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「お帰りなさいませ、ザカライア様」
屋敷の前で執事が出迎える。
「ただいま」
短く返しながら、執事を伴い屋敷の中へ入っていく。
「手紙を出したい。あとで私の部屋に取りに来てくれ」
「かしこまりました。どちらにお出しになられますか?」
「陛下へ」
「承知いたしました」
そう告げて執務室へと向かう。
部屋の扉を閉めると、襟元のボタンをひとつ外し、深く椅子にもたれかかった。
はぁ~~~~・・・・・
長い溜息とともに目を閉じる。
まぶたを閉じると、鮮明に思い出すのは、オクタヴィア王女の可憐な笑顔。
まさか、こんなことになろうとは・・・・
(小国とはいえ、相手は王女だ。きちんとした手続きを踏み、礼を尽くして対応しなくては・・・)
ふと、王女の姿を思い返す。
(昨日デビューしたばかりとはいえ、あの可憐な美貌だ。王女を迎えたいと思う貴族は、数え切れないほどいるだろう・・)
そう考えたら、腹の底にドロリとした気味の悪い感情が広がった。
凶暴な何かが、胸の奥で蠢く。
自分でも驚くほど黒く、鋭いもの。
(・・・なんだ、これは?)
一瞬、動揺しかけるが、すぐに感情を押し殺し、いつもの冷静さを取り戻した。
公爵としての己を律するように、静かに息を整える。
(とにかく、急ぎ行動を起こさなくては)
考えてみれば、自分が心から「欲しい」と思ったものなど、これまでほとんどなかった。
唯一ほしいと思ったものは、ハロルドと、ザカルド商会くらいだ。
だが、オクタヴィア王女に対しては、ただ「欲する」だけでは済まない。
彼女は一国の王女。軽率な行動は許されない。
(・・まずは、陛下に相談しよう)
静かにテーブルの引き出しを開け、アービング公爵家の家紋が入った便箋を取り出す。
(デューク王国のオクタヴィア王女を私が望んだ場合、どのような手続きが必要になるのか・・)
王女に対し、礼を欠くことのないよう、正規の手順を踏む必要がある。
(・・この手紙を読めば、陛下も姉上も、きっと面白がるだろうが)
ザカライアは、苦笑しながらも筆をとる。
サラサラと流れる筆捌きで、一気に文をしたため、最後に署名を記す。
筆を止めた瞬間、ふと、脳裏に蘇るのは、やはり・・・
(あの、陽だまりのような笑顔・・)
それが、自分にとってどれほど異質なものかを、改めて思い知る。
胸の奥が、微かに疼いた。
「イザベル!イザベル!!!」
「陛下、そんなに慌ててどうされたのですか?」
数人の婦人とお茶会をしていたイザベルが、勢いよく部屋に入ってきたアーロンにビックリする。
同席していた貴婦人たちは、驚きながらもすぐに立ち上がり、皇帝に向かってカーテシーをする。
「陛下、皆様、驚いておりましてよ」
イザベルは少し咎めるような口調で、アーロンをやんわり叱る。
「あぁ、ご婦人方、お茶会の邪魔をしてすまない・・・皇妃と急ぎ話しがあるので、今日はお開きにしてくれないか?」
皇帝陛下にそう言われれば、もちろんYESしか返答はない。
「「「かしこまりました」」」
強制的にお茶会をお開きにしたことを、イザベルは怒っているようだ。
だが、そんなことは今この時は関係ない!
婦人達が退席するのを待って、イザベルはくるりとアーロンへ向き合う。
「アーロン、どういうことですの?」
「イザベルの怒る気持ちはもっともだ!もっともなのだが・・」
アーロンは、手に持っていた一枚の手紙を彼女の前に突き出した。
「この手紙を読んでほしい!」
怪訝な顔でそれを受け取り、手紙を読むイザベル。
「!!!!????」
「イザベル、これをどう思う?」
「どうって・・え?・・えぇ??・・これは本当にザカライアが???」
「間違いない。筆跡も、公爵家の紋も確かに本物だ」
イザベルは、もう一度手紙に視線を落とし、震える指先でその端をなぞった。
「アーロン、どうしましょう!・・これは・・すぐに動かなくては!!」
「そ、そうだな、こんな機会がやってくるとは・・私もすぐに対応しよう」
「こうしてはいられないわ!」
「では、私はデューク王国の国王に早々に親書を送る準備をしよう!」
「アーロン、そちらはおまかせいたしますわ!私はデューク王国について改めて調べた上で、ザカライアに手紙を書きますわ!」
「侍女長!」
「はい、皇妃様!」
「最も早く手紙を出せるよう、手配してちょうだい!」
「かしこまりました!」
二人は慌ただしく部屋を出て、それぞれのやるべきことに向かって急いだ。
皇帝と皇妃がこれほどの勢いで行動するのは、臣下たちにとっても珍しいことだ。
侍女や侍従たちも、驚きながら彼らの後を慌てて追った。
皇妃のテーブルの上に残された手紙にはザカライアのサインが見えた。
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アーロン・ファルマン皇帝陛下
私、ザカライア・アービングはデューク王国の第一王女オクタヴィア・リフタスをファルマン帝国のアービング公爵家に迎えたいと強く願います。
オクタヴィア王女はまだこのことをご存じではありません。
帝国の公爵家が、デューク王国の王女を迎えるには様々な準備が必要かと思います。
まずは、デューク王国の方々に失礼がないように、
皇帝陛下よりデニス王へ親書をお送りいただけませんでしょうか。
私は、滞在予定より一週間伸ばして帰国するつもりです。それまでに陛下もご準備くださいますようお願いいたします。
ザカライア・アービング
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