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【008】 客の呼べる出し物


 集合時間が近付くにつれて集まりだした江東球友クラブ一期生の面々。

 正午を少し過ぎた頃には、岡崎以外の奴らはすべて揃っていた。いい奴らだなとしみじみ思う。 

 懐かしい仲間たちと適当な近況報告なんかをしながら、ランニング、ストレッチ、キャッチボールでカラダを暖めると、僕は吉村を伴いブルペンへと向かった。

 久しぶりに会った吉村は更にデカくなっていた。

 たぶん一九〇くらいはあると思う。コイツの親はそんなにデカくなかったと記憶してるんだけど……ナニを食ったらこんなにデカくなれるんだろう?



 ブルペンの入口には斎藤さんが立っていた。

 そしてその後ろには大男が二人……。

「本当に元気そうだ」

 斎藤さんは僕の顔を見て何度もそう言った。

 もちろん僕は元気であることは疑いない。しかし何度も言われると、本当はそうでもないんじゃないかというワケのわからない疑念が何処かから湧き出てくる……病んでるのかもしれないな、実は。


「それにしても面白いことを考えたな」

 斎藤さんは細い目を更に細めて頷いた。

 面白いこと……たしかに面白いことかもしれない。実際、僕はこの日を楽しみにしてきたし。

 ただ幾つかの誤算があったのも事実だった。

 それは斎藤さんも含めたギャラリーの存在。自分が予定していたより大事になってるような気がして……ちょっとだけ緊張してきた。

 僕は斎藤さんに対してアタマを下げると、ブルペンのネットをくぐった。同時に斉藤さんはキャッチャーの後ろに張ったネットの裏に歩いていった。それに倣うように大男二人も続いていく……まったくなんなんだ、アイツらは。


 潮見のブルペンに入るのは三年ぶりだった。

 海から吹く風がネットを軋ますのも僕の記憶にある風景と全く同じモノだった。

 そしてミットを構える吉村の存在。

 初めて会ったときに「的みたいな奴」だと思ったが、その的は更にスケールアップしていた。その圧倒的な存在感はもはや投げやすいのレベルを超えているように思えた。

 僕はゆっくりとフォームを確認しながら「的」を目がけて投球練習を始めた。


――ビシィッ!!

おお~。


「……。」

 いろいろ言いたいことはあったが、あとでまとめて言わせてもらうことにする……。

 そんなことより、あらためて吉村を相手に投げると「やっぱりコイツのキャッチングは一流だったんだな」と肌で感じた。僕の練習相手の渡辺もキャッチングだけ・・ならナカナカだと思っていたが、こうして吉村と比べると……つうか比べちゃいけないレベルだよな、絶対。


 吉村はど真ん中に構えていた。

 僕は集中力を奪おうとする周囲の視線を振り払い、ゆっくりとモーションを起こした。


――ビシィッ!!

おお~。


「……。」

 僕はグラブで口元を隠すと、ネット裏の大男に対する呪詛を口にした。

 奴はそんなこととは気付いていないようで、僕に向かって手を振ったりしてさらに僕の神経を逆なでした。

 そしてもう一人の大男。

 コイツは対照的に静かな奴だった。ただじっと僕の動きを見つめている。正確に言えば観察しているってところか。

 彼がナニモノなのかは不明だったが僕は彼を知っていた。正確に言えば「彼の顔に見覚えがある」というだけだったが。いつかウチの学校の前に立っていた大男……てことはつまり、あのときも僕を見に来ていたってことなんだろうけど……誰なの、あんた?

 僕のアタマがクエスチョンで埋め尽くされているあいだに、吉村は既にミットを構えていた。

 さっきと同じくど真ん中に固定されたミット。

 僕は一度目を閉じ、雑念を振り払うとゆっくりと振りかぶった。



――ビシィッ!!

おおお~。


 あ~うるさい……もうダメ。限界だわ。

「ちょっとタイム。」

 僕はマウンドを降りると、キャッチャーの後ろを指さした。

「おまえ邪魔。さっきからお~お~うるせえ。気が散るからあっち行けよ」

 僕が手の甲で払うと、男はびっくりしたように自分の顔を指さした……ドコまでもずうずうしい奴。自覚がないのかよ?

「だいたい、なんでお前がいるんだよ」

 僕の言葉に吉村は一瞬後ろを振り返った。そしてもう一度僕に視線を戻すと、不思議そうに首を捻った。


「そんな冷たいこというなよ。黙ってみてるからさ」

 男は肩をすくめ、僕に向かって手を合わせた。

 僕はため息を吐いた。

 吉村にくっついてきた甲子園の優勝投手は僕に向かって愛想笑いを浮かべていた……昔はそんな男じゃなかっただろ、用田誠って奴は。

 呼んでないけど来てしまったモノは仕方がない。帰れってのもカワイソウだし。

 しかし用田の登場でグラウンドの空気は一変していた。

 後輩たちのアツい視線は用田にのみ向けられている。まだ姿を見せていない岡崎がグラウンドにやってくれば、当然誰もが甲子園決勝戦の再現を期待するのだろう。

 本来の主役のハズだった僕の立場は非常に微妙なモノになっていた。

 そりゃそうだ。「杉浦対岡崎」より「用田対岡崎」の方が、はるかに客を呼べる出し物に違いないのだから――。

 


 そして岡崎が現れたのは一時になる少し手前頃だった。


「いやあ、悪いな。記者を捲いてくるのに手こずった――」

 わざわざブルペンに顔を出した岡崎は、誰も聞いていないのにそんな言い訳を宣った。


「遅刻して準備が遅れたってか? もう予防線張ってんのかよ」

 小せえ奴っちゃな――。

 僕が意地悪く言うと、岡崎は顔を真っ赤にして反論してきたが、そんなものに構ってるヒマはない。

「早く準備しろよ。おれはいつでもいいからよ」

 僕は吉村に向き直り、投球を再開した。



 ブルペンで十分に肩を作った僕は、適当なところで切り上げた。

 なにしろこの三年間走ってばかりだから下半身は安定したと思うが、投げ込みは驚くほど不足している。

 だから肩のスタミナには自信がない。どれだけ投げても息が上がることはないのだろうけど、ボールのキレはどんどん鈍っていくハズだ。多分これ以上投げ続けてるとボールがダレてくると思う。


「なあ。あれ、誰なの?」

 僕は気付かれないように大男を指さした。

「ああ……知らん」

 マウンドに歩み寄ってきた吉村は、大男を振り返ることなく言った。

「知らんて……一緒に来たんだろ、大阪から」

 吉村と用田とあの大男は一緒のクルマでココまでやってきた。

「ああ。なんか名嘉さん……いやウチの監督の知り合いらしいが、詳しいことはホントに知らない」

 僕は新幹線かなにかで来たんだと思っていたが、大阪からずっとクルマで走ってきたそうだ……物好きな奴らだ。

 斎藤さんと同じようにガラスまで真っ黒な1BOXで登場したが、中から出てきたのがこの巨人族たちだったから妙な迫力があった。それにしても……ただの運転手というよりは用心棒って感じに見えなくもない。

「近藤さんって言うらしいけどな」

 吉村は言ったが、僕の知り合いにそんな名前は……中学の同級生に一人いたが、まったく関係ないだろな。

「スカウトかなんか?」

「だからホントに知らんて。クルマの中でもほとんど話さなかったし。けど……」

「けど、なによ?」

「ぶつぶつ文句言ってたよ。ウチの監督の」

 とてもじゃないが、聞かせらんねえようなことをな――。

 吉村は苦笑いを浮かべた。



 ベンチに戻ると、麻衣子は所在なさげな様子でグラウンドを眺めていた。


「悪かったな。麻柚も来ると思ってたんだけど」

 僕は隣に腰を下ろすと、グラウンドを眺めながら呟いた。

「大丈夫。ご心配なく」

 麻衣子は囁くように言った。

 グラウンドに麻柚の姿はなかった。彼女のことだから絶対に来るだろうと思ってたのだが。

 亮と麻柚のケンカは、僕が考えてた以上に根深いのかもな。


「杉浦!」

 声に顔を上げると、峰岸さんがマウンドを指さしていた。

 仲間たちはいつのまにかポジションに向かって走り出していた。

「さてと――」

 僕はグラブを掴み立ち上がった。

「ちょっくら行ってくっかな――」

「頑張ってね」

 マウンドに向かう僕に麻衣子が言った。


「おお。よ~く見とけよな」

 僕は拳を握りしめたままベンチを飛び出した。




 三年ぶりに上がった潮見のマウンド。晴海と並ぶ僕のホームグラウンド。

 僕はステップの位置を確認し、スパイクで強く掻いた。そして右手の指先でプレートを撫でると、目を閉じて大きく息を吐いた。

「三球な!」

 峰岸さんが僕に向かって指を三本立てている。僕は小さく頷いた。



――バシィッ!!!


「速え~!!」

 ミットを叩く乾いた音と交錯するように、ベンチからは後輩たちの感嘆の声が聞こえてきた。

 僕の肩は出来上がっている。既に全開の状態に仕上がっていた。

 規定の投球練習を終えると、吉村がマウンドに走ってきた。



「なんだよ。サインの確認ならさっき――」

「正直言ってまったく期待してなかった」

 吉村は僕の言葉を遮りそう言った。

 それにしても遠慮がないというか失礼なコトを言う奴だ。

「ブルペンでもその印象は変わらなかった。だけど――」

 吉村はそこまで話しておきながら、続きを言いよどんだ。

「だけどなんだよ?」

 僕は急かすように言った。

「いまは違う。実戦モードになると別人だ。やっぱりお前は恐ろしい奴だよ」

 吉村は感慨深そうに頷いた。


 なんだ……そんなことか。

 僕から見れば吉村も十分恐ろしいし、ココにいる奴らはみんな恐ろしい奴らだった。

 たぶん三年前から凄い奴らだったんだろうけど僕は気付いていなかった。あまりにもフツウの顔して凄い奴らばかりだったから――。


「まったく、ナニをいまさら」

 僕は吉村を睨むと、プロテクターの上からグラブで強く小突いた。

「おれは昔からすげー奴なの!」

 いちいちそんな報告いらねえわ――。

 僕は頬が弛みそうになるのを堪えて憎まれ口をたたいた。





「よし、じゃあ一打席勝負だ。俺が審判やるからよ」

 峰岸さんはホームベースの上から僕らに向かって声を掛けた。


 打席に立った岡崎準基――。

 中学の頃からフリーやシートでの対戦は何度もあった。しかしお互いに本当の意味で真剣勝負に臨むのはたぶん初めてだった。


 右打席に入った岡崎は、じっと僕を見据えてからバットを構えた。

 ゆったりとバットを揺らす仕草は昔と変わらない。

 ただその眼は穏やかだった。かつてのような相手を威圧するような眼ではなかった。

 しかしその静かな眼差しが却って奴の底知れない怖さを炙りだしているようで……僕のいない三年間で余計な自信を付けちゃったんだろうな、コイツも。


 僕は吉村に視線を戻した。

 ミットはインコースの低めに固定されている。


 僕は軽く頷いた。

 そして一度地面に視線を落とすと、昂揚する気持ちを抑えるようにゆっくりと大きく振りかぶった――。



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