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【012】 納村からの挑戦状


「何いってんだよ、いまごろぉ~」

 担任の原はあからさまに嫌そうな顔をした。


「いや、べつに贅沢は言わないスから……ドコかあるでしょ?」

杉浦おまえのレベルで行ける大学なんてあるわけないだろ?!」

 原はさらりと失礼なコトを言ってのけた。

「あ、そうだ!」

 原がポンと手を打った。

「え。どっかありますか?!」

「モンゴルに行け。あのへんならもしかしたらあるかもしれないぞ!」

 いやあ、よかったな――。

 原は一人で納得したように頷くと、僕の前から小走りで立ち去った。


 どうやら原は『僕の進路相談』においてはまったく頼りにならないことが判明した。

 まあ当然といえば当然だが……とりあえず大学進学の線は消えた。かといって就職組の奴らはみんな随分前に「内定もらった」とか言ってたし……。

 それにしても僕はいままでナニをやってたんだろ?

 ホントにドラフトを当てにしてたなんてことはないが、進路についてまったくの無頓着だった自分が不思議だった。

 いろんなことを後回しにしてきたツケが、いまになって回ってきたってカンジか。

 確実に僕の選択肢は狭まっている――。


「おまえって図々しい奴だな」

 声に振り返ると、ニヤついた顔の酒井が立っていた。

「スギウラくんは卒業だってギリギリだろ? それを大学に行きてえなんて」

 ありえねえ――。

 酒井は笑いながら行ってしまった。僕にいっさいの反論の機会も与えてくれずに――。


 酒井にいわれるまでもなく僕は卒業もギリギリだ。でもそれは何とかなると思う。

 しかしそんなことより、野球部の中で進路が決まっていないのは僕だけ……。そっちの事実の方が僕にとってはズイブン重たいモノだった。

 坂杉はココから目と鼻の先の小さい会社に内定していたし、俊夫は兄貴の紹介だかなんだかで横浜市内の軟式野球部のある会社に決まっていた。

 涼は家の仕事を手伝うとか言ってたし、あとの残りは……専門学校の奴もいたが、取りあえずみんな進学するとか言ってた。

 ん? 待てよ……。

 奴らの試験てまだ先じゃん。つまり推薦での大学進学が決まっている酒井を除けば、あとの奴らはいまの僕と大差ない状況じゃん。

 な~んだ。同類じゃん。

 なんかそう考えるとココロにユトリが生まれてくるから不思議だ。



「おお、杉浦!」

 顔を上げると納村がいた。渡り廊下の反対側からコチラに向かって歩いてくるところだった。右手を軽く挙げて怪しげな微笑を浮かべて……僕は本能的に目を逸らし、軽くアタマを下げて通り過ぎようとした。

 しかし納村は通せんぼをするかのように手を広げ、さっき以上の笑顔を僕に向けてきた。

「どうしたんだ? 最近来ないじゃないか」

 納村は不満そうな台詞を吐いたが、その表情は寧ろ笑っているみたいだった。

「はあ。すいません……」

 謝るのもおかしいけど『もう気が済んだから結構です』とはなかなか言いにくい。


「明日は忙しいのか?」

「は? いや、べつに忙しくはないスけど……」

 僕はいつもヒマだ。だから焦っているのだが。


「じゃ、これを渡しておく」

 納村はそう言って僕に紙を突きつけてきた。

 僕は受け取り、ソレを眺めた。

「ナンスか、これ?」

 野球部の名簿だということはわかるが……。

「紅白戦だ。おまえ監督やってくれよ」

「はあ……?」なんで?

「おれはAチームだから、おまえはBチームを指揮してくれ」

「はあ……」

 もう一度メンバー表に目を落とす……。

 よく見ると、後輩たちの名前の後ろには鉛筆で小さくAとかBとか書いてあった。

「ポジションや打順はすべておまえに任せるから。頼んだぞ」

「え……」

 結局、なんとなく引き受けてしまった……。



 三時間目の授業は古典だった。

 二年の一学期にいきなり赤点を喰らった憎むべき教科だ。

 教壇に立つ女教師も二年の頃から変わってない。去年もあの場所に立って、へんな抑揚をつけて教科書を読んでいた……なんかの呪文を唱えてるみたいで気持ちが悪い。

 

〈それにしても……なんなんだ、いったい〉

 最近の納村の変わりようには驚く。

 僕が野球部に在籍していた間、納村の笑った顔を見たのは二、三回しかないと思う。しかしいまは基本的にいつも笑っている……まさにインフレ状態だ。つまりそんな笑顔に価値があるとは思えない。もはや無表情と何も変わらない。ただ、調子が狂うと言うことだけは間違いない。以前と比べるといい奴に思えるようになってきたし……どうかしてるよな、おれ。


 そんなことを考えながら、さっき納村から受け取ったメンバー表を開いた。

〈Bっていってたよな〉

 メンバー表に書かれたBチームの面々を確認していく――。

「はあ?!」

 思わず声を上げた。「あ……すいません」

 僕を睨みつけてきた女教師にアタマを下げ、もう一度メンバー表に目を落とした。

 見間違いではないらしい……。

 それにしても酷く偏ったチーム編成……思いっきりAが有利。その差は試合にすらならないんじゃないかと思うくらいに……一瞬でも納村をいい奴だと思った僕は死んだ方がいいのかもしれないな。





***


 放課後、部室に顔を出した僕は、主将の柴田に「明日、渡辺と一緒におれの教室に来い」と告げた。

 翌日、言われたとおりにやってきた柴田と渡辺。

 柴田は堂々としたモンだったが、渡辺は三年生の教室に連れてこられたことで意味もなく動揺している……生粋の小心者なんだろうな、コイツって。

「ま、取りあえず座れや」

 僕はそう言って机の上に納村から受け取ったメンバー表を広げた。

「今日の紅白戦なんだけどよ……バランス悪くね? コレって」

「はい。悪いと思います」

 柴田は歯切れ良く答えた。


 Aチームは、エースの佐々木を中心にほぼレギュラーで固められたチーム。

 それに引き替えBチームのメンバーは、主将でショートの柴田、控え投手の曽根、控え捕手の渡辺……以上が三年生で、残りは一年。どうみても搾りカスのような連中だ。

 チーム編成は納村が独断で決めたと言う。そしてこのメンバー表を僕に渡したときの納村は明らかに機嫌が良かった。つまり……この紅白戦は、納村が僕を凹ますために仕組まれた茶番のようなものってことだろう……ナメやがって。


「取りあえずは……一年で使えそうな奴から挙げてくべか」

 僕は柴田と渡辺を一瞥すると、シャーペンの先でメンバー表を突いた――。



 放課後、終業のチャイムと同時に教室を飛び出した僕は、コンビニに行ってメロンパンと烏龍茶を買った。

 パンをかじりながら部室に行くと、既に柴田たちは集合してユニホームに着替えていた。

「もう揃ってるか?」

「はい。全員揃ってます」

 柴田は僕の質問を予測していたように応えると、Bチームのメンバーに号令を掛けた。

 集まってきたBチームの連中……たったいま収穫したばかりのジャガイモみたいな奴ら。いかにも弱そうだ。

「今日の紅白戦、おれが監督をやるから――」

 そう言いかけたところで、輪の最後列に人懐っこい笑顔が見えた。

「おまえは関係ねえだろ、スパイはあっちいけ!」

 僕が手の甲で払うような仕草をすると、佐々木は淋しそうに背中を丸めて立ち去った。


「じゃ、先発メンバーを発表するからよ――」

 僕は昨日、柴田たちと打ち合わせをしたメモを取り出した。


 先発投手に抜擢したのは曽根ではなく、一年生の上田。

 コイツは上背があって角度のあるいい真っ直ぐを持っている……だがそれだけ。

 牽制はまともにできないし、変化球も「?」。コントロール……これも投げてみないとなんとも言えない。いい日はいいし、悪い日は果てしなく悪い。

 キャッチャーの渡辺はキャッチングは上手い方。でも弱気なリード。外外外……。

 だが上田はどうせ構えたところになんか投げらんねえから丁度いいかも知れない。

 遊撃手の柴田は、このチームでは『肥だめにツル』といった存在だ。コイツの活躍なくしてコールドは回避できない。

 スタメン発表の後、簡単なサインの確認をしてチームはいったん解散した。


「とにかく柴田おまえ渡辺おまえがやってくれねえと話になんねえからよ……頼むぞ、マジで」

 僕は柴田と渡辺を呼び寄せそう言った。それは懇願と言ってもよかった。


 練習が始まって三十分くらい経ったころ、納村がグラウンドに姿を見せた。

 ブルペンで上田の投球を見守っていた僕のトコロに真っ直ぐにやってきた納村は、開口一番「準備はいいか?」と訊いてきた。

「大丈夫スよ」

 僕が応えると納村は満足そうに笑った。それは既に勝ちを確信している笑顔に見えた。


 試合はジャンケンで勝った僕らの先攻。

 まあこんな戦力差があれば先攻も後攻も大差ない。ただ先攻を選んでおけば、少なくとも一回のオモテに相手に点を取られる心配はない。だからといってナニかが有利になることはまったくないのだが。

 

「げ。先輩、ムコウの先発、佐々木ですよ。大人げないっスね……」

 柴田が呻くように声を上げた。

 マウンドにはエースの佐々木が上がっていた。なるほど……納村は本気ってことだな。

 佐々木は、秋の公式戦は地区大会三試合と県大会一試合に登板して三完投、うち一試合は完封。合計28イニングで失点は7。

 スピードはそれほどないが制球のいい、まあまあの好投手……でも隙がないっていうタイプではない。

 折角の紅白戦だし、佐々木にもちゃんと試練を与えてやんないとな。見てろよ、納村。


「よし……おまえら、佐々木を攻略すんぞ」

 僕はこのハンデ戦を制する秘策をアタマの中で巡らせていた。

 


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