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【019】 曖昧な不文律


 僕は昔から冬が嫌いだった。

 主な理由としては寒いから。

 野球をやってた僕にとってはオフシーズンでもあったし、バイクに乗るようになってからは尚更だった。

 さらに去年のいまごろには停学をくらってた……考えれば考えるほど、寒い時期にいい記憶はない。

 でも、これからはそうでもなくなるような気がする。それは……

「ちょっと――」

 隣を歩く麻衣子が、僕の脇腹をつついた。

「また人の話聞いてないでしょ」

「え。聞いてたよ」

 そう答えたが、麻衣子はまるで信用していないといったふうにきつい視線を僕に向けてきた。

 僕はめげずににこやかな表情を彼女に向けたが、彼女は呆れたように僕から顔を背けてしまった。



 麻衣子のリクエストでやってきた表参道は、夏に来たときとは違ういろに染まっていた。

 クリスマスに近いこともあるのだろうが、街は華やいで見える。

 それにしても人が多い。そして賑やかだった。最近萎んでいた僕の気持ちを奮い起こしてくれそうなくらいに。 

 だけどコレだけ混雑していると、巧いこと流れに乗らないと歩きにくくて仕方がない。


 そんなことより僕は既にハラが減っていた。

 五分くらい前に「メシ食うべ」と言ったら「はあ……なに言ってるの?」と冷たく言われたので取りあえず我慢はしているが、そんなに余力は残ってない。

 しかし今日ばかりは彼女の希望を優先しようと思っていた。ま、今日はせっかくの彼女の誕生日でもあるわけだし。


 歩きながら、僕は空を見上げた。

 真冬の空はもうすっかり暗くなっていた。

 吐きだす息も白い。しかし歩いていてもそれほど寒さを感じない。

 それは人が多いせいなのか、それとも麻衣子が一緒にいるからなのかはよくわからない。ただ一つ言えるコトは……

「ちょっと――」

 麻衣子が僕の耳をつまんだ。

「まったく……また聞いてない」

 いい加減にしてよね――。

 つまんだ指先にチカラを込め、僕をきつく睨みつけてきた。


「あなたには『学習能力』ってものはないんですか?」

 麻衣子は呆れたように言った。

「え……あるじゃん」

「ないわよ!」

 彼女は強い調子でそう言うと僕に背を向けて歩き出してしまった。

 どうやら完全に怒らせてしまったようだ。

 僕はナニカに集中したり、考え事をしてると周りの声が耳に入らなくなってしまうらしい。そんなことを麻衣子に指摘されるようになって初めて知った。


 僕は前を歩く彼女の後ろ姿を見ながらため息を吐いた。

 最近、僕らはこんなパターンが多いような気がする。

 彼女の喜ぶ顔が見たい……そんなことを考えたりはするのだが、いまの僕ではなかなかハードルの高い作業と言えるのかもしれない。僕の行動や言動が彼女の気分を害してしまう。マイペース過ぎる僕が悪いってコトは間違いないんだけど……それにしても、麻衣子も怒りっぽくなったような気がする。初めて会った頃はそうじゃなかったのに――。







「ごちそうさまでした」

 メシを食って店を出ると、彼女がヨソヨソしく頭を下げた。

 麻衣子の機嫌はまだよくならない。

 今回はいつもよりも長い……まあすべて僕が悪いんだろうけど。 

  

 同潤会のボロアパートの横から表参道に出ると、さっきより人が増えているようだった。

 この時間、カップル率は非常に高い。隣り合って並んで歩く僕らも、そこに交じってさえしまえば周りにいる人たちと何にも変わらないように見えているハズ……実際には少し、いやだいぶ違うのだが。

 彼女は黙り込んだままだった。

 さっきのことでまだ怒っているのかもしれないが、たぶんそれだけではない。

 最近の僕らは上手くいっているとは言い難い。

 毎日のように連絡を取り合ったりしているが、それは惰性で繰り返しているだけで、ソコにはとくになんの意味も存在していなかった。ということは、なにかのきっかけでもう二度と連絡を取り合わなくなることだってあるのかもしれない。考えてみればヨソ者・・・である僕は実家に戻る可能性だって大いにあるわけだし……ま、たいした距離ではないけど。

 どっちにしても自分の気持ちに曖昧なまま過ごす関係……それがそろそろ限界に近付いているってことだけは疑いようがない。


 そんなことを考えるウチ、隣を歩く彼女のペースが落ちたことに気付いた。人の流れが僕らを追い越していく……そしてやがて彼女は完全に足を止めた。


「なんだよ……疲れたのか?」

 僕は俯き加減の麻衣子を窺った。

 麻衣子はちからなく首を横に振った。どうやら本気でヘソを曲げちゃってるらしい。

 僕はため息を吐いた。

「――ごめん。悪かったよ」

 しかし彼女はもう一度首を振った。

 そして僕の方を見ることなく「去年の誕生日に告白された」というようなことを呟いた……まるで他人事のように。


 僕はもう一度ため息を吐いた。

 なぜいまそれを……しかもこんな場所で。

 しかし俯いたままの麻衣子にそんなことを言っても仕方がない。


「……断っちゃったんだべ?」

 僕は呟いた。

 なんの感情も込めずに。そして無関心を装って。

 麻衣子は驚いたように顔を上げた。

「……知ってたの?」

「いや……心当たりがあるっていう程度だけど」

 曖昧に首を傾げた。


 坂杉が告白した相手が麻衣子だと言うことはとっくの昔に気付いていた。

 僕だってそれほどカンが悪いわけではないから見てれば普通にわかる。坂杉が僕に見せた一時期のよそよそしさとか、麻衣子が急に試合を見に来なくなったコトとか。

 ただ、そのことについてどちらかに相談されたこともなかったし、相談されてもそれは僕にとって面倒以外のナニモノでもなかったので、敢えて触れることはなく気付かないふりで距離を置くことにしていた。

 まあ強いて気になることがあるとすれば、二人がドコで関係・・を修復したのかってコト。

 いつの間にか普通に喋るようになってて、それについてはスゴク気になってはいたけど、さすがに聞くわけにもいかないから一人でいろいろと想像してはブルーになったりもして――。


 それはともかく、麻衣子は黙り込んだまま……そんな彼女を見て、僕はふっと息を吐いた。


「そんなことより、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど」

 行くべ――。

 僕は手を伸ばし、立ち止まったままの麻衣子の右手を引いた。 






***


 田町駅を出た僕らは埠頭へと向かっていた。


「ねえ。どこ行くの?」

 首都高速の下に来たところで、麻衣子が不安げな表情を見せた。

「内緒。もうすぐ着くよ」

 僕は口元を弛めた。

 向かっていたのは突堤のさきにある小さな廃ビルの一つだった。そのビルの外階段から上った屋上は、僕にとって「とっておきの場所」でもあった。

 この角を曲がれば見えるハズなんだけど……ん? なんか囲いがしてあって……げ。立ち入り禁止じゃねえかよ……


 僕はフェンスに張り付き、隙間から中を覗いた。

「ウソだべ……」

 ソコにはもうビルなんてなかった。プレハブの小屋とユンボがあるだけ……。


「ココ……じゃないよね?」

 呆然とする僕に向かって麻衣子が心配そうな顔で呟いた。

「まあ、ココなんだけど……ココじゃないね……」

 僕のとっておきの場所は既に更地になっていた。キレイさっぱりなくなっていた。

 考えてみれば最後にココに来たのは一年以上まえ……せめて下見をしておくべきだった。


「なんかあるの……ココに?」

 彼女は僕の心中察してくれたように、やや遠慮がちに尋ねてきた。


 この場所からは、羽田空港を離発着する飛行機がよく見えた。

 工場の灯りが水面を揺らすその先を、飛行機が行き来する……ただそれだけ。

 前の学校を停学になったころ、僕はよく一人でココに来ていた。

 やることもなく、親にもちょこっと期待もされてたぶん家にも居づらかった僕は、一人でココに来ては時間を潰していた。ただナニもせず、ぼーっと海を眺めて。

 でもそのころから、いつか大切な誰かを連れてこようと思っていた。ただ当時の僕には思い浮かぶ顔なんて何にもなかったんだけど。





 駅までの帰り道、僕の足取りは重かった。

 それにしても、僕の思い出がそっくり削り取られてしまったような……今日の予定も台無しだった。


「なんか悪かったな。こんなトコまできたのに」

 僕はアタマを掻いた。

「でも、見せたいって思ってくれたんでしょ? その心意気は評価するわ」

 麻衣子はそういって僕の背中をポンポンと叩いた。

「また、どこか探しておいてね」

「……考えとくよ」

 そう答えては見たものの、まったくアテはなかったのだが。


 僕は駅までの道を歩きながら、隣にいる麻衣子のことを考えていた。 

 彼女に対する僕の気持ちは、もうブレることはないんだろうと確信している。

 だけど、いまになっても進路が決まらないっていう現実が少しだけ僕を臆病にしていた。もし仮に「進路も決まらないような男とは一緒にいたくない」と彼女に言われるようなことがあったら、いまの僕では立ち直れないかもしれない。それに――


「ねえ。」

 僕を見上げる麻衣子は悪戯っぽく微笑していた。

「私の好きな人……聞きたい?」

「いや。いいよ」

 僕は反射的にそう応えた。

 さすがにそんな大事な話を彼女の方からさせるわけにはいかない、そう思っただけなのだが……

 麻衣子は泣き出しそうな顔をしていた。

 さっきは開きかけていた笑顔が完全にしおれていた。

「いや、そういう意味じゃなくてさ。なんつうか……ホントにへんな意味じゃないんスけど」

 彼女を宥めるように言ったがあまり効果はなかった。彼女は完全に拗ねてしまった。




 電車……早く来てくんねえかな。

 ホームを吹き抜ける風は冷たい。こんなとき、いつもは僕を風よけ代わりにする麻衣子だったが、いまは心なしか僕から離れた位置に立っている。

 でも考えてみれば、僕らの関係はいつだってこんな感じだったのかもしれない。

 近くて遠い距離――。

 手を伸ばせば届く。だけどお互いそうはしなかった。いままではソレで十分だったんだけど……だんだんそうじゃなくなってきた。

 それは彼女も同じなのかもしれない。だとしたら僕にとっては嬉しいことなんだろうけど。


「ま、いつか言うから。ちゃんとおれの方から――」

 時刻表を見上げたまま、僕は呟いた。


「なにを……?」

 麻衣子は問い返してきた。

 なにをって……絶対にわかってて訊いてるべ。そんな誘導尋問になんか引っ掛かるもんか。

「さあ……なんだべな」

 僕は惚けて小さく首を傾げた。




 帰り道、麻衣子は相変わらず黙り込んだままだった。いや……正確には何かをぶつぶつ呟いていた。何を言ってるのかは敢えて聞かなかったが、少なくとも僕に対する褒め言葉の類ではないと思う。そしてそれは稲村ヶ崎駅で電車を下りるまで、ずっと続いていた。

 



「ねえ。なんでいつか・・・なの?」

 改札を出たところで、麻衣子は突然そう言った。

「できれば、今日がいいんですけど。」

 言葉遣いは丁寧だったが、それはドコか恫喝を含んでいるようにも聞こえた。

 しかしそんな勝手なこと言われても僕には僕の都合ってモノがあった。それに今のままでは言わされた感があって、僕の中で禍根を残す……というかカッコ悪すぎる。

 だから今日だけは口が裂けても言わない。つうか絶対に言えない――。


「心の準備ができてない……ので。」

 僕は薄っぺらな声で言った。

「じゃあ……それは、いつかは準備ができるってこと?」

 麻衣子は探るような目で僕を見上げた。

「たぶん、ね」

 僕は彼女の視線を受け止めた。

 しかし彼女はあからさまに大きなため息を吐くと、大袈裟に首を傾げて僕から目を逸らした。


 彼女に伝えたいことならたくさんあった。たぶん一晩では語り尽くせないくらいに。

 だけど……いまの僕はあまりに中途半端だった。だから何かを話してもどこかで自分の気持ちをごまかしてしまう。どんな大事な話をしてても、核心に触れる部分ではきっと逃げ出してしまう――。そんなイヤな予感が常に僕につきまとっていた。


「ま、準備が出来たらすぐに報告・・するよ」

 僕は明るく言った。

 しかし麻衣子は怪訝そうな目で僕を見ている。まったく信用してないって目だな。


「それが夜中だったとしても叩き起こしてでも聞いてもらうから……覚悟しとけよ」

 僕はそう言って空を仰いだ。そして大きく息を吐いた。

 暗がりに浮かんだ白い大きな塊は、すぐにほどけて、やがて夜空に熔けこんで完全に見えなくなってしまった。



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