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(どうして、私は・・・・なぜこの子がこんな目に・・・・オルガにこの子の命を奪う資格などなかったはずなのに!!・・・・いいえ・・・オルガをここに無理に連れてきてしまったのは私・・・私が全て悪い・・・)


目の前にいるベロニカの存在にも気づかず、オクタヴィアはただ、手の上にいるサンドネズミを見つめ続け、涙を流し続けていた。


心の中で溢れる痛みを押し込むことができない。抑えきれない嗚咽が漏れ、声にならない悲しみが湧き上がる。

涙は止まることなく、次第に呼吸は乱れ始め、喉元で苦しげに息を呑み込む。


「どうして・・・」


その声は震えており、まるで誰かに助けを求めているかのようにか細く響いた。だが、息を吐こうとしても、空気が肺に届かず、喉の奥に冷たい圧迫感が押し寄せる。

視界がぼやけ、目の前が黒く沈んでいくのを感じる。


ベロニカは娘の様子がおかしいことに気がつき手を伸ばした瞬間、オクタヴィアの意識がついに遠のいてパタリと倒れた。



ベットに眠るオクタヴィアを侍女に任せ、一旦オーギュスタンの部屋へ向かうベロニカ。


「何が起きたの?」


「オルガ嬢に聞き取りを行った騎士によると、突然ヴィアがオルガ嬢を怒鳴りつけたそうです。それにびっくりしたオルガ嬢が、どうやら、偶然そこにいたネズミを踏んでしまい、それを見たヴィアが、オルガ嬢を突き飛ばしたとのことです。」


「他には?」


「オルガ嬢は“せっかく仲良くしてあげていたのに、ひどい扱いだ”と憤慨しているようです。」


「“仲良くしてあげた”……ね。」


ベロニカは静かにため息をついた。


「オクタヴィアとネズミの間に、何かしらのやりとりがあったのでしょう。あんなにショックを受けていたのですから。」


「あんなヴィアを見たのは初めてです。ヴィアは親切心でオルガ嬢を連れてきたのにこんなことになって、やはりあの時にきちんと止めるべきだったのに!」


「オーギュスタン、それは私たち親の責任です。中途半端な優しさでオクタヴィアを傷つけてしまいました・・」


「こうなっては、もうオルガ嬢を城にいさせるわけにもいきません!すぐに孤児院にでも行かせましょう!」


妹を罵るオルガの姿を思い出すたびに、心の奥から怒りがふつふつと湧き上がる。


「まだ、状況がわかりません。オクタヴィアが目を覚まし、状況が判断でき次第結論をだしましょう」


「・・・はい」


「オーギュスタンもう休みなさい。私はオクタヴィアの様子を見てきます」


オクタヴィアの手に優しく握られていたサンドネズミは、そっとサイドテーブルの上にある小さな木箱に移された。その小さな箱の中で、サンドネズミは静かに横たわり、安らかな姿を見せている。

オクタヴィアが目を覚ましたとき、すぐにその姿が目に入るように、箱は彼女の視線の届くところに慎重に置かれていた。


ベロニカは顔色悪く眠る娘をベットの横の椅子に座って見つめる。


(きっと、このネズミはオクタヴィアを助けようとしてくれたのでしょうね。昔から、オクタヴィアは動物たちから愛されているものね。あの娘より、ずっと仲が良いのだから・・・。)


王妃としては、二人を平等に扱わなくてはならないが、親としては腹の底から湧き上がる憤怒を押さえられない。オクタヴィアが声もなく倒れるほど泣かせたあの娘をオーギュスタン同様、すぐにでも城から叩き出したいと思う。


(でも、あなたはそれを望まないのでしょうね・・・)


「ベロニカ、オクタヴィアはどうだい?」


心配そうな顔で部屋に入ってくるデニス


「あなた・・・」


デニスはベロニカの表情をみて、なにかを悟り椅子に力無く座るベロニカを抱きしめながら、眠るオクタヴィアを心配そうに見つめた。



オクタヴィアが倒れてから三日。

ベロニカはオクタヴィアのベッドの横に座り、そばで仕事をしながら娘の目覚めを待っていた。


「う・・・・」


「オクタヴィア!」


ベロニカは立ち上がり、オクタヴィアの手を取ると目を覚ましそうな娘を見守る。


「お・・母様?」


「具合はどう?」


「具合・・・?」


まだぼんやりしているオクタヴィアは、半分眠りの中にいるようだ。あれを思い出したらどうなるか・・ベロニカは緊張し、握る手に無意識のうちに力が入る。


その時、オクタヴィアのネオンブルーの瞳が大きく見開かれた。


「サンドネズミさんっっ!」 


サイドテーブルに置かれていた小さな箱に手を伸ばし、そっと手の平にのせる。

目に涙を浮かべながら、人差し指でネズミの小さな体を優しく撫でた。


ベロニカは何も言わず、静かに娘の様子を見つめる。


「お母様、私・・・取り返しをつかないことを・・」


「オクタヴィア、何があったのか聞かせてくれるかしら・・・」


涙が止めどなく流れ、しゃくりあげながらも、オクタヴィアはゆっくりと話し始めた。

話の途中で言葉が詰まると、ベロニカが背中をさすって落ち着かせる。


すべてを話し終えるまでに、かなりの時間を要した。


「・・・私が、すべて悪かったのです・・」


「・・すべてオクタヴィアが悪いとは言いませんが、少なくとも動物に対してあなたに責任があります。一つの命が失われたのは事実として受け止めるしかありません。今後、どうしていくのかよく考えなさい」


「はい・・」


「オルガ嬢のことですが、オクタヴィアの話が正しいかどうか、騎士団に調査させます。本当に王族の所有物を盗んだのであれば、王国の法律に従い、追放刑となるでしょう」


「・・追放・・・」


オクタヴィアの手が震えた。


「お・・お母様・・・もしオルガから何も出てこなければ・・・追放はないですよね?私の間違っていたら・・・そうなると、間違えらえたオルガは傷つくのでは・・・」


「オクタヴィア、先ほどの話では、そのネズミがわざわざ教えに来てくれたのですよね?あなたは、それを嘘だと?」


「嘘なんて言ってません!・・・・でも・・でも・・・」


「こればかりは仕方ありません。オルガ嬢の年齢を考えれば気の毒ですが、管理者である親と共に追放すれば、親子は離れずに済むでしょう」


「・・・・・・・・」


「まずは騎士団に調べてもらいます。いいですね、オクタヴィア」


オクタヴィアは声もなくコクリと頷くしかなかった・・・。



その後、騎士団がオルガの部屋を詮索すると・・


オクタヴィアのブレスレットとパールのイヤリング、綺麗なペン、城に飾ってあった小さな壺など数十点の品が見つかった。


オルガは泣きじゃくりながら謝っているそうだが、王妃が言ったように追放刑となった。


オルガの父親は他国で療養中と言っていたが、もとより他国には行っておらず、勝手にいなくなったオルガを探し回っていたそうだ。まさか城にいるとは思わず、城の者に声をかけなかったそうだ。


オルガになぜ盗んだのか理由を尋ねる。


「オクタヴィアばかり恵まれていて、私にも少しくらい分けてもらっても罰は当たらないと思った。」


「寂しいお姫様と仲良く“してあげた”のだから、物をもらうのは当然の権利だと思った。」


そう答えた。


追放刑が正式に言い渡されたとき、オルガは最後の最後に叫んだ。


「オクタヴィアを一生許さない!!」


王妃の判断で、その言葉はオクタヴィアには伝えられなかった。


だが、オクタヴィアは知っていた・・・

一部始終を見ていた蜘蛛が、その話をしに、彼女の部屋まで来たのだから。



オクタヴィアは、当分の間、自室にこもり、誰とも話さずに過ごした。

心配したオーギュスタンが何度か部屋を訪ねたが、扉の向こうから返ってくるのは決まって


「心配いらない、大丈夫。」


その一言だけだった。


扉を閉ざしたまま、オクタヴィアはひたすら静かに過ごした。

そんな日々が一年ほど続いた頃—、少しずつ、彼女は庭へ出るようになった。

毎日庭に集まる動物や虫たちと話をすることで、次第に心が落ち着いていった。


そして、決定的にオクタヴィアが元気を取り戻したのは、ナージャが専属侍女になってからだった。

ナージャは根気よく彼女に仕え、動物や虫たちの話に一緒に笑い合ったり、時には気分転換と称して孤児院へ出かけたりしながら、少しずつオクタヴィアを元気づけたのだった。


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