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【025】 territory


 正月の三が日。

 そのほとんどを麻衣子と過ごした僕だったが、二人の仲は驚くくらいに何も進展していなかった。


 そして僕の告白に対する答え――。それもまだ聞いていない。

 あのときはそれでもいいやって思ってたものの、いまさらになって僕は不安になっていた。

 まどろっこしい言い方をしたからジツは伝わってなかったんじゃないかとか、そもそもアレは夢のなかの出来事だったんじゃないかとか。

 二度言うってのは僕としても抵抗があるから彼女が言い出すまで待っているが、彼女の口からその話題が出てくる気配は微塵もない。

 ひょっとして僕らの仲はこれ以上進展しないんじゃないかと密かに危惧してみたりもして――。



「――いえ。おれは行かないスよ」

 僕は声のトーンを抑え気味に言った。

 受話器のムコウの峰岸さんは『本当に行かないのか』と念を押してきたが、僕はきっぱり「行きません」と答えた。

 正月早々かかってきた峰岸さんの電話。

 僕の進路に何か動きがあったのかと緊張が走ったが……なんのことはない「亮の見送りには行かんのか?」という僕にとってはどうでもいい用件だった。

 峰岸さんは麻柚と一緒に成田まで見送りにいくらしいが、正直「気が利かない親父だな」と思う。二人きりにしてやったらいいのに、とも。

 もちろんそんなことは口にはできない。ワザと邪魔している可能性も否定できないし。


「そんなことより――」

 僕の進路の件について尋ねてみた。しかしソッチの方も何も進展していないらしい。

 峰岸さんも自称『顔が利くヒト』らしいが、中学で肩を痛めて高校では実績が0の選手に興味を示してくれる奇特な会社は今のところないらしい。

 近年では稀に見るほどやる気に満ちているいまの僕だったが、引き受けてくれる先が本当にあるのか微妙、というか不安だ。

「取りあえず……やる気だけは目一杯ありますんで……はい。よろしくお願いします……」

 僕は受話器を耳に当てたまま何度も頭を下げ、電話が切れるのを確認してから受話器を置いた。



「――困ったわねえ」

 受話器を置くのを待ちかまえていた声……振り返らなくてもわかる。彼女しかいない。


 迂闊だった。

 幸子のテリトリーでこんな話をしてはいけないってわかってたのに……。


「ホントに困ったわね。どうするの?」

 幸子はまったく困った様子もなく言った。むしろいまの僕の状況を楽しんでいるようにすら見える。

「……なんだよ。順調だょ……」

「はあ? 聞こえない。もう一回言ってみて?」

 マジで性格の悪い女だ。

 従姉妹じゃなかったら多分クチを聞くこともないタイプだな。

「あんた、何か得意なものってないの?」

 幸子は言ったが、その質問は聞き飽きた。ここ半年のあいだに100回くらいその質問には答えてきた。

「まあ、なんとかするから心配すんなよ」

 強がって言ってみたものの、先行きは不透明だった。

 いつもはしつこい幸子だったが、それ以上の追求は意味がないと思ったのかしてこなかった。ただ一言「しばらくはココにいたら」というようなことを言ったような気がしたが……たぶんそれは空耳だったと思う。




***


 いつものように見慣れた街並みをすり抜け、小動こゆるぎから国道134号線に出たとき、正面に広がる海は眩しいぐらいにキラキラと輝いていた。波間に添えられたウインドサーフィンのカラフルな帆が、海と空の青にアクセントをくわえている……真冬だというのにまったくご苦労なことだが。 

 麻衣子の家に着いたとき、そこに彼女の姿はなかった。いつもなら排気音に気付いてすぐに玄関先に出てくるのに。

「……しょうがねえな」

 僕は独り言を吐いてRZを彼女の家の前に寄せ、玄関の前に立った。



ピンポ~ン、ピンポ~ン



 一回しか呼鈴を押してないのに、間延びした音が二回聞こえた。

 程なく玄関ドアが開き、麻衣子が顔を出した。

「あ。思ってたより早かったね」

 そう言って笑う彼女は、いつになくくつろいだ格好をしていた。

「べつに早くはねえべよ」

 予定通りに迎えに来たってのに、まだ出掛ける準備ができてないみたいだ。

「じゃ、どうぞ。はいって」

 彼女は玄関ドアを押さえたまま、家の奥に向かって手を広げた。

「……いいよぉ、ココで待ってるから」

 べつに外で待つのは苦でもないし。

 しかし彼女は不思議そうな顔で僕を見つめると「今日はどこにも行かないわよ」と言った。

「は?」

「お昼、用意してあるから。ほら、早く――」

 麻衣子は呆然とする僕の腕を引き、玄関のドアを閉めた。


 初めて足を踏み入れた麻衣子の家――。

 緊張してしまった僕は上がり框で軽く躓いた。


「……誰かいんの?」

 小声で聞いた。

「ママがいるけどこれから出掛けるみたい。パパはちょっと前に逃げた」

 いや。逃げ出したいのはどう考えても僕の方だと思うんだが……。

「あのさ……見ればわかると思うけど、手ぶらなんスけど」

 僕は両方の掌を広げた。

「気にしないで。杉浦の実家に行ったときもそうだったでしょ」

 そう言って口角をきゅっとあげた。実はマジで怖い女なのかもしれない。


 通されたリビングは、外から見たカンジよりも広かった。

 部屋の中央にはソファとテーブルが置かれていた。その嫌みのないデザインは、明桜の応接室にあったモノほどの威圧感はなく、かと言ってウチにあるモノほどくたびれていなかった。

 正面の壁に据え付けられたガラス扉のついた低い棚。

 そこにはたくさんのグラスと酒の瓶と思われるモノが収まっていた。ウチの実家にも酒がたくさんあったが、見覚えのある瓶はココにはなさそうだった。

 そんなことを考えてるうち、麻衣子の母親らしきヒトが二階から降りてきた。もちろん僕は初対面だ。


「あ。これが杉浦くん」

 キッチンにいる麻衣子が僕の方を指さした……あんまりいい紹介の仕方ではないね。

「……コンニチハ。スギウラデス……」

「こんにちは」

 彼女の母親が笑顔で返してくれた。

 僕は初対面の人に対して必要以上に緊張してしまうことがある。いまはまさにそのMAXに近い状態。でも優しそうな人で少し安心した……ウチの母とはダイブ違うな。

「せっかく来てくれたのにお構いもできなくてごめんなさいね」

 麻衣子の母親はそういって玄関から出て行った。本当に出掛けてしまったみたいだ。


「いつまで立ってるの?」

 麻衣子は微笑しながら僕を一瞥すると「おとなしく座ってて」とソファを指した。

 その後、僕は彼女に言われるままにリビングのソファに座り、出された料理を黙々と食べた……躾の行き届いた犬のように。

 料理は美味かった……と思う。なんだか緊張しててよく味がわからなかった。


「さっきから気になってたんだけど……なんで正座してるの?」

「さあ……なんでだべな」

 僕は首を捻った。

 普段の僕は正座なんてしない。しかもソファーに正座ってもの凄く不自然だけど、いまはこの方がなんとなく落ち着く。足の痺れもいまだけは少し心地よく感じる。

 そんな僕とは対照的に、麻衣子はとてもくつろいでいるように見えた。それはこの場所が彼女のテリトリーであり、僕はソコに迷い込んだ子羊……てことはないけど、主導権が僕にないってことだけは感覚的に理解していた。

 それにしても気の利いた話題ってない。

 彼女と一緒にいるとき、僕はいつでも話題をさがしているような気がする。そしていつも途中で諦めて沈黙して……あ。

「そういえばよ――。」

 僕の頭に突然、話題・・が降ってきた。「たっつん……て雑種?」


 急に思い出した高橋先輩の飼い犬。

 僕の頭の中では、まだ見ぬ『たっつん』が駆け回っていた。イメージとしては柴犬みたいな奴なんだが。


「はあ……?」

 麻衣子はちょっとバカにしたような顔で首を傾げた。

「あれ……そんな名前じゃなかったっけ? 高橋先輩んちの犬って――」

「ナニ言ってるの?」

 麻衣子は眉間に皺を寄せた。「たっつんは犬じゃないわよ」

「は?」

 犬じゃないって……まさか、猛獣系とか?!

「亜希先輩のお兄さんよ」

「え……オニイサン……?」

 マジで……?

 高橋先輩にお兄さんがいるなんて知らなかった。そんな話まったく聞かされていなかった。まあ僕に報告しなきゃならない理由なんてないんだろうけど。

 そういえば麻衣子が一人っ子だってことも今日はじめて知った。多分そうなんじゃないかとはなんとなく思ってはいたけど。 

 考えてみれば僕らが知り合ってまだ二年とちょっと。その前の十六年間は顔も見たことがなかったんだから、お互い知らないことがあっても不思議はない。麻衣子の家にも何度も来てはいたけど、家に入ったのは初めてだったし、彼女の母親に会ったのも初めて。そのうちお父さんに会うこともあるんだろうし――。


 僕は外に目を向けた。

 リビングに差し込む陽射しは暖かかった。

 そういえば、海にはサーファーがいっぱい繰り出していたっけ。

 僕はそっと麻衣子に目を向けた。

 彼女は僕を見ていた。柔らかい微笑を浮かべて。

 その視線の不思議な感じに、僕は照れて思わず目を背けた。

 僕は小さく息を吐き、頬を弛めて首を竦めた。

 やっぱりこの場所ではいつもの僕ではいられないらしい……僕は立ち上がり、親指で外を指した。


「なあ。ちょっと出掛けんべ――」。




 麻衣子をバイクの後ろに乗せ、国道134号線を茅ヶ崎方面に向かった。

 目指したのは茅ヶ崎湘洋高校、僕の母校だった。

 いつものように学校から少し離れた神社にRZを乗り入れ、通り沿いのコンビニに立ち寄った。いつもと違うのは麻衣子が一緒ということくらいだ。

 コンビニで烏龍茶と午後ティーを買い、通い慣れた学校までの道を麻衣子と並んで歩いた。


「いつもバイクはあそこに?」

 麻衣子は不思議そうに言った。

「ああ。この時期は寒いから少ないけど、多いときは六、七台停まってるよ」

 僕が答えると、彼女は「ふ~ん」と聞いてるんだか聞いてないんだかわからないような返事をした。


 学校に着くと野球部の後輩たちが正門の前に屯っていた。

 僕の姿に気付いた何人かが大きな声で挨拶をしてきた。そしてなぜか麻衣子にも同じように……。

 コイツらのなかで、彼女の位置づけってどうなってんだろ……ちょっとだけ興味がある。

 後輩たちは、学校の外周を走る10km走をこれからスタートするところだった。

 去年までは僕も走っていたが、同じコースを何周もするから非常に退屈でツマラナイ練習だ。ベースランニングの次に嫌いな練習メニューだと言ってもいい。


「納村はよ?」

 僕は誰にというわけでもなく言った。周囲を見渡したが姿が見えない。

「え~と、さっきまではいたんですけど……」

 どっか行っちゃったみたいス――。

 吉田が首を捻りながら言った。

「あっそ。じゃ、いいや」

 僕はそう言うと後輩たちに向かって軽く手を掲げ、麻衣子を促し正門を通り抜けた。 



「ねえ、どこにいくの?」

 麻衣子が僕の顔を窺った。

 僕は校舎を指さしただけで何も答えず、職員用の通用口でスリッパに履き替え、校舎内に入った。

 階段で二階まで上がり、正面にある職員室を覗いた。

「あれ。誰もいねえのかな――」

 鍵も閉まっていた。納村がいれば挨拶くらいはしていこうと思ってたのだけど。

「ま、いいや。行くべ」

 僕は職員室を横目に校舎の奥に向かって歩き出した。


 誰もいない校舎は不気味なくらいに静まりかえっていた。

 振り返ると麻衣子の不安げな瞳があったので、僕は手を伸ばして彼女の手を握った。

 渡り廊下を通り、突き当たりを右へ向かう。

 一番端の教室の前で僕は立ち止まった。


「――ココ、おれのクラス。」

 僕はそう言って微笑すると、ドアを開け、誰もいない教室に足を踏み入れた。


「で……ここがおれの席――」

 窓側の前から四列目、落書きだらけの机に僕は腰掛けた。

「へえ……」

 彼女は興味深そうに室内を見渡した。

「なんかへんな感じ……他の学校の教室に入る機会ってあんまりないから」

 そう言ってようやく笑顔を見せてくれた。


「ねえ、コレは?」

 麻衣子は教室の後ろの壁を指さしていた。

 そこには数十枚の写真が貼ってあった。

「杉浦、発見! あ、こっちにも」

 彼女は無造作に貼られた写真を見て嬉々としていた。

 誰が貼ったのか僕は知らない。ウチのクラスの写真好きな奴が撮ったんだろうと思うけど、いつ撮られたのか、いつから貼ってあったのか僕はまったく憶えてなかった。


「ねえ。コレ、もらっていい?」

「もらっていいって……つうか、もうハガシちゃってんじゃん」

 そう言った彼女が手にしていたのは、さっきまで壁に貼られていた僕の写真だった。

「おれが貼ったんじゃねえからいいも悪いもないけど……もっといい写真、他にあんべ?」

 彼女が持っていたのは僕が一人で写ってるモノだったが、教室の窓枠に腕を組んで乗せ、その上にアゴを乗せている僕の横顔……見方によっては生首のようにも見える写真だった。撮った人間の悪意が垣間見える一枚だ。

「ん~、そうね――」

 彼女は少し考えるような素振りを見せたが「でもやっぱりコレがいいかな」と写真をヒラヒラと揺らした。


「そういえば、一緒に写真撮ったことってないよね」

 麻衣子は口元に指を当て、首を傾げた。

「ないかもな」

 と言うより、高校に入ってから写真を撮ってもらった記憶がほとんどない。たぶん、集合写真とココに貼ってあるモノがすべて――。

「じゃあ、そのうち撮んべよ。卒業する前にはさ」

 そう言うと、彼女は笑顔で頷いた。


 僕らは教室を出て、僕の教室と反対側の端にある階段から四階に上がった。そしてさっきと同じように誰もいない教室に足を踏み入れた。

「確か……ココだったかな? 転校してきたころの席」

 僕は一番後ろの真ん中の席に手を置いた。

「へー。じゃ、ここではじめて会ったんだ? 亜希先輩と」

「そう。酒井も俊夫も、坂杉も。まあ勉強をしていた記憶はまったくねえけどな」

「じゃ、何しに来てたの?」

 麻衣子はそう言って笑いながら僕の脇腹をつついた。


 教室を出た僕らは階段を更に上がった。

 スチール製の扉があるその場所は、相変わらず薄暗く、微かに煙草のにおいがした。

 僕はドアのロックを解除すると、屋上に通じる重い扉を押し開けた。



「ほぉ……」

 麻衣子が視線を延ばした北西の方には、丹沢山系の稜線がくっきりと浮かんでいた。うっすらと富士山も見える。

「ココってこんなに眺めがよかったんだ?」

 彼女はそう言って手すりに歩み寄った。


「悪くねえだろ――」

 僕は烏龍茶のプルタブを開けた。

「ココ、おれのお気に入りの場所なんだ。」

 僕は手摺りに体を預け、烏龍茶を喉に流し込んだ。


「転校してきたばっかり頃、よくココにきてた。話し相手もいなかったから、休み時間のたびにあそこでぼーっとして」

 僕は貯水槽の下の一段高くなったコンクリートを指さし、歩みよった。

「ぼーっとしてばっかりね」

 彼女は笑った。

「まあな。昔はホントにぼーっとしてたかもな」

 僕もあの頃を思い出して小さく笑った。

「いまもぼーっとしてるでしょ?」

「そうか……?」

 僕は頬を弛めるとコンクリートの縁に腰を下ろした。


「さっきの神社にバイクを停めて……コンビニで缶ジュースを買って……さっきの道を通って学校に来て……で、さっきの教室で寝てる。ま、昼休みはココで寝てるけどな」

 僕は舌を出した。

「マッタク、いつ勉強してるのよ――」

 彼女は僕の隣にちょこんと座ると「ちゃんと卒業はしてよね」と微笑を浮かべて、僕の頬をつまんだ。

「大丈夫。もうピンチは脱したハズだからな」

 僕が笑うと、彼女はもう一度僕の頬をつまんで笑った。


「ま、以上がおれの普段の高校生活って感じかな。麻衣子と会ってないときの」

 僕は言った。

 彼女が興味を持つかどうかはべつとして、何となくそんな話をしたくなった。


「意外と……知ってるようで知らないのかもね。お互いのコトって」

 こんなに会ってるのにね――。

 麻衣子は不思議そうに呟き、微笑んだ。

「まあ、聞きもしなかったからな。お互いにさ」

「ホント……いままで何の話をしてたんだろうね?」

「さあ……実のない話だろ、たぶん」

 僕は笑った。彼女も釣られたようにクスクスと笑った。


 彼女と知り合ってからの二年とちょっと、僕はしょっちゅう麻衣子と会っていた。

 しかしそのほとんどは彼女から誘われるままに、彼女の都合に僕が合わせてきた。僕らのスケジュールを埋めるのはいつだって彼女の役目だった。

 でも……これからは僕が予定を書き込んでいきたいと思った。これからは僕が彼女を引っ張り回して――。


「あ。そういえば」

 大事なことを思いだした。

「来週からもう一つスケジュールが加わるんだった」

「……そうなの?」

「おお。教習所に通うんだ」

 クルマの免許を取ろうと思ってよ――。

「え……ええ~!!」

 麻衣子は声を上げて驚いた。

「なんかズルくない?!」

 何がずるいんだかよくわからないが、彼女は僕に向かって「ズルイ!」とか「自分ばっかり」を連呼した。

 しかしそんな彼女がとても可愛らしく思えて、僕の顔はニヤけたまま固まった。

「ま、免許取ったらドライブにでも行こうぜ」

 ばっちり保険に入ってよ――。

「なにそれ、笑えない」

 彼女は醒めた眼で僕を見たが、僕が見つめ返すと俯いて頬を綻ばせた。




「なんかさ。さっき、急にココに来たくなったんだ――」

 僕は手を頭の後ろで組み、足を投げだすような体勢で寝ころんだ。

「卒業したらさすがにココには入れねえじゃん。つまり、ココは『いまだけの限定の場所』っつうわけで……だから連れて来たいっつうか」

 天気が良かったからだべな――。

 僕はそう言って意味もなく笑った。



「ありがとう……」

 麻衣子が呟いた。

「連れてきてくれて」

 彼女ははにかんだように笑った。

 その笑顔に僕はドキリとした。

「おう――。どういたしまして」

 僕は動揺を押し隠し、すました声で言った。そして体を起こすと、立ち上がって手摺りの方に近付いた。


 出会った頃の彼女は、いつもはにかんだような笑顔だった。

 あの頃、僕が好きになりかけていたのは高橋先輩べつのヒトだったはず。でも、同時にいつも一緒にいた麻衣子の笑顔にも惹かれる気持ちもあったような――。

 我ながら適当な男だったと思う。でもこれからはちゃんと彼女だけを見て――



 ぎゃははは~、テメエにはムリなんだよ!!!



「……。」

 不意に下の方からバカっぽい雄叫びが聞こえてきた。

 間違いない、あの声は吉田だべ……。

 あの野郎は相変わらずふざけて練習してやがる。今度ゆっくり言って聞かせる必要がありそう――



 うっひゃっひゃっひゃっひゃ~、バ~カ、バ~カ!!!



「……。」

 僕はそのうち吉田を殺してしまうのかもしれないな……。




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