12
翌日の昼過ぎ、庭に一匹のツノ鹿が現れた。
オクタヴィアはベンチから立ち上がり、その鹿へと歩み寄る。
「こんにちわ、ツノ鹿さん」
{オクタヴィア、ドーガン、ナカマトイル}
「・・・まだ、ドーガンさんの仲間がいるのね。何人ぐらいかしら」
{イッショニイルノハ、ゴニン}
「五人・・」
{ファルマンノシロニ、ムカッテイル}
「・・ファルマン帝国のお城へ?」
なぜ?
「・・何のために?」
{ファルマンニモ、ナカマ、タクサンイル}
「・・・!」
(ファルマン帝国に仲間がいる? 何かを企んでいるの?)
胸がざわつく。
何か、嫌な予感がする。
(どうしよう・・?)
この情報をスタン兄様に伝えたところで、すでにデューク王国の手を離れた問題だ。
だが、もしファルマン帝国で何かが起こるとしたら・・・?
(私にできることは・・)
ふと、頭に浮かぶのは昨日出会ったばかりのアービング公爵。
(・・・でも、公爵様にこの話を伝える理由がないわ)
手紙を書く?
けれど、情報の出どころを明かせないのに、ただ「ドーガンが動いている」と伝えても信じてもらえるはずがない。
それに、まだ「何が起こるか予測できる段階」ではない・・。
{オクタヴィア、ダレカクル、モウイク}
耳をピクピク動かして人の気配を察知したツノ鹿は森に向けて駆け出す。
「来てくれてありがとう。気を付けて」
(どうしましょう・・・何か良い方法はないのかしら)
オクタヴィアはベンチに座ってひとり悶々と考えていると、剣を携えて庭に出てきたオーギュスタンに声をかけられた。
「ヴィア、何を悩んでいるんだい?」
「スタン兄様、それが・・」
先ほどのツノ鹿との会話と、昨日偶然会ったアービング公爵様の話をする。
「驚いたな、アービング公爵の滞在延期は聞いていたけど、ヴィアと孤児院で会ったとは」
「アーヴィング公爵様は自領での孤児院の運営のために、熱心にこちらの孤児院を視察されていましたわ」
ふと、オーギュスタンを見るとなにやら考えている。
「・・・・」
「ヴィア・・・」
「どうされましたスタン兄様?」
急に真面目な顔でオクタヴィアを見るオーギュスタン。
「ヴィアの気持ちもわかるが・・・・ドーガンの件は、すでにデューク王国の手を離れている。これ以上干渉しない方がいい。」
「それは・・わかっています。けれど、私はファルマン帝国で、ドーガンさんが何かをやろうとしていると知っています・・・。放っておくことができません」
オーギュスタンは、そっとオクタヴィアの肩に手を置く。
「ヴィア、これ以上は駄目だ。兄としてこの件にこれ以上ヴィアが関わるのは許容できない。ヴィアの特殊な能力が他者に知れてしまう事も避けたいし、何よりも盗賊団と関わるなんて危険すぎる」
彼の言葉に、オクタヴィアは手をぎゅっと握りしめた。
オーギュスタンの意志は固い。
(・・スタン兄様がこう言う以上、これ以上はどうしようもない・・)
「ええ、わかったわ。・・・ごめんなさいスタン兄様」
「・・わかってくれて嬉しいよ」
(仕方ないわ・・ナージャは特別な力だと言ってくれるけど、こうなっては私は何もできない・・なんて歯がゆいの)
オクタヴィアの悲しそうな顔をオーギュスタンもまた、辛そうに見る。
(オクタヴィアの不思議な力は、時にオクタヴィア自身を追い詰めてしまう・・あの時のように・・・)