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一方、
ファルマン帝国の皇帝陛下の執務室では、皇帝が頭を抱えていた。
「ザカライア、もう、本当に勘弁してくれ・・・」
「陛下、私が悪いわけではありませんよ。あの場で騒ぎを起こしたご令嬢方に文句を言ってください」
「おい・・・そんな事をしたら、ご令嬢達に私の髪の毛を全部抜かれてしまうよ・・・」
「陛下は帝国の皇帝ですよ。そんなことをしたご令嬢の家門は、一つ残らず潰してしまえばいい」
ザカライアは平然と言い放つ。
「いや、ザカライア・・・・今のは例え話でだな・・・」
「そろそろ、御前失礼してよろしいですか?時間も遅いですし帰らせていただきます」
皇帝に物おじせず、むしろ不敬とも取れる態度で、目の前の書類数枚を手に取るとキビキビした動きで勝手に退出していく。
ザカライアの後ろ姿を見ながら、大きなため息を吐く皇帝は、ふと疑問を抱いた。
・・・どちらが皇帝なのか?
「アーロン、」
「イザベル」
名前を呼ばれ振り向けば、愛しの妃が入室してきた。
「ザカライアは、なんと?」
「残念だが、君の弟は、私と話すことを面倒くさいと思っているようだ」
「まあ、アーロン。そんなことはないと思いますが・・・どうしてあの子はあんなに意固地なのかしら。せっかく、ザカライアのお嫁さん候補をアーロン自ら厳選して、大規模な茶会を開いてくださったのに」
イザベルに滅法弱いアーロンは最近妻が気を揉んでいる、24歳にしてまだ婚約者もいないザカライアの結婚問題をなんとか解決できないかと動いた。
厳選した良家の令嬢を50人集めて、ザカライアの為に茶会を開いた。
少しでもザカライアが選択しやすいようにと、さまざまなタイプの令嬢を集めたのだ。
だが、人数が多すぎた。その問題に気づいたときには、すでに手遅れだった。
ザカライアは、普段から笑わない仏頂面だが、太陽のようなシャインゴールドの髪、色彩豊かなグレーの瞳、鼻筋が通った端正な顔立ち、薄い唇、細身ながらしっかりと筋肉もついたバランスの良い体躯、180cmを超える高身長と、すべてが完璧だった。
社交界では「神様がもっとも機嫌が良い日に造り上げた美しい男」とまで評される超絶美男である。地位もあり、顔も良し。令嬢が狙わないわけがない。
茶会が始まるや否や、令嬢たちは我先にとザカライアに近づこうと動いた。やがて小競り合いが始まり、挙句の果てには取っ組み合いにまで発展。
髪は乱れ、ドレスは破れ、泣き叫ぶ者、怒鳴り散らす者で、会場はまさに地獄絵図と化した。
もはや、身の危険を感じるほどのパニック状態に、皇帝と皇妃は護衛によってすぐさま避難させられた。
その騒動の渦中、当の本人であるザカライアはといえば・・
会場が凍りつくのではないかと思うほど冷ややかな目でその光景を見ながら、本来イザベルが着席する予定だった席に座っていた。
馬鹿馬鹿しいこと、この上ない。
だから、嫌なのだ。
貴族の令嬢なんて、人を蹴落として上に登ることしか考えていない。
公爵である自分が、いつまでも独身でいることがよくないことは十分理解している。
しかし、どう考えても、このような現状をあっという間に作り出してしまう令嬢達には、絶対に自分に近づいて欲しくないのだ。
極論から言えば、話したくもないし、見たくもない。
この際、一生独身でもよい。
そう、数え切れないほど考えた。
しかし、そのたびに皇妃になった姉があの手この手でお節介を焼いてきて、挙げ句の果てには皇帝までもが ”ザカライアに花嫁を!” と言い出した。
それで、今このような状況になっているわけだが・・・
ザカライアは、はあ〜・・・と、重たいため息を吐くと、大きな声で
「茶会は閉会する!直ちに帰路につくように!!」
と、皇帝でも無いのに宣言した。
令嬢達からは悲鳴や引き止める声が上がったが、ザカライアはまったく気にすることなく、皇帝が避難した執務室へ向けて歩き出した。
もちろん振り向く事もなく。
ザカライアは、ファルマン帝国の三大公爵家の一つであるアービング家の現当主である。
姉が皇妃になった今では、公爵家の中でも最も力を持っていると言っても過言ではない。
もともと、アービング家の広大な領地にはいくつもの金山や鉱山があり、質の良い宝石類を輸出したり、薬草園や果樹園など、幅広く農業も手がけている。
さらにここ数年でザカライアが立ち上げた商会が瞬く間に帝国一の規模となり、その商会からの利益も爆発的に増えているのだとか。
もしかしたら、皇帝よりも金持ちではないのか?と社交界で密かに囁かれているほどだ。
しかも最近、帝国の重鎮貴族達に商会運営の手腕を買われ、ほぼ強制的に国の筆頭外交官の地位を押し付けられ、あちらこちらへ飛び回っている。
勝手に外交官にされたことはいささか不満ではあるが、姉のため、ひいては商会のためになるのは間違いないので、仕方なく国に協力している。
公爵として、商会の会頭として毎日忙しいザカライアが、結婚など煩わしいと思うのは当然のことだった。
二日後から、隣国デューク王国の姫君の生誕祭に外交官として出席することになっているザカライアは、帰りの馬車に乗りながら、先ほど皇帝の執務室から持ってきた隣国の最新情報の資料に目を通し始めた。




