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あれから数度、お茶をご一緒して、今日は念願の乗馬ピクニックの日。

オクタヴィアは朝から活き活きとしていた。乗馬服に身を包み、シンプルに一本にまとめた髪を揺らしながら庭へと向かう。

さすがに、今日は護衛が二人ついてくることになっている。


「姫様、本当に、あの馬で行かれるのですか?」


侍女のナージャが不安げに尋ねる。


「そうよ。だって、あの子が一番乗りやすいんだもの」


「でも、あれは野生馬ですよ!馬小屋に小さな白馬がいるではありませんか」


「あの子は今、足を痛めているのよ。さすがに乗れないわ」


「では、王太子様の栗毛の馬を借りられては・・」


「あの子は、スタン兄様が大好きなのよ、私が乗ったら、今日はスタン兄様といられなくなるでしょ?可哀想だわ」


「ですが・・・」


「心配しないで、キングホースさんとはすでに話がついているし、水浴びまでして張り切ってくれているの」


オクタヴィアの言葉に応えるように、黒毛の巨体がブルルッと鼻を鳴らした。


キングホース。

赤い瞳を持ち、通常の馬の1.5倍はある伝説の馬。かつて稀に軍馬として用いられたが、その凶暴性から「人が近づくのも不可能」とされ、今では幻の存在とされている。


「だって、姫様・・・あんに大きい馬なんですよ!?落馬なんてしたら・・・」


ナージャは震えあがる。


「大丈夫よ。今までだって落馬したことはないし、何かあればこの子は走るのが早いから、逃げ切ることもできるわ。私はキングホースさんを一番信頼しているの」


「でも・・・こんなに大きな馬だと、公爵様が驚かれます。公爵様は普通の馬で来られますよ?」


「それはそうだけど・・・たしかに高低差があると話しにくいかもしれないわね・・・それなら、公爵様にキングホースの前に乗っていただいて、二人乗りでもしようかしら?」


「姫様、さすがにそれは・・・」


あの、公爵様がオクタヴィアの前に座り、手綱を持つのがオクタヴィアだと想像したらナージャはブルッと震えた。


(それは、確かに失礼かもしれない。でも、この子がいると、他の馬が私に近寄って来ないのよね・・・)


キングホースはオクタヴィアのことが好きすぎるのだ。


オクタヴィアが他の馬に乗ると、どこからともなく現れて他の馬を威圧する。結果、城の馬たちはオクタヴィアに近づきたがらず、彼女はいつもキングホースに乗ることになっていた。


そこへ、オーギュスタンが庭へと出てきた。


「ヴィア、公爵が迎えにきているよ」


オクタヴィアの後ろに大きな馬がいる。


「・・そうか・・ヴィアはキングホースで行くのか?」


「王太子様、姫様にやめるように言ってください!」


良いところに来たとばかりに、ナージャはオーギュスタンに泣きつく。


「・・・この馬は、今日も、強そうだな」


キングホースは、オーギュスタンのこの言葉を、嬉しそうに聞き、ブルル!と鼻を鳴らす。


オクタヴィアがキングホースの言葉をオーギュスタンに伝える。


「お前も元気でよかったな、って言ってます」


「そうか・・・それは、ありがとう」


「王太子様!呑気に馬と挨拶してる場合ではありませんよ!」


「・・まあ、いいんじゃないか?ヴィアがお転婆だとわかったら、公爵も正気に戻るんじゃないか?」


「スタン兄様、また、そんな失礼なことを言って!どうしていちいち、ザカライア様に突っかかるのですか!」


「突っかかってなどいないぞ、私も友達になろうとしてるんだ」


「もお、いいです!キングホースさん行きましょう!」


オクタヴィアはキングホースを伴い、裏手を通ってザカライアの待つ玄関に向かった。

ザカライアはオクタヴィアの姿を見つけ、嬉しそうに挨拶を交わそうと一歩前に出た。


が・・・


オクタヴィアの背後にそびえ立つ、壁のような黒い巨体を見て動きを止める。

彼の侍従たちも、口をあんぐり開けて絶句している。


「ザカライア様、本日もよろしくお願いします。天気も良く、ピクニック日和ですわね」


朗らかに微笑むオクタヴィアとは対照的に、ザカライアは驚愕を隠せない。


「え・・ええ・・その・・オクタヴィア?その馬は?」


「ああ、ご紹介が遅れました。本日の私のパートナーのキングホースさんです」


返事をするように、ブルルッッと鼻を鳴らすキングホースを、ザカライアは唖然として見上げた。


(キングホースだとっ!?伝説の馬じゃないか!初めてみたが、すごい威圧感だ!図鑑でしか見たことしかないが・・・なんて大きな体だ・・)


後ろを振り返ると、ザカライアが乗ってきた馬達が尻込みして後ろに下がっていく。

伝説級のあんまりな馬の登場に、馬もそこにいる者も、全てが動揺している。


「あー、その、オクタヴィア、その馬には鞍がついていないようですが、他の馬は準備中ですか?」


「いいえ、いつも鞍は付けずに乗ってるので、このまますぐに出発できます。この子は野生馬なので、鞍を嫌がるのです」


なんてこともないようにオクタヴィアが答える。


「野生馬・・・鞍なしで???」


いよいよ、オクタヴィアからおかしな単語が飛び出してくる。


「オクタヴィア、鞍なしでその馬に乗るのは大変危険です。野生馬なら尚更・・本日はどうか、私の馬に乗ってください。」


「いいえ、ザカライア様、私はいつもこの子に乗っていますので安全なのを知っております。大丈夫です」


「しかし、オクタヴィア、万が一だってあります。何かあってからでは遅いです、流石に許容できません」


オクタヴィアは、馬の鼻を撫でながら、ふうっと、ため息をつく。


「困りました・・・私が他の馬に乗ると、この子がやきもちを焼いてしまうのです。なので、私は他の馬に乗れないのです・・・」


ザカライアは、ぐっと、言葉に詰まる。


(あんなに、楽しみにしていた乗馬ができないとなると、オクタヴィアは悲しむだろう・・・それは嫌だな。だが・・・)


ザカライアは、もう一度、馬を見上げる。


「・・ザカライア様、よろしければこの子に乗ってみませんか?」


オクタヴィアから唐突に、馬に乗らないかと誘われる


「私が、この馬に?」


「はい、乗っていただければ、安全だと言う事をわかっていただけるかもしれません」


ザカライアは、一瞬怯んだが、オクタヴィアの提案を受けることにした。

驚いたことに、キングホースは前足を折り、体勢を低くして背に乗せる準備をする。


(普通の馬はこんなことしない・・・)


恐る恐るキングホースの背に手をつき、ヒラリと跨ると、驚くほどの安定感があった。


(高い!だが、なんて安定感だ・・・)


手綱の代わりに、ザカライアはキングホースの立て髪をそっと掴んだ。驚くことに、馬は痛がる様子もなく、むしろ当然のように受け入れている。それどころか、キングホースが歩き出しても、その背は驚くほど揺れなかった。


(まるで地面と一体化しているようだ。確かに、普通の馬よりも圧倒的な安定感がある)


ザカライアは、馬上から周囲を見渡しながら、そう実感する。

しかし、だからといって安心できるわけではなかった。


(野生馬だぞ、いくら乗り心地がよくても、私の目の前でオクタヴィアに危険なことをさせるわけにはいかない。そもそも、デューク王国はどうなっているんだ? 王女を、こんな馬に乗せるとは)


悩むザカライアのもとに、先日から何かと牽制してくる王太子がのんびりと姿を現す。


「珍しいな。キングホースがヴィア以外を乗せるなんて、どうです?公爵、その馬の背は高すぎて怖いだろう」


オーギュスタンは愉快そうに笑いながら、オクタヴィアの隣へと歩み寄る。馬上から見下ろしたザカライアは、彼の言葉にわずかに眉をひそめた。


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