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「スタン兄様、それで、ドーガンさんは捕えたのですか?」
「ああ、全員を捕えるのに一年がかりだったが、ドーガンを捕えてみたら、ルカルド王国で指名手配されている盗賊団の首領だったんだ。仲間の潜伏先も白状したから、ジェイが30人近く捕まえてきたよ。だから、近いうちにルカルド帝国に引き渡す事になるだろうな。」
「そうなのですね・・・気になることはあるけど、とりあえず、これ以上町の皆様に被害が出なくなったのなら、良かったわ」
「気になることとは?」
「ええ、あの時、檸檬イエローの鳥が“ドーガンさんはルカルド王国から追い出された”と言っていたわ。でも、今スタン兄様の話を聞くと指名手配だったと・・・
追い出されたのと、指名手配されて逃げてきたのとでは、状況がまるで違うはずです。
それに・・・そんなに大きな盗賊団なら、どうしてお金にならない一般市民の家に入り、細かなものを盗むなんて、少し不自然ではないかしら?・・」
「確かにそうだが・・・ヴィアが鳥の話を聞き間違えたのではないのか?」
「いえ、そんなことはないと思いますが・・・
まあ、でも、ジェイが担当しているならば、そのあたりの情報もいずれ明らかになるでしょうし・・・」
オクタヴィアは、紅茶の入ったカップを持ち上げ、優雅に口へ運ぶ手を止めた。
やはり、なんとなく釈然としない。
しかし、この件に関しては自分ができることはない。
(お父様とお母様にお任せしましょう)
そう気持ちを切り替え、紅茶を一口飲んだ。
「ところでスタン兄様、そろそろメイベル嬢とお出かけの時間ではなくて?」
「ああ、本当だ。すっかり長居してしまったな。我が婚約者様を待たせるわけにはいかないから、もう行くとしよう。ごちそうさまオクタヴィア」
22歳になるオーギュスタンには、今年から侯爵令嬢のメイベル・サンライズ嬢と言う、婚約者ができた。
メイベル嬢は、知識も豊富で頭が良く、兄も彼女といると楽しそうだ。
メイベル嬢は、やや控えめな印象だが、オクタヴィアにもニコニコと挨拶をしてくれる、可愛らしいご令嬢である。
これからデートに行くオーギュスタンを見送っていると、
「では姫様、夜会用のドレスの調整にドレスショップのデザイナーが参っておりますので、こちらへお越しください」
いつの間にか側に居たナージャが、そう言ってオクタヴィアを誘導した。
「わかったわ」
オクタヴィアは、最後に紅茶を一口飲み、席を立つ。
移動中、オクタヴィアのドレスに小さな月光トカゲが登ってきた。
「あら、どうしたの?」
トカゲに気がついたオクタヴィアはドレスを登ってきて腕に移動する月光トカゲを見つめた。
手の平まで登ってきたトカゲは、クリクリした目でオクタヴィアを見上げながら
{ドーガン、ニゲタゾ}
と伝えてきた。
「ザカライア、出発の準備はできたのか?」
ノックもなく勢いよく執務室の扉を開け、ずかずかと入ってきたのは、ザカライアの片腕であり商会の共同経営者であるハロルドだった。
ハロルドはもともとは孤児だったが、頭が良すぎて本来なら四年かかる平民学校をわずか一年で卒業した。
その噂は、学校の支援者であったザカライアの耳にもすぐ届いた。
もともとザカライアは、貴族と平民の垣根をあまり気にせず、人の能力にこそ価値があると考えていた。
そこで、噂を聞いたザカライアはすぐにハロルドに会いに行った。
当時十三歳だったハロルドを見て、最初こそ驚いたものの、生意気そうな少年の知性に満ちた瞳に惹かれ、ザカライアはその日そのまま彼を引き取ることを決めた。
それから四年後、二人は帝国随一の商会「ザカルト商会」を築き上げたのだった。
「ああ、ハロルド、今回の外交はデューク王国の王女のお披露目会だから、戻るのに四日もかからないだろう。いつもすまないが、留守の間を頼んだよ」
「もちろんだよ。気をつけてな!デューク王国のお姫様と言えば、動物にも愛される心優しき美姫らしい。お姫様の土産話を期待して待ってるよ」
「土産話ができるほど、王女と交流することは少ないだろう。夜会の後はデューク王国の情勢を確認して帰ってくる」
「ほんと、真面目なスケジュールだな」
ハロルドは、テーブルの上に置かれた菓子を勝手に食べながら、さらに茶器に手を伸ばして自分で茶を淹れると、美味しそうに飲んだ。
「あ、そうだザカライア、最近デューク王国で大きな盗賊団が捕まったらしいぞ、ルカルド王国が指名手配していた、あの盗賊団の首領含めた数十人らしいよ。」
「ノートリアス盗賊団の?」
「ああ。ルカルド王国ですら規模を把握しきれなかったあの盗賊団だよ。それをデューク王国が、なぜかあっさり捕えたらしい。」
「首領自ら、なぜあんな小国にいたんだ・・・?」
「さあな・・逃げる途中だったか、何か目的があったのか・・・それにしても、今まで散々ノートリアス盗賊団の捕獲に失敗してきたルカルド王国を尻目に、あのデューク王国が簡単に捕まえたことの方が驚きだよ。」
「そうだな、それは気になるな」
「ま、それも含めてデューク王国を見てきなよ。今の帝国にいるよりは、よっぽど居心地がいいんじゃないか?」
「確かにな・・・」
ザカライアのもとには、あのカオスな茶会翌日から、謝罪の手紙が山のように届いている。
参加者は五十人だったにもかかわらず、父や母、兄や姉、祖父母、挙句の果てには謎の親戚たちから、ここぞとばかりにザカライアと交流を持ちたい者から便乗の手紙が送られてくる。
あまりの多さに、執事もさすがに辟易していた。
当然、手紙は一切開封せず、読まないまま放置していたところ、あっという間に部屋一つが埋まりかけている始末である。
さらに、約束もないのに家に押しかけてくる令嬢たちが後を絶たず、何度手ひどく門前払いしても一向に数が減らない。
どうやら貴族達は、先日の茶会を [アービング侯爵、ついに結婚意志あり!]
と捉えたようだった。
(まったく姉も陛下も余計なことを・・・)
「本当に煩わしい以外何者でもない!」
遠い目をしてため息をつくザカライアを見て、ハロルドは笑った。
「まあ、それは置いといて・・・ザカライア、俺が来た本題なんだけど、新しい取引先の調査結果が出たんだけど・・」
腹も満たされたハロルドは、テーブルに書類を広げ、本来の目的である真面目な話を始めた。