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(へえ〜、これは・・・不思議な色合いの美人だな。いや、美人というより可愛いのか?それにしても、このネオンブルーの瞳の色が国宝級の宝石みたいだ・・・笑顔になるとまるでお人形さんみたいだし)
ザカライアの後ろには、面白半分でついてきたハロルドがいた。
ハロルドは目立たないように、オクタヴィアをじっと観察する。
(ザカライアは、こういうタイプが好みだったのか~。確かに、不思議な雰囲気のある美姫だ。デビューしたばかりって言ってたな。あの姫を見たら、貴族の令息たちも色めき立つに違いない・・・ザカライアが気にするのも無理はないな)
ハロルドは、ザカライアとの今朝の様子を思い返す。
朝から、落ち着きのないザカライアを不思議に思い、密かにザカライアを見ていたハロルド。
まず、朝から様子が変だった。
食事の席では、パンを手に取っては考え込み、結局皿に戻す。しばらくしてまた手を伸ばすが、やはり食べない。
やっと食事を終えたかと思えば、今度は着替えに妙に時間をかける。普段は侍従が用意した服を無頓着に身につけるのに、今日は何枚もシャツを取り替えていた。
ようやく着替えが終わると、今度は机に座ったままぼーっとしている。
(いよいよだな。そろそろ突っ込んでみるか・・・)
ハロルドは、ザカライアの机の前に立ち咳払いをする。ザカライアの目線が上がり、ハロルドを見る。
「ザカライア、今日は何か予定があるのか?」
(すでに、想像はついているが・・・一応聞いてみるか)
「予定か・・まあ、あるな・・」
「何時から?」
「デューク王国の王太子と王女が、うちの美術館に来るらしい。午後からだから、挨拶に行こうと思っている」
(でたっ!やっぱりお姫様絡み!)
「お姫様は、昨日こちらに着いたんだっけ?」
何気ないふりを装いながら話を進めて聞いてみる。
「ああ、昨夜、サイモン・マーズ子爵の屋敷に着いたようだ」
(しっかり、宿泊場所まで把握している!まあ、当たり前か・・・)
「で、今日はご挨拶だけか?」
「・・・昨日の今日だ、そのつもりだが?」
(・・・本当に、そのつもりなのか?あんなに待ち望んでいたのに?)
「なあ、よかったら俺も連れて行ってくれよ。出しゃばらないからさ、お姫様を見てみたい!」
「・・・王女は見世物ではないんだが?」
ザカライアの視線が冷え冷えとし、空気が一気に凍る。
「いやいや、そういうつもりじゃなくてさ!」
ハロルドは慌てて手を振る。
(どちらかと言えば、見せ物はザカライアなんだけど・・・)
「どんな方か知っておけば、今後お前の手助けがしやすいかな~って・・・・」
「・・・・」
しぶしぶ、といった様子で、ザカライアが小さく頷く。
「ただし、王太子も同行している。お前の紹介はしないし、本当に見るだけだぞ。」
「了解!ありがとう!後ろの方でこっそり見させてもらうよ!」
そう言いながら、ハロルドはザカライアの後方に控え、密かにオクタヴィアを観察するのだった。
「王太子殿下、王女殿下、それでは美術館をご案内いたします。こちらにどうぞ」
ザカライアの案内で一行は美術館へと足を踏み入れた。館内は静寂に包まれ、壁には格式高い絵画が並び、中央には重厚なオブジェが堂々と佇んでいる。
オクタヴィアは、その光景に見入ってた。
と、その時・・・
{ヤァ、キミガ、オクタヴィア}
声のほうへ目だけ向けると、壁の一角に溶け込むようにして、一匹のヤモリがじっとこちらを見ていた。
オクタヴィア以外は誰も気がついていない。
(初めて見るヤモリだわ・・・。ファルマン帝国の固有種かしら?)
オクタヴィアはほんのわずかに頷いて、応える。
{アイツ、ミハッテタ、マネシテ、オシロハイッタ}
(あいつって、ドーガンさんの事よね?お城・・・もう入り込んだってこと・・・?)
オクタヴィアは考え込むように首を傾げた。
{ナカマトイル、チカイヨ}
(仲間もいる・・・この辺りに? でも、私がドーガンさんに会ったところで、顔を知らないから見分けがつかないわ・・・)
{ミニイク、イコウヨ}
「行きたいのはやまやまだけど、今はいけないわ」
オクタヴィアは、ほとんど聞き取れないほどの小さな声で、そっと呟いた。
{ソウカ、ワカッタ、マタクル}
ヤモリは彼女の言葉を理解したらしく、壁に同化したまま、するすると外へと消えていった。
ヤモリを目で追っていると、不意に目の前に人影が落ちた。顔を上げると、そこにはザカライアが立っていた。
「オクタヴィア、元気でしたか?」
「ザカライア様、お久しぶりです。毎日忙しくしていたらあっという間でした」
慌ただしかった日々を思い出し、オクタヴィアはくすりと笑う。
「お疲れではありませんか?」
「ええ、大丈夫です・・と言いたいところですが、初めて国境を越えて参りましたので、少し疲れているかもしれません。ですが、明日は兄は出かけますし、私は休息日をいただいているので、ゆっくりしようと思ってます」
「そうなのですか・・・では、私の邸はこの近くにあります。お疲れならば、無理にとは言いませんが、久しぶりにお話ししたいこともありますし、もしよろしければ・・・少しの時間でも、お茶をご一緒しませんか?」
「まあ、ザカライア様、素敵なお誘いです。長居はできないかもしれませんが、お兄様に聞いてみてみますね」
ちょうど、美術館の学芸員がオーギュスタンに絵の説明をしている。
説明が一区切りついたところで、オクタヴィアは兄に話しかけた。
「お兄様、少しよろしいでしょうか?」
「どうした?オクタヴィア?」
オーギュスタンが振り返り、続けて彼女の隣にいる人物を認める。
「・・・と、アービング公爵」
少し意図を含んだように二人の名を呼ぶオーギュスタン。
「明日の予定の事ですが、午後にザカライア様のお邸に伺ってもよろしいでしょうか?」
「アービング公爵の邸に?」
オーギュスタンがゆっくりと問い返したその瞬間、ザカライアが口を開いた。
「明日は、オクタヴィア王女はお一人で邸にいらっしゃると伺いました。せっかくですので、夜会用のドレスのサイズ合わせをしていただきたいのですが・・・お許しいただけませんでしょうか?」
その言葉を聞いてオクタヴィアはハッとする。
(そうだったわ!ドレスのサイズ合わせもあったわ!お茶を口実にお誘いくださったけど、きっとドレスのサイズ合わせが本命よね?ドレスの事をあまり周りに言いたくなくて、ごまかしていただいたのに、私ったら!)
だが、オクタヴィアが斜め上の方向へ思考を巡らせている間、ザカライアの内心はまったく違った。
彼はすでに、ドレスがオクタヴィアにぴったり合うことを知っている。
(本当はサイズ合わせなど、必要ないが・・)
だが、"お茶に誘う"よりも、"ドレスのサイズ合わせ"という理由のほうが、この王太子殿下には効果的だろうと判断し、とっさに言い出したのだった。
「そういえば、アービング公爵がドレスを贈ってくれたらしいですね。妹のためにわざわざご用意ありがとうございます」
王太子の言葉に、ザカライアの側にいるものたちがざわりと息を呑む。
ザカライアは、それを無視して言葉を続ける。
「とんでもない、デューク王国では大変お世話になりましたので・・・」
「・・・わかりました。明後日はイザベル皇妃との昼食会も控えているので、短い間になるが、オクタヴィアをよろしくお願いいたします」
ザカライアは差し出されたオーギュスタンの右手を取ると、瞬間、強く握られた。
その握力には「早く帰せよ!」という無言の圧が込められているように感じる。
(やはり、うちの屋敷に長居は難しそうだな・・・)
そう思いつつも、ザカライアは穏やかな笑みを浮かべ、握手を返した。




