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オルガは城に出入りする行商人の娘で、8歳のオクタヴィアと同い年の明るい娘だった。

オクタヴィアが人見知りをしないオルガと仲良くなるのには時間はかからなかった。


月に一度、オルガが行商人の父と城を訪れるのを、オクタヴィアは今か今かと待ちわびた。


「オクタヴィア様!」


「オルガ!」


二人は手を取り合い、庭のベンチに並んで座ると、おしゃべりに花を咲かせる。

オルガの父もそんな二人の姿を微笑ましく見守り、できるだけ長く一緒に過ごせるようにと、城のシェフ達と少し長めの休憩を取るようにしていた。


町の事、流行りの服、他国の話、最近の遊び、話は尽きることなく、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

いつもオクタヴィアは、オルガとの別れを惜しんだ。


そんな日々が二年ほど続いたころ、いつも父親と城に来ていたオルガが、一人でふらりとやって来た。


「お父さんが怪我をして、今は他国で療養しているの・・。私、一人になっちゃって、食べるものもなくて・・・」


涙ながらに訴えるオルガ。


親友が困っている!

オクタヴィアはすぐにオルガを城の空いている侍女用の部屋に案内し、好きなだけいるようにと招き入れた。


家族に相談したものの、全員から反対された。


「王家として、町の人全てに同じ対応はできない。だから、一人だけ特別扱いはできない」


「お父上が戻るまで、孤児院で世話になるべきだ」


でも、初めての友達がオクタヴィアを頼ってわざわざ城まで来たのだ。オルガを孤児院に行かせるのは嫌だった。だから、オクタヴィアは無理を言って強行でオルガを城に入れた。


しかし・・・


最初こそ遠慮していたオルガだったが、日が経つにつれ次第に図々しくなっていった。


城の中を自由に歩き回り、オクタヴィアの部屋にもノックなしで入るようになる。

騎士団の剣の稽古を勝手に見学し、オーギュスタンに話しかけるなど、行動は日に日に大胆になっていった。


「ノックしてから入ってね」


「うん、わかった!」


オクタヴィアが注意しても、オルガは軽く返事をするだけで、一向に態度を改めようとはしない。


ある日、小さなサンドネズミが散歩中のオクタヴィアの肩に乗ってきた。


{アイツ、ヌスンデルヨ}


「え?」


サンドネズミの目線を追うと、騎士に話しかけているオルガがいた。


「オルガの事・・・?」


{ウン、ヌスンデル、アカイキラキラノヒモ}


「え?どこから・・・」


サンドネズミは、じっとオクタヴィアを見る


「・・私の?」


サンドネズミはそれには答えず、オルガがこちらに向かってくるのを見て、サッと逃げた。


「オクタヴィア様〜!そろそろお茶の時間ですよね?一緒にいきましょう!」


オクタヴィアの腕に手を絡めるオルガ。

厚かましくも思えるその仕草を見ても、オクタヴィアは「オルガも一人で寂しいのよね・・」と思い、誘いを受け入れた。


(盗むなんて、何かの間違いよね?オルガがそんなことをするはずがない・・)


お茶が終わってオルガと別れてから、オクタヴィアはサンドネズミに言われたことが気になり自室の宝石入れの箱を開けてみる。


(ない・・・)


5歳の誕生日に父から贈られた、大切なブレスレット。

ルビーとダイヤが可愛らしく並んだ、小さな宝石の飾り。

決して高価なものではないけれど、オクタヴィアにとっては何よりも大切な品だった。


(どうしよう・・)


無理にオルガを城に招き入れた手前、オクタヴィアは家族に相談することができなかった。


それからというもの、オルガが部屋に遊びに来るたびに、オクタヴィアは密かに宝石箱を確認するようになった。

今まではただ楽しかった時間が、次第に疑念に変わる。


オルガが帰った後、盗まれたものがないかつい確認してしまう自分が嫌だった。

自然と口数も減り、心の中で言い聞かせるようになった。


(きっと、気のせいよ・・・)


だがある日。


家庭教師の授業を終えて部屋へ戻ると、オクタヴィアの部屋から出てくるオルガと鉢合わせた。


「オルガ?なぜ私の部屋から・・?」


しかし、オルガは慌てることなく、にこやかに答える。


「扉をノックしたんだけど、オクタヴィア様がいなかったから、戻るまで部屋で待たせてもらったの!今日は天気がいいから、お庭でお話ししましょう!」


その時、あのサンドネズミが開いている窓からサッと入ってくる。


{マタ、ヌスンダ、モッテルヨ}


オルガはネズミがいることに気がついていない。

オクタヴィアは、この場でネズミに話しかけるわけにもいかず口を閉じる。

サンドネズミは、オクタヴィアにしゃべりかけても返事がないことを不思議に思ったようで、もう一度オクタヴィアに話しかける。


{ヌスンデル、モッテルヨ}


オルガは返事のないオクタヴィアを不審そうに見ながら、グイっと手を引いた。


「ねぇ、お庭に行きましょうよ」


{ドウシタノ、キコエテル、ヌスンデルヨ}


いつも話せばすぐに返事をくれるオクタヴィアから返事がなく、心配したサンドネズミはオルガがいるにもかかわらずオクタヴィアに近づいてきた。


「やめて!」


オクタヴィアはどちらに言うでもなく、大きな声を上げた。

珍しいオクタヴィアの大きな声に驚いたオルガが手を放し、数歩後ずさる。


その瞬間、運悪くオルガが足元にいる小さなネズミに気がついてしまい、悲鳴を上げて足でサンドネズミを踏みつぶしてしまった。


「いやっっ!ネズミさん!!!!!」


オクタヴィアはオルガを突き飛ばして、足の下にいたサンドネズミに駆けより、震える手でそっと救い上げた。まだ息があるか確認するが、サンドネズミはぐったりと動かなくなっていた。


突き飛ばされ転んだオルガは、一瞬何が起きたかわからなかったものの、オクタヴィアに突き飛ばされたことを思い出し怒りに震えた。


「なんなの!?急に突き飛ばして!!汚いネズミなんてどうでもいいじゃない!痛いじゃないの!ドレスが破れたわ!どうしてくれるのよっ!!」


なにやら金切り声をあげているオルガを無視し、オクタヴィアは一心不乱にネズミの身体をさする、さすっていれば小さなネズミが生き返ってくれるのではと思って・・・

オクタヴィアの目からは、止めどなく涙が溢れ、床を濡らしていく。


(この子は、私のために必死にオルガのことを教えに来てくれただけなのに!どうして、私は返事をしなかったの!!?この子は何も悪いことをしていない、この子の命が失われたのは、全部、全部、私のせいっっ!!!)



騒ぎを聞きつけ、オーギュスタンが廊下に出た。そこには怒りに満ちた声でオクタヴィアを責め立てるオルガと、廊下に座り込んでボロボロと泣き崩れるオクタヴィアの姿があった。


瞬時に状況を察したオーギュスタンは、迷わず騎士を呼びオルガを自室へと下がらせるよう指示を出す。


そして、震えるオクタヴィアのそばにそっと膝をつき、優しく肩に手を添えると、静かに言った。


「ヴィア、一緒に部屋へ戻ろう」


その言葉に、オクタヴィアはかすかに顔を上げる。


(目の焦点が合っていない・・軽いショック状態か・・?)


よく見ると、オクタヴィアの手の上には血だらけのネズミがぐったりしている。


それを見たオーギュスタンは何も言わず、ただそっと寄り添いながら、オクタヴィアの部屋へと付き添った。


部屋に戻ってからもオクタヴィアはサンドネズミを離そうとしなかった。

オーギュスタンが話しかけても、反応がない。

このままだと、倒れてしまうのではないかと思うほど顔色も悪い。

オーギュスタンはオクタヴィアの背中をやさしくさすりながら、何もできずにいた。


その時、オクタヴィアの様子を聞いたベロニカが部屋に入ってきた。


「オクタヴィア・・」


いつもなら、親の呼びかけには元気に返事をする娘だが、ベロニカの呼びかけにも反応をしない。そんな姿を痛ましく思い、ベロニカの顔も曇る。


「オーギュスタン、ありがとう。ここは私が代わります」


「はい、母上・・・」


オーギュスタンは部屋を出る直前、何度も振り返った。

涙で頬を濡らし、か細い肩を震わせるオクタヴィアの姿が、胸に痛みを刻む。

そっと拳を握りしめると、後ろ髪を引かれる思いで静かに扉を閉じた。


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