第40章
「聖ウルスラ祭のファッションショーというのは、具体的に何をどうするんです?」
タイスがそう聞くと、答えを知っているカドールとランスロットは、ともに肩を竦めていた。
「まあ、簡単にいえば」と、カドールが説明する。「先ほどのウルスラという女性デザイナーが製作した衣装を着て、舞台の上を歩くのですよ。最前列にいるのはメレアガンス伯爵や貴族たち、それに織物商ギルドの有力者などです。そして、彼らの目に留まればめでたく名の売れたデザイナーとして引っ張りだこになる可能性もある。あるいは、宮廷御用足しのデザイナーとして王侯貴族たちの衣装を担当し、一年中彼らの衣装を作製しているだけで生涯食いっぱぐれないどころか、一財産築くことが出来るというわけですよ」
「じゃ、メルガレスの王侯貴族の前でそんな破廉恥なこと、出来るわけがないじゃないか!」
ファッションショーなるものの示す意味がわかると、タイスは論外だとでもいような口調で、若干怒りすら覚えたようだった。
「ハムレットはこれから王になる身なのだし、ランスロットとカドールは彼に仕える立派な騎士だ!第一、これからローゼンクランツ公爵の親書を携えて謁見しようというのに……そんな舞台に上がるわけになどいくものか」
「よく考えてみたら確かにそうだねえ」と、キリオンが愉快そうに笑って言う。「でも、レンスブルックはアルバイトで頼んでみてもいいんじゃない?カラフルな衣装着て舞台の上を滑稽な道化としてちょっと歩くだけで、小銭を稼ぐことが出来るかもしれないよ」
「いやいや、あのウルスラとかいうマドモワゼルはハムレットさまやカドールやランスロットの美形ぶりにコロッと来たのであって、オラのことはついでのオマケみたいなもんだぎゃ。それに、来月の聖ウルスラ祭までここに滞在するとは限らんと思うのだぎゃ、そこらへんどんなもんだぎゃか?」
「そうだな」と、ハムレットが考え深げに言った。彼はファッションショーの話が御破算になってほっとしていたのである。「明日にでもメルガレス城を訪ねていってみようと思うだが、ここでのしきたりとして、それはどんなものなのだろうか?何分、伯爵もお忙しい身だろうし、いくらローゼンクランツ公爵の親書があるとはいえ、すぐに会えるとも限るまい。それでも流石に一月も待たされることまではないと思うのだが……」
「その点は心配ありません」と、ランスロットが言った。「こちらには我々ローゼンクランツ騎士団と懇意にしている聖ウルスラ騎士団がいますからね。そちらを通じてメレアガンス伯爵との謁見の段取りをつけてもらおうと考えております」
「よろしく頼む」
そう答えつつ、ハムレットは溜息を着きそうになるのを堪えた。(本当にオレは自分ひとりでは何も出来ないんだな……)そう思い、あらためて己の力の小ささを痛感するばかりだったのである。
このあと、一行は商店街にある食堂にて食事をしてから旅籠屋のほうへ戻ることにしたわけだが、そこではあらためて今後の計画について詰めるということになっていた。
「メレアガンス伯爵とは、どういった方なのですか?」
タイスは以前にもしたことのある質問を、この時もう一度カドールにしていた。昼時を少し過ぎた頃合だったこともあり、店先を覗いてみた食堂はどこも込み合っていたが、偶然空いていた長方形のテーブルに、八人は四人ずつ、向かい合って座ることにした。他に六つあるテーブルは、ふたり掛けだったり四人掛けだったりしたが、ここはひとつだけある大テーブルだったらしい。他はカウンター席で、客はそれぞれそこで慌しく食事して出て行く場合のほうが多い。
「伯爵殿は、日和見で移り気な性格のお方なのでな、御自分と御自分の領地の利益になるとなれば我々の味方もしてくれようが、出兵していただくことまではもしかしたら難しいやもしれぬ。ただ、その場合でも我々の敵に回ることなく趨勢が決するまで静観していただくなど……出来ればそう確約していただきたいわけだ。まかり間違ってもバリン州のバロン城を攻囲中に側面や背面から衝かれるという事態だけは避けたい」
ここで、水差し片手に瀬戸物のコップをトレイにのせたウェイトレスがやって来る。
「お客さんたち、新顔ね。ここじゃ、昼食時は基本セルフサービスなのよ?ほら、そっちのテーブルに卵の茹でたのや豆やパイやソーセージ、焼いた肉の串なんかが大皿にたっぷりのってるわ。それをね、近くの棚にある皿に自分でのっけておのおの食べるってわけ。さあ、話が決まったらお代をいただくわ」
ウェイトレスの若い女性(おそらく、ハムレットと同じ年くらいと思われる)はウィンクすると、それまでも多くの客がクラン銅貨を投げ入れていった壷をドン!とテーブルに置く。
「うちの昼食代はたったの五クラン。どう?安いもんでしょ」
人数分の銅貨を、彼女にはっきり見える形でタイスは壷の中へ入れていった。すると、そばの客から「今日もごちそうさん、ルース」と言われた女性は、今度は八人に対し、皿を取って盛り付け例を示してみせる。
「うちじゃね、大盛りにしすぎて残した客には、追加料金をもらうってシステムなの。そう思って、自分に食べきれそうな分だけ盛りつけてちょうだいね」
パンならパンだけ、豆なら豆だけ、焼いた肉の串刺しなら串肉だけ、ソーセージだけならソーセージだけ……といったような大皿の上にはすべて、乾燥を防ぐためとハエ除けのために、銀色の閉じ蓋がしてある。その取っ手をとり、ルースは「これ、標準的な盛り付け例ね」と言って、大皿ひとつにつき一品ずつ、あるいは豆やピクルスであれば備え付けのスプーンで二杯ほど盛っていった。
「ま、大体こんな感じね。でもまあ、特に好物なものはたくさん取ったっていいのよ。簡単にいえば、五クランでワイン一杯ついてくるんだから、常識と良心の範囲で考えてねって話。あと、卵料理は目玉焼きやオムレツが食べたかったそう言ってちょうだい。それはサービスで作ってあげる」
「私がその皿をいただいてもいいですか?」
(随分先進的なシステムだな)と思いつつ、感心してギベルネスはルースにそう申し出た。出身惑星にあったバイキング形式のレストランのことをなんとなく思い出す。
「あら、これじゃちょっと少ないんじゃなくて?なんだったら、それぞれもうちょっとくらい足したっていいのよ」
「いえ、そのくらいで十分です」
「そう。ワインの入った壷はそっちよ。あくまでもグラスに一杯分だけだからね。うちの店は親戚にワイン作りの職人がいるから、すごく美味しいの。ここらの通りの食堂じゃ、天下一品だわ。だけど、分量は守ってね。向かいのコリオレイナス食堂なんか、ブタの汗みたいなまずいビールとすえて腐ったみたいなワインしか出さないのよ。だからってこっそりおかわりしたら、もう三クランもらっちゃうからね。いいこと?」
「わかりました。ありがとうございます」
いつも荒くれ者を相手にするのに馴れているルースは、ギベルネスの妙な礼儀正しさに面食らったようだった。(なんだか調子が狂っちゃうわ)とでも言いたげに小首を傾げつつ、厨房のほうで忙しく働く他の従業員を手伝いに戻っていく。だが彼女たちはふたりとも、こっそりおかわりしたり盗みを働いたりする者がいないかどうか、皿洗いをしつつ絶えず目を光らせているのだった。
「ギベルネ先生は、ああした若い娘がお好みですか?」
ギベルネスにそうした意図はないとわかっていつつ、カドールはあえてそう聞いた。というより、彼自身相当信頼関係のない人間にしか、そんな冗談を言ったりすることはない。
「まさか。ただ、平日の昼間に感心にも店を手伝っているということは学校へは通ってないのだろうかと思っていたのですよ」
「あのルースって子、たぶんぼくやハムレットくらいの年の子だよ。可愛いよねえ。それに客あしらいも上手くってさ。きっと彼女目当ての客ってのもたくさんいそうだし、悪い虫でもつかないかって、ぼくがあの子の両親なら心配しちゃうところだな」
タイスとカドールは食事をしつつ先ほどの話の続きをはじめたが、ギベルネスの見たところ、彼らの話をこっそり聞きつけてどうこう思いそうな人間は皆無だった。何より、店を一歩外に出れば忙しない雑踏であり、中で食事している人間も、お互いの話に夢中になっているか、あるいはひとりさっさと食事してすぐ店から出ていってしまうのだ。この光景を見ていて――ギベルネスは惑星ロッシーニで自分が暮らしていたセミラーミデの町のことを思いだしていた。二百万人以上の人々が暮らす大都市だったため、昼食時の繁華街にあるレストランは、大体雰囲気が似ていた。何かのランチの皿を頼み、連れがいればその相手と話をし、ひとりの場合でも馴染みの常連客と話したり、あるいは胃に詰め込むような形で食事し、急ぎ職場のほうへ戻っていく……そんなある種のデジャヴを感じ、ギベルネスはなんとなく不思議な感じがしたのである。
「静観すると確約してくれたところで、そんなのはなんの保証にもならないんじゃないか?」と、ランスロットがもっともらしい意見を口にする。「だってそうだろ?それはすなわち、俺たちのほうの旗色が悪いとなったら、のちのちクローディアス王の拷問を恐れ、向こうに味方するってことを意味してるんだから……かといって、ロットバルト州もまた、バリン州とはナーヴィ=ムルンガ平原を挟んだ領地であるだけに、自分の領地が主戦場になる危険性を犯したい思うかどうかといったところだ。どこの州も重税で苦しんでいるわけだから、そこに戦費までかさむとなれば、諸手を挙げて即座に賛成されようはずもない」
「唯一、希望があるとすればだ」と、カドールが言った。「このまま放っておいた場合、ボウルズ伯爵の二の舞になる可能性もあると、メレアガンス伯爵とロットバルト伯爵を脅すか納得させるなどすることかもしれんな。ふたつの州とも豊かだから、重税を納めることには当然不満があるだろう。だが、それでも拷問部屋へ呼ばれるよりはマシというわけだからな……なんにせよ、デリケートな問題だ。また、我々のほうでそのように依頼してきたと伯爵のほうで王都に密告しないとも限らない」
「メレアガンス伯爵は、聖ウルスラ教に対する信仰心のほうはどうなのですか?」
タイスが、あまり期待していない様子でそう聞いた。このような虚栄の町で領主をしており、さらにはでっぷり太った脂肪肝ということは――神への礼拝だなんだということも、型通りただしきたりを守っているというその程度でしかないのではないだろうか?
「そうだな」と、カドールが頷く。「まずはそちらから攻めてみるのがいいかもしれんな。星神・星母信仰とローゼンクランツ騎士団が切っても切り離せぬように、聖ウルスラ教と聖ウルスラ騎士団は切り離せない。そして我々は同門なわけだから、互いに兄弟として今までも繋がりを保ち続けてきた……また、修道院長や聖修道僧はみなそうだが、その言動には守秘義務が伴う。ハムレットさまや俺たちが星神・星母の導きによってここまで来たことを話し、そのことをメレアガンス伯爵にうまくとりなしていただけないかと相談すれば……伯爵の御性格としては承知しかねるだろうなど、いい助言を与えていただけるに違いない」
「では、オレが先にお会いしなければならないのは、メレアガンス伯爵ではなく、聖ウルスラ教の司教殿や司祭殿ということか?」
ハムレットは、アヴァロン州の村の人々のことを思いだしていた。彼らのために誰か、熱意のある司祭や聖修道士を派遣してもらうことは出来ないかどうか、打診することをすっかり失念していたのである。
「そうですね……」と、ランスロットは一度食事を中断して言った。実は彼の父親のローゼンクランツ騎士団長、カーライル・ヴァン・ヴェンウィックと聖ウルスラ騎士団の騎士団長とは親友にも近い間柄であった。「聖ウルスラ教の聖修道士たちはみな実に道徳観が高く、敬虔な僧たちばかりなのですよ。このような虚飾の町にあって驚くべきことかもしれませんが、むしろだからこそ、という部分があるのだろうと思います。こうした見せかけだけ着飾ることに虚しさを覚えた人々が星神・星母から啓示を受けた聖女ウルスラに救いを求めるのでしょうね。ゆえに、聖ウルスラ教の修道士たちのことは信頼できますし、まずは俺は聖ウルスラ騎士団の騎士団長ラウール・フォン・モントーヴァンと会い、メレアガンス伯爵にお口添え願えないかどうか、聞いてみようと思います」
「それがいい!!」
カドールはランスロットのこの名案に、隣の親友のグラスと自分の葡萄酒の入ったそれをカチン、と打ちつけた。ルースの言っていたとおり、庶民の大衆食堂のものとは思えぬほど、酒のほうは意外にも味が良かった。
「では俺のほうでは、タイスと……ハムレットさまにも出来れば御一緒に来ていただきたいのですが、聖ウルスラ教の大聖堂のほうを訪ね、修道院長さまからメレアガンス伯爵のほうへ働きかけてもらえぬかどうか、打診してみようと思う。聖ウルスラ騎士団の騎士団長と、聖ウルスラ教の大修道院長の推薦や口添えがあれば……いかに乗り気でなかったにせよ、メレアガンス伯爵のほうでも耳を傾けざるをえないことだろう」
「じゃあ、早速明日から動くことにして……この話は一度ここでやめにしよう。こんな重要な話は昼間は食堂、夜は酒場になるような場所ですべきことじゃない」
ランスロットがそう言って話を打ち切ったため、この件についてはまた旅籠屋へ戻った時にすることになった。実はここ、『ルキア食堂』は、夜には歌と踊りと酒と食事を提供する場所へと変わるのだった。つまり、先ほどのランチの皿の品はすべて余ったものがそちらへ回されることになるため、無駄のほうは一切でないのである。
誰ひとり皿に盛ったものをひとつとして残すことなく『ルキア食堂』を出ると、一行はその後、仕立て屋街へ行く前に商店街で見かけた、安くて質のいいシャツや下着類などを購入し、それから旅籠屋のほうへ戻ることにした。ランスロットとカドールはギネビアをからかったことを悪いと思っていたため、それぞれマントを留めるための金のブローチや(これはローゼンクランツ家を象徴する鷲の形をしたものである)、美味しいオレンジなどをお土産に購入していたものである。
「本当なら、髪飾りでも買ってやりたいところだが」と、ランスロットなどは雑貨店にて溜息を着いていたものである。「そんなものを渡したら、あいつは烈火の如く怒るだけだろうからな」
「まあな。ギネビアは元がいいから、ドレスを着てそれなりに着飾ればここメルガレス城砦でだって、どこの貴族令嬢にも見劣りしないどころか……すぐに崇拝者が何人も現れて恋愛の鞘当てがはじまり、求婚者が列をなしたとしてもまったくおかしくないくらいだろう。ま、本人がドレスよりも騎士の甲冑のほうに惚れ惚れするという俺たちと同じ価値観なのだから、仕方ないといえば仕方ないのだろうがな」
「そういえば……」と、タイスが客寄せのために店先で飼われているオウムを物珍しそうに見ながら言った。「あのウルスラ服飾店の女性も男装してましたよね。ということは、もしあなた方がギネビアをからかったりしなければ、ウルスラと彼女は気が合ったりして話が少し変わっていたかもしれませんよ。まあ、今更そんなことを言ったところで詮ないことではありますが……」
ここで、ランスロットとカドールは互いに顔を見合わせた。無論、だからとてギネビアがファッションショーなぞに興味を持ったとは彼らにも思えない。だが、それでも確かに何か風向きが違ったかもしれない可能性はあったと思ったわけである。
とはいえこの場合、おそらくもっと問題だったのは――留守番することになったギネビアが、その間どうしていたかということだったに違いない。一行のうち誰も、まさか彼女がチンピラに絡まれて旅籠屋で乱闘騒ぎを演じていようなどとは……この時、まったく想像してもみなかったのだから。
>>続く。




