に頭を下げる。
その圧倒的な光景に、オクタヴィアは言葉を失った。
(すごい……使用人の数が、桁違いだわ……)
「オクタヴィア、どうぞこちらに」
ザカライアは気にする様子もなく、すたすたと進んでいく。
オクタヴィアもエスコートされながら、彼に続いた。
使用人たちは顔を上げないため目が合うことはないが、これだけの人に囲まれていると緊張が高まる。
後ろをついてくるナージャも、明らかにビクビクしていた。
(わかるわナージャ!これは、私たちにはまだレベルが高すぎるわよね!どうにか耐えてちょうだい!)
オクタヴィアは心の中で、ナージャにエールを送る。やっと邸の入口に着く。
(長かった・・・)
まだ、ドキドキしている心臓に落ち着いて!と言い聞かせていると、執事服を纏ったスラリとした年配の男性と、優しそうな笑みを浮かべる侍女が出迎えに立っていた。
「本日、オクタヴィアの身の回りをお世話させていただく侍女長のマリアと、執事のサムエルです」
「オクタヴィア王女様、はじめまして。執事長のサムエルと申します。本日はようこそお越しくださいました。どうぞ、ご遠慮なくお申し付けください」
サムエルは深々と美しいお辞儀をする。
オクタヴィアも丁寧にカーテシーを返した。
「はじめましてサムエルさん、本日はよろしくお願いしますね」
「オクタヴィア王女様、どうぞ私のことは呼び捨てになさってください」
「わかりました」
サムエルはにこやかに頷く。
続いて、侍女長のマリアが一歩前に出て、恭しくお辞儀をした
「ようこそおいでくださいました。本日はオクタヴィア王女様のお世話を担当させていただきます侍女長のマリアと申します。なんでも遠慮なくおっしゃってください」
「マリアさん、本日はよろしくお願いします。こちらもご紹介させてください。私の侍女、ナージャです。勉強のために同行させましたので、私ともどもよろしくお願いいたしますね」
「よろしくお願いいたします!」
ナージャは深くお辞儀しながら、しっかりと挨拶をした。




