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第2章

 ギベルネスらが惑星シェイクスピアへ到着して約半年後――七名いるメンバーはそれぞれ、自分にとって関心のある研究を続け、互いの関係性においても概ね良好であった。


 宇宙船<カエサル>は、もともと五十名以上の乗組員を想定して就航した船であったから、シェイクスピアにはその名を冠する通りの雅びな文化的収穫物も珍しい宝石類や真新しい珍獣の類、あるいは他の惑星では滅多に見つからぬエネルギー資源にも乏しいことがわかって以降……言うまでもなく船内は人口密度の高さに辟易することとは無縁であり、ずっとその逆であり続けたわけである。


 そのような事情から、物理学者のノーマン・フェルクスがリーダーであるこのチームは、週に一度ある会議の時以外は、食堂で偶然顔を合わせる以外、互いの研究室を個人的に行き来する程度のつきあいがあるだけであり、半年もする頃にはもう――自分たちの間では今後、よほどのことでもなければ喧嘩すら起こりようがないのではないかといった空気すら漂い始めていたかもしれない。


 というのも、週に一度ある会議の時、お互いに現在の研究の進捗状況を報告しあうのだが、それぞれ異なる分野において研究を続けており、軽いアドヴァイスや意見交換といった以上のことには立ち入らないようにしていたし、口角泡を飛ばして議論するといったことがないのも……それはこのシェイクスピアという惑星が、彼ら宇宙の文明人にとって「何もない」にも等しいほど、絶望的な星だったからに他ならない。


 実際のところ、ギベルネスにしても、他の六名のメンバーたちと(概ねほど良い距離感というやつでやっていかれそうだ)とわかってほっとした。ノーマン・フェルクスは真面目で頑固な理屈屋だったが、「まるでスター・トレックのスポックみたいな髪型じゃないか」とからかわれても、そのことを笑い飛ばせるくらいの愛嬌はあったし、歴史学者のアヴァン・ドゥ・アルダンと文化人類学者のダンカン・ノリスは、リーダーのノーマンを一応立ててはいるが、七名の中で会議の中心人物は主にこのふたりだったと言ってよい。動物学者のコリン・デイヴィスは、砂漠などに棲息する珍しい動物や昆虫の生態について、興味深い話をしてくれ――ただひとり、ロルカ・クォネスカだけが、誰にも心を開かぬひねくれ者と見なされていたが、それでも仲間内でそのことを問題視する者はひとりもなかった。彼は聞かれたことには律儀に答えるタイプであったし、アルダンとダンカンの研究分野に関しても概ね協力的だったからだ。


 そして、七名のうちのいわゆる紅一点、ニディア・フォルニカであるが、彼女はギベルネスに最初の頃言っていたように、残り五名のメンバーらとほどよく平等にうまくやっているようであった。というより、今となってはギベルネスにしても、彼女の話す「ギベル、このことはあなただからこんなに色々詳しく言うのよ」という言葉に対しても、ある種の疑問を持っている。というのも、ニディアは他の五名のメンバーらと会話したことについて、ギベルネスに詳しく教えてくれるのだったが、今となっては自分と話したことについても、「ギベルからこの間こんなことを聞いたんだけれど、あなたどう思って?」というように、他の皆にも教えているのではないかと思われたからである。


「シェイクスピアに降下して採取してきた花はたくさんあるけど……何分平原地帯が少なくて砂漠や岩石ばかりの星だから、標本以上にはそんなにたくさん持ち帰れないものね。香水を作るにはもっとたくさんの花びらが必要だし、わたし、科学的な香料ってもともとあまり好きじゃないのよ」


「オーガニックのみの精油を絞り取ってというのは、流石に難しいでしょうね。それでも、この間サンプルとして……」


 惑星シェイクスピアには、それとわからぬ形で自然偽装した基地が、今のところ計十六箇所設置されている。そのポイントとは、船内のワープ装置によって繋ぐことが出来るため、会議の時、ワープ装置の使用許可さえ他のメンバーから得られれば、地上との行き来はそれほど困難ではない。ただ、言うまでもなく基地のほうは人里離れており、もし万一何かあった場合(ワープ装置の一時的な故障など)のことを考え、地上への降下はひとりにつき年六回以内といったように定められていた(他に、地上基地における異変など、緊急の場合は除く)。


 ギベルネスは、ニディアが喜ぶかもしれないと思い、プリザーブド・フラワーとして標本保存されていた花のいくつかを使い、サンプルとして抽出して作った香水をフラスコ(試験管)の中で揺らした。


「うっわっ!何これ~、すっごくいい匂~いっ!!」


「シェイクスピアの住人たちがローズィと呼ぶ、薔薇に似た花の香りと海の近くの砂漠に生える海岸牡丹……まあ、ハマナスに似た花ですが、こちらも分類としてはバラ科ですね。他に、香りシダや、爽やかな潮騒を想起させる松やモミから抽出した精油をブレンドしてみました。こちらも、海の近くの砂漠で強い風に耐え抜くあまり、ねじくれにねじくれ曲がった松から取ってきたものなんですがね、なんというか、惑星シェイクスピアの植物類を形容するとしたら、それは<健気>の一言に尽きるような気がします。毎年いくつも成る実などから、次世代にDNAのバトンを継ぐことの出来るものはほんの極少数……本当に、絶滅しなかったのが不思議なくらい、無意味に埋もれる種子のほうが遥かに多いわけですから」


「そうねえ。健気というかなんというか……そんな見方が出来るのはギベル、あなたが優しい良い人間だからよ。歴代の惑星調査員がみんな口にしてるように、わたしもやっぱりシェイクスピアに対しては『パッとしない、みすぼらしい貧乏惑星』としか思えないわね。そしてアズール人たちの人間性が野蛮でずる賢く、自分のことしか考えてないように見えるのも――一番としては環境に問題があったと思わない?何分、地の産するものが乏しいので、ケチくさい大地の女神がほんのぽっちり恵んでくださったものを多くの人間で分け合わなくちゃいけないんですもの。そりゃ、相手を殺してでも盗みを働き、そして周囲の人間のほうでも、盗まれた人間が用心を怠ったのが悪いのだとでもいうような価値観なんですものね。そのくらい僻み根性が物凄くて、自分と同じ持たざる者に対してはともかく、持てる者に対する嫉妬心がとても強いのよ。むしろこうなると怖くない?」


 ニディアはギベルから受け取ったフラスコの香りを胸いっぱいに吸い込むと、それを茶色い遮光瓶に移して栓をした。眠る前にこの香りをかいだなら、とても良い夢を見られそうだと、そう思った。


「私は、アズール人たちの中の富裕階級……ニディアが今言った『持てる者』の用心と暴虐のほうが恐ろしいですよ。たとえば、<北王国>のゴンザムメンデス王朝の城ですがね。土台にすべて金を被せてあるわけですが、傷ひとつ付いてません。城下町の人々が、誰でもその前をいくらでも通れるというのに――むしろ用心して人が誰もよりつかないくらいなんですよ。何故なら、その金の壁に掠り傷ひとつ付けようものなら、その者はその瑕疵の具合によって、耳を切り落とされたり、指を切り落とされたりしなくてはならないわけですから。もちろん、傷つけた壁の部分を同じく金によって被せることが出来るなら話は別ですが、そんな者、城下町の平民にはひとりもいません」


「ほんと、アズール人は野蛮で性格が邪まよねえ」


 自分はそんな邪悪さや人間性の醜悪さとはまるきり無縁だ、とでもいうように、ニディアはにっこり微笑む。


「わたしも偶然、虫の監視映像を目にしたことがあるけど、王の城の周囲を警備している警邏隊の兵士ってのが、これまた邪悪な根性悪が多いのよ。たまたま金の壁の近くにいたってだけで……傷なのか、単なる壁の汚れなのかわかんないようなちっちゃい傷を指差してね、こう言うわけよ。これをやったのはおまえだろう、なんてね。そんなわけで、無実の罪で逮捕された男は拷問部屋行きが決定したってわけ。誰もみんな近寄らないはずよ。あの警備兵たち、単なる自分たちの気まぐれや憂さ晴らしのためにそんなことをして、釈放して欲しくば金を寄越せって身内の人たちに要求したりしてるんですもの。そして、そんな腐りきった人間たちの王さまっていうのが、その王城の一番いい部屋に住んでるんですものね。さもありなんって話よ」


「ですが、わたしが思うに……いつかそんな時代もきっと終わりますよ。そのことはどこの惑星の歴史も証明していることです。ここシェイクスピアでだって、いつか民衆による蜂起が起きるか、あるいは英邁な王さまの立つ時代というのがやって来て、おそらくは時代の変換期を迎える瞬間というのがあるはずです。それがいつ、とまではわかりませんが……」


「そうかしらねえ。わたしにはどう考えても、そんな良い王さまを迎える時が、惑星シェイクスピアに訪れるとはとても思えないけど。カエルの子はカエルって言うじゃない?ここシェイクスピアの王国はどこも、血で血を洗う戦争によって勝った者が王になり、その子孫たちもまた、呪わしい父の振るまいを真似るかのように成長し、似た行いを繰り返すっていうそれだけよ。それに、こんなに資源の乏しい国じゃ、産業革命なんて到底起きっこないって気もするし」


 ニディアはギベルネス専用のラボの室内を、それとなく見回した。実験用の器具がいくつも仕舞い込まれた専用の棚、同じく床とぴったりくっついた耐久性の高い素材の机、それに何かの拍子に転がってぶつかっても壊れることはない椅子など……ギベルネス個人が持って来た研究書と、他に歴代の惑星学者らが残していった書物がいくつかある以外、人間らしさを忍ばせるものは何もない。


「その、ね……ギベル」


 産業革命について、ギベルネスが長くて退屈な講釈をしはじめる前に、ニディアは先手を打った。今日ここへ来た用向きも、主にはこのことにあったからだ。


「たとえば、惑星シェイクスピアの植物の中に、人を即座に死に至らしめるような毒物を出すものや、あるいはそうした化合物を作り出すことが可能なものってあるかしら」


「まあ、あるでしょうね」


 ニディアに対して、(善良な可愛い女性だ)という認識以外ないギベルネスは、なんの疑いを抱くでもなくあっけらかんと答えた。彼はそうした毒物を使って暗殺された王さまや貴族が過去にいたのではないかと、ニディアがそんなことに興味を持っているのだろうと考えていたのである。


「たとえば、砂漠に生えるトウゴマの種子からは猛毒のリシンが取れますし、その他根から毒物の取れるものや、あるいは人に中毒症状を起こさせる植物であればいくらもあります。そうそう。きっとよっぽどヒマだったんでしょうねえ。第八調査団の人たちの中にひとり、専攻は植物学でなく、この人もやはり医者だったんですが、キノコの分類に随分熱を上げていた人がいるんですよ。ええと、確かこのへんに……」


(つまらない男の、退屈な長話がまたはじまりそうだ)――ニディアはそう思ったが、とりあえずギベルネスにそのまま話をさせることにした。もしかしたら、自分にとって何か有益となる情報がその中にあるかもしれない。


「何?もしかしてその中に、猛毒のキノコでもあるってこと?そういえば、キノコって奴は大抵どこの惑星にも生えてて、必ず毒性のものがそこに含まれてる場合が多いけど……あれはなんでなのかしらね」


 ギベルネスは実験器具の仕舞ってある棚の前に椅子を置くと、その棚のてっぺんに置かれた、大判のスケッチブックを何冊か取り出した。暫く誰も手に取ることさえなかったのだろう。ギベルネスは少しばかり埃を払い、自身も何度か咳をつく。


「そうですね。植物に毒があるのは当然、外敵から自分の身を守るためでしょうが……キノコの場合はおそらく、近寄ってきた子虫や微生物を毒に感染させて寄生させないためなのではないでしょうか。他に、動物やわたしたち人間なんかが、『このキノコは食用になる』と判断したら、いくらでも取って食べようとするでしょう?でも『それが何故か』と考えると、キノコには色々と不思議なところがあると思います。何故といって、猛毒を持っていて食べたら即座に死に至るというのであれば理解できますが、何分その毒の特性というのが多様なのですね、キノコというやつは。たとえば、胃腸を下すというのもわかりやすい例でしょうが、逆に利用の仕方次第によっては薬になるものだってたくさんあるんです。それに、この広い宇宙には、食すると必ず死に至るものの、その直前に人間の脳内に物凄い快楽物質を分泌させることがわかっているため、鎮痛剤に転用されたキノコだってあるんですよ」


「ほんとに!?」


(それは初耳だ)と思い、ニディアは俄かに強い興味を覚えた。


「ええ。麻薬と違って副作用もありませんしね。大抵は、なんらかの病気の末期症状の患者に使われることが多いんです。少なくとも私の故郷のロッシーニ星ではそうでした。非常に面白いんですがね、キノコが何故そうした多用な毒物を持っているかということですが、こうした仮説があります。つまり、キノコは自分の胞子によって子孫を増やすことの他に、死骸などを分解して大地へ還す役割も担っていることから……自分の毒によって死んだ動物が倒れ、それを分解するために毒をばらまくという戦略を取ってるんじゃないかと言うんですね。もちろん、キノコ自身にそうした意志はないでしょう。けれど、自然というものは実にうまく出来ているものです」


「でも、それでいくとなんだか、キノコってほんとに陰湿な嫌な奴という感じもするわね」


「どうでしょうかねえ。わたしはキノコ自身に罪はないと思いますよ。ただ、確かに一般的に言って『キノコの研究をしている』なんて聞くと、変わり者の根暗な人間……そんなふうに思われがちらしいということは理解します。本当は、こんなに興味深くて面白い植物も存在しないんですが」


 正確には、今もキノコを『植物』として分類するかどうかには議論があるが、ギベルネスにしても、そんなに細かいところまで説明しようとは思わなかった。代わりに、第八調査団のひとりだった惑星学者の残していった、素晴らしいキノコのスケッチをニディアに見せた。鮮やかな赤に黄色い斑点のあるものや、紫の傘に白い筋の入ったもの、中にはペンキを塗ったような空色のキノコまである。


「このキノコのもっと詳しい情報、当然コンピューターに登録されてるんでしょ?」


「ええ、まあ。そちらのほうには写真が添付されてます。ただ、第八調査団の医務官の残していったキノコのスケッチがあんまり見事だったもので……これに誰も関心を寄せないのは、ちょっともったいないなと思ったものですから」


 もちろん、この時もニディアはそのスケッチに『興味のある振り』だけして、いかにも共感しているようにギベルネスの話を聞くことも出来た。けれど、今はキノコを傘にしたウサギやリスのメルヘンチックなスケッチでなく、彼女が欲しいのはより詳細な化学情報のほうだった。


「そうですね。そういうことであれば……」


 ギベルネスはA4サイズ程度のパネルを起動すると、それを空中に設置したまま、AI<クレオパトラ>にこう命じた。


「クレオパ、惑星シェイクスピアのキノコに関する情報を呼び出してくれないか」


「かしこまりました。では、どうぞ」


 何もなかった壁に、すぐスクリーンが立ち上がり、そこに、アルファベット順に分類されたキノコの情報が数千種類ばかりも並んでいく。


「絞り込みのほうは毒キノコということでいいのかな?」


 この時も、なんの疑念もなくギベルネスはそう聞いた。


「ええ、そうね。なんでかわからないけど、毒キノコのほうが何故か、見た目も面白い場合が多いものね」


 ふたりの会話を聞いていた<クレオパトラ>は、この時次の命令を待たずにすぐ、毒のあるキノコのみを検出し、毒を含まないキノコをすべてスクリーンから消した。


「へえ……なんだかちょっとびっくりね。毒を含まないキノコのほうが圧倒的に少ないっていうのは。まあ、この惑星に生息する生き物らしいっちゃらしいけど」


「そうですね。あ、このキノコなんて結構面白いですよ。もちろん、面白いなんて言っちゃいけないんですが、毒のほうが蓄積型で、ひとつふたつ食べたくらいではなんともないんですが……習慣的にずっと食べ続けると、体に症状が出る頃には麻痺症状が出てきて、解毒が遅くなったとすれば、死に至る場合もあるキノコです。それで、こちらのキノコもなかなか特徴がありますね」


 そう言って、ギベルネスは軽くスクリーンを弾き、<フグキノコ>という石づきの上に藍色の傘を被ったキノコを大きく映しだす。


「もっとも、アズール人たちはこのキノコを<フグキノコ>だなんて呼んでません。それに、西王朝の領地にある、極限られた森の中にしか生息してませんし……シェイクスピアの住人たちは、キノコに関しては食べられるものとそうでないものとを分けてはいるようですが、それでもほんの二十数種類とか三十数種類くらいしか、はっきりわかっているものはないようです。それで、<フグキノコ>ですが、食べると魚のフグ――いわゆるフグ毒というやつですね。正確にはテトロドトキシン。このキノコは似た成分を含んでいて、食べると体の神経が麻痺し、最終的に呼吸筋まで麻痺するため、解毒が遅くなると死に至ることになる恐ろしいキノコです」


(それだ!)と、ニディアは直感した。いや、だがもっと他に何か適した毒を含むキノコなり植物が、惑星シェイクスピアにはあるかもしれない。それで、彼女の過去に関することで脅しをかけて来たロルカ・クォネスカをうまく亡き者とすることが出来るかもしれない。


「ギベルネス、素敵な香水をありがとう」


 薔薇の香りをベースにした、奥深い香りをもう一度吸い込んで、ニディアはこの時、婉然と微笑んだ。薔薇の香りをベースにしていながら、どこかウッディな奥深い香りもする匂いをもう一度吸い込む。


「あとこの、第八調査団の惑星学者だったひとり……エドワード・サルネス医師とおっしゃるのかしら?この方のスケッチもとても興味深くて素敵ね。こちらも借りていってもいい?自分の部屋のほうで、じっくり鑑賞してみたいものだから」


 こちらのほうは嘘だった。頭にカビの生えたような医務官のくだらぬキノコスケッチなど、まったく興味などない。だが、こんなに毒キノコのみに格別関心を抱いたようでは――のちのち彼に不審に思われる可能性があると思った。他の惑星調査のメンバーとは違い、唯一ギベルネスだけは色じかけといったものが功を奏さないだろうことが、彼女にはよくわかっていたから。


(そうなのよね。ギベルネス・リジェッロ……この男にはどこか、正義と平等に関して潔癖と思われるようなところがあるから。それもまたもしかしたら、故郷の惑星を突然侵略されすべてを奪われた、そのことゆえなのかもしれないけれど……)


 この時、ニディアの狙い通り、ギベルネスの中にはなんの疑念も湧かなかった。彼女が自分の研究分野に関する良き話相手であるように、ニディアは他の研究員たちにも、大体似たような形で話をしているらしいと知っている。ゆえに、そうした色々な研究の中で、今は少しばかり惑星シェイクスピアのキノコ類に興味を持ったのかもしれない……彼としてはそんな程度の理解だったのである。


 だがこののち、ニディアは自分の部屋に引きこもると、ある恐るべき殺害計画を頭の中で忙しく組み立てた。いわゆる当局――本星エフェメラの惑星警察庁本部――へならば、いくらでも誤魔化しが効く。大切なのは、宇宙船カエサルに搭載されているAI<クレオパトラ>の目をいかに誤魔化すかということだ。当然、ロルカ・クォネスカも自分が脅しをかけた相手のことを今後は十分用心するだろう。となれば、ニディア自身の部屋に<クレオパトラ>の回線を一切切った状態で相手を招き入れるのが一番の安全策となる。


(でも、ロルカの奴もそんなに馬鹿じゃない……それに、わたしの若い新しい体を貪ってちょうだい、なんていう色じかけも通用しない以上、やっぱりあんたには死んでもらうしかないのよ。悪いけど……)


 データベースのキノコをいくつとなく眺め、毒の選定が完了すると、ニディアはくすりと笑った。何故なら彼女は殺しはこれが初めてというわけではない。それに、本当の意味では(悪い)とすら思っていない自分を彼女は知っていた。それから、自分が今までに殺害してきた地球発祥型人類、あるいは他の異星人のことなどを思い浮かべ、その数が何人になるだろうかと、眠る前に羊を数えるように数えはじめ――結局、彼女には把握しきれなかった。顔や名前がはっきりわかっている者よりも圧倒的に多かったのは、不特定多数のテロ犠牲者のほうだったのだから無理もない。


(まあ、いいわ。ロルカの奴を素敵な毒で殺したら、あいつがレイプしようとしてきたから、やむなくショックガンで撃ったということにでもするのよ。それで、ショックガンで撃っただけなのに、何故かあいつがいつまでも目覚めないということにして、わたしはさめざめみんなの前で泣けばいい……ここには死体を検視するための十分な設備まではない。しかもその後、ロルカの奴が死んだというので、本星の惑星警察庁、他星犯罪対策課あたりに連絡が行ったとしても、向こうから今後どうするかという返事が来るまでには時間がかかることだろう。何故なら、この広い宇宙において発見された惑星はすべて、重要度という意味でグレード分けがされてるけれど、こんな辺境惑星で殺人かそれとも過失致死かというような事件が起きたところで、向こうは型に嵌まったような一通りの取調べをするだけだもの。こうしたことは前にも経験がある。だから、きっと絶対大丈夫よ)


 だが、ニディアはある種の殺人者の勘のようなもので、ただひとり、ギベルネス・リジェッロに対してだけは用心が必要だと感じていた。おそらく、他のみなはニディアの供述をそのまま信じ、ロルカは不幸にも心臓麻痺で死んだのではないかと見なすだろう。だが彼は医師ということもあり、血液を採取するなど、何がしかの手段を講じる可能性が高い。あの人当たりのいい笑顔で「一応、念のため」などと言いながら……。




 >>続く。






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