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デューク王国は、右に大陸の7割を支配するファルマン帝国、左に大陸の2割を統治するルカルド王国に挟まれた、王国とは名ばかりの小国である。
その昔、ファルマン帝国とルカルド王国が戦争を繰り広げ、勝利したファルマン帝国は、ルカルド王国から奪った国境の地を、両国の平和の象徴とする意図でデューク王国を建国した。
デューク王国の初代国王となったのは、ファルマン帝国皇帝の懐刀と称されたデューク・リフタスであった。
彼は聡明な頭脳を持ち、両大国と巧みに外交を行い、小国ながらも安定した国を築き上げた。国民からの信頼も厚く、家族思いの賢王であったという。
かつて賢王が治めたこの小国は、今もその子孫たちによって堅実に統治されており、白い城壁の城も少しずつ修繕されながら、昔と変わらぬ姿を保っている。
「姫様~!どちらにいらっしゃいますか~?」
城の小さな庭に声が響く。
そのとき、生け垣がもそもそと揺れ、低木の間からガサリと何かが飛び出してきた。
「わぁ!」
「ナージャ!見て!ほらっ!これを見て!!!」
ブルーシルバーの美しい髪のあちこちに葉っぱや枯れ枝をくっつけた女性が勢いよく現れる。
「まぁ、姫様!なんてお姿ですか!?それに、ドレスまで泥まみれではありませんか!」
王女は輝くような笑顔を浮かべ、両手を差し出す。
その手の平の中に乗せられた"何か"をナージャが目を細めて覗き込むと、白くふわふわしたものがもぞりと動き、「ぴぃー・・」と弱々しく鳴いた。
「ミルクフクロウの雛ですか?」
「そうなの!巣穴から落ちてしまったみたいで・・ '誰か助けて!' って声が聞こえたから来てみたら、この子がいたの」
「・・・姫様、そのお話は側近とご家族の前でしかしてはなりませんよ。もし誰かに聞かれたら・・」
ナージャは慌てて後ろを振り返り、周囲を確認する。
「ナージャ、それなら大丈夫よ!いま、この庭にはナージャしかいないって、ミルクフクロウのお母さんが言ってるから」
よく見ると、庭の大木の枝にとまったミルクフクロウの成鳥が、じっとこちらを見つめていた。
ナージャは深く息を吐き、心を落ち着けるようにゆっくりと数回呼吸した。
そして、心配そうに雛を見つめる王女の姿に視線を戻した。
デューク王国王女オクタヴィア・リフタス。
輝くブルーシルバーの艶やかな髪と(今はゴミだらけ)小ぶりの滑らかな白い顔(今はほんのり興奮してピンクがかっている)、王妃様譲りの希少石パライバトルマリンがはめ込まれたような神秘的な大きな目、ぽってりしたローズピンクの唇。
360度どこから見ても美少女であるが、一つだけ理解しがたい不思議な能力をもっている。
オクタヴィアが生まれた時、窓から見える大木に数百の鳥が止まり、騒々しく鳥の声が響いていた。
王妃は「この子は鳥にも祝福されたわ。」と冗談を言って我が子を抱きながら笑っていたが、少し経つとそれが冗談ではない事に家族は気がつき始めた。
オクタヴィアが2歳の時、兄王子が飼っている気性が激しくなかなか懐かない猟犬がいつのまにかオクタヴィアの寝ている部屋に入ってきていた。
護衛の騎士は危険だからと犬を連れ出そうとしたが、犬はオクタヴィアの傍から頑なに離れず、騎士4人がかりで犬小屋へ戻した。
侍女たちがほっとしたのもつかの間、今度はオクタヴィアが
「おにーたまのワンチャンおてていたいいたいなのーーー!」
と泣き叫びはじめた。
あまりに泣き喚くものだから、兄が犬小屋へ向かうと、犬の手に小さなガラスが刺さっていたのを見つけた。すぐに治療をして大事には至らなかった。
オクタヴィアが5歳になると窓の外にはリスや小鳥、キツネや鹿など様々な動物が訪れ、部屋には蜘蛛や蝶、蟻などの昆虫も見かけるようになる。
オクタヴィアはそのたび、優しく手の平に虫をのせて何かつぶやきながらそっと外に放ち、窓の外にいる動物達にはポケットにいつも入れている種などを食べさせていた。
ある時、虫が嫌いな侍女が蜘蛛を踏みつぶそうとしたが、それを見たオクタヴィアが
「ダメよ!殺さないで!虫が嫌ならあなたが出ていきなさい!」
と部屋付き侍女を解雇した。
動物や虫全般が平気な侍女など、なかなかいないが、たまたま城で雇った下級使用人の中に、動物も虫も平気な田舎育ちのナージャがいたので、大抜擢でオクタヴィアの部屋付き侍女になった。
だから、オクタヴィアの侍女はいまだに、三十路を迎えるナージャだけである。
話が逸れてしまったが、それからも、オクタヴィアのもとには動物や昆虫が集まって来るようになる。
オクタヴィアの手に乗る野鳥や、頭に止まる蝶など、それを見た使用人たちは微笑ましく、こう口にする。
「動物や虫にも好かれるうちの姫様は、まるで女神様のようだ!」
しかし、オクタヴィアの周りに次々と増えていく動物や昆虫を見て、家族は気が気ではなかった。
確かに、遠くから眺める分には、動物や虫に愛される少女の姿は微笑ましい光景だろう。
だが・・・
オクタヴィアと動物たちの関係は、「愛されている」などという単純なものではなかった。
「え!? トーマスさんの家に入った泥棒って、この前北町に引っ越してきたドーガンさんなの!?」
オクタヴィアが手に乗せたレモンイエローの小鳥にそう呟くと、それに答えるように鳥はチルルルルと歌うように鳴いた。
{ドーガン、ワルイヤツ、ルカルドテイコク、オイダサレタ}
さらに、足元の葉にとまっていた緑に輝く玉虫が、鳥の鳴き声に続くようにブウンと羽音を立てる。
{ドーガントッタモノ、ユカシタ二アル}
オクタヴィアは足元にいる玉虫を見るためにしゃがみ込む。
「あら、玉虫さん来ていたのね。気がつかなくてごめんなさい。最近見ないと思っていたら、北町に行っていたのね。」
そう言いながら少し考え込むと、
「・・・ん〜、どうしようかしら。ドーガンさん、せっかくうちの国に引っ越してきてくれたのに・・でも、人の物を盗むのは悪いことよね~~・・」
と、ぶつぶつ呟きながら、うーんうーんと唸っている。
何やら悩んでいるオクタヴィアを、剣を振りながら横目で見ていた6歳年上の兄王太子、オーギュスタン・リフタスは、嫌な予感を覚え、剣を振るうのを止めて近づいた。
いつも、生き物と意思疎通している最中に悩み始めるオクタヴィアは、その後、決まって奇想天外なことを言い出すのだ。
「どうしたんだヴィア。何か・・・あったのか?」
「スタン兄様。それがちょっと困ったことになっていて・・・・」
オクタヴィアによると、最近町で発生している泥棒の犯人は、新参者のドーガン。
しかも、ドーガンの家の床下に盗品が貯め込まれているらしい。
それを騎士団に捕まえさせるか、それとも動物たちに運んでもらうか・・・その選択で悩んでいるという。
「動物・・・・?」
オーギュスタンは顔を引きつらせながら、小さくつぶやいた。だが、ハッとしたようにすぐ言葉を続ける。
「え?・・いや・・・いやいやいやっ!・・動物!?なんの選択肢?そんなの一択しかないだろう!すぐに騎士団長のジェイへ・・・・」
「スタン兄様、ジェイに言えばドーガンは地下牢から即刻、墓場行きですわ。まずは私がドーガンと話を・・・」
その時、後ろからオクタヴィアの言葉にかぶせるように女性が現れた。
「ダメですよ、何を言っているのですかオクタヴィア。良からぬことを考えるのではありません。」
凛とした声とともに、王妃ベロニカ・リフタスがゆっくりと優雅に近づいてきた。
「何度も言っていますが、生き物と意思疎通ができることを、ほかの者に気づかれてはなりません。生き物の中には、危険なものもおります。もしオクタヴィアがそうした生き物を操れると知られたら、あなたを利用しようとする者が現れるでしょう。私は、そのようなことを決して許しません。」
「お母様・・・。別に動物を操っているわけでは・・・」
オクタヴィアが反論を口にした途端、ベロニカの目がスッと細められた。
「えぇ、そうですね・・申し訳ございません。私が軽率でした・・・・。」
ベロニカは、オクタヴィアの手に止まっていた檸檬イエローの鳥が羽ばたき飛んでいくのを目で追った。
「オーギュスタン、ジェイにこの話をうまく伝えて騎士団で処理するように計らいなさい。」
「はい、母上それでは失礼いたします。」
オーギュスタンは軽く頭を下げると、チラリとオクタヴィアを見てから、騎士団の演習場へ向かい駆け出した。
「オクタヴィア」
「はい、お母様」
「ひどい恰好ね。ナージャに言って着替えてらっしゃい。午後からは家庭教師のハザウェイ先生が来られるのでしょう?」
「はい・・・わかりました」
ベロニカは、元気のない足取りで、とぼとぼと城の中へ入っていくオクタヴィアを静かに見送る。
そのまま自分も歩き出し、城の執務室へと向かった。
オクタヴィアは手のかかることもなく、優しく素直にすくすくと育った。
現在15歳で来年はいよいよ、大人の女性として社交界にデビューする。
オクタヴィアの美しい容姿に惹かれ、令息たちが群がるのは目に見えていた。
普通なら、そこで伴侶を決めて結婚となる流れだが・・・・
しかし、生き物と意思疎通ができるという特異な能力は、一般的には到底考えられないもの。余程の人物でなければ、オクタヴィアを守り抜くことなどできないだろう。
(微笑ましい反面、生き物にとっても人間にとっても、やはり危険な能力なのだから・・・)
と、小さくため息を漏らした。
この出来事が、約一年前。
そして、オクタヴィアは1週間後に16歳になり、オクタヴィアを祝う夜会でデビュタントを迎える。その準備もあり、ナージャはオクタヴィアを探しにきたわけだが・・・
「ねぇ、ナージャ。このミルクフクロウの雛、落ちた時に羽を痛めてしまったみたいなの。雛だから治りは早いと思うけれど、このまま巣に戻すわけにはいかないわ。
それに、あのお母さんフクロウも、この子を保護してほしいと言っているの。だから、私の部屋に連れて帰って面倒を見てもいいかしら?」
「姫様、私では判断いたしかねます。王妃様に許可をいただいてまいりますので、少々お待ちください。」
ナージャがベロニカに許可をもらいに行くのに、それほど時間はかからなかった。
お母様は、私が“生き物と話す力”さえ隠しておけば、特に何も言わず、やりたいことをやらせてくれる。
城の外に出る機会は少ないが、外に出ればもちろん普通の姫として振舞うようにしている。
周りに近寄ろうとする生き物を制するのが大変だけれど、今までも何とかうまくやってきている。
「1週間後はいよいよ私の誕生日。夜会でも失敗しないようにしないとね・・・まあ、その前に、あなたのケガが治って飛び立つほうが早いと思うけれど」
人差し指で雛のほわほわの頭を優しく撫でながら、木の上にとまるお母さんミルクフクロウを見上げる。
「フクロウのお母さん! この子とは少しの間離れ離れになるけれど、ちゃんと治療して、なるべく早めにお返しするから安心して待っていてね!」
そうオクタヴィアが声をかけると、ミルクフクロウの母鳥も「ホウ・・・」と一つ鳴き、
[オネガイネ]
と、一つ鳴いて見せた。
祝!初投稿です。
少しでも楽しいと思っていただけたら嬉しいです。