16話
次の日は朝から咲夜、薫、朱鳥の三人は自室で届いた個人荷物の整理をしていた。武はNKHとの契約を終えCS放送の契約も進めていた。そうすると武にはする事が無く屋敷を出て住宅街を歩き回るのだった。渋谷駅から歩いて10分程なのに閑静な住宅街、区立松濤中学校ではグラウンドで授業を受けている生徒たちの声が聞こえてくる。直ぐ傍には渋谷区立鍋島松濤公園があり池に水を湛えており静寂に満ちている。そして少し歩けば317号線、山手通りだ。
(ホント良い場所なんだよなぁ)
武は散策しながら心から思う。付近を散歩し終えた武は屋敷へと戻っていく。玄関を開けると丁度、咲夜が2階から降りてくる所だった。
「あら武、外に出ていたの?」
「あぁちょいと周囲の散策にな、咲夜は荷解き終わったのか?」
「まだ終わってないわよ。そろそろ昼だから持ってきたお弁当の準備にと思ってね」
「あぁもう昼か」
「ちゃんと手洗いとうがいをするのよ」
「は~い」
咲夜の小言に武は返事をして洗面脱衣所へと向かい、手洗いとうがいをするのだった。
昼食を四人で取っている時。
「武、私たち三人は明日の午後に組合に行くからね」
「ん?何しに?」
「ポーターの面接よ」
武は口にしていた卵焼きを飲み込むと。
「俺は?」
「武はここで待っていて」
「いいのか?」
「任せてって言ったでしょう?」
咲夜は少し甘い声を出す。
「まぁ確かに任せる言ったもんな」
武は銀鱈の西京焼きを手に取りながら言った。
「えぇ!任せて頂戴」
咲夜は嬉しそうにそう言った。
「なら俺はトラックレンタルでもしてダンボール箱をリサイクルセンターにでも持っていくかな」
唐揚げを頬張りながら武はそう言った。
咲夜、薫、朱鳥の女性三人はその日、自室の荷解きで費やした。
次の日、武は軽トラックをレンタルすると大量に出たダンボール箱を荷台に積むとリサイクルセンターへとドライブがてら運転をしていた。ラジオからは今流行りの軽快なJ-POPが流れてくる。
(ポーターってどんな人が来るのやら)
武は咲夜を信頼しているので、どんな人が来ようと受け入れるつもりでいた。
(つか、俺自身ポーターってのがどんな作業するのかイマイチ分かっていないんだよなぁ)
荷運び人、食料や寝具等を運ぶ人というイメージしか武にはなかった。今頃、咲夜たちは組合に向かっている頃だろう。
その頃、咲夜、薫、朱鳥の三人は組合へと来ていた。待ち合わせは14時だが20分前には小会議室へと来ていた。
「どないな人来るんでっしゃろか」
薫が訊ねる。
「私も実際に会った事は無いから確実な事は言えないけれど、きっと有能な人材のはずよ」
咲夜がそう答える。
14時丁度になると控え目なコンコンというノックが聞こえてくる。
「どうぞ、入って下さい」
咲夜がそう告げると一人の少女が室内へと入ってきた。身長は160㎝無い位、愛くるしい目に小さいけれどもはっきりとした輪郭を備えている鼻、少し厚い唇を持った口に茶色の髪はサイドテールにしていた。
「どうぞ、席に腰掛けてください」
咲夜が優し気にそう言うと少女は席へと浅く座った。
「先ずは自己紹介からさてせもらいますね。私の名前は四ノ宮咲夜。右手側に座っているのが」
「結城薫ですよろしゅう」
「そして左手側に座っているのが」
「氷室朱鳥です、よろしくお願いします」
そう言い自己紹介をした。
「私は劉華林と言います。よろしくお願いします」
そう言い頭を下げてきた。
「そうね、質問等はあるかしら?」
咲夜が劉華林に尋ねる。
「仕事は何時からですか?」
「そうねぇ出来れば明日からにでもお願いしたいんだけれど」
「それは大丈夫です。それとチームは三名ですか?」
「いいえ、チームリーダーの大和武という人が居ます」
「では四名という事ですね」
「そうなるわね」
「迷宮に潜るのは何日程ですか?」
「え?迷宮に?そうね潜るとなったら2日掛かりかしら?」
「そうですか」
何故か劉華林は残念そうに呟いた。
「劉華林さんは兼任ではなく専属のポーターなのよね?」
咲夜が訊ねる。
「は、はい。そうです。で、でも無限袋持ってます!」
無限袋とは中に無限に物が入れられる訳ではなくて大きさがマチマチだ。大きい物になると数百立方メートルの様な巨大な物から小さい物は数立方メートルだが、通常サイズといえば10立方メートルになる。入れられるだけ入れても重さは変わらないという不思議な袋で高ランクの何日、何週間と迷宮に潜る探検者たちには重宝されている魔法道具である。
「えぇ組合のデータベースにも載っていたわね。大きさはどの位なのかしら?」
「えぇえと、5立方メートルです」
「あら少し小振りなのね」
「で、でも2日の迷宮探索なら十分な大きさのはずです」
「えぇ確かにそうね」
咲夜も劉華林の言葉に頷く。
「他に聞きたい事は無いかしら?」
「あの!依頼料はどうなりますか?」
「依頼料?迷宮の依頼料なら頭割りよ?それと迷宮内で入手した物も売った時は全員で頭割りになるわね」
「それは私もですか?」
「え?えぇそれは勿論そうよ?」
その言葉に劉華林は机の下でギュッと拳を握った。
「なぁなぁ少し話の流れがおかしないどすか?」
薫が言葉を挟んでくる。
「う~ん、私もそう思いますね」
朱鳥が賛同してくる。
「そうよねぇ?ねぇ劉華林さん貴女少し焦ってるのかしら?何か予定でも入ってるの?」
咲夜は訊ねる。
「え?明日から迷宮に潜るのならば急いで準備しないといけないので」
劉華林がそう言うと。
「「「え?」」」
咲夜、薫、朱鳥の三人は驚いた。
「え?違うんですか?」
劉華林は問うてきた。
「あの私たち貴方を固定メンバーとして入れたいと思っての面接なんだけど」
「え!?臨時じゃなくて固定でですか?」
劉華林は驚いた。何時もの如く臨時メンバー募集と勘違いしていたからである。
「えぇそうよ?それとも固定じゃ何か困る事でもあるのかしら?」
「い、いえ!何も問題無いです!でも依頼料等の頭割りっていうのは」
「えぇ固定メンバーとして加入して貰うんだから当然でしょ?」
「あの、さっき言っていたチームリーダーの大和武さんもそれは了承してるんですか?」
「武?武なら当然と思ってるから問題無いわよ」
「そうですか」
劉華林はホッとした。
「今迄に何かあったの?」
咲夜が訊ねてくる。
「殆どが臨時募集で固定チームへの誘いは今迄もあったんですけど、専属ポーターだからって一人だけ安く設定される事ばかりでした・・・」
劉華林は俯きながらそう言う。
「それは・・・、巡り合ったチームが悪かったわね。私たちのチームはそんな事無いから安心して頂戴」
咲夜は劉華林をそう諭す。
「はい、それと最初に言っていた明日からってのはどういう意味ですか?」
「あぁそれはね、私たち今共同生活をしようとしている真っ最中なのよ。私たちのチームに加入するならば貴方にも参加して欲しいのよ」
「共同生活ですか?」
「そう、部屋も余っている事だしどうかしら?」
「一度、見てからでも良いですか?」
劉華林はそう言った。
「えぇ構わないわ。住所を後で渡すから明日の10時前後に来てくれたらいいわ」
咲夜はそう答えた。
「それと不躾な問いなんですけど、ポーターってどんなスキルを持っているのかしら?」
「スキルですか?スキルは和食と中華料理とイタリア料理の3つ持っています。家が中華料理屋なので料理も得意です」
劉華林は自信なさ気に答えた。
「あら料理スキルを3つも!凄く良いじゃない、家のキッチンを任せたい位だわ」
咲夜は嬉しそうにそう言った。
「は、はぁ」
劉華林は目の前の四ノ宮咲夜が何故そこまで嬉しそうにしているのが分からなかった。戦闘スキルを1つも持っていない事は迷宮探索に於いてマイナス要因にしかならない。なのに無い事を何でもない事の様に言っている。
「なら、家の住所を教えるから明日来てね」
咲夜はそう言い、その場は解散となった。
次の日、劉華林は松濤の街を歩いていた。今迄見た事も無い豪邸やマンションが立ち並ぶ街中を一人心細気に歩いて行く。
(本当にここで合ってるのかしら)
スマホの地図アプリを使い目的の住所へとやってくる。するとそこにも豪邸が建っていた。門をくぐり玄関ドアの前に立ちインターフォンを鳴らす。すると「は~い」という言葉と共に玄関ドアが開かれる。
武はその日も何もする事が無く部屋のベッドに寝転んでいた。するとチャイムの音がしたので玄関を開けると一人の少女が立っていた。
「え、え~と、お嬢ちゃん何か用かな?」
武は年下の子供に対する様に接した。それを彼女も察したのか。
「わ、私はこれでも今年で20歳です!」
劉華林は怒りながらそう言った。
「嘘!?マジで!?」
「本当です!」
劉華林は腰に手を当てながら胸を張ってそう言った。
「そうだったのか、すまん!申し訳ない」
武は両手を合わせ頭を下げて謝った。
「い、いえ、分かってくれたのなら結構です」
「あれ?じゃあ今日来るポーターの人って」
「あ、それ私です」
武の言葉に劉華林が反応した。
「そっか、俺は大和武だ。ヨロシクな」
「私は劉華林といいますよろしくお願いします」
二人は玄関先で自己紹介をした。
「武~?」
2階から咲夜の声が聞こえる。
「おぉ~い咲夜、ポーターの人来たぞ~」
武が2階にそう声を掛けると咲夜が降りてきた。
「華林さん、いらっしゃい。待っていたわよ、さぁ上がってください」
咲夜はそう言いスリッパを出した。
「お邪魔します」
華林は靴を脱ぎスリッパに履き替えると屋敷の中へと入って行った。
「俺は・・・・・・」
どうしたらいい?と聞こうと思ったが。
「武は部屋で待っていてね」
「へ~い」
咲夜にそう言われ武は自室へと戻っていった。咲夜は華林を連れて屋敷内の各部屋を案内していく。華林は華林で各部屋の豪華さに圧倒されていた。2階へ上がると空いている2部屋を見せ。
「空いている部屋のどれもを使ってもらっていいわよ」
咲夜はそう華林に言った。
「どれもって・・・・・・」
今、自分が住んでいる実家の部屋よりも大きな部屋を提示され困惑していた。それに。
「あの・・・家賃は幾ら程になるんですか?」
一番の問題はそこだ。
「そうね、華林さんも一緒に住んでくれるなら一人当たり8万円かしら?」
「8万!?」
余りの安さに華林は驚いた。
「あっ水道光熱費は別だけどね」
咲夜は何でもない様に明るく言う。
「で、どうかしら?」
「どうとは?」
「チームに加入して共同生活する事よ」
華林は問われどうするべきか考えた。条件は破格だ。迷宮探索の報酬も頭割りだし、住む場所の条件も非常に良い、リーダーの大和武に対しても少ししか話をしていないがそう悪い人には見えなかった。他の二人にしても同じ女性だし親近感が沸く。条件は破格だ。劉華林は考えた。
「四ノ宮咲夜さん、これからよろしくお願いします」
華林はそう言い頭を下げた。
「そう!良かったわ!」
咲夜はパンと手を叩くと心底嬉しそうに言った。
そして、薫と朱鳥の二人を呼ぶと四人で1階へと降りていった。武の部屋の前に来るとノックをし。
「武、リビングに来てちょうだい」
そう言い残して四人でリビングへ行きソファへと座る。少しして武がリビングへと現れソファへと座る。
「改めて紹介するわね。彼女は新たにチームに加入するポーターの劉華林さんよ」
「劉華林です。よろしくお願いします」
華林はそう言い頭を下げた。
「おう、俺はチームリーダーの大和武だ。ヨロシクな!」
武はそう言うとニカッと笑った。
「武、彼女凄いのよ?和食と中華料理とイタリア料理の3つのスキル持ってるのよ」
「マジか!?そんじゃ旨い物食べ放題じゃねぇか、すげぇな」
そんな言葉は今迄一度も掛けてもらった事は無かった。
「しかも5立方メートルの無限袋も持ってるのよ?」
「マジか!?そしたら荷物運び放題だな!」
そんなキラキラした瞳で見られた事は今迄一度も無かった。
「すげぇ人材連れてきたな。流石、咲夜だぜ」
「ふふん、そうでしょう?武私の事見直した?」
「あぁ見直した見直した。やっぱ咲夜は出来る女だぜ」
そんな風に想われた事は今迄一度たりとも無かった!
「あ、あれ?」
武が華林を困惑して見ていた。
「ちょっと武。何女性を泣かせてるのよ」
「おおおぉ俺が悪いのか!?」
華林はその時初めて自分が泣いているのを自覚した。
「この中に男性は武一人しかいないでしょ。なら悪いのは武じゃない」
咲夜はそう断言する。
「そ、そうなのか。あぁ~華林っつたか、何か悪かったな」
「い、いえ大丈夫です。ぐすっ、何でも無いんです」
咲夜が華林にティッシュペーパーを渡す。華林はそれで涙を拭った。
「私頑張ります。迷宮での食事も家での食事も私がやります!」
涙を拭うと華林はハッキリとそう言った。
「あらいいの?屋敷の食事も任せてしまって?」
「はい、料理は大の得意ですから問題ありません」
咲夜の問い掛けに華林はハッキリと答える。
「そう、分かったわ。それじゃあ少し早いけど昼食にしましょうか」
咲夜は弁当箱を取り出してきて皆で囲んで食べていった。
武は煮物を摘まみながら。
「そういや華林って劉って苗字なんだよな?」
「はい、そうですけど?」
武の問い掛けに華林は答える。
「そしたら華林って」
「はい、父が民国人で母が日本人のハーフです」
華林はそう答えた。
民国人、それは中華民国の人たちの事を指す。海南省・広東省・湖南省・江西省・福建省・浙江省の南半分・広西チワン族自治区を治める国の事である。1911年の辛亥革命より成立した孫文の中華民国は毛沢東が作った中華人民共和国に1949年敗れかけていた。南京を奪われ南にへと撤退している途中、突如として日本帝国が中華民国側へと参戦を宣言する。中華人民共和国側は内政干渉だと猛抗議するが日本帝国は軍艦・戦車・戦闘機・軍人を全て投じ中華民国の撤退を阻止していた。
そして1年後の1950年にはアメリカ合衆国も中華民国側として参戦を宣言する。すると中国内部の戦争から民主主義と共産主義との戦争へと方向性が置き換わっていった。日本帝国とアメリカ合衆国の後押しを受け中華民国と中華人民共和国の戦争は一進一退を繰り広げる。中華人民共和国はソビエト連邦の後押しを受けていた。
そして1年後の1951年欧州各国の呼びかけにより休戦協定が提案される。だが最初は中華人民共和国側が応じなかった。しかし飢饉・洪水被害・食糧危機等が重なり中華人民共和国側は戦線の維持が困難になってきた。1950年にもう一度欧州各国が休戦協定を持ち掛ける。これに中華民国、中華人民共和国双方が応じ、1952年上海で中華民国・中華人民共和国休戦協定、所謂、中中協定が結ばれ戦争は一時停止した。そして中華民国は首都を広州、中華人民共和国は首都を北京へと定めた。
日本帝国は更に台湾島を中華民国へと99年の租借地へと提案した。これに対して中華民国は応じたが日本帝国国内は猛反発した。何故領土を渡さないといけないのか今回の戦争に対して日本帝国は何も得るものは無く、領土を明け渡しただけではないかとデモが多発した。当時の政府は対応をするがデモが収まる気配が無かった。そこに天皇陛下の御言葉が発せられた。日本帝国国民は天皇陛下が仰るのであればとデモは次第に鎮火していった。
そして中華民国は1997年7月1日にイギリスから中華民国へと香港返還がされるのであったが、中華民国側がイギリスへ50年の延長を持ち掛けた。これはイギリスの力の影響力も残しておきたいとの中華民国の思惑もあったと思われる。
世界では中華人民共和国の事を北中国、中華民国の事を南中国と呼び、日本帝国内では中華人民共和国の人を人民国人、中華民国の人を民国人と呼んで分けている。
但し、中華人民共和国は中華民国も同じ一つの中華人民共和国であるとの主張を随時繰り返しており未だに中華人民共和国と中華民国の間に国交は樹立されていない。
そして中華民国は日本帝国及びアメリカ合衆国と軍事同盟を結んでいる。
「へぇそうなんだ」
塩鮭を食べながら武は頷いた。
「生まれは香港で9歳の頃に日本に来たんです」
「なら言葉は?」
「中国語・英語・日本語が喋れます」
「おぉ~バイリンガル」
武は拍手をしながら華林を褒めた。
「いや、それ程でも・・・」
華林は照れていた。掛け値なしに褒められる事にまだ慣れて無かった。
食事も終え、皆でお茶をしている時
「私そろそろお邪魔しますね。引っ越しの準備も急いでいないといけないので」
華林がそう切り出してきた。
「あ、じゃあちょっと待っててくれよ」
武はそう言い席を立つと自室へと戻っていった。戻って来た武は華林に1本の鍵を手渡した。
「はい、家の鍵な」
「あ、ありがとうございます」
華林は鍵を受け取ると大事そうに握りしめた。
四人で玄関まで見送ると
「それじゃあ、失礼します」
華林は頭を下げた。
「あぁまた明日な」
そうして華林はその場を後にしたのだった。




