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第3章

(だから、あなたに対してはあなたに対してで、やっぱり対策が必要なのよね。ギベル、あなたがわたしと体の関係でも持って、そのあたりのことをなんとなく誤魔化してくれるような安っぽい男だったら良かったのに……)


 ロルカ・クォネスカから自分の過去の殺人について指摘されたことはニディアにとっては最初、青天の霹靂とも呼ぶべき厄介事だった。けれど、一度こうなってみてひとつわかったことがある。自分はやはりこのような退屈でつまらぬ辺境惑星向きの人間ではないのだ。お陰で以前と同じく誰かの殺害計画でも脳裏で組み立てていたほうが、よほど暇つぶしとして楽しくもあった。


(そうよね。流刑星じゃあるまいし、そもそもわたしはここで残り四十九年もくすぶってるつもりすら最初からないのよ。体のほうだって新しくなったばかりとはいえ、人間の価値感覚としてそのことを惜しいとはまるで思わない……わたし自身が本来の姿へ返るためであればね。でも、その計画の邪魔をするというのであれば、どんな奴のことでも一切容赦するつもりはないわ)


 ――こうして、殺人に馴れた、今はニディア・フォル二カと呼ばれる女は、早速とばかりこの翌日、頭の中で一晩考えに考え抜いた計画を素早く実行へ移すことにした。すなわち、まずはロルカ殺害のための毒を入手することだ。そこで、ギベルネスとふたり、今まで二度ほどそうしたように、<フグキノコ>採取のために出かけていったのである。他のメンバーらは、「えっ!?またかい」と驚いていたが、今の季節しか採取できない植物やキノコがあると説明すると、何故か全員すぐ納得していた。


 一度目の地上降下の時は、彼らふたりの他に、エンジニアの資格も持つリーダーのノーマン・フェルクスや動物学者のコリン・デイヴィスも一緒だった。ノーマンは第一基地と第二基地の設備点検のため、コリンは宇宙船から衛星によって地上の動物をスクリーンで見るのではなく――直に見て確認したいことがある、というのが降下の理由だった。ギベルネスと二ディアは主に植物採集をして帰ってきたわけだが、第二回降下の時の理由も同様であり、同行者は文化人類学者のダンカンと、惑星歴史学者のアルダンだった(この時、ノーマン同様エンジニアでもあるアルダンが、第三~第五基地の設備点検も終えていた)。


 だが第三回地上降下の時、植物採集をして一週間後に戻ってきたのは、二ディア・フォル二カひとりだけだった。ワープ転送装置には、一度の転送につき、ひとりだけがカプセルに入る。だが、ギベルネスが次にカプセルに入ると、転送装置のほうがうまく作動しなかったのである。この時、二ディアはギベルネスの持ち物の中に、ワープ装置がうまく作動しないよう、周波数を乱すある物質を忍び込ませておいた。それは彼が眠る時以外身に着けていることの多い、旧式の時計だった(惑星ロッシーニで戦死した父親の形見らしい)。実は二ディアは彼が眠っている間に、この時計にちょっとした細工をしておいたわけである。こうしてギベルネスは、「一時的に帰れない」という状況へ陥った。


「ワープ装置があるのは、何も第五基地だけじゃない。何かの不具合で、二ディアが戻ってきた時点でパワーダウンした可能性もある。明日くらいには、転送装置の磁場のほうも安定して復旧しているかもしれないし……」


 ノーマンがそうリーダーらしく指摘していると、横からアルダンがこう警告した。ちなみに、ノーマンはこのチームのリーダーではあるが、アルダンやダンカンのほうが年齢は遥かに上である。


「いや、次期日没だろう。ここの基地の電源は基本的にソーラーシステムに頼っているからな。今ので相当消耗したはずだから、もう一度ギベルネスをワープさせるだけの力が復旧するには……最低丸二昼夜かかるぞ。幸い、第五基地のあたりは天候のいいことが多いとはいえ、数日かけて、第四基地のほうへ移動したほうがいいのかどうか……」


「そうだな。どちらの選択のほうが賢いかはどっこいどっこいといったところだが……ギベルネス、食糧と水のほうは十分あるかい?」


『ええと、まあ残り一日分くらいといったところですかね。でもまあ、これをちびちび二日に分けて食べたり飲んだりすればいいわけですし……』


 現地人に姿を見られてもいいように、一応地上降下時にはアズール人らしい格好をすることになっている。そこでギベルネスは、茶色のフードのついた粗末な衣服を身に着けていたが、素材のほうは軽く、暑ければ熱を逃がし、寒ければ自然と布の繊維が収縮し、熱が内に篭もるようになっている。このあたりの気候は今の時期、日中は四十度を越し、夜は零度以下となることも珍しくないが、基地内にいる限りにおいて、それはなんら問題のないことであったろう。


「ではギベルネス」と、アルダンはまるで自分がリーダーでもあるかのように、こう彼に選択を迫った。「わたし自身は君がそのまま、基地内にいるのが一番安全ではないかと思う。だが、二日して転送するためのパワーが蓄積されたとしても、今起きたのと同じことが起きないとも限らない。その場合、食糧と水はないことになり、君はなんらかの形で食べ物を得つつ、第四基地へ移動せざるをえないことになるだろう。どちらがいいかは、実際のところ微妙なところだ。そこで、選択自身は君に委ねられるべきでないかとわたしは思う。何故といって、わたしや他の誰かが『そのままそこにいるのが安全。なあに、二日もすればパワーチャージされるさ』などと言ったのでその通りにしたのに、肝心の転送装置はやはりイカれたままだった……その場合、君にどんなに恨まれたとしても、我々にはどうしようもないのだからね」


『そうですね。でも、やはり私も一人で砂漠や山の裾野を移動したりするよりは……ここで待機して、今一度転送装置にパワーが復旧するのを待つのが得策と思います。大丈夫ですよ、アルダン。二日もすればソーラーシステムに太陽エネルギーが蓄積され、私が移動できる分くらいの十分なパワーが生まれるでしょう。もしそれで駄目なら、第四施設のほうへ移動します。そちらにも食糧の備蓄が多少ありますし、何よりワープ装置のほうだって正常に働くでしょうからね』


「ごめんなさい、ギベル」


 ニディアが、いかにも申し訳なさそうな顔をして言った。もちろんその場にいる誰も、この表情が演技だと想像できる者はいない。


「もしかしたらわたし、衣服に砂漠の砂が思ったよりついてて、そんなことが装置不良の原因だったのかもしれないわね。一応、転送前に軽く中をチェックしておいたほうがいいんじゃないかしら」


「そうだな」と、眉間に皺を寄せてダンカン。「アルダンかノーマンが一緒だったら、もっと詳しくどこが悪いのかわかったんだろうが……」


『いえ、大丈夫です。ワープ装置は起動させるだけでもかなりのところエネルギーを食いますからね。人間ひとりを成層圏の外まで運ぶんですから、ある意味無理もありませんが……実際、ニディアがそちらへ転送されてから、一気にパワーゲージが下がりました。もっとも、私ひとり運ぶくらいのエネルギーは残ってましたが、それが今、一番下にまで落ちてます。しかも、これからこっちは夜ですからね。まあ、非常時の物資その他色々ありますから、二日くらいであれば……余裕でどうにか出来ますよ』


「じゃあ、そうと決まればこちらとの通信もなるべく早く切ったほうがいいな」


 アルダンとダンカンから(君がリーダーじゃないか)といった眼差しで見つめられ、ノーマンが軽く咳払いしたのち、最終的にそうまとめた。


「いや、こちらと通信してるだけでもエネルギーを使うものな。だが、ギベルネス、もちろん必要とあればすぐこちらへ連絡してくれよ。心細いかもしれないが、あと二日ほどの辛抱と思って頑張って耐えてくれ」


『ありがとう、ノーマン。君のリーダーとしての判断を仰ぎたいことが起きた場合には、すぐ連絡しようと思う』


 ギベルネスのこの言葉で、ノーマンは少しばかり気を良くした。いや、もともと彼とニディアとロルカ、それにコリンとは、リーダーとしての自分をきちんと立てて接してくれるのだ。それに引き換え……。


「ワープ転送装置の不具合か。まあ、あと二日もすれば十分転送装置が機能する程度、エネルギーは充填されるだろうが……」


「近いうち、君かノーマンのどちらかが、もう一度第五基地を点検しにいかねばなるまいね」


「そうだな。次はオレが行こうか」


 ノーマンが、さっさとメインブリッジから去っていこうとする、アルダンとダンカンの背中にそう語りかけた。


「だって、そうだろう?二回目に降下した時、第五基地を点検したのはアルダン博士、君じゃないか。もしかしたら何か、見落とした点があったのかもしれない。その点を精査するためにも、別のエンジニアが一度チェックしたほうがいいんじゃないかね」


 アルダンはどこか面白くなさそうに眉を上げたが、実際にはそれ以上何を言うこともなく、肩を竦め、ブリッジから去っていった。そして再びダンカンと惑星シェイクスピアに関して、その人類の発祥に関する仮説について、討論を開始した。


(やれやれ。どうしてこう、学者肌の連中っていうのはくだらないプライドが意味もなく高いのかしらね)


 宇宙文明の最先端にいる者たちにとって、年齢というのはすでに意味を失って久しい。それでも、ノーマンはアルダンやノリスとは違い、これがまだ一度目の人生で、年齢のほうは四十六歳だった(これでいくと彼は、五十年後には九十六歳となるが、老化リセット装置に定期的に入ることにより、おそらく全体として老化自体はそれほど進むことはないだろう)。だが、アルダンもダンカンもこれが肉体を乗り換えた三度目の人生であり、見た目は彼らのほうが三十代前半と若く見えるのだが、ふたりともノーマンが浅い学識しか有していないだけでなく、人間としてもなんら面白味がないとして、リーダーの彼を軽んじているところがあった。


「ロルカは、いつもあまりブリッジに顔を見せないね。コリンはまあ、地上の虫たちが送ってくる映像を見て、動物観察に余念がないんだろうけど……ニディア、君、ロルカの研究について少しか手伝ったりしてるのかい?」


「ロルカの研究は、今のところ主にシェイクスピアの食糧事情に関することみたいよ」


 自分に復讐するのが目的で同じ宇宙船へ乗り込んだのだと、ニディアにしても今はすでにわかっている。そして、彼もまた自分と同じようにただ<それなりに仕事をしている振り>をしているだけなのだということも――それでも、週に一度の会議において、研究の進捗状況を説明せねばならぬことから、ロルカは自然博物学者として、シェイクスピアにおいて食糧を効率的に増産するにはどうすればいいかについて調査を続けているわけだった(もっとも、もし仮に画期的な食糧増産計画について彼がいかに雄弁に語れたとしても、誰も法律を破ってまで、アズール人の腹を満腹にしようとは思わなかったに違いない)。


「まあ、サトゥルヌス大陸の人々は、モロコシや稲の類を主な主食とし、ティターン大陸の人々は小麦や大麦、その他雑穀類といったところだったっけな。もちろん他に、じゃがいもやかぼちゃなナスやきゅうりといったような野菜も栽培しているとはいえ……人口全体の口と腹を満たすために必要なだけの収穫量がサトゥルヌス大陸では絶対的に足りない。かといってまさか、他の惑星から輸入してきたスーパーフードを彼らに渡して、『我々異星人からの好意の品です』とでもニコニコ笑って言うわけにもいかないものな」


「ハハハッ。そいつはどうですかね」


 いつからそこにいたのだろうか。ロルカは突然ブリッジ横にある制御室から姿を現すと、そう言って笑っていた。


「今は亡き地球産のあらゆる植物の種子が、移民した人々によって他の惑星へバラまかれたにしても――それぞれの惑星の土に根付くものもあれば、そうでないものもあった。もっとも今では大体どんな場所にでも、少量の水と光さえあれば根付く我々がスーパーフードと呼ぶ物の種類は豊富ですよ。ですが、それぞれの惑星に根付いた小麦類は、かつて地球に存在していたものとは似て非なるものです。収穫される小麦としての形状はよく似ている……が、もしアズール人たちにそんな種子を渡したとすれば、食べてなんともない人間と強いアレルギー反応を起こす人間とに分かれるんじゃないですか。いや、もしかしたらほとんどの人間が大丈夫で、アレルギー反応を起こす人間のほうが極少数かもしれない。だが、問題はそんなことじゃない。もともと惑星シェイクスピアになかったものを彼らが食すことで――今後、どんな変化が彼らの間で子々孫々に渡って起きるかは、これだけ文明の進んだ他惑星からやって来た我々にも予測不能だ。また、それゆえにこそ個々の未開の惑星に外からやって来た我々宇宙文明人が接触することは、惑星法によって厳しく禁じられているというわけですよ」


(まあ、そんな惑星法ブチ破って、他の惑星に攻め込むなんてこと、今この瞬間も宇宙のどこかで起きてることではあるでしょうけどね)


 ニディアはそう思ったが、口に出しては何も言わなかった。何故ならそんなことはわざわざ口にするまでもなく、ここにいる誰しもがわかりきっていることだからだ。


「もちろん、そんなことはオレだってわかっているともさ」


 船長専用の椅子から下りると、ノーマンもまた笑って応じた。彼はアルダンやダンカンに比べ、変わり者であるロルカのほうにむしろ親しみを覚えていたくらいである。また、残りのひとり、コリンは顔を合わせれば動物の話しかしない天然男のため、論外だった。


「ただ、冗談で言ってみただけだよ。だってそうじゃないか。ここ、惑星シェイクスピアの住民どもときたら……腹が減りすぎるあまり、しまいには自分の指の先を焼いて食べかねないくらい飢えた連中なんだから。しかもサトゥルヌス大陸の人々は、自分たちの子供や赤ん坊ですら……神殿に捧げて清めたのち、本当に焼いて食うような野蛮な風習を持ってる連中なんだからね」


(まったくおぞましい)というように、ノーマンは体を震わせて首を振った。


「カニヴァリズムの風習があるのは、何もここ惑星シェイクスピアに限ったことじゃない。他にも、ヒト型人類の存在するヴァーバリアン星やゴリアテ星でもあることだし、爬虫類型人類たちは自分の尻尾を焼いて非常食にしてみたり……また、緊急時には彼らもまた、メスが生んだ卵を食べることもあれば、敵兵を串刺しにして食べる風習のある惑星だってありますしね。かといってこれは、地球発祥型人類よりも彼らのほうが劣っている証左とはならない。何故なら、爬虫類型人類は容姿のほうが全員似たり寄ったりなせいか――もちろん、彼らもまた我々人類と同じく個体性、はっきりした性格の違いがありますがね――正義と平等ということに関して拘りが非常に強い。また、人間のオスとメスのように性的に不道徳といったこともなく、道徳心や忠誠心が極めて高い、実に誇り高い人々だ。それなのに見た目のワニのような顔や体の固い皮膚のみを見て、『原始的で醜い、知能の低い爬虫類型人類』などと断じることは出来ないでしょう」


「まあ、<美>についての考え方には、それぞれ差があるってことなんじゃないの?」


(こんな奴と口なんか聞きたくもない)と内心では思いながらも、ニディアはそう口を挟んだ。いや、むしろすでに死刑宣告を心の中で決めている相手ではあるが、それであればこそ、なるべく周囲の人々には彼と親しくしているところを見せつけておかねばなるまい。そう思い、ニディアはロルカに実は気があるのではないかというくらい、この時もにっこり微笑んだ。


「我々ホモ・サピエンスの美の基準を、異星人にも押しつけるわけにはいかないにしても――それでもこの宇宙には、絶対的とも言えるほどの、誰もが美しいと感じるものがあるのは確かだ」


 そう言ってノーマンは、<クレオパトラ>に命じるのではなく、手動でブリッジのパネルのいくつかを操作し、今目の前に映る、虚空の中の惑星シェイクスピアを消すと、黄金色、あるいは浅葱色、真紅の薔薇色をした星雲などを順にスクリーンへ映していった。


「我々は誰しも……この場合の誰しもというのは、我々のような地球発祥型人類のみならず、この全宇宙に住まうどのような異なる進化を経て意識を持つに至った文明人であるにせよ、という意味だが――こうした宇宙の見せる絶対的な美といったものに、必ず魅せられる。ということは、もし仮に地球人が絶対的な美の基準としていたという黄金比率を、他の異星人が美と感じなくても、そんなことすらも越えたもっと超越的な<美>といったものが、そもそもこの宇宙には数多く存在するということなんじゃないだろうか?まったくもってこの宇宙を創造した神とやらがいたとすれば……そいつは狂人としか思われないね!こうした美と真理のためであれば、死んでも構わないと感じる脳を我々人類に与えておいて、『てめえの面倒はまあ、てめえで見ろや』というまったくの放任主義なんだからな」


 ノーマンのこの言葉に、この時はニディアもロルカも流石に笑った。アルダンもダンカンも、ノーマンのことを面白味のない人間と考えているらしいとふたりとも知っていたが、実は彼は自分たちよりも年上で学識も深いとわかっている彼らに、一応気を遣っているというそれだけなのだ。とはいえこの場合は、それが裏目に出てしまったらしい。


「ねえ、これから三人で3Dボードゲームでもしない?」


「ボードゲームかい?それはまたレトロな趣味だね」


 ロルカは(まったく何考えてやがる、この嘘つきのビッチめ!)と内心で思いながら、この船内において自分に課している『根暗で孤独な男』を演じようと務めた。


「あら、ボードゲームって案外馬鹿に出来ないのよ。何分、愛好家のほうも多くて、色んな種類のものが出てるし……あなたとノーマンは、どんなのがお好みかしら?」


「オレかい?」


 ノーマンは自分の故郷の星、ネーデルラント星を眺めていたが、ハッと夢想から解かれた者のようにふたりを振り返る。


「そうだなあ。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』とか、あとは宇宙ヒーローものなんかかな。自分の好きなヒーローを選んで宇宙を救うっていう単純なストーリーだけどね。でもあれは、なるべく人数の多いほうが盛り上がるかな。あともうひとりいれば、3Dマージャンをするってのも、面白いかもしれないけど」


「じゃあ、こうするのはどうだろう?」


 ロルカは己に課した、根暗で孤独な男という役柄を少しばかり忘れ、こんな提案をした。


「次のレクリエーション・デイにでも、他のみんなとも一緒にボードゲームをすることにしよう。ほら、何も僕ら、惑星シェイクスピアに関して急いで研究せよなんて、上からせっつかれてるってわけでもないんだし……みんなで楽しくパーッとパーティする日なんてのを増やしても、誰も文句なんか言わないだろ?それよか、僕はアルダンやダンカンのことが少しばかり心配だね。彼らは会議ともなれば、自分たちがこのグループの最重要人物だとでも言わんばかりの態度だけど、このままいったら七人のメンバーによって対等に協力しあうといった均衡が崩れる可能性だってあるものな。それに、コリンは気のいい男だけれど、砂漠に生息する動物たちを惑星ドキュメンタリー作家よろしく、追いかけまわしてばかりいるし……いやね、彼のことは僕も好きだよ。ただ、五十年かけて研究すりゃいいことを、ギュッと凝縮したように十年くらいで終えちゃってさ、そのあとはもうなんにもすることがなくなってボケたじいさんみたいになる――そしてそんな姿の彼のことを僕たちはどうしてやることも出来ないとか、なんだかありえそうじゃないか。その前にだね、しかるべくそこそこお互いコミュニケーションを持つ機会を持ったほうがいいんじゃないかと思うんだ」


 コリン・デイヴィスが超のつく変人であることは、残り六人のメンバーの間でも意見が一致していた。というのも、これは今からでも彼の部屋へ行けば、誰の目から見ても明らかなことだった。コリンはプラネットTVの『惑星動物紀行』の大ファンらしく、あらゆる惑星にいる、似た特徴のある生物――それがゴリラやチンパンジーやサルであれば、しきりとその物真似をして部屋中を動きまわったり、あるいはTVに映っているサギやツルやタカを見ては、その鳴き声を真似てみたりと、ほとんど<一人動物園>とでもいうような世界に彼の精神は暮らしているようだったからだ。


「そうだな。それはいいアイディアだ」


 宇宙物理学者らしくなく、ノーマンは『まったく何も疑っていない』様子で、屈託なく笑って応じた。アルダンもダンカンも負けず嫌いな質らしいので、勝負事の勝ち負けには確かに拘るだろう。だが、所詮たかがボードゲームである。モノポリーで億万長者となって勝利を収めようとも、実際には経済的になんの変化もないように――自分たちはちょうどいい暇つぶしよろしく、そのゲームを楽しめるに違いない。


「じゃあ、日時のほうは次のレクリエーション・デイに設定することにして、<クレオパトラ>にその旨、通知してもらうことにしよう。まあ、その頃までにはギベルネスもシェイクスピアから戻ってきてるだろうし……ちょうどいいんじゃないかな」


「そういえば彼、どうかしたのかい?」


 もちろんロルカも、ニディアとギベルネスのふたりが一週間ほど前からシェイクスピアへ降りていたと知っていた。また、制御室の扉の影で話を盗み聞きしてもいたが(扉のほうは完全密閉式のドアだったが、遠くの会話を聞くことの出来る機器類を使用した)、この場にニディアだけがいることから見ても――自分のこの発言はおかしなものでないはずだ。


「ギベル、ワープ装置の不具合で、戻って来れなくなっちゃったのよ」


 ニディアは彼女が悪いわけでもないのに、このことの全責任が自分にある……とでもいうように、沈痛な顔の表情を見せていた。


「なあに、大丈夫だよ。おそらくはちょっとした出力不足さ。何分、ワープ装置っていうのはエネルギー負荷が大きすぎるものな。まあ、あと二日も砂漠の炎天下でエネルギーチャージ出来れば、なんの問題もなくギベルネスは戻って来れるさ」


(このビッチめ。一体何を考えているやら……)


『それは心配だね』とか、『次のレクリエーション・デイが楽しみだ!』といったような社交辞令をそれなりに口にしたのち、自分のラボのほうへ戻りながら、ロルカはまったく別のことを考えていた。


 ギベルネス・リジェッロに対しては、彼にしても好感を持っている。とはいえ、ニディア・フォル二カが最初から妙に馴れ馴れしくしていたため、彼女の<テロ仲間>との疑念が拭えず、接近するのは危険であるとして、とりあえず慎重に様子を見ていた。


(ギベルネスは二日後にはワープ装置の復旧により戻ってくるという話だったな。ということは、これは二ディアのなんらかの策略ということではなく、あくまで偶発的な事故ということか?無論、用心するに越したことはないが……)


 またロルカは、二ディアが自分の前で『3Dボードゲームでもしない?』などと、呑気な提案をしたことも気にかかっていた。無論、自分が今すぐ本星の惑星警察庁へ連絡し、<カエサル>の乗船者全員に彼女の悪事がすべてわかったところで――まずは船内にある独房へ二ディアのことを閉じ込め監視する……それから他惑星犯罪対策部のテロ課の刑事がやって来るまでにもなんとも時間のかかる話だ。


(何よりも、そんなやり方では到底生ぬるい。あの女のことは、惑星シェイクスピアの北王国の王が、ただの余興として奴隷たちの生皮を剥がすのと同様に……まったく同じ方法で復讐してやれたところで、まだこの俺の心の恨みは決して晴れやしない……)


 実をいうと、彼自身『くだらぬ余興』と思っている例の3Dボードゲーム大会のことであるが、ロルカがそのことに賛同の意を示したことには理由がある。自分が一言本星エフェメラへ通報すればすべてが終わるというのに、二ディアのほうではいつまで経っても余裕しゃくしゃく顔だった。考えてみれば、自分が『すべて知っているぞ』とばかり脅したあの時にしても、悪人の厚い面の顔とでも言うべきか、二ディア・フォル二カは一切取り乱したりもしなかったのである。


『ふう~ん。あっそう。で、あんたは一体どうしたいの?』


 この時、彼女の研究室で、むしろロルカのほうがうろたえそうになったほどだ。


『どうって……』


『だってそうでしょ?あんたも、あんたの家族のことも気の毒とは思うけど……何分、Rクラスの辺境惑星で起きたことでもあるし、脳の記憶データをとりあえずバックアップしておくといったような医療システムがあるわけでもない。つまり、そこの惑星民は誰も、死んだらそれきりってことよ。つまり、わたしがあんたに今後いくら要求された金を支払おうと、死んだ人間は甦らない。で、そのことの償いをロルカ――本名はなんていうのか知らないけど――あんたはわたしにさせたいわけでしょ?わたしが本星の惑星警察庁に逮捕されて、今後は生命再生権を剥奪され、残りの人生は塀の中で虚しく終える……そんなことがあんたの目的だってこと?』


(随分つまんない男ね、あんた)と言われた気がして、普段は冷静なロルカも、カッと頭に血が上った。おそらく彼女にはわかっているのだ。ただ復讐の思いだけを抱き、ここまで二ディア・フォル二カと今は名乗る女を追いかけてくるのがどれほど大変だったか、しかも最後にはこんな元いた故郷の惑星なぞより遥かに辺境の宙域にまでやって来た彼のことを――その眼差しはどこか、憐れんでさえいるかのようだった。




 >>続く。






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