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【030】 眠れる才能と魔術師


 三月の半ばに近づいたころ、亮から電話があった。

 脳天気な声で「メキシコのお土産を渡したいんだけどさ」と言っていたが、僕としては「何をいまさら」と言う感じだった。

 二月中に帰国していた亮に、僕は何度か連絡を入れていた。しかしその度に「忙しいから」とかいいやがって僕と会おうとしなかった。

 京葉工科大での練習でも顔を合わせることはなかった。意図的に時間をずらしてるんじゃないかと疑ってしまうほどだ。

 だから僕としては「コッチにはコッチの都合がある」と突っぱねたいところだったが、僕は亮の話に興味があった。あいつが見てきたメキシコの野球について、詳しく話を訊いてみたいとずっと思っていた。




***


「――もしもし、あ、佐藤さんのオタクですか、あ……はい、杉浦です……あ、はい、どうも、コンバンハ……」


 約二週間ぶりの麻衣子への電話。

 いつもだったら麻衣子が出るハズなのに、電話に出たのがいきなり母親で少し焦った。

 麻衣子と話すのは、あの卒業式以来だった。バイトと教習所、そして京葉工科大での練習が思いの外ヘビーなローテーションに突入してしまったため、彼女と疎遠になってしまっていた。

 しかしそれは先週までの話。

 明後日には鮫洲……ではなく二俣川に行ってくる。で、晴れて普通免許保有者になる予定だった。

 だから今週からは麻衣子と会う時間もたくさん作れるはず――


『最低ね』

「――!」

 電話にでた麻衣子は、いきなり不意打ちのようにジャブを見舞ってきた。

『二週間も連絡なしってどういうことなの?!』

 やっぱり怒ってる……当然か。

『卒業後も変わらないよ~とかいってあんなこと・・・・・までしたのに、その後連絡もナシなんて』

――!!

「ちょ、ちょっとまて! あんなことって……なんにもしてねえべよ?!」

『そんなことはどっちでもいいのよ』

「いやいやいや――」

 全然よくねえだろ……。

 それにしてもなぜそういう冗談を言うのか。絶対、親にも聞こえてんべ……もう、麻衣子んちの親とは顔を合わせられないかもしれない、マジで。


『で、なんの用なの?』

 彼女は尖った声で言った。

 どうやら今日はあんまり楽しくお喋りはしたくないらしい。

「いや……給料が出たからメシでもどうかな、と」

 しかし彼女は無反応だった。

 受話器の向こうには誰もいないんじゃないかって思うくらいの静けさだ。

「もしもし……?」

『なによ。』

「いや、だから……給料が出たので――」

『二回も言わなくてもいいわよ!』

 聞こえてはいた。てことはつまり返事をする気がなかっただけか。


 今日の彼女の機嫌の悪さは本物だった。

 こんな日はついつい余計なことを言ってしまいがち。つまらない一言で彼女の機嫌をさらに損ねてしまう可能性は大だ。


「じゃ、取りあえず明日、十時に行くから――」

 僕は手短に用件を伝えた。

 そして余計なことを言って墓穴を掘る前に受話器を置いた。





***



「――先方はかなり興味を持っているらしい。是非見たいと言ってきている」

 斉藤は落ち着き払った様子で言ったが、峰岸にはその声がいつもより上擦っているように聞こえた。


 京葉工科大に呼び出された峰岸は、その理由についてだいたいの見当がついていた。

 一週間ほど前、メキシコにいる野村から電話をもらっていた。

 アメリカを拠点にするエージェントの彼が、いまだにメキシコに留まっている理由について、峰岸に思い当たるものはひとつしかなかった。

 

「それにしても普通じゃこの時期にありえないですよね」

 リーグの開幕まで二週間を切ったこの時期の「新戦力の補強」など通常では考えられない。少なくとも峰岸の常識ではあり得なかった。

「まったく。いったいどんな魔法を使ったんだか……」

 峰岸は笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「魔法ってコトはないだろうが、故障者が続出してるみたいだな」

 投手陣が壊滅的な状況らしいぞ――。

 斉藤も釣られたように笑みを浮かべ、灰皿に煙草を押しつけた。


 投手陣が壊滅的――。

 斎藤はそう言ったが、峰岸にはそれは関係がないように思えた。

 いくら投手のコマが不足しているとは言っても、いまの杉浦はプロで投げられるレベルには到底達していない。とてもじゃないが即戦力として計算ができるはずもない。

 いまの杉浦にあるのは将来性だけだった。若さと類い希な才能に裏打ちされた将来性。それだけが売りであり最大の武器だった。

 しかし、いかんせん実績に乏しかった。客観的に評価する材料の乏しさが、杉浦が日本で野球を続ける道を閉ざしてしまっていた。


「大した奴になったもんですね、あいつも」

 峰岸は大学時代の野村を思い出し、また首を傾げた。

 しかし彼のエージェントとしての能力には素直に脱帽していた。


「まあとにかくだ……」

「野村が凄いのか、杉浦が強運なのかはわからんが……どっちにしても大事なことは、それに見合うだけのチカラが杉浦にあるのかということだ」

 斉藤は新しい煙草をくわえ、火をつけた。


「いずれにしても来月にははっきりするだろう」

 山路が見初めた才能が本物なのかどうかも、な――。

 斎藤は金色のフィルターから口を離すと、目を細め大きく煙を吐き出した。





***


 麻衣子を家まで送って、僕が家に着いたのは夜の十時半だった。

 寝るのが早い祖父母を気遣い、足音を忍ばせてそっと玄関を開けると、煌々と灯りの漏れる居間から幸子が顔を覗かせた。


「あら。思ってたより早かったじゃない」

 そう言った幸子に向かって小さな声で「ただいま」と告げると、フルフェイスのヘルメットを持ったまま居間に入り、ソファに寝そべった。

 なんだか今日は疲れた。なにがあったってワケじゃないが、ココ最近のいろんな疲れが、一気に吹き出してきたって感じだ。


「毎日会っててよく飽きないわね」

 顔を上げると、イヤらしい目をした幸子が僕を見下ろしていた。

「どこが毎日なんだよ。今月に入ってから二回目だろ」

 僕はそう言って、幸子の視線から逃れるようにテレビのリモコンに手を伸ばした。しかし僕の興味がそそられるモノは何もなく、すぐに電源を落とすと、新聞に手を伸ばし、スポーツ面を広げた。

 そこにはプロ野球各球団の新戦力の分析の記事が載っていた。

 やはり注目は用田だった。奴は既にオープン戦にも登板し、ソコソコのピッチングを見せていた。

 用田以外にも、僕の知ってる名前が幾つか載っている。みんなそれぞれに新たなスタートを切っていた。


「用田くんてコは注目されてるわね。知り合いなんでしょ」

 幸子は僕の肩越しに新聞を覗き込んできた。

「まあな」

 僕はソファに寝そべったまま、気のない返事をした。

 ココに載っている僕の知ってる名前たち。

 プロと呼ばれる彼らと、宙ぶらりんないまの僕。

 ここでも取り残されてしまったような気がして、ほんの少しだけの焦燥感に嘖まされる。


「ま、気にすることないわよ。ペースはそれぞれ違うんだから」

 幸子は僕の心を見透かしたように優しい言葉を掛けてきた。ま、そんな言葉に騙される僕ではないが。


「でも、将来のことも大事だけど、いま目の前にあることも、ね?」

 コーヒーでも淹れるわ――。

 彼女は立ち上がり、台所に行ってしまった。


 いま、目の前にあること――。僕はその意味を考えた。

 僕の将来はまだ先が見えない状況だというのは間違いがない。だから当然いまの状況にも不安はある。だけどそれは一時期の僕を苛立たせた閉塞感とはまったく違うモノだった。

 なにしろ僕の覚悟は本物だった。何と比べて本物なのかと問われると言葉に詰まるが、「もう一度表舞台に立つ」という一点についてはブレない強い気持ちを持っていた。はっきりとした目標が見えていた。


「あ、そういえばさっき峰岸さんから電話があったわよ。」

 コーヒーのいい香りとともに現れた幸子は、思いだしたようにそう言った。


「なんだって?」

「さあ。明日にでも電話してみたら?」

 今日はもう遅いから――。

 彼女はそう言って壁に目をやった。


 壁の時計は十一時ちょうどを指していた。

 僕は左手に嵌めた時計と見比べた。僕の時計ではまだ十時四十分……正確に言えば、四十二分二十八秒――。


 僕は今朝の出来事を思い出した。

 いつも通り麻衣子を迎えに行ったが、彼女は僕に向かって「遅い!」と言った。しかし僕の時計は約束の時間の五分前を指していた。

 そのときは、前日から機嫌が悪かったから「また、いちゃもんをつけられた」くらいにしか思ってなかったのだが……。


 どちらの時計が狂っているのかは明白だった。

 僕は少し迷ったが、今日電話をするのは止めておくことにした。


「藤堂くんて……アメリカにいるんでしょ?」

 不意に幸子が呟いた。

「藤堂くんて二人いるんスけど。ちなみに兄貴の方はメキシコで、弟の亮は錦糸町」

「へえ。メキシコなんだ」

 幸子も藤堂さんの名前くらいは知っていた。以前に電話をもらったこともあったし。


「ねえ。行くつもりでしょ?」

 幸子は僕を見据えてそう言ったが、彼女の質問の意図がよくわからない。

 僕は目を逸らし、「たぶんね」と他人事のように言った。

「そんなに警戒しなくてもいいじゃない。べつに邪魔しないわよ」

 幸子はそう言って鼻で笑うと、コーヒーカップに口を付けた。

 僕のメキシコ行きについては、幸子に隠してるワケではなかった。ただ、時期も含めてなにも決まってないいまの状況では、話すことなど何もないような気がしていた。

 だいたい突っ込んで何かを訊かれたところで、いまの僕には応えようもないのもわかっていたし。

「いつごろ行くの?」

「さあ。たぶん九月頃だと思うけど……よくわかんねえな」

 ホントによくわからない。現時点で決まっているのは僕の気持ちだけだから。


「ところで……峰岸さんってせっかちな人?」

 食べる――?

 幸子はポッキーを僕に差しだした。

「お、サンキュ! ……つうか、なんで?」

「だって、立て続けに三回も電話かけてきたから――」

 幸子はそう言って笑った。



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