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第10章

 ギベルネスは目覚めてのち、暫し呆然としてから記憶のほうを反芻した。彼は寝ぼけていたわけではないし、これは明らかにそうした感覚とは異なるものだった。妙に記憶のほうがゴチャゴチャしており、なんだかまるで自分がこれまで生きてきた人生のつまった壺を――何度かゆっくりかき混ぜられたせいで、その余韻が静まるのを待ってでもいるような、そうした感覚にそれは似ていた。


(そうだ。私はきのう夢を見ていた。小さい頃からその後、医大へ進学し、卒業後は医師としてさらに研鑽を積むべく、形成外科医として大学病院で働き……ようやく一人前になった頃、長く婚約していたクローディアと結婚しようと思っていたそんな時……あの憎むべき戦争が起きて……)


 目が覚めた時、自分が泣いていたのはそのせいだろうか、とギベルネスは思った。『ローディ、ローディ!!どうして他の男なんかと……』その悔恨の思いを、まざまざと追体験するような夢まで見たせいで、もうすっかり乗り越え、感情のほうも抑え込むことに成功したように思っていたのに――まだこんなにも胸の奥には彼女に対する熱い気持ちが残っていた。


(だけどあの時代、そんな思いを経験したのは私だけじゃない。むしろ、リジェッロ家はまだしもずっと恵まれていたほうだった。本星エフェメラなんていう、中級惑星に住んでいたらまずもって観光ですら行くことのない、宇宙一と言われる首惑星へも住むことが出来て……)


 ここまで考えて、ギベルネスはようやく自分が今どこにいて何をすべきなのかをはっきり自覚した。やはり、もしかしたら少し寝ぼけていたのかもしれない。


(そうだ。夜中に一度目が覚めた時、テントの外に何かいると思ったんだ。あれは砂ギツネやジャッカルといったような、獣の気配では決してない。たとえて言うなら、幽霊のような……)


 ギベルネスは一瞬ゾクリとした。何分ここは、その昔都として大いに栄えていて、その後水脈が移動するのとともに衰退したという城砦都市なのだ。その頃生きていた人々のユーレイだった――そのような可能性も、まったくゼロとは言えないのではないだろうか。


(いやいや、そんな馬鹿な。とにかく今は昼間だ。もう幽霊なんてものも出ることはあるまい。それよりも速く、ここから移動しないと……)


 ギベルネスは父親の形見である時計を見て愕然とした。ここは古びているとはいえ、天井もあって、風通しがいい。そのせいか、不思議なほど涼しいのだ。だが、疲労のせいもあったとはいえ、まさか自分が太陽がちょうど中天を指す時刻まで眠りこんでしまおうとは……彼は自分に絶望しそうになった。


(こうしちゃいられないぞ。早くテントを畳んで出発の用意をしないと……)


 無論、彼は知らない。きのう、確かに彼は慣れない砂漠旅のせいで疲労がピークに達してぐっすり眠った。だが、昨夜からの睡眠はそれとは違い、長老らに顕現した三女神が、自分たちの託宣が成就するよう動き、そのせいでギベルネスはすっかり寝過ごしてしまったのだということなどは……。


 しかも、まずは宇宙船<カエサル>と連絡を取ろうとしたのに――通信機のスイッチが入らなかった。AI<クレオパトラ>から衛星を通し、地図と最短ルートを示してもらう必要があるというのに、彼にしても流石に次の大きなランドマークとも言える、ヴィンゲン寺院の位置すらわからぬまま、辿り着ける自信はなかった。


 そして彼がこの時、焦るあまり通信機を一生懸命上下に振ったり、少しばかりついていた砂を綺麗に落としてみたりするうち……とりあえず一度、スイッチのほうは入った。だが、画面に見たこともないような、たとえて言うならパソコンの初期化画面のような文字や数字が並ぶのを見――ギベルネスが嫌な予感に襲われ、冷や汗すらかいていた時のことである。


「そこに、誰かおられますね……?」


 ギベルネスはギクリとした。きのう、幽霊か何かがいると感じた場所に、間違いなく誰かいるのだ!!


(い、いや、だがしかし……)


 この時、ギベルネスは真夜中でなく昼間だったせいもあり、冷静に判断を下すことが出来た。彼の脳内にはすでに、惑星シェイクスピアにおける主要言語である四か国語がダウンロードしてある。ゆえに、相手の言った言葉であれば自動変換されるため、言われた言葉自体は滑らかに理解できた。だが、どう答えればいいのか、使い慣れていない言語であるがゆえに、戸惑ってしまう。


「シ、し、しー、ツェー……」


『ワタシはギベルネスです』――そう答えるのは何やらおかしな返答の仕方のような気もして、彼が黙り込んだ時のことだった。ザッ、とテントの扉が開けられ、そこに顔を見せたのは、白皙の美青年だったのである。


「俺はこの近く……と言ってもまあ、徒歩では結構ありますか。そこにあるヴィンゲン寺院に属する僧で、タイスと申す者です。失礼ですが、こんなところで何をしておられるのですか?」


「…………………」


 ギベルネスは黙り込んだ。現地人と接触した場合のマニュアルが脳裏を掠めていくが、今のこの状況下では、実質どうすることも出来ない。ただ、せめても通信機といった、見られてはいけない文明の機器を隠すといったことくらいしか……。


「いえ、そりゃそうですよね、旅の方。突然見も知らぬ者にこんなふうに訊ねられては、用心するのが当然というもの。ですがせめて……お名前をお聞かせ願えませんか?」


 もしこの時、ギベルネスがある種の機転を利かせ、偽名を名乗っていたとしたら――もしかしたらタイスは、その場から立ち去っていた可能性がないでもない。だがこの時、ギベルネスは混乱の極致にあったから、(名前くらいであれば問題ないだろう)と瞬時に判断し、こう答えてしまったわけである。


「シー・ツェー・ワ・ギベルネス(私の名前はギベルネスです)」


「…………………っ!!」


 次の瞬間、タイスは雷にでも打たれたように、その場から後ろへ飛びすさっていた。それは、彼が求めていたのと同じ名の男と三女神の託宣通り出会えたゆえの驚きというより――タイスにそこまでの驚きを与えたもの、それはフードを少しばかり上げて振り返った時の、ギベルネスの顔のほうだったのである。


(ユリウス長老……っ!!)


 タイスは昼日中から亡霊にでも出会ったかのように、ギベルネスから少し距離を置き、砂のこびりついた石壁に自分の背を預けた。そして悟った。三女神の配慮がここまで行き届いていようとはと、驚愕するのと同時――タイスはこの先、もし仮にどのような艱難辛苦が自分たちを待ち受けていようとも、ハムレットが王座に就く姿をほとんど確信したのである。


「ああ、なるほど。どうりで涼しいわけだ」


 タイスの驚きをよそに、ギベルネスはテントの外へ出ると大切な荷物を詰めたズダ袋を背中に担いだ。タイスの目線が少々気になったとはいえ、自分の体で隠すようにしてテントのほうも瞬時に畳んで仕舞うことにする。


「きのうの夕方到着した時には、そこまでのことは考えなかったが……ここはちょうど日陰の、風通りのいい場所に位置してたんですね。そうとは知らなかったとはいえ、いい場所を休憩所に出来て良かった」


 それでも、固い石の上で眠ったことで、ギベルネスは肩のあたりがポキコキ鳴った。偶然出会った現地人は、少なくとも盗賊にも見えず、礼儀正しい青年のようであったし、これでヴィンゲン寺院のある方向も彼に聞けば良いということで――ギベルネスは少しばかり安心していたのである。


「あ、あなたの名はギベルネ……それで、間違いありませんか?」


 驚きのあまり、青ざめてさえ見えるタイスのことを振り返ると、ギベルネスは短く「チェ」と答えた。舌打ちしたわけではなく、<西王朝>領域で主に使われるテス語では、「チェ」とは英語の「イエス」という意味だったのである。


「いかにも。事情のほうは詳しく話せませんが、私もヴィンゲン寺院を目指していました。もしよろしければ、道のほうをお教え願えませんでしょうか?」


(な、なんという天の配剤か……っ!!おそらく、三女神たちには最初からわかっていたのだ。俺やディオルグが焦って砂の城砦跡へなどやって来ずとも、ギベルネが自らこちらへ向かっているということが……それなのに、『彼はすでにこちらへ向かっている。いずれ到着するであろうから待っておれ』と言わなかったのは、俺自身に残っていた不信仰な思いを取り除くためであったのだ。おお、星神ゴドゥノフ、そして星母ゴドゥノワよ。今ここにすでにハムレットの王位は確立した……!!)


「い、いえ……あなたさまにこれから道を示していただかねばならぬのは、我らのほうです」


 そう言って、タイスはその場にひれ伏すと、ギベルネスを神の使いとして拝しようとでもいうように、石の床と砂に額をこすりつけていた。


「昨夜、我々のヴィンゲン寺院にて、三人の女神が降臨され、こう仰せられたのです。まず第一は、ハムレットがこれから<西王朝>の王となること、また、そのためにはギベルネという男の力が絶対不可欠であること、それから、そのギベルネという方が砂漠の城砦跡に来ているから、迎えに行くと良いということや……」


 正確には、三女神は迎えに行けと命じたわけではなく、どこにいるか居場所を答えてくれたというそれだけである。だが、タイスとしてはとにかくなるべく話を短くまとめ、ギベルネのほうでは一体どういった用向きでヴィンゲン寺院へ向かっているかを知りたかったわけである。


(ハムレット?まあ、テス語の発音ではハムレットというよりシャムレットというのに近いようだが……なるほど。そのような者がおるのだな。ええと、して王位とはなんだろう?まあ、確かに私の名はギベルネスだが、ギベルネでもどっちでも似たようなものといえば、似たようなもののような気も……)


 だが、ギベルネスはタイスの言いたいことの意味について、この時本当の意味ではまるで理解していなかった。一応、タイスが三女神降臨云々と言った言葉は脳内で翻訳されていたものの、自分の聞き間違いか、あるいは翻訳機能に若干バグでも混ざっているのではないかと疑っていたのである。


 もっとも、タイスはタイスでギベルネスの沈黙を、まったく別のこととして受け取っていたようである。


「わ、わかります……このようなことを突然言われても、何がなんだかわかりませんよね。というより、初めて会った、まだ信用できるかどうかもわからぬ人間に、天下の大事をぺらぺらしゃべらぬのも当然のこと。ですが、これから一緒にヴィンゲン寺院へ来ていただければ、我々の身分についても保証できましょう。となれば、俺ともう一人の者とで道案内の役をさせていただければと……」


「それは実に助かります。どうもありがとう」


 タイスがギベルネスの気さくな物言いに、顔を上げようとした時のことだった。「お~い、タイスよ。城砦の北翼と西翼を順番に調べていってみたが、こっちには動物の骨になった死骸くらいしか……」と、ディオルグが独り言にも近い言葉を大声で発していた時のことである。


 ディオルグが扉のない、アーチ型のドアからひょいと頭をこちらへ向け、タイスの姿を認めた次の瞬間のことだった。彼は他にもうひとり、誰かがその場にいるらしいと気づき――それからディオルグもまた驚いた顔をして、壁に背中を張りつけることになったわけである。


「ユ、ユリウス……ッ!!」


 タイスは驚きのあまり、心の中でその名を口にしたのだが、ディオルグはそうはっきり言葉にしていた。<東王朝>の王都にて生まれ育ったディオルグが、それまでの人生でこれほど賢い男はまたと見たことがない……そう思った男の名を。


「?」


 一方、当のギベルネスはといえば、白皙の美青年に続き、今度はこれ以上太陽もこの男の肌を焼くことは出来まい……というくらいの、茶色い肌の無骨な男が現れたのみならず、何やら驚愕しているらしき姿を見ても――特段動揺はしなかった。とにかく、このふたりは知り合いであり、ヴィンゲン寺院の者だということは、おそらく僧侶なのだろうということくらいは、彼にしても容易に想像がついたからである。


「ディオルグ長老、驚きめされるな。この方こそ、三女神の予言されたギベルネ様であられるぞ」


「な、なんと……!!」


 ディオルグはその前まで何故タイスが床にひれ伏していたのか、その理由がわかり、尚のこと驚いた。そして彼もまた、(三女神もよくここまでのことを我らにしてくださったものだ)と思い、感嘆の念に打たれるあまり、一瞬その場に石像のようになっていたものである。


「し、して、タイスよ。一体どこまでのことをお主は……」


「いえ、ディオルグ長老。聞けば、ギベルネ様はヴィンゲン寺院を目指しておられるとのこと……つまり、我々はあのままただこの方の到着をお待ちしておれば良かったのです。また、三女神の託宣といったことや、ハムレットの王位に関わることなどは、おそらく大老や長老たちの前でお話になるつもりだったのではないでしょうか」


「う、うむ。それもそうだな……」


 この時、タイスとディオルグが何かそのようにヒソヒソ話す姿を見ても、ギベルネスとしてはただ変わらず疑問符を浮かべたまま、間抜け面をして見つめているというそれだけであった。


「ええと、そのう……ギベルネ殿!!わしはヴィンゲン寺院のディオルグと申す者。時に、水や食糧などは足りておられるか」


「そうですね。水のほうはまあ、なんとか。食糧のほうは心許なくなって来ましたが、どうにかなるかと……」


「そうであったか。ここからヴィンゲン寺院までは一両日とてかかりませんからなあ。我々もホーロー鳥の干し肉や、サイナスの若芽とセンボク草の根くらいしか持って来ておりませんでな。もし、それでおよろしければ……」


「いえ、大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」


 そう答えながらも、ギベルネスはやはり、サイナスの若芽とセンボク草の根と彼が呼んだものを見せてもらっていた。というのも、『惑星シェイクスピア』の植物図鑑の分類にて、サイナスについてはすぐわかったものの、センボク草の根については初耳だったからである。そこで、しげしげと笹の葉に包まれたその薄汚いじゃがいものようなものをじっと見つめた。すると、「良かったら、どうぞ」とタイスから勧められ、一口齧らせてもらうことにする。


(まずくはない。いや、正確には味がまったくしない……というより、微かに土の味が残ってる感じのするじゃがいも、ないしは軟らかい石を食べているような感触に似ているか?)


 また、サイナスのほうは、その芽を一口食べてみると、微かに酸味が舌を通して口内に広がっていき――確かに、美味しいと言えないこともない味がする。


(このサイナスは、食用になるのみならず、草を揉んで傷口に当てると止血の役割も果たすのだったな。また、傷口の痛みを取る役目もある薬草だったというように記憶しているが……)


「……………………」


(見れば見るほど、よく似ておるわい)


 タイスと再び目が合うと、彼のほうでもディオルグの言いたいことがよくわかったのであろう。ふたりは(ユリウスとそっくりではないか。まったく、三女神もどこまでのことを配慮してくださるのか……)と、口に出して語ることはなく、三人はその後、砂の城砦跡を出、ヴィンゲン寺院へともに向かうことになった。


 ギベルネスはとにかく、砂漠を越えてヴィンゲン寺院の背後に控えるフォーリーヴォワール三連山へ向かいたいのであり、ゆえにヴィンゲン寺院まで辿り着くことさえ出来れば――おそらくあとのことはどうにかなると考えていた。というのも、こちらから連絡が取れないとなれば、宇宙船<カエサル>のほうで<クレオパトラ>に命じて今ごろすでに自分の姿であれば発見しているはずだからである。


(何分、相手は寺院において神か神々かはわからぬが、とにかくそのうような存在に対し、日々祈っているといった僧侶ばかりなのだろうしな。私のことは、ちょっと風変わりな旅の男が立ち寄って一晩宿を借りていったというくらいのことで話は済むだろう……)


 本星エフェメラの惑星開発調査庁発布のマニュアルによれば――開発、あるいは調査対象の惑星にすでに意思疎通のはかれる知的生命体が存在していた場合、ある特殊なケースを除いては、接触自体がまずタブーであると書き記されている。だが、もし接触が避けられなかったとすれば、出来うる限り痕跡を残さぬようにすることが肝要なのである。


 この時、ギベルネスはタイスの引くルパルカに乗りながら、少し前を進むディオルグの背中を見つつ、今後の算段を練った。このふたりは交替で歩いたりルパルカに乗ったりということを繰り返していたが、ギベルネスが鞍から下りることだけは決して許さなかったのである。そのことを有難くも思えば、心苦しくも感じるギベルネスであったが、とにかく彼にとってはこのこともある種の中継地点に過ぎないと考えているところがあった。ゆえに、よもや自分が――これからハムレットという少年が<西王朝>の王となるべく助けることになるのみならず、その歴史書に千年を過ぎる頃になっても名を残すことになるなどとは……ルパルカに跨ったまま、砂漠の熱風に吹かれるこの時の彼には、まるきり想像も出来ないことだったのである。




 >>続く。






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