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第45章

「最後に、おふたりにだけ話したき仕儀がございます」


 ラウールはランスロットとギネビアに、ハムレット王子一行とともにこちらへ越してくることを勧めていた。というのも、メレアガンス伯爵に事の次第を話すには段取りが必要であろうし、何より今は来月にある聖ウルスラ祭のことで、城砦中が浮かれている。また、ラウール自身にしても、そのような時を選んで伯爵に何か物を申し上げるのは時宜が悪いと感じること、少なくとも聖ウルスラ祭が終わるまで待つ必要があることを考え合わせると――街の宿屋に一月も滞在するのでは不経済だし、人の出入りや話した内容から何者かに密告される可能性もなきにしもあらず……と彼は考えたわけである。何より、身も心も騎士道というものに捧げ尽くしてきた人生のラウールは、おのが仕えるべき王の血筋の方がむさくるしい宿で寝泊りしていると聞いただけで、堪らなかったということがある。


「セドリック。もし、サイラスの仇討ちのことで俺に協力できることがあるなら、なんでも言ってくれ。どんなことでもしよう。それは、同じ騎士であるカドールにしてもまったく同じことを言うだろう」


「ありがとうございます。わかっております……」


 ランスロットの言葉にセドリックは感じ入るあまり、再び涙が込み上げそうになったが、軽く服の袖で目頭を押さえ、どうにか己の昂る感情を抑えた。


「ただ、騎士聖典には、『復讐は騎士の剣に相応しいことではない』、『復讐は神のなさることとして、仇討ちは神にまかせよ。神がその者に血の報いを与えよう』とあるとおり……私にも一応頭ではわかっているのです。どのような残虐な方法によってフランソワ・ボードゥリアンが血の報いを与えられようとも、サイラスさまが生き返るわけではありません。ですが、ボードゥリアンに対する憎しみによって自分を支えていなければ、悲しみに圧しひしがれそうになるばかりで、そのことがあやつの身辺を調べまわる強い活力を私に与えたのです……」


 元騎士団長の邸宅は広く、とても静かだった。ラウールはすでに十七年も昔に細君を亡くしているため(次男の出産時に母子ともに死亡した)、今では従者であるセドリックと通いの女中がいるのみとなっている。庭のほうの敷地も広く、通りまで距離があるため、そちらの喧騒によって眠りを妨げられることもない(この点、『踊る小鹿亭』や『怒れる牝牛亭』のある通りとは大違いである)。


 そして、セドリックは自分が住まいとして与えられている副居館のほうへランスロットとギネビアのことを通すと、その装飾性のほとんどない実用一点張りといった家具に囲まれた居間にて、次のようなことを話しはじめたわけである。


「先ほど、ラウールさまの前では詳しく申し上げませんでしたが、フランソワ・ボードゥリアンはどうやら私服を肥やすためにここメルガレス城砦の裏の者たちと繋がりを持っているようなのです……腐っても貴族の跡取り息子にして騎士団長でもあるわけですから、自身が金に困っているというわけではないでしょう。ただ、もともとボードゥリアンは聖ウルスラ騎士団にてサイラスさまほど人望があったわけではありませんから、どうやら騎士団員たちの弱味を握るために色々と力を尽くしているようなのです。たとえば、騎士は貧食・色欲・貪欲・高慢・怠惰・怒りといった七つの大罪とは相容れぬ存在でなくてはなりません。逆に、忠誠・真実・忍耐・寛容・良識・謙虚・慈悲といった美徳を守り通すのが騎士というもの……ですが、フランソワ・ボードゥリアンは己が堕落した人間であるがゆえに、同じ堕落に仲間を誘おうとする悪魔なのです。少なくとも、私にはそうとしか思えません」


「何があったのだ?」


 ギネビアが勢い込んでそう聞いた。セドリックは礼儀から茶を出してくれていたが、ランスロットもギネビアもそれどころでなかったと言える。


「どこの城砦でもおそらくそうでしょうが……守備隊の仕事といったものは楽なものではありません。無論、隊には十分人員が配置されてはいます。とはいえ、昼夜の二交替で、メルガレス城砦の十六に渡る担当区域をぞれぞれ分かれて見回るわけで、夜勤に至っては約十二時間勤務ですからね。それほど悪くない給料を支給されているとはいえ、毎日の単調な見回り勤務といったものには、時に嫌気が差すこともあるでしょう。そこで、ちょっとした賄賂をもらうといったことは、今では彼らの副業のようになっているものと思われます」


「そこに、サイラスの仇であるボードゥリアンがどう関係してくるんだ?」


 ランスロットはイライラしたように、座っているソファの腕木のあたりを無意識のうちに指で叩いた。彼としては今すぐにでも、そのフランソワ・ボードゥリアンの奴を、親友の仇を、馬上試合によって叩きのめしてやりたくて堪らないほどだったのである。


「ひとつの大きな城砦都市における悪の巣といったものは、蜘蛛の巣のように複雑に張り巡らされていて、『コイツこそが悪の親玉だ!』といったようには簡単に言えぬものなのですよ」と、セドリックは難しい顔で説明を続ける。「それでも、私がサイラスさまの死後、調べた限りにおいて……騎士団長フランソワ・ボードゥリアンと、城砦の守備隊とは切っても切れぬ関係によって結びついているようです。そのやり方は、大体のところ次のようなもので……たとえば、独身の、いや、実際にはそうとばかりも限らなかったりするのですが、とにかく血気盛ん、意気軒昂な騎士の誰かしらを夜の街へと誘いだします。騎士団長殿が酒を奢ってくれるというので喜んでついていき、すっかり気分が良くなった頃、まあお約束と言いますか、その手の女性のいる店のほうへ向かうわけです。時と場合によっては、その酒場の二階がそうした場所へ早変わりしたりするわけですが……」


「なんだって!?」


 そう声を荒げたのはギネビアだった。どこかで聞いたような話だと思ったのだ。


「すみません。女性が嫌悪感を覚える話なのはわかっておりますし、騎士としてあるまじきことでもあります。いえ、どう言ったらいいのか……すでに結婚し、妻のある身の騎士には貞潔が求められますが、騎士といえどもひとりの人間であり、生身の男でもありますから、ゆえに独身騎士の場合は、正式に認可を受けている娼館へ出かけたりといったことは特段責められることではないのです。この場合、問題なのはフランソワ・ボードゥリアンがそのような下劣な形で騎士団内の騎士たちの人心を掌握しようとしたことなのですよ。また、騎士にはある種の特権が存在します……つまり、酒場で揉め事があったといった場合、近隣の住民などから通報があって巡察隊か守備隊が駆けつけたとしましょう。この場合、騎士が正しくない側のことを弁護するなどあってはならぬことなのですが、街のゴロツキに味方し、弱い者からむしろ金をむしり取る――そんな略奪が横行しているのです。もっとも、騎士が自分からそう名乗ることはなく、守備隊が主体となって略奪行為を行うのですが、自分たちには立派な騎士さまがついているのだから安心・安全だという、いざという時の切り札として存在しているのですね。その実にご立派な騎士さま方は……」


「考えられないな」と、ランスロットは唾棄するように言った。「というより、そんな連中はもはや騎士ではない。少なくとも、ローゼンクランツ騎士団の規範としてはそうだ。騎士とは――ただ美麗な鎧を身に纏い、剣や槍を振るっていれば騎士なのではない。むしろ、襤褸をまとい、錆びた槍と盾しかなかったとしても、騎士でいることは出来る。その者が騎士の精神といったものを守り通しているのであればな」


「そうだ、そうだ」と、ギネビアも義憤とともに同意した。「そんな奴ら、いわゆる『馬に乗られた騎士』という奴だ。獣に属する欲望を制することの出来ぬ男は騎士に相応しくない」


「お恥かしいことですが……」ふたりの間にモントーヴァン父子が持つのと同じ騎士道精神が生きているのを見てとり、言葉とは裏腹にセドリックは嬉しくなった。「聖ウルスラ騎士団にはそのような腐敗が急速に広まりつつあります。とはいえ、全員がそのように堕落の網にかかっているわけではないのです。ただ、フランソワ・ボードゥリアンが騎士団長である限り、規律の立て直しは難しいでしょう。いっそのこと、あやつを殺して自分も死のうかと考えたことさえありますが、もしそんなことをすれば、ラウールさまを悲しませるだけだということもわかっておりますゆえ……私にしても考えあぐねているところでした……」


 セドリックの苦悩と悲嘆は深いものだった。彼は、騎士団長暗殺に失敗した場合、フランソワ・ボードゥリアンではなく、百叩きの刑を受け、最後に絞首刑となるのは自分かもしれないと、そこまで思い詰めていたのである。


「よし、わたしは決めたぞ。ランスロット!!」


 ギネビアは右の拳を握りしめ、その場からすっくと立ち上がると、こう宣言した。


「宿によく集まってるご近所連の話では、聖ウルスラ祭では馬上試合トーナメントが行われるそうだ。城砦外からも飛び入り参加が可能だそうだからな。わたしはそれに出場し、聖ウルスラ騎士団の連中を懲らしめ、その根性を叩き直してやる!!」


(やめてくれ……)


 そう思い、ランスロットは頭が痛くなった。


「確かに、そのことは俺も『踊る子鹿亭』の亭主から世間話のついでに聞いてはいた。ギネビア、そのトーナメントとやらには俺が出る。なんでも、結構な報奨金がメレアガンス伯爵から出るそうだからな……騎士としての名誉と報奨金のために、聖ウルスラ騎士団から参加する連中はいくらもいるだろう。うまくフランソワ・ボードゥリアンと当たれるかどうかはわからないが、もし運命の巡りあわせによってでもそうなれたとすれば――ボードゥリアンのことは、必ず俺が奴の冑を剥いでやる」


「ランスロット、おまえが馬上試合トーナメントに参加するかしないかはおまえの自由さ。けど、それと同じくわたしが騎士として聖ウルスラ祭の武術大会に参加するかしないかもわたしの自由だという、それだけのことだ」


 実をいうとセドリックは、彼の知る限り、ただひとりだけ崇拝に値する女性騎士、あるいは女剣士の存在を知っている。彼女は隣州ロットバルトの名門貴族の猛将として知られるヴィヴィアン・ロイスの双子の妹、ブランカ・ロイスだった。ゆえに、セドリックとしては女性騎士という存在を認めていないわけではないのだが――それにしても、である。目の前にいるギネビア・ローゼンクランツが、ブランカほど強いようにはまったく思えなかったというのがある。


「おまえなあ……カドールが聞いたら卒倒するぞ!いや、俺は今ここで見苦しくおまえと言い争うつもりはない。結局、意味も実りもない水かけ論をえんえん続けるだけのことだからな。というより、事の是非はカドールのいる前であいつに問え。それより……」


 ギネビアはランスロットのこの言葉に明らかに不満顔だった。だが、それでもセドリックが困惑するだろうとわかっているため、この場は自身の感情を抑えたわけである。「わかったよ!」と、ただ一言ふてくされたように言うに留めておく。


「フランソワ・ボードゥリアンの奴が、そうした形で騎士団の仲間の弱味を掴んでいるも同然ということは、神明裁判に訴えることも出来ないわけだな。じゃあ、こうするのはどうだろう。Aの罪を訴えようとすると、他に同じ罪で繋がれているB、C、D、E、F……といった人物も芋づる式に同じ罪で裁かれるの恐れ、互いに互いの罪を庇いあうといった関係性であるなら、やはり適切な現場へ踏み込んで証拠をつかむしかないのではないか?」


 神明裁判とは、騎士の間で看過しかねる罪を犯した者がいた場合(それが法に触れない、騎士の品格の問題である場合もある)、訴えを起こされた者は騎士聖典に手を置いた上、正直に事実のみを述べ、悔い改めが必要な時は礼拝堂にて、他の騎士仲間が見守る中、二度と同じ罪を繰り返さぬ旨誓わねばならないのであった。


 また、こうした事柄において真偽がはっきりせず、本人同士から申し立てがあり、決闘においてどちらが正しいかを決める場合――騎士団長の了承の元、馬上試合や馬上槍試合が行われる場合もある。これらが騎士団内において神明裁判と呼ばれるものであったが、決闘においては結局のところ、正しい側の主張が敗れるという事態も生じえたということは、一応言い添えておかねばなるまい。


「そうですね……」他の騎士団に身内の恥をさらしたことが、今更ながらセドリックは恥かしくなっていた。だが、他にどうしようもないところまでやって来ているというのもまた事実。「フランソワ・ボードゥリアンに決して与しようとしない騎士たちもいることにはいるのですよ。彼らは、そのうち必ず潮目が変わる瞬間が来るはずだと信じているのだと思います。たとえば、リア王朝との軽い小競り合いといった程度でも、戦争があって派兵されたとすれば、規律の乱れといったものは一掃されねばなりませんからね……」


「騎士としての本分を果たすのに、戦争が必要なのか。平和だとむしろ力を持てあまして悪に走るだなどとは、わたしには理解できぬことだが、神明裁判さえ開けぬほど堕落しているのだとすれば……確かに仕方ないのだろうな。それでランスロット、現場に踏み込むというのは具体的に一体何をどうするんだ?」


「その点については、私に考えがあります」と、セドリック。「『神の憎むものが六つある。いや、神ご自身の忌みきらうものが七つある。高ぶる目、偽りの舌、罪のない者の血を流す手、邪悪な計画を細工する心、悪へ走るに速い足、まやかしを吹聴する偽りの証人、兄弟の間に争いをひき起こす者』……と、騎士聖典にもあるとおり、一度こうした罪の沼にはまってしまうと、最早最初にあった良心がすっかり麻痺してしまうものなのでしょう。我々聖ウルスラ騎士団の中に、こうした罪と一切無縁の者たちが存在するように、守備隊にも同様の者たちがいます。そしてその者たちと結託することが出来れば……明日は第六区のAという居酒屋で誰それを罠にかける予定だといった話を聞きだし、最初からその場に居合わせるか、あるいはそこへ踏み込むことが可能になるかと思います」


「逆に、こちらのそうした意図が向こうにバレるといった可能性は?」


 セドリックが慎重な性格をしているとわかっていつつ、ランスロットは念のためにそう聞いた。


「百パーセントまったくないとは言い切れないでしょうが……彼らが守備隊大隊長のジスラン・ベルナールに自分たちの悪事がバレることを非常に恐れているというのは大きいと思います。ここ、メルガレス城砦は十六の区域に分かれており、それぞれの区に守備隊を率いる守備隊長がいるわけですが、守備隊長自身までもが裏街の連中と懇意にしている場合もあれば、手下のみが守備隊長に隠れてそのような悪事をコソコソ行なっている場合もあり――調査のほうについては私ひとりで調べ切れるものではありませんが、それでもジスラン・ベルナール大隊長は清廉潔白な人物として知られており、それは兄のクロード・ベルナールが騎士であることとも決して無縁ではないでしょう」


「では、そのクロード・ベルナールという騎士というのは……?」


 ランスロットもギネビアも、心に一条の希望の光が差してきた。聖ウルスラ騎士団にもまだ、騎士道精神を失っていない騎士が存在しているに違いないとの希望が心に生まれてくる。


「もし、サイラスさまが生きていたら……クロードさまはその右腕となって活躍されていたことでしょう」セドリックは悲しみに胸を痛めるあまり、顔を伏せた。「また、騎士団長を選ぶ際のトーナメントにおいて不正があったことにも気づいておいでです。つまり、一応優勝したのはフランソワ・ボードゥリアンでも、本当の意味で騎士団長に相応しいのは誰か?ということにおいて、サイラスさまの死後、聖ウルスラ騎士団は二分したのですよ。また、ボードゥリアンに強い反発心を持つ騎士たちを諌め、まとめているのは今もクロードさまです。そこで私めは、僭越ながらも次のようなシナリオを頭に思い描いておりました……フランソワ・ボードゥリアン、あるいは彼と同じ罠に嵌まっている騎士たちのうちひとりでも――こんなことを続けていれば、いずれ我が身に危害が及ぶと気づけば、クロードさまを支持する側へ戻ってくるのではないかと……」


 セドリックは顔を上げると、ランスロットとギネビアの表情を伺うように見た。だが、その深い緑の瞳には、決然とした意志が見て取れる。


「それとも、そんな甘い幻想は捨て、毅然とした態度で事に当たるべきなのか……仮にたとえそれで聖ウルスラ騎士団の名誉に傷がつくことになろうとも」


「わかった!そのあたりのことは我々でなんとかしよう」と、ギネビアがセドリックの騎士団への献身に対し、感動したように言った。「な、ランスロット?」


「簡単に言ってくれるな、まったく」と、ランスロットは頭痛を起こしたように額に手を置きつつ、溜息を着いた。「だが、我々は同じ騎士ではあっても、ある意味この城砦内のことについてはまったくの部外者でもある……そう考えた場合、確かに出来ることは色々ありそうだ」


 セドリックはランスロットとギネビアに対し、深く頭を下げた。


「ありがとうございます……!これはあくまでも私が思うに、ということなのですが、もしラウールさまがメレアガンス伯爵に例のお話をなさるとしたら……その前に騎士団の規律について正しておく必要があると思うのです。何分、ラウールさまはリア王朝との戦争において功労のあるお方。もしかしたらラウールさまはこれから、懇意にしている軍の将たちと相談をされるかもしれません。もちろん、メレアガンス領地の領主はメドゥック=メレアガンス伯であらせられますが、メレアガンス伯爵は軍の最後尾にいるというだけで、実際に戦うのは騎士団や軍の将兵たちですからね。どちらにつくのが得策かという基準によってメレアガンス伯爵は事を決められることでしょうが、聖ウルスラ祭のある一か月程度の間では、ロットバルト州のロットバルト伯爵の意向についてまではなんとも計りかねるところがあり……」


「ようするに、こういうことか?」


 カドールやタイスの話を聞いていて、総合的に思ったことをギネビアは口にした。


「優柔不断な功利主義者……いや、ごめん。自分の住む領地の領主を悪く言われたら、領民としてはいい気はしないよな。だけど、わたしは噂でしかメレアガンス伯爵のことを知らないものだからさ。ええと、とにかくそのメレアガンス伯はロットバルト伯爵が先にハムレットさまに味方するといったような密約でも結んでいたとすれば――おそらくはその気になる。ということは、もしや我々は先にロットバルト州へ向かったほうが良かったんじゃないか?」


「いや、どうだろうな」と、ランスロットが考え深げに口にする。「とにかく、今俺たちがここであれこれ策をこねくり回していても、最終的な結論のようなものは出ない。カドールやタイスたちも一緒にいる時にみんなで話しあわないと……俺としてはサイラスのことがわかった以上、フランソワ・ボードゥリアンの奴のことは放っておけないが、それもまた、最終的にハムレットさまの益に繋がることだと考えるからだ。他でもない聖ウルスラ騎士団内から裏切り者が出るといったような事態を避けるため、先に手を打っておくことは大切なことだからな」


 こうして、話のほうはこちらのモントーヴァン邸へみなで引っ越してきてから、綿密に策を練るということでまとまった。セドリックはランスロットとギネビアのことを門まで見送ってのち、屋敷の扉を閉めると、その場に蹲って泣いた。彼には主人であるラウール同様、今後のこの国の建設図が見えていた。もしサミュエル・ボウルズ卿が今も生きていて、ある種の義理立てからクローディアス王に彼が味方し、敵に回った場合は別として――現在のバリン州の領主が『にわか男爵』とも呼ばれるヴァイス・ヴァランクス男爵であることを思えば、外苑州の反乱はおそらく成功するだろう。何故なら、リア王朝と戦争をする時、常に主体となってきたのはバリン州・メレアガンス州・ロットバルト州の三州であり(ここに、砂漠の三州も召集があり次第駆けつける)、内苑七州の各州は、これらの軍に援軍を出すといった形で多少なり協力はするが、彼らは外苑州に対し優越意識を持っているがゆえ、戦場で連携を取るには実に面倒で厄介な連中なのだった。


(そうだ。そうした内乱の最中にある時、リア王朝が我々の横腹を突いてきたにせよ、そのことが有利に働くのはハムレット王子のほうにだろう。ペンドラゴン王朝がリア王朝と協力しあうということだけは絶対ないとわかっている以上……)


 セドリックは悔し涙を拭うと立ち上がった。彼が泣いていたのは無論自分のためではない。乳兄弟のサイラスが今も生きていれば、戦場にて王子の軍の一員として共に戦い、いかばかりの戦功を立てたことであろうか。あるいは同じ死ぬにしても、戦場で騎士としての任務をまっとうして死ぬ栄誉に与れることこそ、彼の本望であっただろうに――そのことを思うと、セドリックはつらく悲しかった。


(だが、今はそうした私情については押し殺さなくては。それに、ハムレット王子の一行が来られるのだから、十分寛ぐことが出来るよう、その準備のことでも忙しくなるぞ……)


 セドリックがラウールの寝室までそのことの打ち合わせをしにいくと、この老獪な騎士がかつてあった活力と胆力をすっかり取り戻したらしいのを一瞬にして見て取った。その厳しい横顔には鷲のような鋭い眼光が宿り、おのが主君であるメレアガンス伯のことを動かす秘策が、この老騎士にはすでに出来上がりつつあったからである。




 >>続く。






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