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絵を描きたいだけなのに-勉強という名の地獄

作者: 有原優

 「雫、起きなさーい」

 お母さんの呼ぶ声がする。嫌だな。このまま寝ていたい。なにも考えたくない。学校に行きたくない。もう一日が始まってほしくない。もう怒られてもいいや。それでもう……いいや。面倒くさい。

「雫、起きなさーい!」

 二回目だ。流石に起きなければ起こられるか。でもそんなのどうでもいい。遅刻すれば、学校にいる時間も短くなる。それにそもそもの話眠い。毎日頑張っているのだ。少しぐらい寝坊しても神様は許してくれるだろう。

「起きろ!」

 お母さんに布団を剥がされた。安息の時間は終わりらしい。

 仕方がないから歯を磨く。歯を磨く時間を伸ばしたら学校に行く時間が遅れると思ったが、後ろからお母さんが見ている。どうやら逃げ場は無いらしい。やだなー。寝たい。今日も五時間ぐらいしか寝てないし。

 ご飯を食べる。いつも通りの味。普通の味だ。別に好き好んで食べるわけじゃ無いけど、餓死するのは嫌だから仕方なく食べる。仕方ないのだ。しかし食事に時間を取られるぐらいなら別のことに時間を使いたい。ライターとか、絵とかに。

「そういえば塾の話だけど」

 ああ、お母さんの話が始まる。聞きたくない。

「もう一つ授業を増やさない?」

 そうだ、お母さんはいつもこういうことを言うのだ。私が勉強を嫌いなことを知りもしないで。こんなことを言うのだ。だが私は知っている。拒否権などありもしないことを。

「なんで?」

 無駄だと知りながら抵抗を試みる。

「今のままの感じで大学行けそうに無いからよ。いい? 大学に行けないということは、もう人生終わりということだからね。最低でも偏差値55以上の大学には行きなさい。分かった?」

「分かってるよ」

 いや、本当は分かっていない。私は好きなことだけをして蹴らしたいのに、なんで嫌いな勉強をしなければならないのか、なんで塾なんかに行かなきゃならないのか。

「だから授業増やしていい?」

「いいよ!」

 私は笑顔で言う。いいわけがない。今の塾の授業数でもしんどいのだ。それがさらに増える? 死ねと言っているのか。

 でもそんなことをお母さんに言ったら、完膚なきまで論破されるだろう。子どもなんてもうご飯つくらないからね! という一言だけでもう負けてしまうのだ。

「行ってきまーす!」

 私は笑顔で言う。学校に行きたくないのに。塾でも勉強しているのになぜ学校にも行かなきゃならないのか。勉学に励め? お前のために言ってやってるんだぞ? そんなもの知らない。そんなものは他人のエゴの押し付けだ。


 私はスマホを触りながら歩く。SNSだ。好きなゲームのことについて呟く。歩きスマホが悪いことなのは知っているが、この時間しかスマホを触れる時間がないのだ。

(今日の無料十連、またハズレだったんだけど。これでもう百三十連で二体しか出てない。慰めて)

 そうSNSにライトする。私にはSNS友が三千人いる。その

 中に特に仲のいい人が四十人ぐらいいる。その人たちが慰めてくれるだろう。

 返信を待つ間に他の人のライトを見る。

(この犬可愛すぎる)

 動画だった。可愛い。そしてまた他のライトを見る。

(この人かっこいい)

 見ると人がカッコよく、物を飛び越えたりする動画だ。この人はしたいことをしててすごいと思う。

(俺、このキャラと結婚する時に両親呼びたいんだけどどうしたらいいかな?)

 私のフォロワーのキャラ愛がすごい人だ。私はクスリと笑う。

 とそろそろ学校に近くなってきた。先生に見つかると面倒臭い。私は携帯の電源を切ろうとした。

 そこで(運悪いですね笑 私がその状況だったら泣くわ)と通知が来た。私の運の悪さに同情してくれたのだ。私にとってこの時間だけが、フォロワーさんとの会話。これが一番の至福の時間だ。

 私は(そうなんですよね。なんでこんな運が悪いんでしょうね。日頃の行いかな……)

 そう返信した。

 学校に着いた。学校では携帯は触ってはいけないというクソみたいな決まりがあるので、昼休みという先生がしばらく来ない時間ぐらいしか触る暇が無い。


「おはよう雫ちゃん」

 クラスメイトの菜月が話しかけてきた。

「おはよう菜月!」

 私は笑顔で返す。まさか菜月も私が今、帰りたい、ライトしたいと心の中で呟きまくっているとは思っていないだろう。私は優等生なのだ。たまたま志望校に落ちてこの高校に行くことになったため、この学校内では成績断トツ一位なのだ。

「今日も雫ちゃん元気だね!」

 元気なわけあるかと言いたいけれど、菜月を騙せているということはいいことなのだろう。私は学校ではいつも元気なふりをしている。こうしないと家のことを聞かれて面倒臭いことになる。

 そして始業の五分前のチャイムが鳴る。

「あ、もうそろそろ授業だね」

「そうだね!」

 授業嫌だー! 帰りたい。ゲームしたい、ライターしたい。

「なんか授業嫌、雫ちゃんは勉強できるからいいよね」

「そんなことないよ」

「いーや雫には勉強できないで嫌になる気持ちわからないんでしょ」

 そんなことは全く無いし、私も勉強が嫌になることは常にある。今も帰りたいと思っているのだ。まあ家に帰ってもろくなことがないが。だけどそのことは菜月には言わない。菜月は私のこと勉強できると思っているので、勉強が嫌いな私をあんまり見せたく無い。

 それに菜月には私のライターのアカウントも見せてないし、私がゲームを好きなことも言っていない。友達だが、素の自分を見せられてないという意味では真の友達では無いのかもしれない。でも私には菜月が大切だ。

「じゃあ後で」

「じゃああとで」

 そして私たちは別れる。席の位置が違うのだ。

 そして授業が始まる。つまらない授業が。

 私は授業中にスマホを触るという愚策はしない。バレたら、私が授業中にスマホを触っていたことがお母さんにバレる。

 そしたらスマホを没収される可能性があるのだ。スマホがなくなったら私は死んでしまう。私の心は荒み、死にたくなるだろう。スマホと絵だけが生きがいなのだ。

 その代わりに私は授業を聞きながら、ノートに落書きをする。ただ、普通にノートに落書きするのであればノート回収の時とかにバレる恐れがあるので、紙を用意して紙に書く。

 書くのはもちろん私の推しキャラだ。銀色の顔をした青い目のイケメン、そうまさにこのキャラだ。だが、問題がある、教師にばれてはいけないのだ。そのため教師の目に気をつけながら書かなければならない。

 絵を描く趣味は親にも伝えてはいない。いや、伝えたらだめだというのが正解だろう。もし知られたら大変なことになるかもしれないし、絵を描く趣味があることがばれたら最悪スマホ取り上げの危険性もある。

 頑張って落書きをする。だが、ボールペンを使うわけには行かない。色をつけるのは断念した方が良さそうだ。

 ノートを書きながら、キャラを描く。難しい問題だが、それを可能にするのが私だ!

 今書かなければならない理由がある。家で書く時間がほとんどないのだ。うちの親は家にいる時間はご飯とお風呂と睡眠の時間以外ほとんどつきっきりで監視してくるのだ。睡眠時間を削る。それしかないのだ。

 はあ、思ったように描けない。当たり前だ、先生に見つからないように少しずつ描いているのだ。私の普段のライトは三十いいね程度だが、絵を描いたら、五〇いいね、十三リライトぐらいは余裕で行く。それは私の承認欲求を満たすのに十分だ。本当はもっとまじめな絵をかいて絵描き垢に乗せたいところだが、それはスマホかパソコンを使わなくてはならないので断念したほうがよさそうだ。

 今日も絵を上げたいところなのになかなか完成しない。ああ授業が無かったらいいのにとすごく思う。私はいつでも絵を書きたい、ライターで友達と話したい、ゲームしたい、遊びたい。だが、学校、しいては受験がそれを許さない。私は勉強したいわけじゃないのに。

 私は絵をかなり描けると思っている。ゲームの絵だけじゃなく、絵描き垢でも私の好きなキャラだけではなく、有名なキャラクターを描いている。それはさらにいいね数が貰える。それは当たり前だ、そのキャラはマスコミに押され、ネットで拡散され、推されている。そのキャラの場合だと、万バズなんて何回でもしたことがある。でも私はそのことを友達にはおろかお母さんに言えるわけがない。怖いのだ。お母さんにばれるということが。

 その別垢の二万人のフォロワーのために絵を上げたい、だが、授業時間と塾の時間と家でのお母さんに監視された状況で、書く時間をほぼ取れない。寝る前に頑張って三〇分ずつ描いているだけだ。

「この問題、上崎さん解けるか?」

「はい、もちろんです」

 絵を描いてる時に邪魔しやがってと言いたいのを我慢して、先生の出した問題を解く。ノートに問題は解いていたので、それを言うだけだ。所詮教科書レベルの問題、すぐに解ける。塾で予習をしているから当たり前なのだが。

「六xの三乗➕三Xの二乗+五x+cですね!」

 私はハキハキと笑顔で答える。

 先生など、こうしていたら授業を聞いているなと感心するだろう。絵を描いていたなんて知りもしないで。

 所詮教師なんてそんなものだ。優秀という烙印が押されている私がさぼりをしているなど考えてすらいないだろう。

「やっぱり上崎は天才だな。他のみんなも見習えよ!」

 やっぱりこの人は気づいてないようだ。これがみんなの反発を招いていると。

 個人を特別視するなんて普通は愚策になる。高校生は大体自分が認められたい物だ。たぶん反骨心とかよりも、どうせ先生は雫のことが好きなんだろってクラスメイトが思うという未来しか見えない。

 現に私はクラスメイトにそんな目で見られていることにはもうだいぶ前からわかっていた。これも学校が嫌いな理由の一つなのだ。

「しーずく! おつかれー」

「うん、お疲れ様」

 本当に疲れた。落書きも上手く描けなかったし、授業長く感じたし。でも私は菜月に心配させたくないから今日も笑顔で声を出すのだ。本音を言えば寝たい。だが、心配させるわけには行かない。

「なんか今日の単元、難しく無かった?」

 今日は積分だ。塾でもうすでに前単元が終わっている私にとっては簡単だが、菜月にとっては難しいのだろう。残念ながら私にはそんな感情はなくなってしまった。

「まあ、私には余裕だけど!」

 余裕っていうか、ずっと絵を描いてたし。そもそも授業は半分ぐらいしか聞いていなかったのだが。

「羨ましい! 勉強教えて!」

 羨ましい……か。別にこんな学力はいらないんだけど。ネットで絵が上手いと言ったらそれは純粋に褒められる。なぜかというとみんな絵の練習をしているわけではないからだ。

 でも、勉強ができるってライターで言ったら? それはすごいなと褒められるだろう、だが、皆が皆褒めるわけではない。中には勉強できるとか自慢しやがってとか言う馬鹿がいるだろう。学力なんてコンプレックスを持っている人が多いのだ。その理由は単純だ。皆が一回は勉強に取り組んでいるからだ。その点で絵とは違う。

「うん! いいよ!」

 本当は友達だからとはいえ、教えたくない。休み時間に勉強の世界に行きたくないのだ。でも、それで菜月が私から離れていくのが怖い。ネット友達は数十人いるが、現実の友達は菜月しかいないのだ。

「どこか分からない?」

「ん、とねー」

 そして勉強会により貴重な休み時間が十分無くなった。ああ、ライターしたい、ゲームしたい、絵が描きたい。寝たい。

「えーと、今日は副詞構文の話をしようかな!」

 英語の授業が始まった。嫌だ。寝たいけど、変に優等生という称号があるせいで、下手な真似はできない。それにこの先生鋭いのだ、この前授業中にある人がスマホを触っていたのがばれたという事件がある。多分この先生の前だったら、絵を描いていたらバレるだろう。仕方ない、この時間は真面目に受けているふりをするか。

 暇だ、勉強なんてつまらない。これをあと四十分は余裕で死ぬ。

 しかも先生に監視されている。それだけで私の体力が削られる。今の私は言うなれば太陽の光を浴びだヴァンパイアだろう。秒ごとに体力が削られていく。私に優等生という称号が無かったら、すぐさまガラスを破りたいし、盗んだバイクで走り出したい気分だ。警察のお世話にはなりたくはないけど。

「で、ここでwith his arm closing になりそうなんだけどここはclosedになるんだ。その理由は」

 はいはい、自分の足が曲げるんじゃなくて、足を脳が曲げさせるからなんだろ。私には分かってますよー。塾でもうやっていますからね。

 はあ、こんなんなら部活に入るとかして、学校行く意味を持ちたいところだ。今だと菜月ぐらいしかない。まあ、お母さんに部活入るなって言われてるわけなんだけどね! 

 思えばお母さんに全て無駄にされていてる気がする。まあ仕方ないだろう。親ガチャに外れたのが悪いんだから。あの日からだよ、お父さんが亡くなった時からだ。ああ、本当に学校に行く意味が分からない。意味を見出すとしたら菜月に会える。ただそれだけだ。

 そしていつの間にか四十分経った。もう40分経ったとは思えない。2時間とも思えるし十分しかたってないとも思える。ああ、なんだろう、分からない。この時間の意味が分からない。帰りたい。百回ぐらい言っていると思うが、とにかく帰りたい。帰ったところで地獄が待っているのは知っている。ただ学校が苦痛だ。

「疲れたー、帰りたい」

「あと四時間だから頑張って!」

 自分に言いたい言葉だ。もう学校から逃げたい。教わることがもう全て知っていることなのだ。そんなつまらないことはないだろう。

「ねえ、雫」

「何?」

「私さ、英語もわかんないんだけど、留年してしまうかもしれない」

「もう! 普段から頑張らないからだよ」

「雫が普段から頑張りすぎなんだよ」

「そうかなー」

 私が頑張っている? さっきひたすらゲームのことしか考えてなかったのに。いやまあ学外で頑張っていると言われたらそれはそうなんだろうけど。

「あ、でも英語嫌だ。そうだなんか遊ぼう!」

「遊ぼうって言われてもどうするの?」

「なんか……うーん……頼んだ!」

「ええ!?」

「だって、思いつかないんだもん」

 ああ、菜月はやはり、面白い。

「じゃあさ、睨めっこしようよ」

「睨めっこ!?」

「何よ、おかしいの?」

「いやそうじゃないけど、まさかの提案だったから」

 ああ、やっぱり。学校が嫌とか言っていたけど、学校に行かなかったら家で母さんと二人きりなのだ。それに比べたら菜月と会話ができる分なんと幸せなのだろう。スマホ触れないけど。家のほうが地獄だから休み時間がある学校のほうがましだ。知らんけど。ただ帰りたいことは帰りたい。家にじゃないけど。

「じゃあいくね、睨めっこしましょ、あっぷっぷー」

 そして菜月は頬を膨らませて目を半分白目にした

 やばい、普通に笑いそうだ。どうしようか、もう笑いを堪えるのが大変だ。私はといえばベロを出して目を白目っぽくしている。さて、どっちの方がもつのが。

「ぷっ」

 あ、しまった。

「雫の負けー」

「負けてないもん、笑ってないもん」

「言い訳しないでよ」

 ああ、最高だ、もう一生休み時間でいい。勉強なんてどうでもいい。

「もう時間だね」

 私は呟く。またあの地獄に戻らなければならない。家よりはましなだけの地獄が……。

「じゃあまた後でね!」

 菜月は元気な声で言う。

「うんあとで!」

 私も元気っぽい感じで返す。

 そしてなんやかんやあって……。


「昼休みだー!」

 やっとライターが触れる。私は一目散でスマホの電源を入れる。バレる心配はないかって? 他のみんなも結構やってるから大丈夫!

「ねえ、雫」

「なに?」

「またスマホー、昼休みになったらすぐそれだよね」

「これが私の生き甲斐だから仕方ないじゃん。他のみんなも触ってるしいいじゃん」

 少しキレ気味で言った。

「でも、私とも遊んでよ」

「ダメ、これが私の生き甲斐だから」

 そして私はライターを見る。

(え! こんな神引きあるの?)

(いや、こんなところで負けることある?)

(これ五回目の挑戦です……)

(無料ガチャ神!)

(やった人権キャラじゃん)

 どうやら今日は私と違ってみんな当たっていたらしい。羨ましいと思いながら、朝に返信していたと言うことを思い出して通知欄を見る。

(なんか日頃の行いで思い返すことはある?)

 そういう返事が来ていた。

(日頃の行いかー、もしかしたら授業中に絵を描いてたのが原因かも)

 実際、一昨日もこっそり絵を描いていたのだ。

 私がライトした投稿はすぐにいいねがついて、返信された。

(それはダメだよ、蜜柑ちゃん。ちゃんと授業は聞かないと)

 ちなみに私は蜜柑というユーザーネームでやっている。

(えへへ、ごめん)

 ああ、この時間が至福、みんなのライトを見て、いいねをしたり、返信欄で会話したり。最高すぎる。オタク最高! 勉強なんていいや。

「ねえ、雫、またライターして。私とも繋がろうよ」

「だめ!」

「強めに反対しなくても……」

「ライターだったら私頭おかしくなる可能性があるから」

 実際そうだめっちゃキレながら書いた投稿がたくさんあるのだ。それを菜月に見られたら死ぬしかない。

「えー、友達でしょ」

「これ見せたら友達じゃなくなる可能性あるんだけど……」

「えー、そんなやばいの?」

 やばいなんてものじゃない。この間なんて推しキャラが当たらなかったので(あははははははははははは、なんで四百連回して当たらないの? もうこの世界がおかしいよ。滅んじゃえー! あはははははははは)

 なんていう頭おかしいライトをしたことがある。そんな私を菜月には見て欲しくない。見て欲しくないのだ。

 そんなこんなを繰り返しているうちに、新たな返信が来た。

(蜜柑ちゃーん、私も蜜柑ちゃんが神引きすることを願っています!)

「ねえ、私よりその子の方が大事なの?」

「見ないでよ、プライベートの侵害!」

「蜜柑なんて名前なの?」

「やめてよ、もう。見ないで! 殴るよ」

「えへへ、ごめん」

 そして私は無理矢理菜月を追い出して、ライターをいじるのであった。


 そして学校が終わり。

「やっと帰れるー!」

「もう、菜月ったら」

 まあ私も同じことを叫びたいところなんだけどね。私はこれから塾というぞ地獄に行かなくちゃならないのよ。ふふふ。

「じゃあまた明日ね!」

「うん!」

 そして私たちは別れる。というわけでまた地獄が始まる。塾に行きたくない、なんで学校で勉強した後に塾に行かなきゃならないんだ。ああ、絵を描きたい、帰りたい、帰りたくない。私には自由な時間は寝る前と移動時間と休み時間しかない。本当に不自由だ。

 塾に着いた。塾に友達なんているわけがなく、今度は菜月もいない。今度こそ本当の孤独だ。だが、十分間時間がある。周りの参考書を読んでいる人たちを横目にライターにあの落書きをライトする。するとすぐにライ友がリライト、いいねをする。承認欲求が満たされる。さすがにちゃんと描いた絵よりはいいねされないが、仕方ない。

 そしてすぐに先生がやってきた。楽しい時間ははやく終わる。授業はそんなに速く終わらないのに。

 塾では席が決まっている、しかもその席は先生の目と鼻の先なのだ。最悪だ。絵も描けないし、スマホも触れない。

 そしてやっと塾が終わり、家に帰れる。よく考えたら家より学校の方がマシかもしれない。お母さんがいるのだ、あのクソババアが。

 はあ、帰りたくない。はあ、寄り道したい。けれど寄り道したら怒られるのだ。まっすぐ帰るしかない。帰りたくないけれど。

「おかえり、さて勉強しようか」

 さっそくだった。

「少しぐらい休ませて」

 私は無駄だとわかりながら提案する。疲れた。

「そんなんで大学行けると思ってるの? 休む? 今はやりたくない? じゃあいつやるのよ。このままだとあなた、ずっとやらないで、大学行かなくて、高卒で働くことになって、給料安くて、その子どもに貧乏暮らしさせて、子どもに不自由させることになって、子どもも大学行けなくなって負の連鎖が永遠に続くことになるのよ。本当にそれでいいの? 雫」

 ああ、またこれだ。お母さんはいつも将来の話をして、牽制してくるのだ。この明らかに全てが上手くいかない未来を示して。おそらく絵を描きたいとか言っても同じことが返ってくるのだろう。

「……」

 私は無言になる。言い返したいところだが、簡単に論破される気がする。

「ほら行くよ!」

「嫌だ!」

「もう!」

 そして私は無理矢理勉強部屋に連れ込まれた。

「さあ、まずは数学やるわよ」

 そして数学の参考書を出された。隣にお母さんが座る。

「はあ」

「またため息ついて。私はあなたのために勉強を見張っているのよ。こんな優しい親いないわよ」

 お母さんのためだろと言いたい。自分の娘が良い大学に行くことで、私はこんなに良い親ですよって言いたいだけだと思う。はあ、絵を描きたい。

「分かった」

「そう良い子ね」

 お母さんにとっての良い子でしょ。

「さて、やるのよ。その間スマホは預かっておきますからね」

 ああ、心の拠り所がー。泣きたい。

「さてと、スマホの中身は……よし、ゲームは入ってないね」

 もちろんライターだけではなく、ゲームも全てアンインストールしている。私のお母さん対策は完璧だ。


 そして数十分後。

「はあ、疲れた」

 私はふと呟いた、いや、呟いてしまった。

「もう疲れたの? まだ十分しか経っていないじゃない。そんな耐久力だとこの先困るよ」

「はい」

 そんなこと言われてもっていう話だ。私は勉強が嫌いなのに。だが、またそんなお母さんの面倒くさい話を聞かされてもいけないから、そのあとはしんどくても愚痴を言わずに頑張った。おかげで私の体力はもうゼロだ。

「美味しい」

 ご飯の時間になった。家にいる時間で寝る前を除いた一番の至福の時間だ。

「それで、勉強は捗っているのかしら」

「まあ学校も楽しいし、塾での勉強も分かりやすいし、良い感じよ!」

 笑顔で答える。当然嘘だ、学校の授業も塾の授業も楽しくない。それにしてもご飯の時間に勉強の話を持ち込まないでほしい。

「ふーん、まあでも朝に言った通り、もう少し勉強してもらわないと、志望校には行けないわね」

「そう?」

「だってこれを見て、あと共通テストまでの後十五ヶ月で偏差値七上げないといけないじゃない。塾増やすだけだと足りないわね。そうね、勉強時間をまあ少し伸ばした方が良さそうね。毎日寝る時間を三十分遅らせましょうか」

「え?」

 ちょっと待って、これ以上勉強するの? 頭おかしくなるよ。死ぬよ、死んで良いの? ストレスで死ねと? あははははははははははは頭おかしくなるわ。

「別に雫いいわよね」

「うん!」

 私は笑顔で答える。心の中で発狂しながら。あははははははははは。

「さてとご飯早く食べ終わって勉強しましょうか」

「分かった」

 分かってない、誰か助けて。しかし、この世界には救いの神はいないのだ、ゲームストーリーみたいに、ピンチの時に駆けつける正義の味方はいないのだ。もしこの話を他人にしたら、勉強は大事だよと言われて終わりだろう。あと十五ヶ月、この地獄を耐えなければならないのか。そう考えるとまた狂いそうだ。否、もう狂ってる。

「さて、夜の勉強を始めましょうか」

 お母さんが言う。結局夜ご飯は四十分で終わった。

 そして勉強が始まる。もう私の脳内には時計と、ゲームとライターしかない。

 そして五時間後。

「さあ、お風呂一緒に入りましょうか!」

 お母さんが言う。毎度の事だ。子どもか!? と言いたいところだが、お母さんが風呂に入っている間に勉強をサボるかもしれないからと言うことらしい。対策が早い。

「今日、勉強あまり身が入ってなかったんじゃない?」

 お母さんが頭を洗いながら言った。

「なんで?」

「私が思ってたより進んでなかった。本当は英語の問題集もっと進みたかったし、動画だってもう二つ見たかった。数学も進むペースが遅いし、あんなに計算に時間がかかるとは思ってなかった。今日なんか考え事してたんじゃない? 今日は珍しく勉強したくないって言ってたし。これじゃあ勉強時間三十分増やしてもたいして増えない計算になる。もしかして三十分増やすって言ったことがそんなに嫌だった? 私は雫のためを思って言ってるのに、あなたがそれに報いてくれなかったら意味ないじゃない。私は暇な時間は全て雫に捧げてるよ。私の頑張りに報いてよ。あなたなら三十分増やしても体力が持つと思ってたのに」

 私が今の言葉を聞いて何を思ったかどうかは語るまでも無い。ただ一言で表すなら、この世界滅べという事だ。

 私は母さんの為にやっているわけではない。三十分増やしても体力が持つ? そんなわけない。私の体力はすでに毎日百二十も使われいてる。百分の百二十だ。もう私の精神力は半分死んでいるも当然なのだ。

「だからね私考えたの。勉強以外の全てを奪ったら良いって。でもいきなりは雫がかわいそうでしょ。だからテストの点で決めるわ。まず最初にあるのは二学期の定期テストよね。だから定期テストで良い点取れなかったスマホ没収ね。私何も考えてなかったわ。罰則がないとダメよねやっぱり」

 罰則よりもご褒美が欲しい。

「だから決めた。雫が次の定期テスト、五教科で平均九十点以上取らないとスマホ没収ね。定期テスト……詩織だったら授業ちゃんと聞いてたらできるでしょ」

 ダメだ授業なんてちゃんと聞いていない。でもだからと言って定期テストの勉強なんて前日ぐらいにしかさせてもらえない。なら学校か、寝る前にしないといけない? 至福の時間を捨てて? ああ、狂うしかない。

「分かった?」

「うん」

 笑顔で答える。もうこれ以上話を聞かされては私の体力が持たない。

「じゃあお風呂でしっかり浸かろうね」

「うん!」

 ああ、もう顔を見たくない。目の前にお母さんの裸体が写っているが、その姿も見たくない。お風呂は休まるなんて誰が言ったんだ。私はその気持ちが全然分からない。

「雫」

「なーに?」

 お母さんが頭をなでなでしてきた。あんなに私にむかつかせといてよくそんなことができる。私だったら気まずくなる。

 いや、この人は私の気分が悪くなっていたことにも気づいてなかったのか? それとも私の気分を変えようとしてやったのか? ただ、この人の場合悲しいことに自分が頭を撫でたいからという欲求の可能性が高い。

「ありがとう、気持ち良い」

 とりあえず私のためにお母さんの気分を良くしとこうか。

 そしてお風呂に浸かって、自分の部屋に帰った。

「さてと描こうか」

 私の至福の時間、スマホでライターを見ながら絵を描く。これ以上の幸せはない。だが、すでに一時だ。そこまで時間はかけられない。

 今の時代便利なことにスマホに絵書きサイトがある。そこで絵を描けるのだ。私はまず顔の輪郭を描く。そしたらライターに通知が来た。

(蜜柑ちゃん、ドンマイ)

 朝のライターの返事が今来た。私は一旦絵を描くのをやめて、返事を書いた。

(悲しいよぅ)

 と返事した。そして私は絵の続きを描き始める。

 幸せだ。一日に三十分自由な時間がある。ライターもある。私は幸せなのだ。ふふふふふあははははは。


「朝だ」

 私は呟く。今は七時半、昨日寝たのが一時四十五分。睡眠時間は五時間四十五分、六時間も寝てないのか。そりゃあ眠たいわけだ。

「うふぁー」

 私は欠伸をする。眠い。でも昨日みたいに起こされるわけには行かない。嫌味を言われる恐れがあるのだ。

 私はベッドから起き上がり、ライターを見る。すると、ガチャ報告があった。

 そうだった、今日は百五十ジェム無料配布の日だった。それに気づき、すぐにゲームを開く。するとジェムが二百六十八個になった。

 よしガチャるぞ。と私は呟き、ガチャ画面をライターに投稿する。これだけでもいいねがもらえるのだ。

「いけー」

 お母さんにバレない程度の小声で言う。

 すると、このガチャで一番強いと言われているキャラが来た。

 しかし、私はこのキャラをすでに所持している。狙いは男のキャラなのだ。私はもう性能で引くと言うのは通り越してキャラ愛で引いているのだ。

 そしてまた同じキャラが降ってくる。これで三体目だ。せめてどっちかは違うキャラであってほしかった。

「はあ」

 気分が悪くなる。こうなるぐらいならせめて超激レアゼロ体のほうがよかった。

 私はこのガチャ結果と前回当たった時のガチャ結果を張り

(誰かこのキャラ欲しいと思う人は返信欄で教えてください、ゲームシステム上あげられないけど笑)

 とライターで言った。面白い返信が帰ってくるだろう。

 私は頬をバチンと叩いてベッドから起き上がり、洗面所に向かう。

 するとすでにお母さんが歯を磨いていた。

「あら、今日はちゃんと起きたのね」

 私を見るとすぐにそう言い放った。

「よかったわ、起こすっていうのも面倒なことだし、自分で起きてくれてよかったわ。仕事が減って」

「うん、私偉いでしょ」

 最後の一言が不要すぎるんだけど。ほんとムカつく。

「さてと、お母さんは早くご飯の用意をしなくてはね。私は雫と違って六時半には起きなきゃならないから大変だ」

 何よそれ、嫌みじゃんと言いたいのをそっとこらえて……

「行ってらっしゃい」

 そう一言だけ言った。

 お母さんが行ってしまったらこっちのものだとポケットに入れてきたスマホを取り出す。

 さっそく通知が十五件来てた。

 中身を見る。

 いいねが十四件、そのうち五件はさっきのライトに対しての物だ。そして返信が一つ来ている。

(ドンマイです)

 そう一言来ていた。

(マジで運営恨みたいです)

 そう返信した。本当にこんな変な運はいらないのだ。この地獄の日々を乗り越えられるだけの運が欲しい。

 そして再び別の返信が来た。

(俺はそのキャラを当てるのに百八十連かかったんですよ。何なんですかね)

 と、帰ってきた。

(悲しすぎます。ドンマイとしか言えないですね)

 私はそんな当たり障りのない返信をした。

 と、そろそろ歯磨きを終わらないと、母さんに怒られてしまう。

「いただきます」

 食卓に着いた。目の前にはたくさんのおいしそうなご飯がある。だが、こんなご飯もお母さんの現実的な話でおいしくなくなるのだろう。思えば昨日から変な話をされてばっかりだ。今回のご飯はおいしく食べられることを願う。

「お母さんおいしい。いつもありがとう」

 今日の朝ご飯は残り物ではない。早起きして朝ご飯を作っていたのであろう。だからと言ってお母さんの評価が今更ああるわけではないが、ほめておいて損はないだろう。

 そして学校に向かう。今日も向かう。行きたく無い。ただ、家の方が地獄かもしれない、それだけで行く気力が湧いてくる。情けない話だ、家なんて休息の場としてあるべきなのに。

 歩いていると、また返信が来た。

(そのうち運の跳ね上がりが来ますって)

 三体同じキャラが出たことに対する、慰めの言葉だ。

「運の跳ね上がりかー」

 誰にも聞こえない程度の声で呟く。

 本当にそんなことあればいいのになと思う。

 確かどこかのゲームであったはずだ。テーブル見たいなやつで、出るキャラは順番に決まっているとか。

 だが、よく考えてみなくても私にはキャラが当たったとしても意味が無いのだ。なにしろ使う時間が無い。いつからだろう、キャラをコレクション目的に集めたのは。


 そして学校に着いた。

「おはよう雫ちゃん」

「うん、おはよう!」

「昨日あの後、一人カラオケしたんだ。見てよこの点数」

「うん、すごいね」

 私は高校入ってからカラオケ行ってないのに。

「ねえ雫ちゃんも今度カラオケ行こうよ」

「ごめん、無理なの」

 そうか、菜月は毎日自由に時間が使えるのか。羨ましい。

「えー、行こうよ」

「予定あるから無理」

 冷たく跳ね除ける。

「ならいつならいけるのよ」

「私には無理なの! 菜月みたいに行きたかったら行けるわけじゃないの!」

「そ、そう」

 やってしまった。怒鳴ってしまった。菜月は何も悪く無いのに。

「……なんかごめん」

「……いや、雫が悪いわけじゃ無いし……うん……」

 ああ、空気が悪くなって行く。この私のせいで。

 そしてチャイムがなった。そして無言で別れる。

「はあ、しんどい」

 小声で呟く。今日はいつもより眠たい。

「あれ?」

 授業が始まって数分後異変に気づいた。眠たい。意識が朦朧としている。ああ、だめだこれ。別の世界に誘われて行く。私は寝てはいけないのに……。

 そして視界が真っ暗になった。

「おい」

「おい」

「おい、上崎おきろ!」

「うへえ、まだ眠いのですよ」

「起きろ! 授業中だぞ」

「は! おはようなのです」

 あれ、私……。

「おい、お前、オタクみたいなこと言わずに授業をちゃんと聞け。しかし、お前が珍しいな」

「はあ、すみません」

 まって、私変なこと言ってなかった? やばい、聞かれた?これがお母さんにバレたらまずい。寝ていただけでも不味いのに、寝言がゲームキャラなだけでまずい。あ、死んだわ、これ。

「で、この単語分かるか??」

「えーと、殺人事件ですか?」

「そうだな、さすが上崎だ」

 なんとか乗り切れたようだ。でもあの変な声を聴かれたのは事実なのだ。恥ずかしすぎる。

 でも、困ったことに眠いのは全然変わらない。

 はあ、仕方ない。頑張って、眠気を覚まさないと。でも私にはどうしたらいいのかわからない。こんな経験はほとんどないのだ。いや、あると言えばある。だが、その場合は気合いで眠たいのを我慢していた。だけど、今回は気合いでなんとかできるレベルの話ではないのだ。

 そしてなんとか、なんとか授業が終わった。眠気は何故かそこまで覚めていないのだが、なんとか助かった。

「ねえ」

 あ、菜月と喧嘩してたんだった。


「さっき寝てなかった? しかも変な寝言を言って」

「そんなこと言わないでよ」

「まさか真面目な雫がなのですよ、とかなのですとか言うとはお」

「あー、やめてー、死ぬー」

 その声に影響されたのか周りのクラスメイトたちが私のことをジロリと見てくる。私の優等生だという称号が……。

 まあでも、私の地獄に比べたら別にいいか。お母さんに知られなければいい。そもそも菜月以外に友達いないし。

「それでさっきの休み時間のことなんだけど」

「う、うん」

 私は唾をゴクッと飲み込む。

「あれってどういうこと?」

「……」

 どうしよう、本当の事を言うべきなのだろうか。でも、それでお母さんにバレてしまったらと考えると……。

 ただ、私としても誰かに言って鬱憤を晴らしたいところだ。

 ライターでもあんまり暴露するわけにはいかないし、先生にも言うわけにはいかない。

「雫?」

 どうしよう。よし決めた!

「勉強が忙しくて」

 お母さんにやらされたことは言わないことにしとく。嘘は言っていない。

「たまには休んでもいいと思うけど」

 私だって休みたいよ。でも無理なの!

「でも、私には休めないの。だって、良い大学に行かないと、私はいい仕事に就けないし、将来ダメダメになるかもしれないの!」

 私はお母さんに言われた事を言う。ああ、考えるだけでお母さんにムカついてきた。

「それってお母さんが言ってるだけでしょ?」

「そうだけど、でも。遊びたいって思っててもそんなこと言われるし」

 もう決めた。菜月には悪いけどストレスの吐き場所にしよう。

「雫は何も悪くないじゃん。それにその理論だと私の将来なんて真っ暗よ」

「……」

 私は何も返す言葉が無かった。たしかにそうだ。私の将来が真っ黒なら、他の人はどうなるんだ。

「雫ってまさか勉強している理由ってお母さんに言われたからなの?」

「……」

 お母さんに言われた通りにやっている。その言葉に否定できない所か、肯定できる。まさにその通りだ。

「なら、もうそんなのいらなくない?」

「菜月には私の苦しみが分からないくせに」

 そして私は顔を机に伏せた。こんなのでこの地獄が終わるわけがない。

 そしてそのまま次の授業が始まった。

 私は真面目そうに授業を受ける。ただ、もうどうしたらいいのか分からない。菜月はあんなことを言うし、いまはライターも使えないし、絵も描く体力も無いし、眠い。

 ああ、もういいや。そして私は再び眠りに落ちる。

「雫? 雫?」

 呼ぶ声がする。

「何?」

「あ、今度は変なこと言わない」

「ああ、菜月か」

 今回はどうやら起こされずに済んだようだ。だが、お母さんにチクられたらと思うと怖い。それに定期テストでいい点を取らないといけないし。

「めっちゃ寝てたよ」

「寝言は?」

 それが大事だ。まさかゲームのこと言ってないよね。

「大丈夫、寝言言ってなかったよ」

「良かったー」

 また私がオタクと知られたら死んでいたところだ。と思ったけど、もはやどうでもいいか。

「……ねえ、本当に大丈夫?」

「大丈夫だから、心配しないで」

 そして私はノートを取り出す。定期試験で九十点取らなくてはならないのだ。

「ねえ、やめてよ」

「なんで?」

「雫が壊れる」

「は?」

「明らかに睡眠不足じゃん。なんでそんな頑張らないといけないの?」

「私も思うよ。でも仕方ないの」

 そして私はそのまま勉強する。菜月には悪いけどもう私にはこうするしかないの。

 その次の授業、眠気の覚めた私はずっと内職をしていた。つまり、テスト勉強だ。幸い先生にもバレずに済んだ。だが、本当は絵を描きたかった。辛いよ。

「次は体育だよ」

「うん」

 休み時間にも等しい体育。頭を使わなくてもいい、それだけでハッピーな気持ちにさせる。最高だ。

「がんばろ!」

「そうだね」

 いつもは逆なのだが、今回は違う。私が張り切っているふりをしているのだ。多少はまだ眠いが、体育なら大丈夫だろう。

 そしてフットボールをする。私と菜月は同じチームだ。

「せたよ」

「なんか元気出てない?」


 元気では無い、元気なふりをしているだけだ。本当は倒れ込みたい。だが、存分悪くは無い。

「行くよ!」

 とはいえ私はそこまで好かれてない。なので、パスなどされないのだ。だから、基本的に敵のチームの子の周りにいてパスをされないようにするだけでいいはずなんだけど……それじゃあ私の日々のストレスは発散されない。だから、攻めまくる。私が活躍できるように。

 ボールが蹴られるとすぐに私は走ってボールの近くに行って味方の援護? をする。当然パスはされないが、ボールを取れそうな場所に行く。それだけで十分だ。

「えい」

 敵のチームの子が私の味方のボールをける。しかし、その先には誰もいない。もらった! 私はすぐさまボールの所に全速力で行く。

「と、とられた?」

 ふふ、私のようなガリ勉にボールを取られてさぞ悔しがっているだろう。あとはゴールを決めるだけだ。

「え?」

 相手のチームの子が二人かかりでボールを奪おうとする。思ったよりも相手の守備が固い。どうすればいいの?

「雫!」

 菜月がいた。まあアシストだけでも活躍してることになるだろう。そう思い、ドフリーの菜月に向かってキックする。そして菜月は見事ゴールを決めた。

「やったー!」

 すぐさま菜月のもとに走って行ってハイタッチする。

「すご」

 周りの女子はぽかんっとする。まさか私たちがここまでやるとは思っていなかったでしょうね。

「雫」

「うん」

「一緒に頑張ろう」

「おー」

 そして……

「なんで全然決まらないの?」

「うん」

 すぐさま私たちは現実を直視することになる。全然ボールも取れないし、全然ゴールもできないのだ。

 これじゃあストレス解消とかいう問題ではない。

「こんなはずじゃなかったのに」

 これじゃあどこでストレス解消したらいいの?

「はあ疲れた」

 ため息をつく。

「諦めないでよ雫。まだいけるはずよ」

「そうだね」

 ちなみにこんなこと言っているのだが、実はまだこっちが二点リードだったりする。

 そして私たちは走り出す。

「雫」

「何?」

「作戦があるの」

 それはシンプルなものだった.二人で協力して攻めていこうというものだった。

 まず私が追いまくって、菜月がいるほうにパスを出させるか、走らせる。それを菜月が奪おうというものだった。こんなシンプルなもので大丈夫なのかなと思うが、意外にも取れそうなチャンスは何回かで来た。ただ、全部ほかの子に奪われるだけだった。

 その後菜月の作戦が不発となった。もはやどうしたらいいのか分からない。

「雫、あきらめないで!」

「あ、うん」

 まだ授業時間は十分残っている。

「雫、もう攻めよう」

「うん」

 作戦を変えるようだ。菜月がボールのそばに寄ってきた。

 そして二人でボールを奪おうとする。

「やった!」

 そして私はボールを奪えた。

「雫やったね!」

「うん!」

 そして私は攻める。

「うおおああ!」

 私は相手チームの子を抜きさって、攻めていく。

「行けー!」

 菜月が叫ぶ。

 そしてボールは相手チームのゴールに落ち、点をとった。

「やったー!」

 私たちは二人でハイタッチを決める。

 そして満足したので後衛の守備に回り、そのまま試合が終わった。

 そして……。

「はあ、もうやだ。帰りたい」

 私は呟く。もうあれを聞かれたので世間体を気にする必要は無いのだ。当然菜月にも。

「急にキャラ変わった?」

「もう、優等生キャラはやめたの。さっきあんなこと言ってしまったし」

 そう言って、教科書を開く。

「もうやめてよ。勉強したくないんでしょ」

「でも九十点取らないとスマホが取り上げられちゃう。それだけは嫌だ」

「雫それはおかしいよ。自分がやりたくないことをする必要なんてないよ」

「私がやりたいの。スマホ取り上げられないために」

「スマホを取り上げるってそれ虐待でしょ。勉強虐待。それに付き合う必要はない」

「ありがとう、でもしばらく頑張らせて」

「そう」


 菜月視点。


 なんで雫は頑張るんだろう。私なんて勉強なんて三十分ももたないのに。それにしんどそうだ。このまま続けさせたらなにか危ない気がする。動機がスマホとかいう不純な動機だし。

 ただ、雫が頑張るって言っている以上止められない気がする。あーもう私に雫のために何が出来るのよ。

 五時限目、遠目で雫を見る。いつもと違って内職をしている。つまり試験勉強だ。先生にもバレる恐れもあるし、まだテストまで三週間もある。私だったら勉強なんて家でも絶対しない。

「ねえ、雫。本当に大丈夫?」

 本気で心配になってきた。勉強を頑張っているからではない、本当に疲れてそうだからだ。

「大丈夫。私は平気よ」

 どう見ても大丈夫そうには見えない。私には分かるのだ。これは普通ではない。大丈夫など不思議な言葉なのだ。大丈夫? なんで聞く場面はほぼ大丈夫そうじゃない時に使うが、大丈夫なんて返すことは無いのだ。だからこそますます雫が心配になる。

「それよりもこれ読ませて。スマホを没収されないために」

「それよりもお母さんに歯向かってみようよ」

「うるさい!」


 ああ、私はもう助けになれないらしい。

「でも!」

「私は大丈夫だから。勉強しないとスマホを取り上げられるから。私はやらなくちゃ、やらなくちゃ」

 本当に大丈夫っていうたびに大丈夫には見えない。どう考えてもやらなくちゃ、やらなくちゃなんて言っている人が大丈夫とは絶対に見えない。

「大丈夫じゃないでしょ」

「私がスマホを取り上げられて欲しいってこと?」

 こんな怖い雫は見たことがない。放っておくしかないみたいだ。

 私は自分の席に戻る。心配だが、こんなことを言われてしまっては引き下がるしかないし、あんなことを言われてまで助けるほどの器はない。

「行かないで。違うの」

 ふとそう聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。

 昼休み、雫は相変わらず携帯を触ってた。この様子を見たら本当におかしくなってるわけでは無いようだ。

 それでも心配なのは変わらないけど。


 雫視点。


「はあ、あんなつもりじゃなかったのに」

 私は呟く、菜月に悪いことをしたなとは思う。けど、菜月はきっとあんな状況になったことがないからそんなことが言えるのだ。

 たぶん菜月だけじゃ無い、他のクラスメイトたちも理解できないはずだ。たぶん毎日六時間勉強をしている人なんてクラスにいないだろうし。

 私も本当はやりたくない。ただ、スマホを人質いや、スマ質にされては、勉強するしかない。ただ、休み時間には当然スマホを触るのだが。

 あれから菜月との会話が無い。私が一方的に突き放してしまったから仕方が無いのだが、それでも分からなくなる。

 友達との絆を捨ててまで勉強するのか、せっかく助けになってくれた友達を突き放して良かったのか。ただ、残酷なことに、スマホと友達のどっちかを選べと言われたら、スマホを選んでしまう。

 五時間目の休み時間。相変わらず会話が無い。休み時間をどう過ごしたらいいのか分からなくなる。

 勉強もそろそろ嫌になってきた。本当のことを言うと、最初から嫌だったのだが。もはや限界というわけだ。だが、今回は話す相手がいない。ライターで昼休みに会話をしたのだが、やはり現実で菜月と話すのとは違う。

 はあ、頭がおかしくなりそうだ。私のせいではあるんだけども! 謝るのはなんか嫌だ。私を否定される気がして。

 そして学校のプログラムが終わる。

「なつ……」

 呼ぼうとしたが、喧嘩をしていたのを忘れていた。菜月は速攻で家に帰る準備をしている。

 どうしようか、そんなことを考えているすきに先に帰ってしまった。着いて行こうかと考えたが、私にはそんな勇気は無い。

 そして一人で家に帰る。


 そして一週間がたった。まだ菜月とは仲直りができていない。私の体調はというと、やはり限界だった。よく自分の体と精神がもっているなと、自画自賛したい気分だ。

 菜月は私みたいにずっと一人でいる。あれから謝れず、何回も喋りかけたいタイミングがあったのに、声をかけられずにいた。

「はあ」

 しんどい。学校に行く意味が、お母さんから逃げるためと、スマホ触るためというおかしい理由になってしまった。普通なら友達に会うため、勉強するため、部活をするため、青春を謳歌するためなはずなのに……。

 一時間目の授業が始まる。眠い、授業を聞くのがもうやっとだ。楽しみとしては朝にあげた絵がどれぐらいのいいねを稼げているかどうかだけだ。もはやそんなことしか楽しみがない自分が嫌になるのだが。

 内職なんてもうどうでも良くなった。眠いし。寝すぎるとお母さんに知られるかも知れないから寝ないけど。

 絵も描きたいけど絵を描く体力なんて残ってない。寝る前の絵を描く時間だけで満足しているわけじゃないけどね。まあでも考えるのもだるい。

 二時間目が始まる。休み時間はもう寝て過ごした。眠くて仕方ないのだ。よくチャイムが鳴る前に起きれたと自分を褒めまくりたい。

「この文章はトンネルの外の景色で……」

 国語の授業が進行されてゆく。正直どうでもいい。だが、聴かなければならない。帰りたい、この世のどこかに。

「ドン!」

 音がする。それを境に意識が失われてしまった。


「ここは?」

 目が覚めて周りを見ると保健の先生がいた。どうやら倒れてしまったようだ。

「あなた、授業中に倒れてしまっていたのよ」

 心配そうに見つめてくる。でも余計なお世話だ。

「……そうですか、ありがとうございます。じゃあ行きますね」

「待ちなさい! そんな体調で行ったらまた倒れるわよ」

「でも授業に出なくてはならないので」

「そんなことを言う生徒さん初めて見た」

「でしょうね」

 私も本当は出たく無い。でも、保健室で寝ていたなんてお母さんに知られたら、もうどうなるかなんて言わなくても分かることだ。

「でもここから帰ることは許しません。あなたどう考えても寝不足でしょ」

 バレた。まああの感じだと当然か……。

「寝不足なんかではありません」

 お母さんのために授業に戻らなきゃ。嘘をついてでも出ないともう、スマホが……。

「お邪魔します」

 菜月が来た。時計を見たらもう四十分だった。

「あら、そもそも授業終わっていたわね」

 先生が言う。そもそもの話だった。

「……菜月……」

 気まずい。

「大丈夫?」

「大丈夫」

 保健室で寝ている時点で大丈夫な訳は無いのだが。

「大丈夫そうには見えないよ。前回は引き下がったけど。もう今回は心配の方が勝つ。雫! お母さんに直談判しよう!」

「は?」

 そんなこと出来る訳ないでしょ。何を冗談言っているのだろう。

「ここ最近雫おかしいよ。お母さんのためにとか呟いていたし。勉強ってお母さんのためにやるものじゃ無いでしょ」

 正論だ。完全なる正論だ。だが、私はその案に乗るわけには行かない。リスクがデカすぎるのだ。最悪、もっと状況が悪化するかもしれない。それに万分の一の確率でお母さんは本当に私のためを思ってやっているかもしれないのだ。私はその可能性を信じたくはないけど。

「ごめん、その案にはならない。リスクがあるから」

「だったら別の案にしよ」

「別の案?」

 そして放課後。

「初めて雫とお出かけだー」

「う、うん」

 やって来たのはカラオケだった。

「やっぱり不安?」

「不安に決まってるよ。だって寄り道したって知られたら」

 まず帰りが遅かっただけでも怒られるのに、寄り道したとなれば、もう完全にめちゃくちゃ怒られる。

「大丈夫だってこれで怒られたら、児童相談所とかいったらいいじゃん。知らんけど」

「知らないの!?」

 たしか語尾に知らんけどとつけるのは責任を負うのが嫌だからだった気がする。まあこの場合ギャグでつけたものかもしれないが。

「法律詳しく無いし。それに法律だったら雫の方が詳しいじゃない」

「詳しくは無いと思うけど。てか、児童相談所って私虐待受けてるの?」

「だって、娘が自分のお小遣いでカラオケに行くのを許さないってそれはもう虐待じゃん」

「そうだけどさー」

「まあ、とりあえず私歌うね」

「君の生まれた星は……」

 そして菜月は歌い始める。菜月の歌はそこそこ上手いと思う。あんまり歌聴かないからわからないけど。

「次雫歌ってよ!」

「うん」

 そしてマイクを握る。思い返してみれば、カラオケに行ったことなんてほとんどない。

「歌えるかなぁ」

 不安になって来た。音痴だったらどうしよう。

「大丈夫だよ」

 菜月が励ましてくれる。

「崩れゆく世界、その絶望の果てで……」

 もちろんあのゲームの歌だ。私のお気に入りの歌なのだ。

 思えば歌ったことはなかった。お母さんに聞かれたら困るから。音程が取れているのかわからないし、画面見たら結構外れているだろう。でも歌うのは楽しい。

 声量を上げる。もっと気持ちよくなりたい。

「はあはあ」

 柄にも無く体力を使い過ぎてしまった。疲れた。

「良かったよ。雫」

「ありがとう」

 お世辞だったとしてもうれしい。

「気持ちいいでしょ」

「うん」

「点数出るね」

「うん」

 点数は七十八.五七九だった。

「ひど!」

「ひどいなんて言わないでよ。歌ったことなんてほとんどないんだし」

 たしかにひどいのかもしれないけど!

「そうなの?」

「時間がないから」

 勉強だけで一日が終わってしまうし。

「次私歌うね」

「うん、歌って。そして聴かせてよ私より上手いのを」

「もちろん。てかさっきも歌ったと思うけど」

「ノリ悪いなあ」

 絶対ライターっぽいノリになっていると思う。けど、楽しい!


「はあ、歌いまくったー」

 二時間後、時間が来た。

「じゃあ帰るね」

「その前に忘れないでよ」

「あ、あの録音を撮っとくってやつ?」

 お母さんと話す間に録音を取って証拠を作るということだ。

「うん。それとどうしようもなくなったら電話して。私が助けるから」

「なんでそこまでしてくれるの?」

 一回、菜月に怒ったのに。

「友達だから。当然でしょ」

「私は菜月の助けを一回突き放したのに?」

「ああ、あれは本当にムカついたよ。殴ろうかと思ったぐらい。でも、雫もしんどくなっているの分かっているし。私は雫の味方だよ」

「ごめん、ありがとう」

「どっちかにしてよ」

 そして私たちは笑い合う。そうだ。私は一人じゃない。お母さんに立ち向かうんだ。

「そういえば私のライターのアカウント教えるね」

 そしてライターを開く。

「え? あんなに隠していたのに?」

「菜月に見られるのが恥ずかしかったの。結構悪ノリしてるからさ。でも私の味方になってくれた人に隠し事なんてするべきじゃないし。ほら」

 ライターのアカウントを見せる。

「とは言っても私二つ持ってるから」

 そしてまずはゲーム用のアカウントを見せる。

「結構フォロワーいるじゃん」

「まあ、絵を描いてるからね。フォロワー増やしてよ」

「うん」

 そして菜月はスマホを取り出して、私のアカウントをフォローした。そしてフォロワー数が一人増えた。

「やったじゃん」

「うん」

「今度はこっちね」

 私は絵描き用のアカウントを出した。

「あ、これ」

「ん?」

「私元からフォローしてる。ほら」

「え?」

「まさか雫だったなんて」

「うそ。てことはもうアカウントバレしてたんだ」

「そう。まさかだね」

 そして私たちは再び笑う。

「あと、これ見せたら? 結構フォロワーいるでしょ。これを見せて勉強以外のことをしたいって言ったらさせてもらえるよ」

「うん、そうね」

「頑張れ」

(今日はカラオケ行って来た)

 さすがに載せたい。点数低いけど許してくれるでしょう。

(私は戦う。理不尽なる敵と。そして絵を描く自由を手に入れる)

 そう書いた。如何にも厨二病という感じだが、ただの私の決意表明だ。

(頑張って蜜柑ちゃん)

 菜月のアカウント、リンユウから来た。ああ、嬉しい。ライターのアカウント見せていてよかった。頑張ろう。


「帰り遅かったじゃない。どこに行っていたの?」

「友達とカラオケに」

 臆することなく事実を言う。私は何も悪いことはしていない。怒られる筋合いなんてないのだ。

「そんな時間あると思っているの? あなたは今頑張らないとダメなのよ。雫は今働ける自信あるの? お金を稼げる自信あるの? あなたは良い大学に行って世の中の役にたたなければならないの。嫌とかじゃない。これは学生、いや、社会に生きるものとしての義務なの」

「それで、もう子供にも迷惑をかける?」

 セリフを取る。

「はあ?」

「これを言おうとしていたんでしょ」

 もうお母さんが言うことぐらい手に取るようにわかる。もう何か月言われ続けたと思っているんだ。

「生意気ね。子供のくせに」

「見て」

 私はアカウントを見せた。

「なにこれ、ライターなんて低俗なSNSやってるの? 今すぐ消しなさい。そんなものをやっていたら性格悪くなるわ」

「待ってよ! 見てよこれ」

 絵を見せる。

「なにこれ。結構いいねされてるじゃない」

「そう。私は勉強の合間にこれを頑張ってたの。お願い勉強休ませて」

 別の特技を見せてお母さんの説得にかかる。菜月が教えてくれた手だ。

「ダメだわ。だから勉強に身が入ってなかったのね!」

 そしてお母さんがカウント削除のボタンに手をのせる。

「ちょっとスマホ返して」

「こんなアプリ消してあげるわ。アカウント消去もね」

「やめてよ。お願い私の言うこと聞いてよ」

「だったら受験まで我慢しなさい」

「受験まで何日あるのよ。一年ぐらいあるじゃん」

「1年ぐらい我慢しなさい」

「我慢? 私はお母さんから言われた言いつけをできるだけ破らないように頑張って来たよ。その中でライターをやっても良いじゃない」

 約束は守っている。今私は約束を守っている状態で交渉しているのだ。

「はあ? ならスマホ契約解除するよ」

「なんでそうなるの?」

 別に授業中と勉強中は触ってないのに

「それかアカウント削除かどっちか選んで?」

「じゃあアカウント削除ね」

 そして目の前でアカウントが消される。

「じゃあ勉強するわよ」

「うん」

 そしてそのままスマホは没収されて、勉強という地獄に戻された。


 夜


(菜月。録音送ります)

(ありがとう見せてもらうね)

(それでアカウント削除されたんだけど)

(え?)

(絵を描く方の)

(でもアカウントは30日以内だったら復活できるはずだけど)

(え?)

(やってみたら?)

(出来た!)

(おお。さすが)

(首の皮一枚繋がった)

(おめでとう)


(もしかしたかこれアカウントを消したので警察に訴えたりできないかな)

(訴える?)

(うん。娘の所有物を言わば勝手に捨てたってことでしょ。そう湾曲したらいけると思う。知らんけど)

(でも訴えるまではちょっと)

(そうして弱気になってたらダメなの。私たち子供はさ、大人の言うことを聞かなきゃならないと言う気持ちになるの。でも大人だって人間だし、間違っててもおかしくない。だから信用することをやめて)

(うん)

 菜月は大人だ。今の年でもちゃんと自分で考える術「持っている。自立しているのだ。尊敬してしまう。それに比べたら私なんてただのイエスマンだ。

(分かった)

(じゃあ明日話し合おう)

(うん)

(おやすみ)

(おやすみ)

 そして私は絵を描かずに寝た。


「さてと。考えましょう」


 休み時間に私の菜月は話し合いを始めた。


「まず覚悟はいいの? もしかしたらお母さんが逮捕されるかもしれない」

「それはちょっとなんかちょっと」

 私が中学生の時までは良い人だった。いいお母さんだった。だけどお父さんが亡くなってから変わってしまったのだ。

「それはそうだよね」

「なんか私のことを嫌いになったらどうしようって思って」

 あんな親でも嫌われたくないという感情は悲しいが持ってしまう。もはやたった一人の親なのだ。

「それぐらいで嫌いになるんだったら、元から対して好きじゃなかったんだよ」

「あんなに優しかったのにどうして……」

「まだ諦めきれないんだよね」

「うん。高校に行くまでは優しかった」

 ……その直後だったのだ。

「そう」

「でも私、頑張る。親離れする」

「その意気!」


「あの、すみません」

 もじもじとする私に代わって菜月が言った。

「これ、見てもらえませんか?」

 そして菜月はあの録音を流す。


「それか、SNSのアカウント削除か」

「じゃあSNSのアカウント削除で」

「じゃあ勉強するわよ」

「うん」


「なるほど熱心なお母さんですね。ですが、これを虐待と思うのは、親不孝者ですね」

「は?」

 私が言う前に菜月が反抗した。

「最近の雫はおかしかったんですよ。勉強しなきゃ勉強しなきゃって、暗くて楽しくなさそうに勉強してたんですよ。授業中に寝ることも増えて、授業中に倒れたりして。第三者の私から見ても明らかにおかしくて、それで……」

 菜月……

「私だって、絵を描きたいのを我慢して、勉強してたんです。でももう嫌でしょうがないんです。勉強が、勉強することが。お願いですから助けてください」

 私は今まで人に頼ったことがなかった。勉強することが、親の言うことに従うことが子供の仕事だと思ってた。でも、違った。菜月は私のために行動してくれてる。ありがたいと思うからこ私もそれに応えなきゃならない。

「あなたの言いたいことはわかりました。しかし、それだけで警察は動きません。全て親の教育の範疇だと思います」

「範疇ですか?」

「ええ。子どもの行動を縛る。これは子どもの教育者である親の行動としては間違ってはいませんし、SNSを消させる。これも現代のSNS社会を鑑みると間違ってはいません。SNSは罵詈雑言が溢れていますしね。あなただっておそらくあるでしょう」

 あ、二ヶ月前に、お前の絵、AIで俺の絵をモデルにして作っただろとか言って来た奴がいた。確かに否定はできない。

「だから残念ながら行動は間違っているとは言えないわけです。もう少し決定的な証拠を持って来てくれたら良いのですが、我々も暇ではないですし、家庭内の問題に首を突っ込むのは我々としても躊躇われるわけです。冤罪の可能性もありますしね」

 返す言葉が無いとはこのことを言うのだろう。完全に論破された。これじゃあ証拠が足りないと言われた。今日全ての決着をつけるつもりだったのに。

「あれ?」

 涙が出ていた。泣こうとしたわけでは無いのに。

「……雫……」

「安心してください。組織としては動けないというだけで、私は教育のしすぎは子どもに悪影響を与えると思っていますし、もう少し決定的な証拠を持って来てもらえると」

「わかりました」

 そして近くの公園のベンチに座る。

「菜月……」

「……」

 無言の時間が続く。完全に目論見が外れた。被害届とか仕組みはよく分からないけど、そう言うのをした方が良いのかどうか全く分からない。

「雫大丈夫。証拠さえ集めて来たら良いんだから」

「そうは簡単に言うけど、これで無理だったら無理だよ」

 他の証拠。ボイスレコーダーでもダメなんだったらそれこそ体に傷を負うなど教育の範疇ではないようなことを持ってこなくてはならない。それは無理だ。私は犯罪と呼ばれることなんかはされていない。当然のことながら暴行なども受けていないのだ。

「じゃあとりあえず今日遅れた理由私と遊んでだからって言っておいて。たぶん私に矛先が向くから」

「それって……どういう?」

「いやね、ここ最近私が振り回してるじゃん。二日だけとはいえ。だからさそれで雫が怒られるのもおかしいし」

「なんでそこまで」

「だから友達じゃん。で、話はここからなんだけど。もし、私のところに来たら録音してさらに証拠を集める。そしたらさらに立証出来る可能性がある。あの人の言い方的に、100%無理というわけじゃ無いと思う。だから心配しないで雫」

「え、矛先が向くってそういう意味?」

「うん」

「でも犯罪みたいなことじゃなきゃ立証できないんじゃ」

「大丈夫。知ってるでしょ私のおばさんが弁護士だって。いざとなればそっちに持ち込んでもいいから」

「ありがとう。ありがとう菜月」

 私は菜月に抱きついた。

「ちょっとやめてよ。恥ずかしいって」

 そんなことを言いながら菜月は私の頭を撫でてくれる。やっぱり菜月は大人だ。

「思ったんだけど、SNSに投稿するのはどうかな? 絵描きの方でもゲームの方でも」

「たぶんそれは辞めといた方が良いと思う。炎上させてしまったら止めるのが大変だから、私たちの生活も邪魔されてしまうかもしれない」

「そっか。難しいのね」

 いい案だと思ったんだけどな。


「なんで今日も帰るの遅かったの?」

「……今日も友達と遊んでて」

「それを私が許すと思ってるの? 昨日の二時間と、今日の一時間半。合計で三時間半無駄になってるのよ。そんな心つもりで大学行けると思ってるの?」

「思ってるよ。実際偏差値四二ぐらいの大学だってあるじゃん」

「そこら辺の大学に行ってる人は就職が難しいの」

「でも、高卒でも働いている人先輩にいるはずだよ」

「その人たちはお金稼げているの?」

「でも、あのスマホを開発した人は大学中退してたはずだし、歴代首相にも普通の大学に通って総理になった人もいるし、三浪で東大目指した人もいるよね」

「その人たちはすごいわ。でもそれとこれは違う。良い大学に入ることは成功する可能性を増やすために必要なの」

「だからってなんでこんなに苦しんでまで勉強しなきゃならないの?」

 言い切った。お母さんはどうくるんだろうか。反応が怖い。時間が止まって欲しい。でも戦うって決めたんだから。

「雫、変わったわね。いいわ、今日は勉強無しで」

「え?」

「さっさと遊びなさい。そしてこの無駄な時間を楽しみなさい。すぐにあなたの間違いに気づくから」

 そしてお母さんはコーヒーを飲み始める。

 どうかしたのだろう。あんなに勉強勉強って言っていたお母さんが黙るなんて。どういう風の吹き回しなんだろう。

「まあでもラッキーだよね」

 小声で呟き、自分の部屋に向かって小走りで行く。もちろん絵を描くのだ。

 でもその前にっと、私はスマホを取りだす。連絡を取るのだ。

(菜月。私本音をぶつけた。)

(本当に?)

(うん。まあまだ言い足りないんだけど。それで今日の勉強謎に免除された)

(なるほど。勉強してないという罪悪感を植え付けさせて自分から勉強させるという目的だと思う。たぶん。でももう勉強しないでいいよ)

(うん。絵を描く)

(そうか。頑張って)

(うん)

 思えば、昨日からライターを触る頻度がすごい減った。現実に安心できる人ができたからなのかは分からないけど。菜月という存在が私の支えになっているというのは事実だと思う。

 それから私は思う存分絵を描きまくった。寝た方が良かったかもしれないが、それよりは趣味に費やした方が楽しい。


 翌日

「おはよう」

「おはよう雫!」

 朝の挨拶をした。

「昨日思う存分描けた?」

「ライター見てないの? 私の投稿いいねしていたじゃん」

「そうだった」

 幸せだ。勉強が無くなるだけでこんなに幸せになるのか……もう勉強なんかいらないよね。うん。

「そう言えばこれもう訴えなくて良いかな?」

「なんで?」

「お母さん何も言ってこないし」

 お母さんは普通に接してきていたのだ。怒りもしない、優しくもしない、普通の感じで。

「いや、たぶん明日あたりに畳み掛けて来ると思う。気をつけて」

「うん」

「さてと、絵を描こ!」

「もう堂々と書いてるじゃん」

「だって、もう私優等生じゃないから! 二万人のフォロワーに向けて書かないと」

「でもそれ、落書き程度の絵だよね」

「うん。でも絵の練習にもなるし、いいと思って」

「そう」

「あ、お母さんからだ」

「なに?」

「今日帰るの遅くなるから、よろしくって」

「分かった」

「ねえこれって」

「うん。そうだね。私のところに来たら戦ってくる。今日は別々で帰ろう」

「うん」


 放課後


「ねえ、ちょっといいかしら」

「なんですか?」

 笑顔で返事する。だが、裏ではこれから始まる戦いに備え、言葉を探している。

「ちょっとそこのファミレスでいいかしら」

「いいですけど。なんか宗教の勧誘ですか?」

 ここは一旦怪しがった方が良いのだ。急に知らない人が話しかけてきて怪しがらない人はいない。

「ねえ、私の娘に変なことを教えないでちょうだい」

「なんのことですか?」

 この人が雫の母親ということは分かる。だが、私はそれを知らないし、私は雫の状況を何も知らない。そう知らしめた方が得なのだ。

「昨日一緒に遊びに行ったでしょ。迷惑なのよ」

「娘というのは雫ですか?」

「そうよ」

「なるほど」

「で、なんだけど。あの子は勉強で忙しいの。あの子を遊びに誘うのは辞めてちょうだい」

「たしかに私は遊びに誘いました、でもそれは雫が暗い顔をしていたからです」

 事実雫は悲しい顔をしていた。その感じを見て遊びに誘わないという選択肢はない。

「暗い顔をしていた? そんなの知らないわ!」

「でも、授業中倒れていたりしました。そんなのを見て心配にならないでしょうか!」

 怒りに震えながら言う。

「倒れてた? なんのことでしょう」

「事実です。倒れて、保健室で寝ていました」

「そう。まあそれは良いわ」

「良いわけないでしょ。異常だと思いませんか」

「でも、私の方に伝わってないということはそこまで大事にはなってないってことでしょう。それなら大丈夫じゃない。それよりも勝手に娘を連れ回さないでください。あの子は暇じゃないので」

 暇じゃない。勉強時間を少し減らしたら時間ができるとはなぜ考えないのか。なぜ暇がないぐらい勉強させるのか、そんな神経を押しつぶしていい大学に行って何の利があるのだろうか。

「大丈夫ですよ。合意を得ましたから」

「無理矢理合意を得たんじゃないんですか?」

「そんなわけないじゃないですか、友達ですよ」

 友達を無理やり連れていく。そんなことをするわけがない。

「それに、あの子はあの日以降に変になった。私に反抗的になったし、あなたが何かしたんじゃないかしら」

「私はただ助言してあげただけですよ。親の言うことに従うことが全てじゃないって」

 これは言ってよかったのかと思ったが、今は責め立てるのが正解だろう。

「余計なことしないでくれる? あの子はあなたとは違うの。将来良い大学に行って、良い職業に就いて、良い家庭をきずくんだから」

「……その言い方だと私は良い家庭は築けないと言うことですか?」

 それは私に対する侮辱ともいえる内容だ。否この世に生きるすべての低学歴の人に対する差別だ。そういう人たちにもいい職業に就いた人はいるというのに。

「……そうは言ってないわ。でもあなたの尺度で測らないで欲しいだけ」

「あなたも自分の尺度で測っていませんか? だったらここに雫を呼んでくださいよ。雫がちゃんと決めることですから」

「雫は今家にいるわ。だからあわせることはできない」

 いや、雫は店の外で待機しているのだ。私が頼んで。

「分かりました。だったら家に行っても良いですか?」

「え?」

「雫の意思を確かめるだけですから」

「そんなこと言って、変なことを吹きこむんじゃ無いでしょうね」

「それを言うならあなたの方だと思うんですけど」

「私そんなことはしないわ。教育しているだけ」

「そうですか。まあとはいえ私が変なことを吹き込むんだったら学校でやりますよ」

「まあ良いわ。着いてきなさい」

 そして菜月は鞄にスマホを入れるふりをして、早く家に帰ってと雫に送る。

「ここからどれぐらいの距離なんですか? 私雫の家に行ったことなくて」

「そんな遠くはないわよ。十分ぐらいかしら」

「そうですか。ところで勉強は一日何時間させていたんですか?」

 雫からそう言う話は聞いてはいない。

「そうね、五時間はさせているかしら」

「五時間ですか」

 五時間……菜月には想像もできない。菜月にとって勉強は一日三十分でかなりできたと思うぐらいなのだ。そのおよそ十倍の量。考えただけでも恐ろしい、これは雫が暗い顔をしていたのも頷ける。

「それぐらいして最低限よ。高校生なんですし」

「最低限……」

 テスト前にしかほぼ勉強しない菜月には耳が痛い。

「青春はどうなんですか?」

「青春? そんなこと言ってるから大学に落ちるのよ。やっぱり大学入る準備に全部費やさなきゃ」

 やはりこの人の言うことには賛同出来ない。本人がやりたくないのに、勉強をする。青春も無駄にして、したいこともできない。そんな状況を良しと言えるこの人が怖い。

「着いたわね」

「お、おかえりなさい」

 先回りして家に帰った雫が出迎える。


 十分前


 私は菜月がお母さんと話し合っているのを遠くで見ていた。何を話しているのかわからないけど、とりあえずものすごく口論になっていたのは分かった。

「菜月ありがとう」

 そう口からこぼしてしまった。実際菜月は何も関係ないのだ。なのに、リスクを背負ってまで戦ってくれている。こんなに嬉しいことはない。

(家行く今から、雫帰って)

 そうメールが来た。その直後菜月とお母さんが店から出てきた。三者面談という形になるのだろう。

 はやく帰らなければならない。そう思って走った。家に誰もいなくては怪しまれる。そう考えて走って、走って走った。

 五分後家に着いた。幸い誰もいないみたい。良かった。

 そしてまず息を整えた。走って帰ってきたとなると、菜月と繋がっているという可能性を見破られてしまうかもしれない。それから勉強の準備だ。勉強をしているという艇を取ってお母さんの機嫌取りをする。ただそれだけだ。

「はあ、しんど」

 つい声を出してしまう。これから本気の話をしなくてはならないのだ。怖い。

「よし!」

 頬を叩く。準備は良い。あとは机の前で待つだけだ。でもやっぱり不安だ。怒られるかもしれない。ああ、怖いよ。

「着いたわね」

 外で音がする。お母さんが入ってくるのをジャーペンを持ちながら待つ。


「お、おかえりなさい。速かったね」

 予期してないみたいに、自然に。

「雫」

「え? 菜月? なんで?」

 あくまでもお母さんと菜月が同時にくるという可能性を知ってたい事を悟られてはいけない。共謀などしていない。それでいいのだ。

「今日はね。私とこの子と雫の三人で話したいと思ってるの」

 やはり予想した通りだ。

「これからのことを」

 顔が少し怖くなった。私には分かる、怒ってる顔だ。

「まず、雫。あなたは勉強して良い大学に行きたい。合ってるわよね」

 これはうんって言わないと怒られるやつだ。安易な答え方だと、机をバンとされそうだ。

「どうなの? 雫」

 ダメだ。いやと言いたいけど、怖くて言えそうにない。昨日は言えたのに。

「私……は……」

 あと少しの勇気だ。頑張れ私。

「絵師になりたい」

「ふざけているの!?」

 ドンという音がした。ひい! 怖い。

「まさかライターで見たからとか言わないよね」

「それも理由の一つ……です……」

 怖い。怯むわけには行かないのに、弱気になっちゃいけないのに。

「一昨日見せてくれたライターもそういうことなの? 本気でなるつもり? 勉強して良い大学に入った方が堅実的なのに」

「私は大学に行きたいわけじゃない!!!」

 つい本音を言ってしまった。それを言ってお母さんの顔を見る。思った通りだ、ブチ切れている。

「大学に行きたくない? ふざけるのは大概にしてちょうだい。今の時代大学に行かなくちゃ選択肢は無いわよ!」

 それは正論だ。選択肢を増やすため、より知識を得るため、そのために大学に行くというのは間違っていない。でも……

「大学に行く時間があるならその時間を絵に費やしたい」

 これが私の答えだ。

「絵に費やす? そんな一つのことを、ことだけを目指して、それが失敗した時のこと考えてる? 考えてないでしょ、どうせ。それに絵師のことはよくわからないけどね、最近AI絵なんて出てきてるじゃないの。将来消えたりとかしない?」

「稼ぐ方法はいくらでもあるし、AI絵は人間味がないから仕事が無くならないと思う」

「そうだとしても、あなたが成功する保証はないでしょう」

「でも、私は、絵を描くのが好きだから」

「だったら漫画家とかもあるじゃない、なんで絵師なの?」

「私はストーリーとか考えたくないし、絵を描きたいだけなの」

「そう、でも大学あくまで我慢はできないの? いい大学さえいってくれたら私は文句は言わないわ」

「ちょっといい?」 

 菜月が口を挟んできた。

「じゃあさ、ほどほどに勉強して、そこそこの大学に通いながら絵を描くのじゃダメなの? 折衷案として」

 なるほど。そういう手もあるか。でも大学に興味がないんだけどなー。

「違うのよ。そこそこの大学じゃ意味ないの。いい大学に行ってもらいたいの」

「失礼ですけど、大学はどこですか?」

「その話いりますか?」

「聞いているんです」

「ええ、又木吉大学です」

 又木吉大学は偏差値低めの大学だ。

「それって偏差値は?」

「四十後半だわ」

「高学歴じゃないのに、なんで娘にいい大学に行くことを強要してるんですか?」

 菜月は畳み掛けた。私はその答えは分からない。ただそう言うものだと捉えている。親は自分の子供に良い大学行けと望んでいるのだと。

「私は子どもには良い大学に行ってもらいたいのよ。私が良い大学行けなかったから、雫にも後悔してほしくないの」

「でもそれって雫には関係ないですよね」

 菜月はズバズバと言っていく。私にはここまで戦う力は無い。気持ちで負けてるもん。

「関係あるわ! 私は雫のためを思ってやってるの」

「なら、絵師になるって言う夢も応援してくださいよ! 雫のことを思っているのなら!」

「受験終わったらやらせてあげるわよ」

「雫!」


 菜月は私の肩に手を当てた。

「私は今少しずつフォロワーを増やしている段階で、少しずつ絵を見てもらえてる。そんな今、絵の更新終わったら、すぐに見られなくなる。そんなんじゃダメなの」

「甘えてるの? 人生はこの一年で変わるのよ」

「私のこれも人生かかってるよ! 本気なんだよ。ライターには申請したらお金を稼げる機能がある。今はやってないけど多分それを受けれる段階まで来た。もう少しなの!」

「その実力かあるなら一年待っても大丈夫だよね」

 埒が開かない、そろそろ引き下がってほしい。少しだけ那月の方を見る。どうやら困っているようだ。そりゃあ仕方ない、菜月が強気だとしても所詮は高校生なのだ。

「見て、これがお金をもらえる条件。フォロワー五百人以上、他人に閲覧回数千五百万回以上。私のフォロワーは二万人、閲覧回数たぶん六百万回。だけどこれは絵を投稿する頻度が少ないからと、課金してないから。今の五倍にすることで収益化できる。これにさらに小説家、Vtuber、ゲームとかの依頼とかでさらに稼げる。現実的に見えてこない?」

 わたしは持ちえる全ての情報を提示する。これでダメだったらもうダメかもしれない。不本意だが、警察に突き出すとかしかなくなってしまうだろう。

「分かったわ。だったら高校卒業と共に家から出ていくのでも良い? 大学行かないってことはもう社会人になるってことでしょ」

 数秒考え込む。そんな交換条件すぐにうん! と言えるわけがない。

「応えられない? 最大限譲歩してこの条件なんだけど」

「すぐに結論が出るわけないじゃない。そんなの」

「早くどっちかにしないと時間がないわよ。早くして!」


「ちょっと良いですか?」


 菜月がその会話に入る。


「高校生にそんな難しい二択を問うなんて、時間がたりるわけないと思います」

「外野はこれ以上口を出さないでくれる?」

「そんなこと言われても……私は雫の友達ですよ!」

「貴方には聞いてないの。雫に聞いてるの。それにこれは家族の問題です!」

「私は!」

 たまらず声を出す。

「大学に行かない」

 不安だが、こう言うしかない。大学に行きたくないのは、元々私の我儘だし。

「雫!」

 菜月が怒鳴る。なんで?

「雫はそれで良いの? それはつまり自分の思い通りにならない娘はいらないって言われているようなものだよ!」

「うるさい! 私はそんなことは言ってない。だから家族の問題に口を挟まないでください」

「菜月もう良いよ。私が高卒で働きながら絵を描けば良いから」

「そうは言っても、いきなり高卒でなんの保証も無しに世に放たれてまともに暮らせる人なんていない」

「今の時代でも貧しくて大学行けない人もいるわ。それに比べたら十分でしょ。それに最低限のことはしてあげるわよ。親の承認が必要なことはね」

 埒が開かない。どうすれば良いの? そろそろしんどくなってきた。

「私はもうわからない……分からないよ」

 分からなすぎて涙が出てくる。菜月を信じて共闘すれば良いのか、お母さんを信じて一人で世に出た方がいいのか。

「分かったわ、この話は後に回すわ。私もしんどいし」

 そうしてこの話は保留で終わった。いや、私が終わらせてしまった。

「お母さん、ご飯美味しい」

「……」

 ダメだ。なにも返してくれない。無視するなんて大人気ないと思うが……あの会話の後だとしかたないだろう。

「はあ」

 おもわすため息をつく。本当にややこしい事態になってしまった。もちろん菜月には感謝している。だが、もう私には分からない。

「雫」

「なに?」

「明日までに考えておいてね」

 もう頭痛いのに、念を押さないでよ。

 そして部屋に戻って絵を描く。だが、なかなか筆が進まない。無理も無い、私自身絵を描くと言う行為がよく分からなくなっているのだから。

「はあ、寝るか」

 寝たくないけれど。何しろ今はまだ8時なのだ。そんな時間では眠たくなるわけがない。いや、まあ寝不足だから寝れるんだけど。

「どうしよう」

 ベッドに寝ころびながらつぶやく。もうどうしたらいいのかわからない。明日が来ないでほしい、現実から逃れたい。でもそれは不可能なのだ。少なくとも高校生の私には。


 そうだ……」


 と、隣に置いていたスマートフォンを手に取る。簡単な話だ、高校生には解決できないのなら大人に聞けばいい。なんでこんなことを思いつかなかったんだろう。


(あの、ゲームの話じゃなくて申し訳ないんですけど。聞いてほしい話が合って、私今、猛勉強して有名大学に入って、普通に就職するか、大学行かないで、親の援助を受けずにバイトをしながら絵師を目指すかという話を親としていて、どっちのほうがいいんでしょうか? 私としては絵師にはなりたいんですけ)

 と、ここまで書いたところで字数制限が来た。ある程度の文字数しか書けないから真面目な話をするには字数が足りない。ただ、とりあえずアンケート機能を使っておくか。

(ど、親はやっぱり就職してほしいみたいなんで、もしも絵師を目指すんだったらそんな娘いらないから自分のお金で高校出たらやってくれって言われました。私には決められないのでアドバイスでもあればお願いします)

(私としては行きたくもない大学のために一日七時間もやるのはしんどいです。それに時間を使うぐらいなら、絵をかいたり、ゲームをしたいです。私は大学に行きたくありません)

 よし、とりあえずこんな感じでいいだろう。よ、ライトっと。

「ピロン」

 ベッドに寝転がること三分……最初の通知音が鳴った。

「どれどれ」

 と、見る。いいねだけだった。アンケートの方は大学に行くに三票は言っていた。やっぱりそうなるか……

「ピロン」

 まただ。次は何だ?

(個人の意見なので話半分で聞いてほしいんですけど、私としては大学に行った方がいいと思います。というのは、大学に行っとくと、絵師で失敗したときに、別の道で再起することが出来るかもしれないからです。高卒で途中就職は難しいです。なので嫌でも、行っとい)

(た方がいいと思います)

 そんな感じのことだった。確かに正論だ。だけど、私は社会的ステータス以外に大学に行くメリットを見出せない。そんな大学に行くぐらいなら、もうボート考え事する方がましだ。

(だったら大学に行って授業に出るふりをして絵を描けばどうですか?)

(夢を追いかけよう!)

(大学に行くのは現代人の義務だと思います)

(蜜柑ちゃんが苦しんでるのは見たくない。もう元気で絵をかいたら)

 様々な意見が来た。だがやっぱり大学に行く方が優勢みたいだ。でも私は……大学に行く派の意見にすべて反論できるし、何一つとして共感などできない。私はやはり絵を描くべきなのだ。

「よし決めた」

 もう明日の答えは完全に決まった。


 菜月視点

「はあ」

 菜月も同じように考えていた。

「私が変なことを言っちゃったかな」

 そんなことはないと思いたい。でも、私の発言で状況を悪化させてしまったのは事実だ。

「明日雫に会うの怖いな」

 もしかしたら私のせいだと思われてしまうかもしれない、でもあのままだと雫は過労死していたかもしれなかったこれも事実だ。でも、私の力では交換条件まで持ち込むのが限界だった。

 それに私は雫みたいに勉強をよくやっていたわけではない。だから私にそんなことを言う権利はなかったかもしれない。

「いや!」

 私は顔を盤と叩く。私は雫のためを思ってやった。それだけじゃないか。私は十分やった。もしこれであれだったら警察とか私の親とかを使ったらいいじゃん。

「明日話し合おう」

 そう決心した。


 學校

「菜月」

 私はさっそく菜月に話しかけた。もちろん私の結論を言うためだ。

「私大学行かない」

 そう高校卒業とともに自立するという選択だ。

「それでいいの?」

「うん。絵師としてやるだけやって無理ならもうあきらめるよ」

 漫画にもよくあるセリフだ。

「そういう事じゃなくて。昨日も言ったじゃん、捨てられてるよって」

「それでもいいの、お母さんの言うとおりに育たなかった私が悪いんだから」

「それは洗脳されてるって、お母さんは子どもの望むことをさせなきゃダメなの、知らないけど」

「だから私はもういいの! これでいいの!」

「……」

「菜月ありがとう」

「ちょっと雫!」

 それから私は菜月とは話さなかった。何を言われても何も返さなかった。もうこれは私の結論だから。

「お母さん、私大学終わったら家を出ていく」

「そう、寂しくなるわね。あなたが悪いのよ。勉強しないっていうから」


 母親視点

「はあ」

 雫の母上崎花枝はため息をつく。こんなはずじゃなかったのだ。自分はただ、親の二の舞になってほしくないし、夫が大学行っていなくて低賃金の仕事しかつけなくて、それが原因で亡くなったのだから大学に行くべきと、そう思っていた。それだけだった。別に苦しめるつもりもなかったし、家を出ろ、高校をやめろと言ったら考え直してくれると思っていた。

 別に絵師を否定したいという気持ちももちろんなかった。仕事の合間の趣味としてだったらやってもいいだろうと。ただ、あそこまで本気だとは思っていなかった。こうなってしまってはもう打つ手はない。

 別に本気で助けないわけではない。ただ、自分で決めたことは自分一人でやってもらうつもりだ。いつからこうなったのだろう。


 雫視点

 そして私は高校もやめた。大学に行かないなら高校も行く必要がないからだそうだ。

「先輩! よろしくお願いします」

「おう、まずは品出しをしてくれ」

 私はバイトに行くことにした。生活費を稼ぐためだ。もう私は家にはいられない。家を借りて暮らし始めた。今の物価の日本ではバイトで生活するのは大変だが、ライターの収益とかたまに来る依頼とかそんなので食いつないでいる。生活はしんどい、外食なんてもってのほかで、割引のお肉とかを買って生活している。運のいいことに、お母さんから選別で二十万円もらっているので家事用具は買えたのだ。

「よし、ライターを見よう」

 そしてライターを見る。ゲーム用の方では私が高校を辞めたことは言っておいた。それもライターで流行っている有名な文章で。

(よし! 絶望の害龍クリア!)

 早速その文章が見えてきた。絵を描くのはもちろん好きだが、ライターを見るのも好きなのだ。

(おめでとうございます!)

 と返信しておいた。

(あれ難しかったです)

(そうですよね敵の攻撃が激しかったですし)

(ほんとですよ。本当クリアできてよかった)

 そんな会話をしてまた絵を描くのに専念する。

 そして十年後同総会が開かれた。

「久しぶり! 雫」

 着いていきなり菜月が声をかけてきた。

「いきなり学校を去るなんてひどいじゃない。私位心配したんだよ」

「ごめん。でも話の流れでそうなって」

 大学に行かないのなら高校に行く必要もない。それがお母さんの考えだ。

「今はどうなの?」

「今はそこそこの稼ぎでようやくバイト辞められるかもっていう感じ」

 絵だけで年収十七万ぐらい、まさにあと少しなのだ。

「そう、よかったー。で、高校やめて後悔はしてないのね」

「うん。それは大丈夫。今楽しいし」

「そう。それは良かった」

「それで菜月は今何をしてるの?」

 同窓会お決まりの話だ。


「私はね、今製薬会社で働いている」

「そう、いい感じ?」

「たぶんね、もう少しで昇進しそうだし」

「そっか」

「そう言えば私の前の絵いいねしてくれなかったよね」

「毎回いいねするわけじゃないし」

「そうだよね、うふふ」

「何笑ってんの?」

「だって人と話すの久しぶりだもん。しかもリアルの人と」

「あれからもたびたびはネットでしゃべってたじゃん。みかんちゃん」

「そうだっけ」

「もう!」


(絵を依頼したいのですが)

 なんか通知きた。

「え? これってあのライキンゲルガーだよね。雫がやっている」

「うん」

「すぐ交渉してきてや」

「待ってよ」

 そしていろいろな話をして同窓会を楽しんだ。いっぱい笑い、いっぱいしゃべって、楽しかった。


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