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「オーギュスタン王太子殿下、王女に普段からこんな危険な馬を近づけさせるとは、一体どういうおつもりですか?」
ザカライアの視線がオクタヴィアへと向けられる。すると、オーギュスタンは少しだけ肩をすくめ、気怠げに答えた。
「私も最初は反対したんだが、オクタヴィアとその馬がどうしてもと言うものだから。その馬は人を見る。今日は護衛をつけるが、正直、護衛より余程信頼できますよ」
呑気に言い放つ王太子に、ザカライアの表情が険しくなる。
「危険なのは、まずこの馬では?」
その言葉に、キングホースが前足で土を蹴り、低く鼻を鳴らす。
次の瞬間・・・
周囲の馬たちがヒヒンッ!と鳴き、慌てたようにさらに後ろへと下がっていった。
まるで、キングホースの怒りを察知したかのように。
「公爵、その馬を怒らせないでくれ。怒ると他の馬が怖がる」
オクタヴィアはキングホースの鼻筋を撫で、「落ち着いて」と優しく声をかける。
すると、馬はすぐに大人しくなった。
ザカライアは改めてため息をつく。
こんな異様な馬が本当に護衛より信頼できるのか・・・納得できるはずがない。
しかし、オーギュスタンはまるで気にも留めず、軽く手を叩きながら提案した。
「公爵、いつまでもここにいると日が暮れてしまいますよ。では、公爵が後ろで、オクタヴィアが前に乗せてもらい、二人でこの馬に乗っていけばいいのではないか? それなら、公爵はすぐ近くでオクタヴィアを守れるし、オクタヴィアも馬に乗ることができる。見たところ、この馬も、公爵を乗せるのは嫌ではなさそうだ」
「まあ、スタン兄様、それは素晴らしい考えです!ザカライア様、それでいかがでしょう?」
嬉しそうに微笑むオクタヴィアを見て、ザカライアは再び悩んだ。
少し悔しいが、オーギュスタンの提案は、確かに最善策に思えた。
それに・・・
オクタヴィアと二人きりで馬に乗れる。
それは、至福の時間を約束されたも同然だった。
さまざまな葛藤の末、ついにザカライアは折れた。
キングホースの背に揺られながら、二人はゆっくりと静かな森を進んでいく。
護衛や従者の馬が、キングホースに近づきたくないようで、かなり後方からついてきているようだ。
二人を乗せたキングホースの歩みは驚くほど安定していた。
(さすが、伝説の馬といわれるだけはあるな・・・今まで乗ってきた馬が、何だったのかというほど、確かに素晴らしい馬だ)
ザカライアは内心、キングホースを賞賛しつつ、でもまだ信じられないようで慎重に歩を進めていた。
「ザカライア様、あの太い木を右に折れてください。そこをまっすぐ行くと間もなく湖に着きます」
オクタヴィアが後ろを振り返りながら、ザカライアを見上げる。
その仕草があまりに可愛らしく、ザカライアは思わず彼女の瞳に釘付けになり、手が止まってしまった。
(しまった!手綱を右に・・・!!)
しかし、次の瞬間、キングホースがまるで目的地を理解していたかのように、何の指示もなく自ら右へと進んでいく。
ザカライアが自分の油断を戒めると、キングホースはブルッと鼻を鳴らす。
まるで、「しっかりしろ」とでも言いたげに。
「ザカライア様、見えてきました!あちらです」
オクタヴィアが嬉しそうに指をさした先に、湖が広がっていた。
(ほう、これは綺麗な場所だな・・・)
湖は大きくはないが、その透明度は驚くほど高く、底までくっきりと見渡せる。
湖畔には、デューク王国の国花であるユリが群生し、静かな水面に白い花が映えていた。
少し奥にはブルーベリーの木があり、熟した果実がたわわに実っているのが見える。
湖の湖畔に到着すると、キングホースは乗る時と同じように前足を折り、二人が下りやすいようにしてくれた。
(この馬には驚きしかないな、本当に信じられない)
まずザカライアが先に下り、オクタヴィアに手を差し伸べる。
オクタヴィアもその手を取り、ふわりと地に降り立った。
立ち上がったキングホースの鼻先に、オクタヴィアはポケットから取り出した林檎を二つ差し出す。
馬はそれを大きく口を開けて噛み、ゆっくりと味わうように食べ始めた。
その間、オクタヴィアは小さな声でキングホースに何かを話しかけている。
だが、その声はあまりに静かで、ザカライアには聞き取れなかった。
すると、林檎を食べ終えたキングホースが、突然くるりと方向を変え、森の奥へと駆け去っていった。
「オクタヴィア、馬が森へ行ってしまいましたが大丈夫でしょうか?」
「ええ、いつもの事なので大丈夫です。帰る頃にまたやってくるでしょう」
オクタヴィアはあっさりと答える。
(帰りの時間にまた現れる? なんとも不思議な馬だな・・・まあ、もし現れなければ、護衛たちの馬もいるしな)
ザカライアは軽く息をつき、視線を湖へと戻す。
「では、せっかくですし、湖の周りを散歩しませんか?」
そう言って、彼はオクタヴィアに手を差し出した。
「ええ、そうしましょう!」
オクタヴィアは嬉しそうに微笑み、ザカライアの手を取る。
二人はゆっくりと湖の周りを歩き始めた。




