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あれからあっという間に一ヶ月がたった。
オクタヴィアは、イザベル皇妃の誕生日祝いに向けて、ファルマン帝国の礼節や歴史をいつも以上に学んできた。
その間、ザカライアから何度か手紙が届いた。
最後の手紙には、「ドレスを用意したので楽しみにしていてほしい」と書かれていた。
まだ見ぬドレスへの期待に胸を膨らませながら、オクタヴィアは出発の日を指折り数えていた。
いよいよ出発の日。
彼らの乗る馬車の横には、三十人以上の騎士たちが馬上で護衛についていた。
さらに、連なる馬車は十台を超えている。
王太子と王女が二人で行う初めての外交に、王と王妃は力を入れた。
その結果が、この大所帯である。
「まるで、お城からのお引越しのようです」
窓から続く馬車の列を眺めながら、オクタヴィアが呟く。
「本当だな。私一人が他国に行く時は、この半分もないが・・・」
正面に座るオーギュスタンが軽く首を傾げた。
「今回は私とヴィアの二人だから二倍だな」
可笑しそうに笑うオーギュスタン。
「そんなわけないじゃないですか!」
オクタヴィアが呆れたように言うと、オーギュスタンは肩をすくめた。
「まあ、冗談はさておき・・・私たちの荷物はもちろんだが、皇妃様への贈り物、アービング公爵へのお礼、侍女や騎士たちの荷物、それに父上のご友人への献上品もある。これだけ積めば、さすがに馬車の数も増えるだろう」
「ところで、スタン兄様、今回の行程についてまだ聞いておりませんが、どのようなになっているのでしょうか?」
「そうか、バタバタして、まだ細かい話をしていなかったな・・・」
オーギュスタンは少し考えてから答える。
「まず、今日から三日かけてファルマン帝国の首都に入る。そして、翌日は城下町を視察。その次の日は、父上から頼まれているご友人へのお遣いをして、翌々日の昼にイザベル皇妃様へのご挨拶に向かう予定だ」
「ご挨拶は昼間ですか?」
「そう。今回は特別に、皇帝陛下と皇妃様が催される昼食会に招待されている。ルカルド王国の皇族も招かれているらしいから、数十人規模の会食になるだろう」
「ルカルド王国の方々もいらっしゃるのですね。私はファルマン帝国の勉強ばかりしていたので、ちゃんとお話しできるかどうか不安です・・・」
「大丈夫、そこは私がカバーするからね」
「スタン兄様、よろしくお願いします」
オクタヴィアが小さく笑うと、オーギュスタンも笑みを浮かべる。
「そして、その夜は夜会だ。オクタヴィアのドレスは・・・アービング公爵が用意されたとか?」
「はい。ファルマン帝国のドレスを着てみてほしいとおっしゃってくださって」
「ふぅん、それは・・・楽しみだね」
「はい! 他国のドレスがどのようなものなのか、とても楽しみです!」
オクタヴィアが無邪気に喜ぶ姿を見て、オーギュスタンは微笑んだ。
だが、心の中ではツッコミが止まらない。
(ヴィアは、デビューして間もないから仕方がないことだが・・・女性にドレスを贈るということは、そういう意味なのに全く気づいていないな・・・)
(同じ男として、さすがにアービング公爵が少し気の毒だが・・・・いや、何だか面白いので黙っておこう・・・)
(それにしても・・ヴィアは深く考えずに、夜会にはあの大きなダイヤのネックレスをつけて行くつもりなのだろうな・・夜会で騒ぎにならなければいいのだが・・・)
アービング公爵領で採れる宝石は、すべて極上クラスだ。
多少曇りのあるB級品でさえ、他の宝石とは比べものにならないほどの高値がつく。
ましてや、ヴィアが持っているのは、アービング公爵領以外では採れないとされるほどの大きな希少なダイヤ・・目の肥えた者なら、一目でアービング公爵からの贈り物だと気づくだろう。
(夜会では、ヴィアから離れないようにしよう)
そんなことを考えながら、オーギュスタンは頬杖をつく。
目の前では、無邪気にドレスの話をするオクタヴィアが、嬉しそうに笑っていた。




